第1章 放課後のバス停
放課後の空気は、昼間とは少し違う匂いを含んでいた。学校の喧騒が遠ざかり、制服のシャツに残った温かさが夕暮れの風に混ざる。佐藤悠真は、いつも通りバス停のベンチに腰を下ろした。
「今日も誰もいないのか……」
視線を上げると、向かい側のベンチに見慣れた影があった。高橋凛。毎朝、同じ時間に同じ場所で会うけれど、二人の間にはまだ言葉が交わされていない。
凛は手元のスマートフォンをいじりながら、時折窓の外を眺めている。悠真は胸の奥に小さな緊張を感じた。声をかけるべきか迷う。けれど、いつものように目を逸らし、バッグを膝に抱え直した。
その日の午後、空は急に雲に覆われ、遠くで雷鳴が響いた。帰り道、ぽつりぽつりと雨が落ち始める。悠真は傘を持っていなかった。バス停に着くと、凛はすでに傘を広げていた。
「……あ、あの、よかったら、一緒に……」
悠真は声をかけ、躊躇いながらも少し距離を詰めた。
凛は少し驚いた顔を見せたが、すぐににっこり笑った。
「うん、いいよ。一緒に入ろう」
狭い傘の下で、二人の距離は自然と近くなる。雨音が傘を打つリズムに合わせて、悠真の心臓も早まった。
「ありがとう……」
「どういたしまして。意外と、ずっと待ってたんじゃない?」
「え……?」
「だって、毎朝会うのに話さないでしょ?ちょっと不思議だなと思ってた」
凛の言葉に、悠真は耳まで赤くなる。目線を地面に落としながら、口元に小さな笑みが浮かんだ。
「確かに……不思議だね。でも、今日こうして話せてよかった」
「うん、私も。なんか、雨って悪くないね」
傘の下で流れる時間は、いつもよりゆっくりで、心地よかった。バスが来るまでの数分、二人は互いの学校生活や好きなこと、趣味の話を交わした。台詞の一つ一つに、ぎこちなさよりも自然な温かさがあった。
バスが到着する頃、雨は小降りになっていた。悠真は意を決して声をかける。
「……よかったら、明日も……ここで会えたら嬉しいな」
凛は少し考え込むように見えたが、すぐに笑顔で答えた。
「うん、楽しみにしてる」
その日の帰り道、悠真は胸の高鳴りを抑えきれずに歩いた。雨で濡れた髪も、制服も、全てが特別に感じられる。ほんの少しの勇気が、日常を彩った瞬間だった。
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