婚約破棄されゴミとして押し付けられた侯爵令息、スパダリな私に全力で溺愛されて聖者として覚醒する

@Enen_Redo

第1話:その「ゴミ」、私がいただきますわ

 シャンデリアの光が眩しすぎて、吐き気がした。

 豪奢な王宮の大広間。着飾った貴族たちの中心で、僕、サイラス・ルーサーは冷たい床に膝をついていた。


「……身に覚えが、ありません」


 震える声で絞り出した言葉は、周囲の嘲笑にかき消される。 僕の目の前には、勝ち誇った顔の弟のエドワード。そして僕の婚約者であったはずの、ケイティー・グローステスト侯爵令嬢が寄り添い合って立っている。


「見苦しいぞ、サイラス! 兄上がケイティーとの結婚を嫌がり、彼女のドレスに酒をかけ、さらには裏で平民の女と通じていた証拠は上がっているんだ!」

「そうですわ。あなとのような薄気味悪い『白』い男、こちらから願い下げですわ!」


 ケイティーは扇子で口元を隠し、僕をゴミを見るような目で見下ろした。  

 証拠?そんなものあるはずがない。僕は今日、生まれて初めて家を出たのだ。監禁されていた僕が、どうやって平民の女と会えるというのか。

 けれど父であるルーサー侯爵すらも、冷酷な目で僕を見捨てた。


「不吉な子だ。やはりお前を外に出すべきではなかったな。いいだろう、婚約破棄を認めよう。エドワード、お前がケイティー嬢の新たな婚約者だ」


 広間に拍手がわき起こる。

 僕はただうつむいた。銀色の前髪が視界を遮る。

 どうせ、僕の人生なんてこんなものだ。暗い部屋で犬の餌のような食事を与えられ、父と弟の代わりに山のような書類を処理するだけの、名もなき機械。

 誰も助けてくれない。誰も、僕を見てくれない。


 そう諦めて目を閉じた、その時だった。


「――やかましいですわね。せっかくの美しい音楽が台無しですわ」


 凛とした鈴の音のような声が響いた。

 騒がしかった広間が一瞬で静まり返る。

 コツ、コツ、と硬質な靴音が近づいてくる。それは優雅な淑女の足音というよりは、戦場を駆ける騎士の足音に似ていた。


 視界に燃えるような赤いドレスのすそと、磨き上げられた乗馬ブーツが見えた。


「ヤング伯爵令嬢……!?」


 誰かが息を呑んで呟く。

 イレーナ・ヤング。 若くして馬術大会を制し、亡き婚約者を一途に守り抜いたという、この国の令嬢たちの憧れの的。…通称『白馬の王子様』。


 彼女は僕のすぐ目の前で立ち止まると、跪いている僕の顎を、細い指先でクイと持ち上げた。


「…あら」


 至近距離で目が合う。

 彼女の瞳は、意志の強そうな美しい琥珀色をしていた。

 僕はその眩しさに目を細める。


「ルーサー侯爵。確認ですけれど、この方は今、婚約を破棄され家族からも見捨てられた…ということで相違ありませんわね?」


 イレーナ様が、僕を捕らえたまま侯爵に問う。


「あ、ああ、そうだ。その不吉なゴミは、もう我が家には不要なものだ。明日でも叩き出すつもりで――」

「でしたら」


 彼女は侯爵の言葉を遮り、満面の笑みを浮かべた。

 それは獲物を定めた猛禽のような、美しくも恐ろしい笑みだった。


「その『ゴミ』、私がいただきますわ」


 ――え?  思考が止まる。今、この人はなんて言った?


「イ、イレーナ嬢、何を…!? 君のような高潔な女性が、こんな欠陥品を――」

「欠陥品? ふふ、おかしなことを。これほどまでに美しい『月光の髪』をお持ちで、逆境にも耐え抜く強靭な精神をお持ちよ。私には、泥の中に落ちたダイヤモンドに見えますわ」


 彼女は僕の手を、まるでお姫様を扱うかのような手つきで取った。ガサガサに荒れた僕の手が、彼女の温かくやわらかな手に包まれる。


「……っ」

「震えなくていいのですよ、可愛い人。これからは私が、あなたを害する全てのものから守って差し上げます」


 彼女は僕を軽々と抱き起こすと、周囲の貴族たちを一喝するように見回した。その覇気に、僕を嘲笑っていた連中がそろって後ずさる。


「お父様」

「ああ、分かっているよ、イレーナ」


 人混みの後ろから、丸眼鏡をかけた優しそうな男性――ヤング伯爵が、何故かとても楽しそうに歩み寄ってきた。


「ルーサー侯爵、書類の手続きは後日。…ああ、息子さんの『身の回り品』は一切不要です。我が家で最高級のものを揃えますから。では、失礼」


 イレーナ様は僕の肩を抱き寄せ、エドワードとケイティーを完全に無視して、出口へと歩き出した。

 生まれて初めて触れた、他人の体温。石鹸のいい香りと、彼女のドレスの衣擦れの音。


「……あ、あの」

「外には私の馬車が待っています。お腹は空いていませんか? まずは温かいものを食べましょうね」


 彼女の横顔は、夜会の灯りよりもずっと輝いて見えた。 僕は、彼女に導かれるまま、夜の風の中へと連れ出された。


 これが、僕がゴミから溺愛される夫になるまでの、最初の一歩だったなんて、この時の僕はまだ何も知らなかった。

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