真実の中の嘘

のまのまのひと

第一章 犯行当日

 僕の前に死体が転がっている。それはどうやら女の人らしい。虚ろ、というのはこういう様相を呈するらしい。暗く窪んだ眼と赤黒く溜まった血、目の前に広がる景色すべてが目の前のモノが死体であると物語っている。さて、一つ疑問が残る。誰が殺したのか、ということである。それは僕だ。

 僕は恋をした。一目ぼれだったと思う。自分が恋をするとは思っていなかった。彼女の仕草や言葉、全部が特別だった。

どんなときにも僕の心には彼女がいた。

だから、これは恋だ。

 彼女は僕の先輩だった。大学のサークルで出会い、色んな話をした。授業の話、好きな音楽の話、いろいろな話をしたけれど、特に盛り上がったのが好きな小説の話だった。僕も先輩もミステリー小説が好きだった。王道のミステリーから昔の名作までいろんな小説を知っていた。

僕はそんな彼女に惹かれた。僕は彼女に恋をした。

 「先輩、僕と付き合ってくれませんか」

だから、僕が告白するのは当然だった。人生初の告白だった。

「ごめんなさい」

 一言だった。その一言で、先輩と僕の関係は終わった。

 見下ろすと女性らしき死体があった。悲しそうな表情をしている。白いブラウスが血だまりの中に少しづつ染まっている。 

「なんで?」

 意味が分からなかった。さっきまで僕は先輩に告白していたはずだった。

なのにどうして僕は死体を見下ろしているのだろう。なぜだろう、僕の告白は…?

僕の頭の中には、先輩の困ったような表情だけがこびりついている。

これは果たして現実なのか、僕にはわからなかった。 

 「先輩?」

 僕の中の不安を押し殺すように死体に駆け寄る。血だまりの中に踏み入れることになるが気にしている余裕などなかった。

恐る恐る死体の顔を覗き込む。それは紛れもなく先輩の顔をしていた。

悲しそうな、それでいて何かを言いかけた顔をしている。

でも、何を言いかけたのかは僕にはわからない。

僕には殺した記憶がない。 

恐る恐る先輩の肩に触れた。

冷たかった。当然だ。

「先輩?」

もう一度呼びかける。

返事は帰ってこなかった。

当たり前だった。先輩はもう死んでいるのだから。

 受け入れるのに時間がかかった。

 

 「誰かに見られたらまずい」

 

 反射的にそう思った。

なぜだかはわからなかった。頭の中にこれまで読んだミステリー小説の犯人たちが浮かんできた。

 でも、違う、僕は物語の中の住人なんかじゃない。

だって僕は、殺してない。殺した記憶がない。

 

 そう思ったとき、僕の中で何かが引っかかった。

――伸ばされた手

――手すりの冷たさ

――虚ろに笑う僕の顔

僕の知らない記憶だった







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