実習の後

三年生の夏休みの実習が終わると、

学校の時間は、

一気に進路の話に傾いていった。


オープンキャンパス。

進学説明会。

進路希望調査。


掲示板に貼られる紙の内容が、

いつの間にか、

「将来」という言葉ばかりになっていた。


私は、

特別に行きたい学校があったわけでも、

なりたい職業が決まっていたわけでもなかった。


周りが資料を集めたり、

友達同士で進路の話をしたりしている中で、

私は、少しだけ距離のある場所にいた。


知的障害者支援施設での七日間は、

もう終わっている。


特養の実習も、

戻ることはない。


それでも、

身体のどこかに、

あの時間の感覚だけが残っていた。


オープンキャンパスに行っても、

説明の内容が、

あまり頭に入ってこなかった。


資格の話。

就職率の話。

やりがいの話。


どれも、

間違ってはいないのだと思う。


でも、

人が食べられなくなることや、

痛いと言われた時の声や、

手を握られて離せなかった感覚とは、

うまく結びつかなかった。


介護職員初任者研修の修了試験は、

思っていたより、

あっさり終わった。


筆記試験で、

特別に困ることはなかった。


教科書に書いてあった通りのことを、

そのまま答える。


合格したと聞いた時も、

大きな達成感はなかった。


できるようになった、

という感覚も、

正直なところ、なかった。


修了証を受け取った。


紙切れ一枚なのに、

少しだけ、

重く感じた。


これで、

一区切りがついたのだと、

周りは言った。


でも、

私の中では、

何かが終わった感じはしなかった。


特養で感じたズキッとした痛みも、

知的の現場で見えた距離感も、

そのまま残っていた。


整理はされていない。

答えも出ていない。


ただ、

無かったことには、

ならなかった。


高校生活の終わりが近づいて、

卒業式の日程が話題に上るようになった頃、

私はふと、思った。


向いていたかどうかは、

結局、分からなかった。


でも、

人の痛みに、

慣れないままでいたことだけは、

確かだった。


それは、

弱さなのかもしれないし、

向いていない理由なのかもしれない。


それでも、

あの時間を通らなかった自分には、

もう戻れない。


祖父が亡くなった日のこと。

教室で泣いて、

途中で家に帰った日のこと。

特養で、

「痛い」と言われた時の声。

折り紙を折りながら、

一緒に笑った時間。


全部が、

同じ線の上にあった。


介護課程を選んだ理由を、

うまく説明することは、

今でもできない。


ただ、

選んでしまった、

という事実と、

そこで見たものだけが、

手元に残っている。


向いていると言われた。

でも、

最後まで慣れなかった。


それでも、

私は、

人の終わりや、

人の弱さを、

知らなかったふりはできなくなった。


それだけで、

この三年間は、

無意味ではなかったのだと思う。

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向いていると言われて、介護課程を選んだ 凪雨カイ @nagusame_kai

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