メトロポリスヒーロー・メビウス
五平
都市経営の永久機関
第1話:バリアフリーへの強行突破
この街の足元は、腐っている。
国道三号線。そこには、昭和の高度経済成長期に取り残された『栄町歩道橋』が、錆びた鉄骨を剥き出しにして街を跨いでいた。コンクリートは剥落し、階段の段差は不揃い。人々の利便性のために作られたはずのそれは、今や都市の毛細血管を塞ぐ血栓でしかなかった。
「……また、あの子が転びそうになって」
歩道橋の麓。若い母親が、ベビーカーを抱え上げながら、近所の主婦にこぼしている。
「段差がガタガタだし、急すぎて。市役所に陳情を出しても『予算の優先順位が』って言われるだけなのよね。本当に、どうにかしてほしいわ」
「危ないわよねえ。昨日も、あそこで工事車両が立ち往生してたし。いっそなくなればいいのに、こんなもの」
その声を、路肩に停まった黒塗りのセダンの後部座席で拾った。
阿久津 弦(あくつ げん)は、膝の上でタブレット端末を叩く。画面には、自社――阿久津総合建設の今期公共事業受注リストが、無機質な数字の羅列となって並んでいた。
「秘書、あの歩道橋の解体および架け替えの試算は」
「……はい。行政の通常予算では、着工まで最短で三年。利益率は一・二%。正直、我が社が関わるだけ時間の無駄です」
隣で眼鏡を押し上げた秘書の九条が、事務的に、かつ冷徹に告げる。
阿久津は、窓の外でベビーカーを抱え、必死に階段を上る母親の背中を見つめた。彼女の靴の踵が、今にも剥がれそうなコンクリートの角に引っかかる。
「三年か。その間に、あの子があそこから転げ落ちる確率は? ゼロじゃないな。……市民は『今』、安全を求めている。行政が動かないなら、こちらから“需要”を迎えに行くしかない」
阿久津はタブレットの別のタブを、指先で弾くように開いた。
そこには「建設」の文字はない。暗い緑のインターフェースが、脈動するように発光している。
【生体兵器生成シーケンス:スタンバイ】
「重機型怪人『グラインダー』を起動。座標、栄町歩道橋。目標は、主脚の完全破壊。――ただし、死傷者は一人も出すな。これは、市民のための緊急再開発だ」
深夜。突如として街を震わせた咆哮は、不快な金属音と共に静寂を切り裂いた。
暗闇の中から現れたのは、巨大な回転刃を両腕に備えた異形の怪物――重機型怪人『グラインダー』。
怪人は咆哮と共に、アスファルトを深々と抉りながら歩道橋へ突進した。火花が夜の闇に飛び散り、信号機が飴細工のようになぎ倒される。その圧倒的な破壊の奔流に、野次馬たちは絶望の悲鳴を上げた。
だが、その絶望を切り裂くように、上空から一筋の銀光が降り注ぐ。
「――そこまでだ、悪しき獣よ!」
爆辞と共に着地したのは、白銀の装甲を纏ったヒーロー。阿久津自身がシステムを介して変身した姿だ。
彼は着地と同時に地面を蹴り、残像を残すほどの高速移動で怪人の懐へ飛び込んだ。右拳に高エネルギーが収束し、眩い光を放つ。
「輝け、スターライト・ブレイカー!」
渾身の必殺の一撃。
怪人の腹部へ叩き込まれた衝撃は、怪人の巨体を弾き飛ばし――背後の歩道橋へと叩きつけた。
ドォォォォォォンッ!
凄まじい轟音。歩道橋の主脚が、怪人の質量とヒーローの衝撃を同時に受け、耐えきれずに圧壊する。鉄骨が悲鳴を上げ、構造体が砂上の楼閣のように崩れ去っていく。
(……よし。破壊角度、予定通り)
フルフェイスのヘルメットの裏側。阿久津の瞳には、ヒーローの視界ではなく、ARで表示された「解体進捗率」が映っていた。
『ターゲット:老朽支柱C-3。完全破砕を確認。周辺被害、許容範囲内。解体工程、九八%完了』
先ほど放った派手な光を放つ必殺技も、怪人の猛攻を「あえて」歩道橋の支点に誘導するための、極めて精密な物理計算の産物に過ぎない。
阿久津は、粉塵の中で力なく消散していく怪人を見下ろし、内心で小さく舌打ちした。
(この角度で崩せば、後日の撤去作業も楽になる。……少しばかり派手にやりすぎたが、まあ演出代だ)
「怪我はないか? 安心したまえ。この脅威は、私が断つ」
阿久津は、集まった市民たちに凛々しく手を挙げて見せた。その視界の片隅では、待機させていた阿久津総合建設の重機部隊が、すでに現場付近の信号待ちでエンジンをふかしている。
翌朝。
そこには、昨夜の惨劇の跡を覆い隠すように、真新しい仮設通路と『バリアフリー化歩道橋・来週完成』の大きな看板が掲げられていた。
市民たちは、昨夜のヒーローへの感謝を口にし、阿久津社長の迅速な対応に惜しみない拍手を送っている。
社長室。
阿久津は、静かな優雅さでコーヒーを啜りながら、手元の端末に流れるシステムログを眺めた。
【本日のログ】
・怪人生成コスト:三〇〇万
・ヒーロー活動経費:五〇万
・災害復旧事業受注額:一億二千万
・市民満足度:+一五%
・判定:極めて良好な公共投資である
「……さて。秘書、次の『不満』を探そうか。この街にはまだ、壊すべき場所が溢れている」
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