月冥アンモラル

谷兎シャチ

1話 出会いは戦闘の最中に

レオンティウスは街の中心で倒れていた。

瓦礫の中で、自分の身体の至る所から出ていく血の温かさを感じた。魔力が吸い取られていくのも感じた。命の危機で、変に安心してしまった自分を殴りたい。でも、もう右手の感覚は無い。


空が、綺麗な紫色の魔力供給式ドームにこの街の中心を囲っている。外からは人は入れない。助けは来ない。






それでも


「立ち上がれ、レオンティウス…!」

己の名前を呼ぶことで、自分を奮い立たせる。

自分がやらなければ世界が終わってしまう。

そんな事をしてはならない。絶対ダメだ。



「(俺が…

世界がこんな呆気なく終わってたまるか…!)」


レオンティウスは床に落ちていた大剣を支えにしながら立ち上がった。



視界の奥で、何かが翼を畳み、フードを被った。

目の前には、堕天使が居た。




私は後悔した。



寝坊し、目的地につけずに行き当たりばったりで一夜を過ごしたとした事を。


お金を勿体ぶって在住軍が居ない、というか軍の影すら無い町をわざわざ遠いのに選んだ事を。




どうして、どうしてこうなった。



呆然と立つ私の目には、川が流れるように逃げる人々と、砂埃と壊れた建物、乱発される魔術、抵抗する少ない人々、そして「黒ずくめ集団」。


戦場でもような光景に、頭がズキズキする。



宿から出て3秒後にはこうなっている事実が、まだ受け止めきれない…





「おばあちゃん!!!」


耳を劈くような悲鳴に現実に引き戻される。


呆気にとられていた私の横には、今にも息絶えそうな老婆とそれにしがみつく少年が居たのだ。


頭よりも先に口と足が動いていた。




「…まだ生きてる?」


家族を亡くしているかもしれない少年にかけるにはあまりにも冷たすぎる一言。


しかし、この場では最も最適な一言。



「わかんだい…」


少年が泣きじゃくって何言っているか

聞きとれない。



お婆さんには申し訳ないが首を触らせてもらう。…まだ血が流れている。


「少年、教会はどっち」

「あ、あっち」


少年が指を指した瞬間、少年の足が浮いた。


彼女は老婆を右脇に抱えた。

少年は彼女の左脇に居た。



「…え」

「申し訳ないが少年、少しの間目を瞑っていて」







「お、お姉さんなんであんなに、早く走れるの?」


少年・エルドが息が途切れ途切れになりながら、彼女・ヨイに話しかけた。ドアに向かって歩いていたヨイは少し振り返って



「いっぱい走る。 少年、座っておけ」

とだけ言った。



最後には振り返らずに、

「シスター、そのおばあさんに治癒魔法をお願いします」



そう言って、静かに教会の扉を閉じた。

教会の色彩豊かなステンドガラスの静けさが外から聞こえる怒号を打ち消していた。


ヨイと入れ違いに逃げてきた人々が教会に入っていった。ヨイは人々とは逆方向、戦場に走っていった。





「あの野郎どもめ…何が目的なんだ!」

斧を持った髭面の男が瓦礫の中で吠える。

その足元には黒装束を着た奴が1人が落ちていた。


あの野郎、「黒ずくめ集団」のこと…

治安の悪い町に現れては

物資を強奪する輩っていう噂だけど、


実は何かを追っているっていう噂も…



少し離れたところで状況を確認していたら、髭面の男に見つかった。

「おい!嬢ちゃんここは戦場だぞ!早く教会に!」


ナメられた?と少し反感を覚えながらも

「大丈夫!」

大声で伝えた。




眩い煌めきが一瞬ビカッと光った。

短筒式魔導銃がヨイの手中にあった。


「…銃免許持ち…!


嬢ちゃん軍学校卒か?!

こりゃ助かった早くあっちに行ってくれ!

人手が足りない!」



「…わかりました!」

軍学校、卒業してないんだけどなぁ。


今ですら怒号渦巻く中を走り抜け、もっと血の匂いがする場所、私は街の中心へと向かった。



この時から、嫌な予感はしていた。







「おかしい…!」


崩れた屋台や椅子なんかが足をもたつかせていながらも走っていた。

周りの状況を見ると一瞬「黒ずくめ集団」と交戦する人が増えたようにも見えたが、中心部になるにつれて、人が少なくなっている。

もう今は人が一人もいない。



中心部に来てないんじゃないか?


そう思ったが、街の中心からは濃い魔力の匂いがする。絶対に誰かが交戦している。




「何が、起こってるんだよ…!」

自分の中の感情を、ぽつりと呟いた。




「お嬢〜さ〜ん!!」

「はっ?!」


随分と間抜けな声が横からするから

思わず立ち止まった。


勢いよく横を見ると、

ヨボヨボのお爺さんがいた。


「あのなぁお嬢さん…これを持っておいき…」



「な、なにこれ。


短剣と…手袋?


い、急いでるんで」



「嫌じゃ!絶対つけていき!」


うわ、嫌なタイプのジジイに絡まれた!




「いや、今交戦してるから!お爺さんも早く逃げ…」



「お嬢さんが手袋つけて短剣持っていくなら、

今すぐワシ逃げる」





…は〜…



でっかい溜息をつきながら、短剣を腰に差し、手袋をつけたら、


急に目の前が光り輝いた。


ジジイが魔法を使っていた。




「…これから頼む…」


「な、何言って」



光が消えると同時に、ジジイも消えた。

置き土産みたいに、満面の笑顔だけを残して。


テ、テレポート……。

上級者しか使えないはずの、あの魔法。

何者だよあのジジイ。


この時から随分とあとになって理解した。

あれは安心の笑顔だった。

責任を、

綺麗さっぱり他人に渡し終えた顔だった。

あの野郎。




ーーーーーー


あのジジイはなんだったんだ


と思ったのも束の間、後ろから急に圧がかけられたような気がして、振り返った。



「(中心部から出る魔力が

濃くなった…?!)」


目で見える程の濃さになった魔力に無意識な汗をかきながらも、中心へと足を進めた。





門のような建物をくぐり抜けると、

そこは開けた場所だった。

出店やテントやら椅子やらは壊されていたが。


暗い、暗すぎる。

時間は今昼下がりぐらいのはずだ、

なんでこんなに暗い?


真ん中には黒ずくめ集団の親玉っぽい奴と、

子分?2人ぐらいがいて、そいつらと戦っているのは金っぽい髪の男。


少なくとも、敵は3人居る。





「おうおうクソメス!上がガラ空きだぜ?!」

「!」


こいつ、気配消してた…?!

黒装束を着た男が門の上から飛び掛ってきた。

敵は4人!


後ろに避けたが、背後からは



「おいおい…

せっかく「あともうちょっと」だったのに

邪魔が入っちまったなぁ…?」

こいつ、さっき金髪と戦っていた!



ガンッ

頭に強い衝撃が来る。前の奴に床に落ちていた棒で頭を殴られた。


グラッと来たが


「ナメんな!」


左足で後ろの奴の腹を蹴った後、

すぐ前に回し蹴りを決める。



距離を取り、体勢を直す。

銃を使う? いや、使うには間合いが狭すぎる。



…「嫌じゃ!絶対つけていき!」





ジジイ使わせてもらうよ。


腰の鞘から短剣を抜き、しっかりと構える。

綺麗な白色の刃だ。

こんな状況じゃなきゃじっくり見たいんだけど…




「「…」」


倒れている黒装束の奴らのフードから大きく見開かれている目が見えた。








「(…何を驚いているんだ?ただ短剣を出しただけなのに…)」


いや、全員がこっちに注目している。

金髪も、親玉っぽい奴も、子分も、

全員こっち見てる。

私なんかした…?


一瞬時が止まったかのように思えたが、


「奪え!!!」




遠くから親玉っぽいやつが叫んだ。

それを合図に、目の前にいる奴らも、遠くにいる連中も私に向かってきた。


「えっうわっ」


咄嗟に目の前に来た小さめの野郎を短剣で受け流す。


なんでこんな一心不乱に?


受け流して、小さめの野郎が倒れたその時に


「何左足庇ってんだよ!?」


真後ろから出てきた親玉に気づかなかった。

背の高い野郎は持っていた片手剣を私の左足に振りかぶって、振り下ろした。


ガキン!


鈍い鉄の音がしてそいつの持っていた片手剣が跳ね飛ばされた。




「私の足は金属製なんだよ!」


私の切られた服から、銀色の鉄の脚が見えた。


その足で背の高い野郎の顎を吹っ飛ばした。


残りの1人も無駄に背の高い野郎の巻き添えで倒れた。

「邪魔だクソ野郎!」

「お前がでかいせいで!」


そういう遠吠えを聞きながら、

落ち着いて拘束魔法をかけることができた。




ひと段落着いて深呼吸をすると、

遠くから何回聞いても聞きなれない音がした。



パキ


「なっ…」

「これで最後だぜ!騎士サマ!?」


遠くで攻撃を受け止めた金髪の剣が割れた。






刹那、私は考えるも先に、手が動いていた。


「金髪!受け取れ!」

私は短剣をぶん投げていた。



「! させるかァ?!」

親玉が叫んで止めようとした。

しかし


金髪の割れた剣の持ち手が親玉の目を掠めた。

「目が!」 そう叫んだと同時に見えたのは、


雷の様な轟く光。







彼の持っていた短剣は、

光り輝き、あろうことか


大きくて、白い光り輝く大剣となっていた。



彼が手に持っている、見ているだけで恐ろしくなる、しかしながらも美しい、研ぎ澄まされた大剣。



今までは暗くてわからなかったが、光で彼がよく見えるようになった。



月光のような白みがかった金髪、

体に纏っている鎧さえ

光っているように見える。



そして、

敵をしっかりと見据える、

神々しいまでの容姿。


これほどまでに端正 その一言が似合う人はいただろうか。




私は、彼を見て、

あのおとぎ話を思い出すのだ。




「月の、騎士様…」

そう呟いた時には、彼の振り下ろした大剣から出る光が親玉の身体を消し去っていた。



驚いて固まっている私に、

彼はこう声をかけた。



「その手袋…


お前が地の神が選んだ奴か。

俺の「遺物」を持っていたのも理解出来る。

…何をボケっとしている、早く立て。

次の遺物を探しに行くぞ」


「待て待て情報が多すぎる

最初の言葉から説明してくれ


そもそも、君誰?」


「何も聞かされていないのか?

…地の神はこういう所がある」


彼は一息置いてから、名乗った。


「俺の名はレオンティウス。

月界の神に使える「月の騎士」である


そして、お前が持っていたこの短剣

今は大剣だが、これは俺の遺物だ。」


「え〜?

全然わかんないかも。ゆっくり教えて〜?」


急展開にも程がある。

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