第2話 集金 作・新田家亭孝之助(しんTAKA)
えー、世の中には「お茶をにごす」という言葉がございます。 何となく、その場しのぎだとか、ごまかす、なんて意味で使われますが、この「お茶」、いったい何のお茶か、ご存知でしょうか。 緑茶に、紅茶、ドクダミ茶……などなど、いろいろございますが、実は――抹茶なんだそうで。
昔は茶道なんてぇのは、一部のお偉いさんのもの。ところが、たま~に呼ばれてしまう。作法は分からない。だから隣の人を、そっと横目で見て、「……まぁ、こんな感じじゃろう」 と、見よう見まねでやる。つまり、適当な勘で、その場をごまかす。そこから「お茶をにごす」という言葉が生まれたそうでございます。
まあ、ごまかしというのは、感心できませんなぁ。 特に――金の勘定となれば、なおのこと。
――そこで本日は、 前回、電話番として働き始めたあの男の子が、今度は「電話料金の集金」を任されることになりまして。 この仕事、「だいたいこんなもんじゃろう」では、済まされない。ところが世の中には、ごまかす人、というのがいるものでして……。
さて、この若い男の子、どう乗り切るのか。「勘定」と「ごまかし」をめぐる一席。
*
ソフトボールで六年生を負かした分校の児童は、その後も毎日、練習に明け暮れており、秋が深まる頃には、朝練と称して早くから授業前の練習を行なっていました。 もちろん、益男も早くから駆けつけて一緒に練習しています。すると、登校されて来た男先生が声をかけます。
「新田君、みんな、おはよう」
「あ、先生、おはようございます」
「おはようございます!」
みんな口々に挨拶をします。それから男先生は益男に手招きをしました。
「新田君、ちょっといいかの」
呼ばれた益男はなんのことかわかりませんでしたが、とりあえず子どもたちに向かって、
「おい、練習しとれ。ちょっと行ってくるけぇ」
と声をかけて男先生の元へと向かいました。
「先生、おはようございます。どうしました?」
「おはよう。それにしても、相変わらずみんな上手じゃのう。これなら他の学校と試合しても面白いかもの。また校長先生にかけ合ってみよう」
「ほんまですか? みんな喜びます」
「ところで電話代の集金のことなんじゃが、今まで先生が行きよったんじゃが、このところ本校に行ったり来たりで忙しいので、今度から新田君が行ってくれんかのう?」
「え、集金ですか?」
「ほうよ。じゃがまぁ、集金ゆうても、そがぁにたくさんの人が電話しにくるわけじゃなぁけぇ、毎月、十軒くらいのもんじゃ。みんな快う払ってくれる人ばっかりじゃから、心配せんでもええよ」
「……わかりました。じゃあ、今月から集金に行きます。なんか注意することはありますか?」
「この集金袋を持って行って、台帳に書いてある各家庭ごとの合計金額をもらって領収書を渡したらいい」
この当時の電話代はどこにかけても一回五円。用事がある人が分校に来て、電話するたびに台帳に名前を記入してもらっておき、後で月毎にまとめて請求することになっていました。
益男は少し不安を覚えながらも、男先生の頼みに応えようと承諾しました。
台帳を見て集金先を確認します。ほとんどの人が数回程度の利用で数十円でした。と、一人だけ百五十円の人を見つけました。
「先生、この中森さんって人、えらいいっぱい電話しとってですね?」
「ああ、中森さんね。新田君も知っとるじゃろ。毎日、分校に来られて電話されとる人」
「ああ、あのちょっと怖そうな顔した人」
「怖そう? まぁ、そう見えんこともなぁが、あの人は村の助役をやっとった人じゃけぇ、いろいろ付き合いが多いんじゃろ。あ、あと、中森さんじゃが、お金は払ってくれるんじゃが、忙しい人での。明日にしてくれとか、今日はこれだけしか手持ちがないとか言われるかもしれんが、月のうちには払ってくれるけぇ、そのつもりで行ってくれ」
「え、そうなんですか? 大丈夫かの。不安になってきた」
「まぁ、わしならともかく、新田君みたいに若い子にそがぁに無理なことは言うてんなぁじゃろうけぇ、一度、行ってみんさい。善は急げじゃ。早速、今から中森さんのところに行って来い」
「今からですか? でも、授業の用意が……」
「そがんことはこっちでやるけぇ、行って来い」
男先生に背中を押された益男は、重い足取りで中森さんの家に向かいました。
*
中森さんの家の玄関先は、いつ行っても冷んやりとした空気が漂っています。
(ここんちの前はいつ通っても、なんか寂しいんよのう)
そう思いながら、玄関の扉を叩きました。
「中森さん、おってですか? 電話代の集金に来ました。中森さ~ん」
益男が声をかけても、なかなか出てきません。それでも諦めずに呼びかけると、ようやく奥から、不機嫌そうに顔を出した中森さんは、益男の顔を見るなり鼻で笑いました。
「……ん? なんじゃ、お前は誰じゃ?」
「分校で電話番をしている新田です」
「ああ、分校の小使いか。どっかで見たことある思うた。その小使いがなんの用じゃ?」
「はい、電話代の集金に来ました」
「集金? 集金はいつも男先生が来るじゃろうが?」
「はい、そうなんですが、男先生が忙しいので、今月からわしが代わりに集金に来ることになったんです。先月の利用代、百五十円、払ってください」
「百五十円? そがぁにわしは使うとらんど。お前、ウソ言うて、ようけぇ金取ろう思うとるんじゃろ」
「そがぁなこと、思うとりません。この台帳見てください。ほら、ちゃんと中森さんが自分で記入しとってじゃないですか」
「……ふん、お前、結構、抜け目ないの。まぁいい」
そう言うと中森さんは、棚から古びた財布を取り出し、指先を湿らせて小銭を数え始めました。
「なんぼじゃ言うたかの? 払うちゃる。ん?」
「じゃから、百五十円」
「おう、そうじゃった百五十円。じゃが、今は小銭しかないけえ、十円玉で払うけえ、よう数えとけよ。ほれ、いくど。一枚、二枚……」
わざとゆっくり小銭を落としていきます。
「……六、七、八。――おい、今、何時じゃ?」
「……九時ですよ。でも中森さん、次は九じゃ。時そばの真似してごまかそうとしても、わしには通じませんよ」
中森さんは、ニヤリともしません。ただ、ジロリと益男を睨みつけました。
「……生意気なやつじゃの。落語(はなし)の端くれを知っとるくらいで、えらそうに。……ほうか、通じまにゃあ、今日はこれだけじゃ」
そう言って、中森さんは数えていた小銭を益男の手に投げ出すように置きました。
「えっと、結局、何枚だ? 八、九、十……と、百円? 中森さん、これじゃあ足りませんよ。きちんと払ってください」
「うるさい。わしが今はこれだけじゃと言やぁ、これだけなんじゃ。残りが欲しけりゃあ、また明日来い」
「明日って……明日になれば、全部、支払ってくれるんですか?」
「まぁ、わしの気が向きゃあ、の。……もっとも、お前が、明日もここに来る根気がありゃあ、の話じゃがの」
中森さんは、益男が言い返す隙も与えず、ピシャリと戸を閉めてしまいました。
あとに残されたのは、冷たい空気と、掌にあるわずかな小銭だけ。益男は重い足取りで分校へと引き返しました。
*
「帰りました」
「おう新田君、どうじゃった? 中森さん、きちんと払ってくれたかの?」
「いや、なんじゃかんじゃ言われて百円しか払ってもらえませんでした」
「何? 百円?」
「はい、百円しかくれてんなかったです」
「新田君、すごいのう! 一回目で百円も回収できたのか。はじめて中森さんとこに行って、お金を少しでももらってくるたぁ、大したもんじゃ。なかなかできんで。この調子で明日も行ってこい」
「え、そうなんですか?」
「そうよ。わしが初めて行った時は一円ももらえんかった。じゃが、ちょくちょく行くようになったら払うてもらえるようになったんじゃ。じゃけぇ、心配せんとまた行って来なさい」
「わかりました。わし、また明日、行ってみます」
*
翌日、益男はまた中森さんの家で声をかけます。
「中森さ~ん、おはようございます。集金に来ました」
「なんじゃ、またお前か。なんの用じゃ」
「なんの用はないでしょ。電話代の集金です」
「しつこいのう。今、金がなぁけぇ、また明日の」
「ウソ言わんでください。昨日、財布の中に小銭がいっぱい入っとったじゃないですか」
「お前、人の財布の中、見たんか? 油断も隙もないのう」
「いや、中森さんがわしに見せるようにして十円玉出して数えとったじゃないですか」
「わしゃあ、お前に見せるつもりなんかわかったわい。お前が勝手に見たんじゃ」
「もう、いい加減にしてください」
「ふん、そう、そうじゃ。お前、ベーゴマとかメンコとか持っとるか?」
「どっちも持ってますよ」
「見せてみい。……ほう、このメンコ、売ってくれんか? 孫が好きでのう」
「まぁ、電話代払ってくれるんじゃったらいいですよ」
「なんぼね?」
「う~ん、五円くらい?」
「高~の! 一回の電話代とおなじか?」
「いや、こりゃあ他では手に入らんけぇ、それでも安いくらいじゃ思うんじゃけど」
「ほうか。そっちのベーゴマはなんぼね? ん? 十円か。これも高いのう。まぁええわ。そのメンコをもらおう」
「じゃあ、これと引き換えに五円と。……」
「おっと、そうじゃ。孫はメンコは持っとる言よったんじゃ。悪いんじゃが、やっぱりそっちのベーゴマと変えてくれるか?」
「いいですよ。じゃあ、これ」
「おうおう、ありがと」
(中森さんがお礼を言うなんてめずらしい)
益男は心の中でそう思いました。
「ところで、さっき五円渡したよの?」
「はい、もらいました」
「そうそう。そんで、このメンコをあんたに渡す。これ五円言うたの?」
「ええ、五円です」
「そしたら、さっきの五円とこのメンコが五円で、十円になるよの?」
「え? それは……」
「なるよの?」
「……なります」
「じゃあ、このベーゴマをもろいてええの?」
「ええ? それは……」
益男はうまく反論できません。
「なんじゃ、納得できんのか? そんなら電話代は払えん。また明日来い」
「え、そんなぁ~」
結局、どう言っていいかわからない益男は、トボトボと分校に帰ることにしました。
*
集金から帰ってくると、男先生が益男に声をかけました。
「新田くん、今日は中森さんの集金、できたかい?」
「ダメでした。あのおじさん、なんやらかんやら言うちゃあ、『明日また来い』しか言わんけぇ、行っても、払っちゃあもらえませんよ、先生」
「ほうか……仕方ないのぅ」
「え? 仕方ないでええんですか? そんなんじゃったら、みんな払わんようになるじゃないですか」
「それは、そうじゃの。じゃあ、新田くん。また明日、行って集金してくれるか?」
「……あんまり行きとうないのぅ」
「ほう。じゃあ、やめるか?」
「え? 集金を、やめてええんですか?」
「ああ、ええよ。その代わり――電話番も、おしまいじゃがの」
「え?」
「そりゃあ、そうじゃろ。集金ができて、はじめて一人前の電話番というもんじゃ」
「いやぁ……そりゃ、厳しいのぅ」
益男は首をかしげました。男先生は、にこっと笑って、
「まぁ、どうやったらお金を払ってもらえるか、よう考えて、また近いうちに行ってみんさい」
「……はぁ。考えてみます」
益男ははじめて、(電話番という仕事は、思ったより辛いんじゃのう)と心の中でつぶやいておりました。
*
翌日の午後、授業が終わった子どもらと、益男はキャッチボールをして遊んでいました。ですが、益男は集金のことで頭がいっぱいになって野球に集中できません。
「あんちゃん、いくよ」
「おう。……あ、しまった」
益男は、子どもが投げたボールを取り損ねました。
「え~、あんちゃん、どしたん? 捕れんボールじゃないじゃろ?」
「おう、すまんすまん。ちょっと考え事しよったけぇ、そらしてしもうた」
「もう、しっかりしてぇや。また本校とも試合があるかもしれんし、あんちゃんがしっかりしてくれんかったら、わしらどうしたらええん?」
「ほうじゃの。わしがしっかりせにゃいけんかったの。わかった、ちゃんとするけぇの。よし、みんな、やるど」
そう言ったものの、今日の益男は、ことごとく失敗します。
「あんちゃん、変じゃよ? 何、悩みようるん?」
「いや、なんでもなぁ。心配すな」
「もしかして……中森さんの集金のこと?」
「え? なんでわかるんね?」
「わかるよ。あそこのじいさん、偏屈で有名じゃけぇ」
「そがぁに有名なんか?」
「有名よぅ。わしらが家の前を通っただけで、『こら~! うちの周りで遊ぶなぁ!』って、すげぇ怒るんじゃけぇ。敵わんよ」
「ほうか……。じゃあ、やっぱり集金するのは無理かのう」
「無理じゃ思うよ。あ、でも……」
「ん? なんにゃあ?」
「役に立つかどうかわからんけど、前に二年のちいが、中森さんちに行ったことがあるって言いよった」
「え、ちえこちゃんが?」
「うん。『みんな怖がるけど、うちには優しかった』って」
「ほんまか?」
「うん、間違いなぁよ。ウソじゃ思うんなら、ちいに聞いたらええよ」
益男は、ブランコで遊んでいた、ちえこを呼び止めました。
「ちえこちゃん、中森さんの家に入ったことあるんだって?」
「うん、あるよ」
「どがぁな感じじゃった?」
「やさしかったよ。おかしとお茶、出してくれて、『ゆっくり食べてき』って」
「え? 中森さんが、そがぁなこと言うたん?」
「うん。あのおじいさん、一人暮らしじゃろ? なんかね、一人でおるんがさびしいみたいなこと、言うとったよ」
「……一人が、寂しい?」
その言葉を聞いた瞬間、益男の中で何かが繋がった気がしました。
(そうか……。じゃけぇ、『また明日、来いよ』って言うたんか……)
*
翌日、益男は再び中森さんの家へ向かいます。今度は逃げ腰ではありません。
玄関の扉を、勢いよく叩きます。
「中森さん」
「……また来たんか」
「今日は、金の話じゃありません」
「ほう?」
「昨日のベーゴマの勘定、考えとったら、どうにも腑に落ちんで。 中森さん、五円玉と五円のメンコで、十円にしたじゃろ」
「……したが、それがどうした」
「じゃあ聞きます。 中森さん、あの十円のベーゴマ、いまどこにあります?」
「そりゃあ、そこじゃ」
中森さんは金庫の上を指さします。
「ですよね。ほいで、中森さんが払うた『十円』は、どこへ行きました?」
「……お前が持っとる」
「いいえ。中森さん、五円を二回数えただけじゃ。金は増えとらん」
「ん?」
「昨日、もらえたのは五円。ベーゴマの値段の半分は、中森さんのふところに残っとる。じゃけぇ中森さんは、まだ払っとらん」
「……」
「でも、もうええです。昨日の勘定は、昨日で終わり。ただ、中森さんは『払った気』になっとる。 そこが、おもしろかったんで負けときます」
「わしは別に『払ったつもり』になってはおらんが。……お前、『壺算』を知らんのか?」
「『壺算』?」
益男の反応を見て、中森さんは、ふっと笑った。
「知らんのか。やれやれじゃのう。……まぁ、ええわ。落語はの、人生で起こるいろんな可能性を教えてくれとるものでもあるんじゃ」
「……はぁ、なんとなくわかる気がします」
と、中森さんは立ち上がり、箪笥へ向かった。
「電話代の百五十円、きっちり払っちゃる。それと、ほれ、このベーゴマも返しちゃる。ん? ああ、五円は返さんでいい。これはわしの話に付き合ってくれた礼じゃ。じゃがの、よう覚えとけ。世の中にはな、金より怖い勘定がある」
「……ありがとうございます」
益男は、頭を下げた。
「……ところでお前、ちえこに何か聞いたんか?」
「え? なにも……」
益男は、咄嗟に知らないふりをしました。
「ふん、まぁええわ。ところで電話代の百五十円じゃが、細かいのしかなくての。残りは全部五円玉で出すけぇ、悪いがしっかり数えてくれよ。どうじゃ。ほれ、金額は合うたか?」
「まぁまぁ、ちょっと待ってください。今、数えとりますから。一枚、二枚、三、四……」
「早うせい!」
「まぁまぁ、焦らんと。五、六……」
「わしは気が短いんじゃ」
「お、わしもです。気が合いますね」
「ふん、お前なんかと気が合うもんか!」
「合うと思いますよ」
「合うもんか!」
「いやぁ、絶対、合いますよ」
「なんでじゃ?」
「だって、」
「だって?」
「ようやく勘定(感情)が合いましたから」
おしまい
次の更新予定
落語小説 新田家亭益之助 ―福中村分校「電話番」三つの記憶― しんTAKA @Tmhhr2637
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。落語小説 新田家亭益之助 ―福中村分校「電話番」三つの記憶―の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます