あの子の胃袋のつかみ方

たい焼き。

あなたは何で胃袋をつかむ?

「これ、バレンタインだからあげるー」


 そう言ってクラスの女子がくれたのは、ガトーショコラ。ご丁寧に粉砂糖も降らせて、ビジュアルもバッチリ。

 クラスみんなに配るのか大きなトートバッグの中にひとつひとつ可愛くラッピングしたお菓子が入っていた。

 だから、そんなに親しくない私にもこうやってお菓子をくれるのだろう。


「あ、ありがとう」


 私は受け取ったお菓子をマジマジと見つめていたら、彼女は少し恥ずかしそうにして口元を手で隠した。


「ねぇ〜、綾川あやかわさん。そんなにジロジロ見たら粗がわかるからやめてよ〜。恥ずかしいじゃん」

「え、いやお店で売ってるような出来で思わず見ちゃった……。鷹野たかのさんは女子力高いんだね」


 私が思ったことをそのまま彼女に伝えると、鷹野さんの顔がみるみる赤くなり茹でタコのようになった。

 赤いのを隠すように、両手でほっぺたを押さえている。


 私はこんな可愛いお菓子は作れない。

 なんというか、苦手なのだ。

 一応レシピを見ながら、作ったこともある。

 しかし、出来たお菓子はレシピの写真とは微妙に違うのだ。スポンジの膨らみが足りなかったり、生地が緩すぎて横に広がって焼き上がったり……。


 それを話すと彼女は「ガトーショコラは簡単だから、きっと失敗なく作れるよ〜」とほっぺたを隠したままニコッと笑う。


「出来たらあたしにも食べさせてね」


 そう言って、鷹野さんは仲の良いグループのところに小走りで戻っていった。



 本当に?

 その帰りに材料を買って早速作ってみたけど、彼女のようにうまくは作れなかった。


 私がキッチンでお菓子を作っていると、バイトから帰ってきたお兄ちゃんが私の後ろにある冷蔵庫をあけてコーラを取り出しながら私の手元を覗いてくる。


「もうバレンタイン終わったのに、まぁだ何か作ってんのか」

「うっさいな……別にいいじゃん」

「おーこわっ。どれどれ、お兄様が味見してやるよ」


 お兄ちゃんはそう言って、少しベタついたガトーショコラを一切れ口に放り込む。

 まだ食べて良いとも言ってないのに。

 しかし、この完成度では誰にもプレゼントすることは出来ない。お兄ちゃんには失敗作を消費してもらう係にでもなってもらおうかな。


 バレンタインチョコをもらっちゃったから、何かお返ししないとな〜。

 でもお菓子は上手に作れないし……。


 私はお返しをどうするか考えつつ、その日は眠りについた。



 翌日、学校へ行くと昨日のバレンタインの空気はすっかりなくなっていた。


 元々私が通っている桜咲おうさき女学院は由緒正しき女子校で、学業に必要のないものは持ってきてはいけない。

 でも、バレンタインチョコのようなものは多めに見てくれる。

 特別な空気も昨日一日だけで、今日からまた見つかったら没収されてしまうのだろう。


 まぁ私には関係ない。


 私はクラスの中では影が薄い。 

 いつも教室の後ろのほうで静かに教科書を開いているので、こういうイベントには縁のない学校生活を送っていた。

 それが昨日、初めてクラスメイトから仕方なくだとしてもチョコをもらった。

 どんなものをお返しすればいいのだろう。


 朝からそのことを考えていたらいつの間にかお昼休みになってしまっていた。

 私はカバンから自分で作ったお弁当を机に出して広げた。

 この自分で作るお弁当も代わり映えのしない普通のお弁当。もう少し私に料理のレパートリーがあれば、映えるお弁当が作れるのかもしれない。

 今日は卵焼きにごぼうとにんじんのきんぴら、鶏のからあげ、ちくわの磯辺揚げ。彩りにミニトマトを添えてるくらい。

 女子高生のお弁当としてはとても地味。

 世の中の女子高生はもっと可愛いお弁当を食べているのだろうな。


 そんなことをぼんやり考えながらお弁当を食べようとしたら、私の目の前に鷹野さんがきた。

 私が無言で見上げると、鷹野さんは顔を赤らめながら何か言いたいことがあるのかモジモジしている。


「ねっ、ねぇ、綾川さん。良かったらお弁当のおかず交換しない?」

「え……なんで……」

「えっ……だって……」


 鷹野さんはまた言いにくそうに、両手をもぞもぞしたり、視線を右に左にと忙しなく動かして口をパクパクさせている。

 酸欠の金魚みたい。


「別に交換くらいいいけど……私のお弁当なんて、別に普通だよ?」


 私がおかず交換のオッケーを出すと、鷹野さんの目がキラキラした。


「う、嬉しい……ありがとう!」


 鷹野さんは私の前の席で向かい合うように座ると、お弁当を広げて「どれがいい?」と私に聞いてくる。

 鷹野さんのお弁当は同じ女子高生とは思えない、女子力の高いお弁当だった。

 ミニサイズのオムライスが3つに、枝豆が入ったポテサラ、小さなレタスがアルミカップ代わりに使われている。なんか花の形にカットされているにんじんとハムもある。別の小さい入れ物にはカットフルーツ。

 女子力で殴りにきた? マウントを取りにきた?

 私の茶色が多いお弁当と比べたら、とても華やかなお弁当だ。


 逆にどれをもらっていいのだろう?


 私が鷹野さんのお弁当をみて固まっている間に、鷹野さんが私に渡すおかずをさっと決めてしまった。


「このミニオムライスあげる〜。だから……その卵焼きもらってもいい?」

「いやこのオムライスはこの中だと主役でしょ。もらえないよ」


 このミニオムライスに私の卵焼きは等価交換にはならないでしょ。


「えーこれでいいよぉ」


 と鷹野さんは一歩もひかない。


「それならせめて唐揚げも一緒にあげる」

「良いの? やったー!」


 卵焼きだけでは不公平すぎて鶏のからあげも一緒にあげたら、小さい子供のように鷹野さんが万歳して喜んだ。


 それから週に1回、2回と鷹野さんがお弁当のおかず交換を持ちかけてくるようになった。

 鷹野さんは必ず卵焼きを欲しがるので、私は毎日お弁当に卵焼きを入れるようになった。

 一度面倒でゆで卵にしたら、この世の終わりのような顔をしていた。よほど卵焼きが好きなのだろう。



 そうしておかず交換をしているうちにホワイトデーがすぐそこまで迫ってきた。


 まだバレンタインのお返しを何もできていないので、いっそホワイトデーのときにお返しをあげることにした。

 そのために、またお菓子作りの練習をしているけど全然うまく作れない。


 お弁当なら簡単に作れるんだけどな〜。

 そうだ、せっかくなら……。


 私はお菓子作りの練習もそこそこに卵焼きの練習を始めた。



 ***



 ホワイトデー当日、今日も鷹野さんは変わらずおかず交換で卵焼きを狙ってくると踏んでいる。

 なので、今日はホワイトデーのお返しとして用意した。


 ドキドキしながらお昼休みを待つ。


「綾川さーん」


 お昼のチャイムが鳴るのとほぼ同時に鷹野さんが声を掛けてくる。


 きた。


 私はドキドキしながらカバンへ手を伸ばす。

 鷹野さんがニコニコしながら、私に向かい合うように前の席に座る。


「鷹野さん。あの……バレンタインのお返し。……としては地味なんだけど……」

「えっ……!」


 私は卵焼きを中心に、この1か月鷹野さんがよくおかず交換でもらっていったおかずを入れたお弁当を作ってきた。

 卵焼きにからあげ、きんぴらごぼうにナスと豚肉の味噌炒め、今回の彩りはミニトマトとタコさんウインナー。


 私に女子力の高いお弁当は無理だけど、今まで作ったおかずなら問題なく作れる。


 でもこんなお返しは困るかな?


 鷹野さんのリアクションがないので、ドキドキしながら顔を見ると、高野さんは顔を真っ赤にしていた。


 やっぱりダメだったか。

 どこかのお店でクッキーかなんか買ってくれば良かったかな。


「い、いきなりごめん。バレンタインのお返ししなきゃと思って……」

「……」

「お菓子も練習したんだけど、鷹野さんみたいにうまく作れなくて……」


 聞かれてもいない言い訳で間をもたそうとしていっぱいしゃべってしまう。


「ありがとう、いただきます」


 鷹野さんの落ち着き払った声が聞こえてくる。

 私があげたお弁当をゆっくりと広げてお弁当箱のふたをあけた鷹野さんはひと目でわかるほど、目がキラキラと輝き出した。

 それから卵焼きをパクっと食べると、ニンマリと笑う。


「綾川さん、これ……全部食べていいのぉ?」

「も、もちろん」

「すっごい嬉しいんだけど」


 そう言いながら、とても美味しそうに私のお弁当にぱくついている。

 食べながら一人でウンウンと頷いたり、小さく「ヤバい〜」と言いながらひたすらお弁当を食べてくれる鷹野さん。


 とりあえずお気に召したようで良かった。


 鷹野さんの様子に安堵して、私も自分のお弁当を広げて食べだした。


「ごちそーさまぁ」


 鷹野さんは心底満足したような笑みを浮かべて、両手を合わせて「大変美味しかったです」と言ってくれた。

 いつになく、鷹野さんのお弁当を食べる速度が早かった気がする。

 鷹野さんの目の前のお弁当箱はきれいに空になっていて、作った私も気持ちがいいくらい。


「お粗末様でした」


 私がお弁当箱を回収しようとすると、鷹野さんが慌てて制してくる。


「待って待って、何かお礼を……」

「……そもそもこれがバレンタインのお礼なんだけど……」

「あ、そっ、そっか」


 鷹野さんは恥ずかしそうに笑う。

 ホワイトデーとしては地味だけど、鷹野さんはお気に召してくれたみたいで良かった。

 私がからのお弁当箱を片付けていると、鷹野さんがまだ何か言いたそうにモジモジしている。


「あの……綾川さん……。お金払うからさ、また、お弁当作ってくれない?」


 鷹野さんはほっぺたを赤く染め、それを両手で隠すように覆い、恥ずかしいのか目を潤ませながら私を伺うように上目遣いで見てくる。


 これは……。私が男だったら惚れてしまっていたかもしれない。


「あたし、もう綾川さんの卵焼きなしじゃ生きていけない……」

「……じゃぁ、またガトーショコラ作ってくれたら……お弁当作ってくるよ……」



 どうやら、いつの間にか私たちはお互いの胃袋をがっつり掴まれてしまっていたみたい。

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あの子の胃袋のつかみ方 たい焼き。 @natsu8u

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