夢現世界の災凶姫~Disastress in the Parasomnias~

@saDripe

ストレプト湖底封印遺跡Ⅰ


 自分がプレイしてたゲームキャラの能力を持って異世界転移。いいよね、夢がある。


 百時間以上かけて育てた愛着あるキャラクターになりきって、目の前に現れたデカいモンスターを片っぱしからぶっ飛ばす。画面とコントローラー越しなんかじゃない、自分の体で爽快なアクションを決めて、派手な必殺技でドラゴンでも悪魔でもひとひねり。

 丸一日かけても探索し切れない巨大ダンジョンの中を駆け回って、報酬に宝石店やブランドショップのショーケースに並んでる高級品なんか目じゃないようなキラッキラしたお宝を手に入れて、帰ったら相棒のペットモンスターとうまい肉を食ってふかふかのベッドでぐーすか寝る。最高じゃん?


 理想はそうだろ。ライトファンタジーのRPGロープレだよ。廃墟みたいな街で臭ったゾンビを相手にするパニックも、のっそりした動きで頑張って進んでたら物陰から出て来たキモいクリーチャーに喰らい付かれて即死亡するホラーも、実際に行くならお呼びじゃない。

 そんで、行くにしたって強キャラがいいに決まってる。何年も続いてるソシャゲよろしくインフレしまくってたらなおよし。逆に対戦ゲームでバランス崩壊すると即弱体化ナーフされるFPSとか格ゲーのキャラなんて、異世界で無双なチートとは相性悪すぎる。


 現実?現実は……うん。



「なんで俺、夏休みだからってピ○様百戦耐久なんてしたんだろーなー。

 せめていつも通りソシャゲの周回して寝てたら、魔神でも宇宙怪獣でも一分でぶち殺せる力があったかもなのになー……」



『蟻嚧髗獹――――』

「るっせえ。キモいわ」

『ギバッッッ!!?』


 寝落ちして起きたらじめじめして出口の分からない遺跡の中だった。空も太陽も記憶の向こう側の光景ってくらいにはここでずっと過ごしてる。暗くて昼夜の感覚なんてないから具体的にどれだけ経った、ってのは分からんけど。


 俺のぼやきに応えたのだって、恨みがましく殺意の籠った化け物のうなり声。

 クモとサソリを足して2で割らずに腹から触手を生やしてるマジモノのクリーチャーで、可愛げなんて当然カケラもない。だってこれが俺よりデカい図体なのにゴキブリ並の速さで迫ってくるんだぜ?

 苔が生えまくった迷宮みたいな遺跡を探索して出くわすのはこんなんばっかり。ビビったりビリビリしたりぶっ飛ばしたりぶっ飛ばされたり、そんな『ばいおれんす』な『こみにゅけーしょん』しかここに来てやってない。仮にこのままの感覚で元の世界に戻ったら俺は3日持たずに警察のお世話になるというダメな自信がある。だって今ならケンカでリアルに人間を空の彼方まで殴り飛ばせるんだもの。


 流石に生身はかわいそうだからこれで対抗しろとでも言うんだろうか、気づいたら使えるようになっていたのは地上最強の座を黒いネズミと争う某黄色いネズミの加護っぽいなにかだった。ていうか自分がプレイしてたゲームキャラの能力を持って異世界転移だった。全然夢はなかったけど。


 電光石火な高速移動からの高電圧ショックか捨て身のたいあたりがメイン武器です。あと思いっきり爪で斬られたり角にぶっ刺されたりしてるのに「いてえ」で済む謎の格ゲー補正タフネス

 ただし流石に鋼鉄のしっぽはついてない。落雷?呼んでる手ごたえはあるけど屋根のある場所だと意味ないのはお察しだわ。ていうかやり過ぎて遺跡が崩れて生き埋めなんてアホ過ぎる死に様はゴメンなんで、数回しか試してないけど。ふわふわ漂う謎のボールも見当たらないから、『俺自身が電気玉になることだ』もできない。



………まあ見た目まで変わらなかったのはまだマシと思っておこう。可愛いマスコットの中に男が入るのは『うわキツ』なんてレベルじゃない。それが許されるのは超肉体労働な遊園地の着ぐるみだけだ。



 で、電球代わりにちょこちょこ放電してないと暗くてまともに歩けもしないダンジョンの中で、大乱闘スタイリッシュぼっちを強制された俺がどうやって生きてきたかなんだけど。


「さて、ドロップドロップ」


 倒したモンスターの死体は三十秒くらい待つとサラサラーって分解された後不思議な光を出しながら宝箱に変わる。うん、実にゲーム的。

 宝箱の中身も色々ランダムだが、手に取れば名前と使い方と効果が頭に浮かんで来る親切設計。………これ俺が原作知らないだけでなんかのゲームとかの世界に来てるんじゃないかと思う。○〇のキャラの能力を持って××の世界に、っていうのもお約束と言えばお約束だし。


 ちなみに今回の戦利品は。


『旅人の』シックなメイド服+73(装備/服)

 :体力増強AA

 :家事技能習得効率上昇S


 な?称号とか強化値とかアビリティとかこれ絶対ゲームだろ。そして+73とか絶対序盤の数値じゃない。チュートリアルどこ……?ここ……?

 そしてこんなの俺は着ないけど。着れる訳ないけど。ていうか旅人のメイドってなんだ。


 そういう感じで外れも多いけど、装備とか回復薬とか食べ物とか、あとそれらを収納しても膨らまない重くならない魔法のカバンとかはモンスターをしばき倒せば手に入るから食うものと着るものはどうにかなってる。ていうか最近割と腹が減りにくくなってる気がするし……まあ『満腹度』のある格ゲーなんて聞いたことないしね。

 あとは住むところ?あ、それ聞く?聞いちゃう?



「ただいまだぜ姫様っ!あー!何度見ても可愛すぎか?

 この顔見れるだけで生きてるって感じするのヤバい。どれくらいヤバいかってまじヤバい」



 この遺跡迷宮の安全地帯……っていうよりたぶん一番奥に“彼女”はいた。銀色の燭台の中でいつまでも燃え続ける青白い炎に照らされて、なんか魔法陣って感じで複雑に彫られた床の溝にきれいな水が流れ続けてて(飲み水とか体洗うのにすっげー助かってる)、その源流に据えられたどこまでも透明な結晶の中で眠る、美少女おぶ美少女。


 化粧だの映像効果だので底上げしまくってるはずのどんなアイドルでも敵わない、奇跡みたいに汚れの無い雪肌と芸術的な顔の輪郭。透明にすら錯覚する純白なんだけど、光の加減で虹色の幻想的な輝きが宿るさらさらの長髪。

 可愛さと美しさをぜーたくに極めて両立させましたと言わんばかりのご尊顔は、その長いまつ毛の下に閉じられた眼の色を想像するたびに心が熱くなる。腕も肩も腰も脚も細くて、でもぎゅって抱きしめたら絶対至福なんだろうなって見ているだけで思わせる柔らかな曲線を描くスタイル。


 作るのも着るのも洗うのもどれだけ手間が掛かるのか想像もできないひらひらふわふわのドレス衣装や髪飾りといい、見るからに『ザ・封印の間』に封じられてますみたいな現場といい、どう考えてもこの世界の隠しヒロインとかそんな立場の子なんだとは思うが―――まあ、どんな事情があったとしても知ったこっちゃない。


 たとえ寝顔しか見せてくれなくても、この可愛すぎる最強美少女が近くに居るというだけで理不尽な異世界転移を生きていく気力が湧いてくる。

 出口のない迷宮の奥、昼夜の感覚すらなくったって、目覚めた世界に彼女が居るだけで意識はハッキリパッチリするし、戦い疲れた時も彼女に感謝を捧げて目を閉じれば安らかに眠ることができる。

 スマホもゲームもない日常だって、こんな娘が俺の恋人になってくれたらってイチャイチャする想像の翼をひろげるだけで時間があっという間に過ぎていく。



「今回はメイド服が手に入ってさ。男の俺がこんなの持ってもって思ったけど、よく考えたら君に着てもらえればすっげー幸せじゃね?って。ベッタベタだけど『ご主人様~』って呼んでもらってご飯作ってもらったり、肩もんでもらったり、膝枕して耳掃除とかなー。にっこにこの花丸スマイルで全部ご奉仕してくれて、そんで全部終わったら遠慮がちに袖引いてくるの。『ごほーびに頭なでなでして欲しいです』って上目遣いで。それだけのお願いなのにずーずーしく思われないかな??なんてあり得ないこと心配するとことか、実際になでなでしたらほかほかした顔で安心するとことか、いじらしさが胸くすぐってくるっていうかああもう、想像しただけで絵面が反則過ぎるぅ~!!なんなの本当なんなんなの!!」



 こんな感じで。



 ……………うん。分かってる。キモい自覚はある。寝てる女の子相手に何勝手にふざけた妄想語ってんだって話な。でもこの姫様が可愛すぎるのが悪い(過激派)


 まあなんだ。実際のところ、俺の頭はとっくのとうにイカれてんのかもしれない。


 さっき斬られても刺されても「いてえ」で済むとは言ったけど、好き好んで痛い思いなんてしたい訳がない。でもモンスターと戦わないと食う物も着る物も手に入らない。

 コンビニで買い食いも出来ない。腹が減っても母さんが夕食を作ってくれてたりもしない。スイッチ一つでお湯が沸く風呂なんかここにはないし、ましてや風呂あがりにアイスなんて二度と食えやしない。……俺のダッツ、また父さんが勝手に食ったんだろうな。

 もうクラスの連中とネタ動画見て笑うこともなければ、誰かが学校に持ち込んだ少年マンガ回し読みしてバカ騒ぎすることもない。


 異世界転移。夢がある。夢しかない。そこに現実はない。俺が生きてきた現実は、もう俺の記憶の中にしかありはしない。


 本当に一人きりなら、最初にクマみたいな体したネコにボコボコにどつき回されて命からがら逃げ出した時に折れてたと思う。痛みに震えていじけて、何にともなく悪態をついて、そして何もしようとしないまま渇いて死んでた。

 でも逃げて逃げて逃げ込んだ一番奥の迷宮の底、あの娘が居てくれたから。たとえ俺が生きてるうちに目覚めることなんてなくて、声も瞳の色もずっと分からないまま眠り続けるお姫様のままでも。


 意地を張って、意地汚く生きようと思えた。こんな娘が恋人だったらなんて幸せな妄想を勝手に抱いて、それをかみしめ続ける為なら化け物とだって殴り合ってやるって。ネコごときが調子に乗るなこっちはワールドクラスでレジェンドな電気ネズミ様の加護があんだよって。


(だからさ……ありがとう。名前も知らない、可愛いお姫様)


――――本当に言いたい言葉だけは伝えられないまま。




 それからは、それなりには頑張れたと思う。あのネコにリベンジして、ドロップした『活力の』ネコミミ(強化値+42、頭アクセサリ、再生B付与)をあの娘がかぶってにゃんにゃんする妄想を語って。そして地味に便利だからしばらく自分で使って。おえ。

 戦って。一生懸命励ましてくれる仕草が可愛いあの娘の妄想。疲れて眠って。膝枕頭なでなでをおずおずとやってくれる健気さが可愛いあの娘の妄想。戦って。勝利に一緒にはしゃいでくれる無邪気さが可愛いあの娘の妄想。疲れて眠って。朝甘い囁きで起こしてくれるけどふと我に返って恥ずかしがって布団に潜っちゃう可愛すぎるあの娘の妄想。妄想デート妄想キス妄想こくはく


 『彼女に意識がない』のをいいことに、ひとりよがりな妄想を尽きることなく、飽きることなく。ネタなんて彼女の顔を見るだけでいくらでも湧いてくるから。

 どこか『初めて見た時よりも安らかになった』ように見える寝顔―――勝手な願望が見せる錯覚なんだろうけど―――に、勝手に幸せをもらいながら。



 まあどうせいつまで続くかも分からないぼっち生活、どれだけイタタタタなDT妄想を語ったって聞いてる人なんかいない訳だし。

 他人に知られたら全身にカユみが走るし、万が一本人に聞かれようもんなら悶えて転げ回って恥ずか死ぬような語りをしてもまったく問題はないからな!




【―――(こくこく♡♡♡♡)、………(てれてれ♡♡♡♡)、~~~~(いやんいやん♡♡♡♡♡♡)】




………封印されていた『彼女』が幽体離脱して、自分の身体のそばでなんかくっちゃべてる不審者を観察していたとも知らずに。そんなことを思ってたバカはマジモノの恥ずかしい人だったと思います、まる。





####


 次回、愛の力でヒロイン覚醒。

 一話終了してヒロインがまだ一言もしゃべってないし何なら主人公共々名前も分かってない不具合。


 一応補足ですが、ゲームキャラの能力を持って云々はこいつがそう思い込んでるだけです。特にピ○様のご加護とかは無い。あるのは『そう思い込んだから、この夢現世界パラソムニアではそうなった』という現象。


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