俺は極道、親友は魔王。物資交換(トレード)で互いの世界を無双する。
米澤淳之介
第1話 【帰還】東京の夜景と、異世界からの定期便
東京、港区。 地上200メートル、一泊200万円の超高級ホテルのスイートルーム。 眼下に広がる、宝石を散りばめたような東京の夜景を見下ろしながら、俺――古賀 蓮(こが れん)は、静かにグラスを傾けていた。
背後では、日本を代表する与党の大物議員が、高級イタリア製のソファーで小さく震えている。
「……こ、古賀さん。本当に、私の末期癌が治るんですか?」
議員の声は掠れていた。 現代医学では余命三ヶ月の宣告。金も権力も持っている彼が、最後にすがったのが、俺のような「裏社会のフィクサー」だった。
「治りますよ。現代医学では不可能でも、私の『コネ』なら可能です」
俺はテーブルの上に、小さなガラス小瓶を置いた。 中に入っているのは、透き通るような青い液体。 照明を受けて神秘的に輝くそれは、異世界で精製された『上級ポーション(ハイポーション)』だ。 あっちの世界(異世界)なら金貨一枚(約十万円)で買える代物だが、この魔力のない地球においては、まさに「神の奇跡」に等しい。
「代金は、例の『湾岸エリア再開発計画書』の裏データ。それと、裏金3億円で」
「は、払います! 払いますとも! 命さえ助かるなら、そんなものは安い!」
議員は震える手で小瓶を掴み、一気に飲み干した。
瞬間。 ドクンッ、と議員の心臓が強く鼓動した。 土色だった顔色が、みるみるうちに薔薇色へと変わっていく。全身の細胞が活性化し、体内に溜まった老廃物が毛穴から蒸気となって噴き出した。
「お、おお……! 体が、軽い!? 痛みが消えた……!?」
議員が自身の腹をさすり、信じられないという顔で立ち上がる。その足取りは、数分前の老人めいたものとは別人のように力強い。
「商談成立ですね。……今後も、我が『古賀組』をよしなに」
「も、もちろんです古賀さん! いや、古賀先生! あなたは私の命の恩人だ!」
何度も頭を下げて帰っていく議員を見送り、俺は深くソファに腰掛けた。
帰還から、5年。 俺はまだ28歳だが、すでに関東最大の広域暴力団『古賀組』の若頭であり、政財界の闇を握るフィクサーとしての地位を確立していた。 だが、俺の本当の武器は「暴力」でも「金」でもない。 このスマホだ。
俺は専用アプリをタップした。 『接続中……』の文字と共に、ノイズ混じりの電子音が鳴り、やがてスピーカーから野太い声が響く。
『よう、レン。そっちはどうだ?』
「順調だ。今しがた、ジジイから3億巻き上げたところだ。……そっちは?」
『こっちは毎日が戦争(パーティ)だ。北のドラゴンをシメて、今はエルフの森を焼き払ってるところだ』
電話の相手は、かつて俺と共に異世界へ召喚され、地獄のような3年間を生き抜いた唯一の親友――堂島 牙流(どうじま がりゅう)。 あいつは今、異世界に残って「魔王」をやっている。
『お前が送ってくれた「対戦車ミサイル」、あれ最高だな。ドラゴンの鱗も紙みたいに吹っ飛んだぜ』
牙流が楽しそうに笑う。
「そりゃよかった。……こっちも、お前が送ってくれたポーションのおかげで、資金には一生困らなそうだ」
俺と牙流。 5年前、崩壊するラストダンジョンの最上階。神の軍勢に囲まれた絶望の中で、「どっちが残って魔王になるか」を『じゃんけん』で決めた俺たちは、今や二つの世界を股にかける共犯者だ。 あの時、俺がパーを出し、あいつがグーを出した。ただそれだけの偶然が、二つの世界の運命を変えた。
俺たちの固有スキル『魂の回廊(ソウル・リンク)』。 たとえ世界が離れていても、俺たちの魂は繋がっている。物質も、魔力も、情報さえも、スマホ一つで瞬時に「転送(トレード)」できるのだ。
現代兵器で武装した、最凶の魔王軍。 魔法薬と魔導具で武装した、最強のインテリヤクザ。 互いが互いの世界の「常識外(チート)」を補完し合う。これが俺たちの最強の切り札だ。
「で? 今日は何の用だ」
俺はワインを一口飲み、本題を促した。牙流から連絡が来る時は、大抵ろくでもない頼み事がある時だ。
『ああ、そうだった。……頼みがある』
牙流の声が、少しニヤついたものに変わる。
『こっちの聖女を捕虜にしたんだが、どうも扱いづらくてな。「殺すなら殺せ!」ってうるせえんだよ。……そっちに送るわ』
「は?」
俺は耳を疑った。
「おい待て。聖女って、あの教国の最高戦力か? そんな危険物をこっちに送るな」
『大丈夫だ、魔力封じの首輪はつけてある。……それに、顔はいいぞ? お前の好みだ』
「そういう問題じゃ――」
『地球の文化を仕込んで、毒気を抜いてくれ。教育係はお前に任せる! じゃーな!』
ブォンッ!!
俺の拒絶が終わるより早く、部屋の空間が大きく歪んだ。 重力が反転するような浮遊感。
次の瞬間。 スイートルームのふかふかの絨毯の上に、一人の少女がドサリと転がり落ちてきた。
「……っ!? こ、ここはどこですか!? 魔王の新しい拷問部屋……!?」
顔を上げた少女は、息を呑むほど美しかった。 透き通るような金髪に、宝石のような碧眼。ボロボロになった純白の聖衣からは、白磁のような肌が覗いている。そして何より、髪の間から伸びた長い耳。 間違いなく、エルフの聖女だ。
彼女は周囲を警戒し、俺と目が合うなり、敵意を剥き出しにして睨みつけてきた。
「……あ、悪魔め! 私は屈しないぞ! どんな責め苦を受けようとも、神への信仰は揺るがない! 殺せ、いますぐ私を殺せ!」
涙目で叫ぶ姿は、悲劇のヒロインそのものだ。
俺は大きな溜息をつき、スマホに向かって毒づいた。 「……送りやがったな、あの筋肉ダルマ」 通話はすでに切れている。 俺はスマホをポケットにしまい、怯える聖女を見下ろした。
「……東京だ。地獄へようこそ、お姫様」
俺はルームサービス用のワゴンから、夜食用の「カップ麺(シーフード味)」を取り出した。 殺しはしない。 まずは、この生意気な口を「現代文明(メシ)」で黙らせることから始めるとするか。
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第1話は、現代日本での無双(経済支配)と、まさかの「エルフ宅配便」でした。 次回、腹ペコの聖女様が現代文明(カップ麺)に敗北します。
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