介護課程
介護課程に丸をつけたからといって、
何かが大きく変わったわけではなかった。
新学期が始まり、
教室は同じで、
席もほとんど変わらない。
違うのは、時間割の一部と、
廊下を行き来する顔ぶれくらいだった。
介護課程の教室は、
普通科の教室より少しだけ静かだった。
理由はよく分からない。
人数が少なかったからかもしれないし、
そういう雰囲気の人が集まっていたからかもしれない。
白衣を着る授業があった。
まだ新しい布の匂いがして、
袖が少し長かった。
最初に習ったのは、
介護の理念とか、
心構えとか、
人としてどうあるべきか、
そういう話だった。
板書を写しながら、
私はどこか現実感がなかった。
人の身体に触れるとか、
介助をするとか、
そういう実感は、
まだ遠いところにあった。
ベッドメイクの練習も始まった。
シーツの端を揃えて、
しわが出ないように引っ張る。
頭では分かっているのに、
手がうまく動かなかった。
何度やっても、
角がきれいに合わなかった。
隣の人は、
特に苦労する様子もなく、
さっさと終わらせていた。
「もう一回やってみようか」
先生にそう言われて、
私は黙ってやり直した。
できない自分が恥ずかしい、
というより、
どうしてできないのかが分からなくて、
それが少し怖かった。
座学の確認テストは、
それなりにできた。
教科書に書いてあることを覚えて、
その通りに答える。
それは、今までと同じだった。
でも、
実技になると、
途端に自信がなくなった。
「力を入れすぎないで」
「相手の立場を考えて」
そう言われても、
どのくらいが正解なのか、
感覚がつかめなかった。
それでも、
授業は進んでいく。
できる人と、
できない人を待ってくれるほど、
時間はゆっくりじゃなかった。
私は、
できない側にいることが多かった。
それが、
思っていた以上に、
堪えた。
向いていると言われた言葉と、
今の自分の手つきが、
どこかで噛み合っていなかった。
それでも、
辞めたいとは思わなかった。
楽しいとも思わなかったけれど、
逃げたいとも思わなかった。
ただ、
ここにいるしかない、
そんな気がしていた。
夏休みが近づくにつれて、
実習の話が出始めた。
特別養護老人ホーム。
老人保健施設。
障害者支援施設。
紙に書かれた施設名を見ながら、
私は少しだけ、
胸の奥がざわつくのを感じていた。
まだ何も始まっていないのに、
もう引き返せない場所に、
足を踏み入れてしまったような感覚だった。
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