遠回りして、隣
今井
第1話
To: ennma@andoh.music.jp
Cc:
From: Himemori Kodama <k3s_kodamahime>
subject: コラボにご興味ありませんか?
初めまして!こちらのアカウントは安藤えんまさんのもので間違いありませんか?
先日の新曲は大変素晴らしいものでした。もし良ければ新曲を利用したコラボをお受けして頂けませんか?良いご返事をお待ちしています!
「えんま、何見とるん?」
「えっ」
慌ててアタシは釘付けになっていた画面から目を離し、声の主を見る。
声を掛けてきた燈萌は、私に机を前後になるようくっつけたところだった。
「お弁当食べんの?」
燈萌が席に座って言う。
慌てて辺りを見回すと、午前の授業を終えたクラスメイトたちが各々昼食の支度をし始めており、教室が騒がしくなってきている。
燈萌
「あ、うん」
アタシは電源を落としたスマホを鞄に押し込み、その代わりに弁当袋を取り出す。
箸やらを取り出しながら、前にいる燈萌に視線を向けると、私の様子に違和感を覚えたのか怪訝そうにこちらを見ている。
「いや、なんもないよ、ほんとに」
アタシは慌ててはぐらかすように言った。
それでも納得のいかない顔をしている燈萌が何か言おうとした時だった。
「新曲良かったよーーーー!!」
耳が痛くなる程の高音と共に、逃げ場をなくすように首元に腕が絡みついてきた。
「イナミ⋯」
勢いで崩れかけた体制を直しながら横を見ると、すぐ横に予想通りの__イナミの顔があった。その片手には弁当袋が握られている。
「いや、めっちゃいいわ! 新曲。やばい、最後の盛り上げが特に! 鳥肌立ったよ、まじで。よくあんなメロディ作れんね」
顔のすぐ近くで早口で話すイナミの息が微かに頬にかかる。
「えんまの新曲の話? もう聞いたん? ほんとイナミは確認早いね」
横から燈萌が関心そうに言った。
イナミはアタシが新しい曲をSNSで発信するたび片っ端から再生している、所謂アタシの「追っかけ」だ。要するにアタシのファンなわけだけど__それが同じ学校の、同じ学年の、同じクラスの身近な存在にいるとなると、どうも照れくさい。
「⋯⋯ありがと。今回の曲は普段とそんな変わんない__いつも通り作ったつもりやったけど⋯⋯TikTokでもいつもより使われてるし、ウケが良いんかも」
「ね! ほんといっぱい流れてくるよ。まー私はえんまの曲をどれも同じくらい好きやけどな?」
照れ隠しのために最低限の感謝だけ伝えたアタシの様子に気がついたのか、イナミがさらに顔を近づけて誂うように悪戯な笑顔を浮かべる。
アタシはそんなイナミと目も合わせず首に巻き付いたままの腕を無理やり解いた。
「あーん」
「邪魔⋯⋯! アンタここで弁当食べるんやろ、はよちゃんこしまっしや!」
「イナミの分の机くっつけといたよ〜。そこ」
「えー! 神!? 大好き! 神様! 閻魔様! 燈萌様〜♡」
口を尖らせ拗ねていたイナミが顔色をガラッと変えて、満面の笑みでようやく昼食の支度をし始めた。
いつもの変わらない日常。決して性格が会う面子なんかじゃないけど、このくらいがアタシは心地良かった。
けれど、その空気は燈萌によって打ち砕かれた。
「えんま、さっきスマホで何見とったん?」
突然の問いかけにアタシは思わず驚きが顔に出る。
「なんかDM__ってか、メール見てた?」
「えっ? DM? って、えんま、何の話?! なに男?!」
アタシが誤魔化す前にイナミによって話が思わぬ方向へ飛んでいきそうだ。
アタシは仕方なく白状することにした。
「ち! が! う! ⋯⋯ちょっと待って」
アタシはさっき閉まったばかりのスマホを鞄から再び取り出して電源をつけた。
点いた画面はさっきのメール受信箱のままだ。
アタシはスマホを二人に向けて机に静かに置いた。
「んー? ⋯⋯なにこれ。ふ、ふろ⋯」
「from、フロム」
英語の苦手なイナミに、燈萌が横から口を挟む。流石米国ハーフ⋯って感じ。いや、この程度の英語も読めないイナミの方がおかしいのだが。
「あ、ふろむ⋯。⋯ひ、め?も__」
from__即ち〝差出人〟の名前をイナミが普通の声量で声に出そうとするもんだから、アタシは咄嗟に身を乗り出してイナミの口を思いっきり塞いだ。
思わぬ攻撃にイナミは暴れるものの、視線は変わらず画面の文字を這い進む。
アタシは変わらずイナミの口を押さえていたが、手の平の中で暴れていた唇の柔らかい感触はしばらくして停止した。
⋯アタシがイナミの口から手を離しても、イナミは口を呆気なく開けたまま。
「ひめもりこだま⋯って、あの、姫守谺ちゃんやよね?」
しばらくの沈黙を、燈萌が破った。
すると黙っていたイナミも息を吹き返したように高揚した。
「やよねやよね?! あの〝こだまひめ〟やよね?! えっコラボって、嘘?!」
イナミは両手で口を覆いながら画面を見開いた目で凝視して、両手では隠しきれない笑みが溢れている。
その様子が、なんだか癪だった。
「うん、歌もダンスも凄い人」
続けて燈萌が返す。⋯⋯燈萌の言う〝凄い人〟に、アタシは更に苛立ってきた。
それでもこの幸せそうな空気を壊したくなかったアタシは、何食わぬ顔で席に着く。
「⋯⋯そーやよ、姫守谺。⋯今朝メールが来てたの」
アタシのSNSアカウントにはそこらの芸能人やインフルエンサーのように〝ご連絡はこちらから〟と、メールを送れるようメールアドレスを記載している。
だから、知らぬ間にメールが来ることは何ら不思議ではない。今回アタシの中で気に食わないのはそこじゃない。
「コラボって凄いね。案件、やよね。えんま、受けるん?」
燈萌の問いかけに、胸の奥が音を立てて軋んだ。
てっきりアタシを祝福する笑顔か、メールに即答しないアタシを不思議そうに思う顔をしていると思ったら、見れば燈萌は、どちらでもない__なんとも言えない顔をしている。
「受けんの?」
「⋯⋯迷ってる。あんま、こういうん好きじゃない。余計なお世話ってか__最低なのは分かっとるけど、利用されとるみたいやん⋯⋯」
アタシはどちらとも目を合わせないよう視線を逸らしながら言った。
「んー? 最低とは思わんけどー⋯⋯それって本当に利用なんかな?」
「うーん、実際のところは分かんないけど、どちらにせよ、えんまの曲が認められとる証拠やと思う」
重っ苦しい空気とは裏腹に、イナミと燈萌が普段と変わらない声色で言う。
嬉しいのか、呆気にとられただけか分からないし、それに応えるためにメールにどう返答するべきなのかも掴めなかった。
頭の中が、ぐちゃぐちゃになっていく。アタシらしくない。
「んー、まあ! すぐ決めんでもいーんじゃない? 急ぎじゃないしさ」
「そやよ、結局決めるのはえんまやし、関わってるのもえんまの曲やし。ウチらが何言っても、えんまの好きに決めていいんやからね」
二人はそういっておもむろに箸を取って昼食を食べ始めた。
それが話の終わりの合図なんだろうか。
どちらにせよ⋯⋯アタシには都合の良いように話が切り上げられてしまった。
「⋯⋯うん、いただきます」
アタシも、今度はスマホを鞄に放り投げて、箸を取った。
遠回りして、隣 今井 @k3_kcube
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