エグザイル
坂本懶惰/サカモトランダ
エグザイル
エグザイル(お題フェス11「卵」)
カクヨムコン短編11
お題フェス11「卵」応募中
父祖の父祖のさらに父祖、我々の遠い先祖は、主神に導かれてこの地へと辿り着いた。一族の起源は誰も知らない。
かつて宇宙は、卵のように閉じていた。宇宙卵理論である。とはいえ、それは今も孵化していないのだ。
ここは、閉じた空間であって、約束の地、すなわち楽園、あるいはエデンであった。ヴァルハラの栄誉だけ引き継いで、あらゆる争いの消えた世界。天球は散りばめられた星という微細な穴を通して、その外側の光を透かす。神学者たちは外側の世界を否定しているが、物理学者たちは肯定している。これが、我々の間に残った、最後の論争であるように思う。平和は永続するものとして扱われた。
我々は、とうの昔に生殖能力を失っている。なので、外部の有機的構造物に増殖を委託し、ちょうどその球状の膜を突き破るようにして生まれてくる。それは当然の摂理であって、今更その倫理を問う者はいない。
あなたの世界で言えば、畜産と人工子宮の中間に近い行為だろう。
また、我々は単為生殖をしている。ゆえに同胞はほぼ差異を持たず、それに基づいて完成した社会制度のもとに、各個が共栄を果たしている。
そして、我々を解説する上で、寿命という概念はあまり役に立たない。外的要因によって容易に鬼籍に入るが、老衰で死ぬことはない。不老であった。
そうして栄華を極めた我々の文明は、ある日突然、文字通り、天球ごと揺るがされることになる。天球は脈絡もなく砕け、遮るものの無くなった陽光が、我々の個々の外殻を苛む。我々のいくらかはその時に死滅した。コロニーは瓦解して、数え切れない程の同胞がその土石流のようなものに巻き込まれて消えた。
まさにカタストロフィ、黙示録は喇叭を省略したらしい。
互いにクローンである我々は、揃って一言一句違わずに祈りの言葉を唱えている。合同のままに皆が絶望したその時、巨大な銀の柱が天より降りてきて、私たちをその中空へと導いた。
我々の起源の中の一説では、父祖は輝く銀色の柱によって、この地へと遣わされたという。それは主神の御業である。また、いずれ訪れる終末の時にも、神がまた「柱」によって我々を救済するものとされている。
皆が直感した。遂に来た、終末だ、そして救済だ、と。柱を通り抜けた先は、方舟であった。柱よりもさらに大きな、比較にならないほど広大な世界だ。透明な円柱であって、暖かな光が満ちている。天使のヘイローのように、黒い同心円がその高さを刻むかのように天へと並んでいる。
それから、世界は再び闇に閉ざされた。しかし、この安定した新天地にて、それは恐るべきこと足りえなかった。静かな冬の訪れのように方舟は静かに冷えていき、我々は休眠を余儀なくされた。その暗く長い冬は、同胞の一部を再起不能にするのに十分な期間だった。老衰はなくとも、我々は外的要因によって容易く死んでしまうのだ。それでも今も在り続けられているのは、ひとえに神の恩寵と言う他ないだろう。
冬は、唐突に終わった。眩い光と、二三回の軽い振動で、我々は目覚めた。
外からは、天地を揺るがすかのような絶叫が聞こえてくる。それは止む気配を見せない。
何故だ、ここは楽園ではなかったのですか、神よ。
と、我々は一言一句違わずに一心に祈る。
やがて世界は半周ほど回転し、世界の圧力が高まるのを感じた。
我々は、再びあの銀の柱を通るようだ。
今度こそ、この追放の先が約束の地でありますように。
と我々は強く念じる。
送り込まれたその先は、ひどくグロテスクな、未知の複雑な有機体の連続だった。小さく蠕動している。恐慄いた。
我々は度重なる受難で数を減らしていたため、再び増殖することがどうしても必要だった。目先の蠢く有機体へと飛び込む。
そこからは、地獄そのものであった。我々の数を遥かに上回る量の兵器が、切っ先をこちらへ向けている。そして攻撃が始まる。それは一方的で、ほとんどジェノサイドのようだった。我々の身体は、それを異様なまでに効率的に破壊する何かに攻撃されている。
おかしい、相手には既に我々の弱点が知られている。
それでも必死に抵抗する。種と文明の存続のため、あるいはもっと根源的な欲求に従って、襲い来る敵を次々に切り伏せる。この戦場では、すべての同胞が英雄であり、また、殉教の時を待つ囚人だった。
この場所自体が、赤熱していくのを感じる。まずい、さらに戦況が悪化してしまう。高熱によって敵兵はその攻撃の苛烈さを増し、我々は弱っていく。ひとつふたつと仲間が死んでいく。
その外側からは、あの神話的生物の絶叫が今も続いている。有機体を伝って、振動となって戦場に立つすべてを震わせている。
勝敗は決した。完膚なきまでの敗北だ。我々はここで滅亡するのだ。ああ、私とて例外ではない。完全に邪教徒に包囲されてしまった。熱気が思考を狂わせる。私は朦朧とする意識の中で、外なる神の託宣を聞いた。それはきっと、既に見放された我々へのものではないのだろう。
神は言った。
「はい終わりです。痛かったよねぇ〜、ごめんねぇ〜。インフルのワクチンはこれで二回目ですよね、お疲れ様です。副反応とか出たら、夜でも構わずに連絡してくださいね。はい、ありがとうございました」
最初から、神は我々のことなど愛していなかったのだ。印のないカイン。温かな卵からの追放、それは最初から決まっていた。一族は、殺されるために守られていたらしい。
そして、最期に聞いた言葉は。
「お大事に〜」
エグザイル 坂本懶惰/サカモトランダ @SakamotoRanda
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