地上最弱、深層最強③――深層都市と異端の冒険者

塩塚 和人

第1話 異変の報告


 ボミタス冒険者ギルドの空気は、どこか張りつめていた。


 騒がしいはずの朝だというのに、声が低い。

 笑い声も、冗談もない。


 ジャンは、その中心を横切るように歩いていた。


「……視線が多いな」


 地上では弱い。

 それは、もう隠しようのない事実だ。


 だが、それでも注目は集まる。


     ◆


「ジャン」


 呼び止めたのは、受付のポーリンだった。


 いつもより表情が硬い。


「ギルドマスターがお呼びです。至急で」


「……何かあったか」


「はい。少し……普通じゃありません」


 その言葉で、察しはついた。


     ◆


 執務室には、見慣れない人物がいた。


 ガドルの向かいに座る、灰色のローブをまとった男。

 顔立ちは平凡だが、目だけが異様に澄んでいる。


「来たか」


 ガドルが言う。


「紹介する。調査官だ」


「……ギルドの?」


「違う」


 短く、即答だった。


「世界側の、だ」


     ◆


 その言い回しに、ジャンは眉を動かした。


 男は、静かに口を開く。


「初めまして、ジャン。

 あなたの活動記録は、すべて拝見しています」


「……光栄だな」


 皮肉ではない。

 ただ、事実を受け取っただけだ。


「本題に入ります」


 調査官は、一枚の紙を机に置いた。


「これは、今朝届いた報告です」


 内容は短い。


 ――市街地南区画、微弱な魔素反応を確認。


     ◆


「……地上で?」


 ジャンは、思わず聞き返した。


「はい。通常、地上の魔素濃度は安定しています。

 ダンジョン由来の影響が出ることは、ありえない」


「だが、出た」


 ガドルが、低く言った。


「しかも、場所が悪い」


     ◆


「原因は?」


 ジャンの問いに、調査官は首を横に振った。


「不明です。

 ただし、一つだけ確かなことがあります」


「何だ」


「深層に、変化が起きています」


     ◆


 部屋が、静まり返った。


 ジャンは、胸の奥に小さな違和感を覚えた。


 嫌な予感ではない。

 だが、無関係ではいられない感覚。


「……俺は、関係あるか」


 調査官は、少しだけ目を細めた。


「ええ。大いに」


     ◆


「あなたが第八層に到達して以降、

 深層の魔素流動に微細なズレが観測されています」


「……俺が、原因だと?」


「断定はしません。

 ただ、境界に最も近い存在なのは、あなたです」


 その言葉に、ガドルが口を挟む。


「ジャンは、兵器じゃねぇ」


「承知しています」


 調査官は、淡々と続けた。


「だからこそ、お願いです」


     ◆


「次の調査は、あなたにしかできない」


 机に、もう一枚の紙が置かれる。


 目的地――第九層。


 未踏ではない。

 だが、詳細な調査記録は存在しない層。


「……行けば、何がわかる」


「境界が、どこから壊れ始めているのか」


     ◆


 ジャンは、紙を見つめた。


 深層に行けば、強くなる。

 だが、今回は違う。


 世界の異常に踏み込む依頼だ。


「断ることも、できるか」


 調査官は、頷いた。


「もちろんです。強制ではありません」


 ガドルは、黙っている。


     ◆


 しばらくの沈黙のあと、ジャンは立ち上がった。


「……行く」


「理由は?」


「俺は、境界にいる」


 それだけで、十分だった。


     ◆


 部屋を出ると、ギルドの喧騒が戻ってきた。


 いつも通りの光景。

 何も変わっていない。


 だが、確かに変わり始めている。


「……第九層、か」


 呟きながら、歩き出す。


 深層の向こうにあるものを、確かめるために。


 境界の冒険者として。

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