第11話 プロの背中と、出世払い
春の交流パーティーが終わり、日常が戻ってきたある日のこと。
私はママと一緒に、アミーカの家である食堂『月のしずく』を訪れていた。
用事は、お店で使うエプロンのメンテナンスだ。ママは魔導具師として、近所の人たちから布製品への「付与」も請け負っている。
「はい、これで大丈夫よ。油汚れも付きにくいし、少しの火なら燃え移らないわ」
「助かるわぁ、マリエッタさん。厨房は危険が多いからね」
アミーカのお母さん、フローラさんが嬉しそうにエプロンを受け取る。
その様子を、少し離れた場所でテーブルを拭いていたアミーカが、じっと見つめていた。
いつもの元気な笑顔じゃない。どこか遠くを見るような、憧れと寂しさが混じったような瞳。
「……いいなぁ」
その小さなつぶやきを、私は聞き逃さなかった。
いつも太陽みたいに明るいアミーカの、一瞬だけ見せた寂しそうな横顔。
アミーカもお店の手伝いをしている。本当はママが使うような「プロの道具」に憧れているんだ。
自分も一人前として認められたい、そんな気持ちが伝わってきて、私の胸がズキリと痛んだ。
(……決めた!)
私は胸の中で拳を強く握りしめた。
もうすぐアミーカの誕生日だ。
私の技術の全てを使って、世界で一番素敵な「仕事着」をプレゼントしよう!
あの寂しそうな顔を、とびっきりの笑顔に変えてみせるんだ。
◇◆◇
家に帰ると、私は早速パパとママを作戦会議に巻き込んだ。
リビングのテーブルに紙を広げ、私の構想を熱弁する。
「ねぇ、アミーカに『コックさんの服』を作ってあげたいの! 火に強くて、水も弾くやつ!」
「ほう、プレゼントか? それはいいな!」
「まあ、素敵なアイデアね」
私の熱意に、パパは「おっ、ついにパパの出番か!?」と身を乗り出し、ママも微笑んでくれた。
「それでね、ママが作ってたエプロンみたいに付与をしたいの。あと、帽子にも仕掛けをして……」
私が描いたのは、以前この街一番の高級レストランで見た、料理人の人が着ていた仕事着だった。
コックコートと可愛いチェックの前掛け、そして帽子のセット――を見せると、二人は「なるほど」と頷いた。
「よし、まずは材料調達だな。いいものを作るには、いい素材が必要だ」
私たちは善は急げとばかりに街へ繰り出し、馴染みの布地屋さんへ向かった。
店主のおばちゃんにエプロン用の素材を尋ねると、
「それなら、この『サラマンダーコットン』がおすすめだよ」
と布を出してくれた。
燃えにくい綿花で作った布で、火を使う職業の人にはオススメらしい。名前は物騒だけど、火の精霊とは関係ないらしい。
ただね……
おばちゃんが提示した金額は、私のお小遣い数ヶ月分が吹き飛ぶような額だった。
ううっ、さすが最高級品……。
私はママの服の袖をキュッと掴んで、精一杯の上目遣いでお願いした。
「ママ……アミーカのためにこれが欲しいんだけど、ダメ?」
ママは苦笑しながら「仕方ないか、親友のためだもんね」と財布を取り出してくれた。
ありがとうママ! 出世払いで必ず返すからね!
◇◆◇
最高級の布を手に入れた私たちは、意気揚々と工房に戻った。
ここからはパパのターンだ。
布に「耐火」と「撥水」の付与をするためには、魔力を定着させるための特殊な『薬剤』を作る必要がある。
「いいかセレナ。ここからは遊びじゃないぞ。薬剤作りは繊細さが命だ」
パパはいつものふざけた調子を消し、真剣な薬師の顔になった。
作業台にはすり鉢と、数種類の乾燥した薬草、そして青い液体が入った瓶が並べられている。
「まずは薬草をすり潰す。だが、ただ潰せばいいわけじゃない。魔力を指先から流し込みながら、薬草の繊維を解きほぐすように混ぜるんだ」
パパがお手本を見せてくれる。
パパの手の中で、薬草が淡い光を帯びながらペースト状になり、液体と混ざり合って美しい緑色に変化していく。
すごい、魔法みたいだ。いや、魔法なんだけど。
「やってみろ」
「うん!」
私はすりこぎを握り、見よう見まねで魔力を込めてみた。
……あ、あれ?
ジュッ、と嫌な音がして、すり鉢の中から焦げ臭い匂いが漂う。
緑色になるはずの液体が、どす黒く濁ってしまった。
「あーっ! 色が濁っちゃった!」
「魔力の込め方が強すぎる。それじゃあ薬草が死んじまうぞ」
私は頭を抱えた。
カチッとした正解がある魔導回路を描くのは得意だけど、こういう「手加減」や「感覚」が重要な作業はすごく苦手だ。
微妙な力加減を維持しなきゃいけないなんて……
「焦るな、セレナ。色は魔力の乱れを表している。もっと指先の力を抜いて、薬草の水分と魔力を『同調』させるイメージだ」
パパは決して怒鳴らず、私の手元をじっと見て的確なアドバイスをくれる。
失敗しても、「今の失敗は、混ぜる速度が速すぎたからだ。次はゆっくりやってみろ」と、原因を論理的に言葉にしてくれるのだ。
(……パパ、意外と教えるの上手いかも)
普段は親バカで心配性なパパだけど、薬師としてはやっぱりすごいんだ。
森で薬草のことを教えてくれた時も思ったけど、パパは感覚派に見えて、実はすごく理論派なのかもしれない。
数時間の格闘の末。
何回目かの挑戦で、ようやくすり鉢の中の液体が、透き通るようなエメラルドグリーンに輝いた。
「で、できた……?」
「おう、完璧だ! よく頑張ったな、セレナ」
パパが私の頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。手は薬草の匂いがするけれど、それが誇らしくて嬉しかった。
さあ、準備は整った。次はこれを使って、最高のプレゼントを形にする番だ。
―――――――――――――――――
パパの理論的な指導、頼りになりますね!
最高の素材も揃い、準備は万端です。
次回、第12話「想いを込める、という才能」
いよいよ製作本番!難関の付与作業、
アミーカへの想いが奇跡を起こす!?
親の立場で読むと、この「出世払い」アリだと思いましたか?
サラマンダーコットンはだいたい5千円から1万円くらいの幅で考えてみてください♪
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