第10話 魂の告白、あるいは友と呼ばれた日


 

 差し込む陽光に揺り起こされたとき、世界はすでに眩い昼下がりを迎えていた。


 全身を覆う重い疲労感。けれど、ぼくは跳ねるようにベッドを抜け出し、例の場所へと向かった。


 懐には、フレイ――あの少女のサインが記された依頼書を抱えて。


「闇市」と呼ばれる、日陰者の集まる吹き溜まり。その建物に入り、ぼくが依頼書を差し出した瞬間、場の空気が凍りついた。


「……仕事、終わったよ」


「――終わっただと!?」


 男たちが駆け寄り、ぼくを取り囲む。


「おい、これを見ろ。間違いねえ、フレイ様の筆跡だ。……本物だ。よく無事で帰ってこれたな、見直したぜ」


「いえ……普通に届けただけですから」


 ぼくは照れ隠しに鼻を擦り、本題を切り出した。


「ところで、この竹とんぼの依頼人を知りたいんです。どうしても、その人に会わなきゃいけないんだ」


 しかし、返ってきたのは非情な拒絶だった。依頼主の情報を守る「シークレット」という鉄の掟。どれほど粘っても、男は首を縦には振らなかった。


 机の上に置かれた1000ファナンの重み。今度こそ盗まれぬよう、ぼくはそれをポケットの奥深くへとねじ込んだ。


(捜査は振り出し、か……。でも、諦められない)


 それから三日間、ぼくは街中で必死に聞き込みを続けた。


 五十年前の若者。フレイに竹とんぼを贈った男。


 十人、二十人……。誰にも足を止めてもらえず、冷たい視線に晒されても、ぼくの足は止まらなかった。


 誰にも感謝されず、ただ恐怖の対象として孤独に街を守り続けるフレイ。そんな彼女に、せめてあの「恋」の続きを見せてあげたかった。


 けれど、現実は無情だった。五十年という月日はあまりに長く、誰も「彼」を知らなかった。


 四日目の夕暮れ。ぼくは項垂れ、逃げるように宿の自室へと戻った。


 扉を開けると、窓際に、あの少女――フレイが腰掛けていた。


「おかえり」


「フレイ、ぼく……」


 情けなくて、声が震える。約束を果たせなかった。自分はやっぱり、何をやってもダメな奴なんだ。


「もういい。もういいんじゃ、マリオ。……ありがとうな」


「そんなことない! ぼくは……ぼくはいつも、何の役にも立たないんだ!」


そんなことはない。ヌシは十分にやってくれた。」


 フレイは優しく言った。


「ヌシがワシのためにしてくれてるのをずっと…ずっと見ておった。」


「ほんにヌシは優しい心を持っておる。ありがとうな…」


 それを聞いたとき、人生における今までの贖罪が一気に押し寄せてきた。


 そして、とめどなく溢れる涙と後悔の念―――。


「ちがう! ちがうんです!」


「ぼくは元の世界でイジメられっ子だったんです!」


「それに抗う事もできず何からも逃げてばかり」


「そしてそのまま成人になってからも家から出ず仕事もしない」


「それだけじゃない! ゲームをやってはチートという汚いことをやって勝ち誇ってた………………」


「ぼくは...ぼくは……生きてても仕方ない、どうしようもない男なんです!」


拳を床に叩きつけた。鈍い痛みが走るが、胸の奥の疼きに比べれば微々たるものだった。


視界は涙で歪み、床板に落ちた雫が、情けない自分をあざ笑うかのように黒い染みを作っていく。


しばらくの間、部屋にはぼくの嗚咽だけが響いていた。


二十秒、三十秒――。


やがて、衣擦れの音とともにフレイの気配が近づき、震える声が静寂を破った。


「ヌシがワシを思って泣いてくれたろ?」


その声は、ひどく優しく、そしてどこか救われたような響きを帯びていた。


「え?」


 フレイさまを見上げると、フレイさまもまた涙を流していた………………。


「あの時のワシの気持ちがわかるか?」


「今まで対価など求めてなかったが、感謝もされないというのはやはり寂しいものじゃ……」


「ずっと孤独だったワシにヌシは光を与えてくれたんじゃ。」


 そう言ってぼくの顔を抱きしめた。


「ほんにありがとうな……」


 そうして2人でひとしきり泣いた―――。


 そして落ち着いてきた頃、フレイさまは言った。


「もし、元の世界に帰ることができたら……そのチートとやらを使うか?」


「――いいえ。絶対に使わない」


 ぼくは、自分の声に宿る確かな重みに驚いた。


「ぼくはこの世界で自分の足で歩く大切さを知った。下手くそでも、非力でも、精一杯頑張ることが、こんなに……こんなに自分を誇らしく思えるなんて知らなかったんだ」


「そうか。……それでこそ、ワシの友じゃ」


 フレイは、春の日差しのような満面の笑みを浮かべた。


「フレイ……友、って」


「何度も言わせるな、恥ずかしい。これからはワシを『さま』付けで呼ぶのは禁止じゃ。フレイと呼んでおくれ」


 彼女はぼくの手を取り、強く握った。


「ワシがヌシを守ってやる。何があってもな」


「……守るのは、男にさせてよ」


「ふふ、なら強くなってもらわねばな。期待しておるぞ、マリオ」


 ――異世界生活、数日目。


 ぼくは人生で初めて、最強の魔法よりも、膨大な金よりも、かけがえのない宝物を手に入れた。


 それは、ぼくを「友」と呼んでくれる、孤独な賢者の温もりだった。

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