小人の冒険(暴言)[日本語翻訳版]
UG抹茶
壱 トゥンドゥの森の冒険記(能天気)
皆さんは、トゥンドゥという名のクソガキを知っているだろうか。トゥンドゥは小人の少年である。「頭痛が痛い」のような同じ意味の重複に感じるかもしれないが、ここでいう小人とは種族名を指す。要するに、トゥンドゥはロトーツと呼ばれる小人族のガキンチョということである。
ロトーツ族は、地中に住居となる巣穴を掘って暮らす、穏やかで大人しい生き物だ。元々は、木の洞や石で組んだ家に暮らす者も多かったが、捕食者から身を隠すために生活様式を変化させていった。
柔軟な知性をふんだんに使った生存戦略。トゥンドゥはそんなロトーツの誇りに対してうんざりしていた。彼にとって密かに暮らす生き方など、くそくらえの極み、馬鹿馬鹿しさの権現であった。それもそのはず、トゥンドゥは落ち着きのある両親の性格をこれっぽちも遺伝していない、逆張り精神まっしぐらな猪突猛進わんぱくボーイだったのだ。
気になったことはやらずにいられない性格だったこの童子は、巣穴を拡張しようと壁を掘ったら「土砂が崩れるからダメ」と親に止められ、梯子のてっぺんに座ってご飯を食べていたら「落ちるから止めなさい」と言われ……そのうえで、如何に慎ましい生活が素晴らしいのか説かれたところで、トゥンドゥの耳に入るはずもない。その結果、此奴は言うこと聞かない悪童に成り果ててしまった。
どこの世界でも育児は一筋縄ではいかないのだろう。トゥンドゥがイタズラ小僧になるのも、仕方のないことかもしれない。
だからといって、この悪ガキが備蓄しておいた木の実を一晩で食い尽くしたり、長老が眠っている間に長い顎髭を全て引っこ抜いてお絵描き用のブラシを作り、代わりにその辺の根っこを顎に貼り付けて、新品のブラシで顔に落書きをする、といった悪行を容認することは出来ない。貴様お気に入りのナイフに唐辛子塗ったことまだ忘れていないからな。おかげで舌が未だにヒリヒリしているんだぞ!
とにかく、トゥンドゥは日々の生活からでは刺激を得られず、退屈な日常を過ごしていた。まずはその日常がどんなものなのか、ロトーツ族の生活について紹介しよう。
トゥンドゥは二十三人のロトーツたちと群れで暮らしていた。彼らの家は、例に漏れず小人族伝統の地下コロニーとして作られていた。構造としては、蟻の巣のように細い通路と広い部屋から成っており、数箇所ある地上への出入口は落ち葉と石でカモフラージュされていた。暗い穴の中で生活できるほど夜目が利くロトーツ族は夜行性であり、夜になると時々外へ出て木の実や虫、動物の死骸を頂戴して暮らしていたのだ。
好奇心旺盛なトゥンドゥは巣穴でじっとしているのが嫌いで、幼い頃から(言わずもがな今現在も途轍もなく幼いちびすけだが)外へ行ってみたくて仕方がなかった。そして遂に、青二才は三歳(人間換算六歳)の頃、親に頼んでみたことがある。
「穴に引きこもっててもつまんねー! なんで俺は外に行っちゃ駄目なんだよ!」
トゥンドゥの両親は頭を抱えた。気づいている方もいるだろうが、既にトゥンドゥは手のつけられない癇癪持ちのイタズラ暴走坊主に仕上がりやがっていたのだ。
「外は危険なのよ。小さな生き物を食べたくてたまらない恐ろしい猛獣たちがたくさん蠢いているんだもの……ああ怖い。そもそも私たちのご先祖様が隠れて暮らすようになったのはね……」
もうこの時点でトゥンドゥは怒って喚いていた。
「外へ出せー! ここから出せーーー!!」とひっくり返って叫ぶ様は、まるでブタ箱にぶち込まれた囚人のようである。これを文字で読む分には滑稽だが、狭い巣穴の中で喚かれたら反響しまくってたまったものではない。
困り果てた両親を見かねて、顎がツルツルの長老が一つの提案を持ち掛けた。
「トゥンドゥ、お前さんの親の言う通り穴の外は危険なものでいっぱいじゃ。外へ出かけて食料を調達してくる部隊も、この群れで力自慢の者たちに任せてある。そこでどうじゃ。そやつらの中で、一人にでも力で勝つことが出来たら、外出部隊の仲間に入れてやろう。それで文句無かろう?」
「言ったな、じじい! 約束は守れよ!」
こうして、第一回ロトーツ外出部隊選抜試験と称した腕相撲大会が開催された。結果はもちろん皆さんお察しの通りである。日頃の恨みを晴らすべく、外出部隊の大人三人はトゥンドゥをコテンパンのボコボコに負かした。
長老も人が悪い。こうなることが分かっていてトゥンドゥをけしかけたのだろう。顎髭の仇を討つためにここまでやるとは、人の恨みつらみといった感情の方が、外にいる天敵なんかよりもよっぽど恐ろしい。
「ほっほっほ、これではお前さんを外に出す訳にはいかんのお」
「まだトゥンドゥには早いってことだ」
「まあ、力の差がありすぎるもんね。諦めなさい」
「せいぜい頑張るんだな、ちびすけ」
外出部隊にワンパンされた挙句、滅茶苦茶煽り散らかされたトゥンドゥは、無言で立ち上がりスタスタと立ち去っていった。いつもなら癇癪を起こして暴れ回るのに。不思議なこともあるものだ。明日は赤い雪でも降るのかもしれない。
「長老もたまには良いこと思いつくな」
「そうね、これで少しは懲りたでしょ」
「だけど、やけにあっさりと引き下がるな」
外出部隊の三人は拍子抜けすると同時に、少し不気味に感じた。大人ロトーツたちはまだ知る由もなかった。トゥンドゥがここで終わるはずが無かったということに。トゥンドゥにも妬み嫉みといった恐ろしい負の感情が芽生えてしまったことに。
あんなに外へ出たがっていたトゥンドゥは、自分専用の小さな穴を掘って入口を板で塞ぎ、完全に引きこもってしまった。皆と顔を合わせるのは食事の時くらいで、滅多に自分の世界から出てこなくなってしまったのだ。
「どうしたんだろうなあいつ。話しかけても無視しやがるし」
「拗ねて泣き寝入りしているんじゃない? そのうち機嫌直すでしょ」
「まあでも、いくら日頃の鬱憤が溜まっていたとはいえ、子供相手に些か本気を出しすぎてしまったかもしれないな」
外出部隊の三人は申し訳ない気持ちになったが、そんなものは一瞬だった。トゥンドゥのイタズラは、ダイヤが乱れることなく至って平常運転だったからである。むしろ負けた腹いせで、出血大サービスいつもより本数を多くしております状態であった。
手始めに、外出部隊の運び屋担当、キヤリの荷車はバラバラに分解されていた。しかも、長老の顎髭製ブラシで描かれた変顔の看板に強制転生させられ、穴のあちこちに建てられていた。
「グワーッ何だこれ! やりやがったなあの野郎!」
と同時に、キヤリの怒号を上書きするが如く悲鳴が上がった。調査担当サチの迷彩服が一つの塊に縫われて、巨大なクッションと化していたのだ。もちろん変顔の落書き付きである。
「きゃああああ! あたしのお気に入りの服があああ!」
武器マニアで解体・伐採担当のフェリンも被害に遭っていた。彼の部屋に飾ってあった槍や鎌も分解・再構築され、骨格標本のような見た目のよく分からない獣に組み立てられていた。これもやはり人を馬鹿にしたような変顔をしていた。
「パパ、だいじょぶそ?」
「……息子よ、トゥンドゥに何か嫌なことをされたらすぐに言うんだぞ。パパの拳が火を噴くからな」
トゥンドゥの両親を含め、大人ロトーツは知らなかったのだ。この小僧、途轍もなく負けず嫌いだったのである。どうやら引きこもったトゥンドゥは、あの腹が立つ大人や、外の大きな生き物をぶちのめすために、独学でトレーニングをしていたらしい。土人形を作っては、突きや蹴りといった徒手空拳で壊す日々を繰り返していたようだ。この子供、この時点でまだ齢三歳(くどいようだが人間換算六歳)である。もう既に戦闘狂の片鱗が見え隠れしていたのだ。
しかもこの童、小賢しさもグレードアップしていた。今までは、正々堂々と悪さをしてしかられていたのだが、腕相撲大会以降で奴の犯行現場を見た者は誰もいなかった。トゥンドゥは隠密行動も上手くなり、人目を盗んで犯行に及んでいたらしい。まさか反抗期が進化して犯行期になるとは、一体誰が予想出来ただろうか。いや、予想出来る訳がない(反語)。
ちなみに憶測の表現が多いのは、本当にそのような行動をとっていたか分からないからである。もっとも、他の十九人の小人がそんなことしていないのだから、トゥンドゥが犯人で間違いないのだろうが……実際は別犯人もいたことが明らかになる(もちろんトゥンドゥも犯人である。当然である)。
「どうやらあの子、隠れて鍛えているみたいよ。ここまで迷惑をかける子になってしまうなんて……」
「すまない、私たち親が止めなければいけないのに」
両親はすっかりやつれて萎れてしまっていた。しかったらイタズラを止める訳でもなく寧ろ悪化するのなら、何でもかんでも禁止しすぎないほうがよかったのだろうか? 難しい問題だ。少なくとも確かなのは、この二人がこの群れで一番の苦労人なことである。
「まあいいってことよ。道具は全部直してまた使えるようになったんだし。な、サチ」
「キヤリは能天気すぎない? これがずっと続くと困るでしょ。どうするボス?」
「そうだな。隠れてイタズラもとい嫌がらせされるのも問題だが、このままでは知らないうちに勝手に外に出て、危険な目に合いかねない」
「フェリンの言う通りじゃ。今一度、トゥンドゥとの向き合い方を改める必要があるかもしれんのう」
どうやら外出部隊と顎がツルツルの長老も、大人げなく力でねじ伏せたのは、流石にやりすぎだったと反省しているようだ。もっとも私は、お気に入りのナイフに唐辛子を塗られているので、全然トゥンドゥのことが可哀想だと思っていないし、もっと本気で叩きのめしていいと思ってるし、叩きのめさないのは別に仕返しが怖いからやってないとかではないしい!
とにかく、大人たちは悪ガキトゥンドゥ緊急対策会議を行うことになった。教育上のことも考慮し、会議はトゥンドゥを含めた子供たちが眠りについた後の朝に開催された。
ロトーツ族は仲間意識が強い。確かにトゥンドゥは憎たらしいし、言うこと聞かないし、ろくなことしないし、愛嬌もなければ可愛げもないし、腹が立たない日は無いし、挙げたらきりがないが、それでも群れの一員である。
ロトーツたちはその柔軟な思考で議論に議論を重ね、
「……落書きに盗み食い、勝手に物も隠すし、加えて誰にも見つからないように行動……ろくでもねえなコイツ」
「ちょっと、キヤリ!」
「本当にごめんなさい。いつからトゥンドゥちゃんはこうなっちゃったのかしら……」
「…………割と最初からこんな感じだった気がするけどね……」
「二人とも大変だねえ。それでどうするんだい? 誰か良い案を思いついたら話しておくれ」
「とりあえず、外への出入口の見張りを今までより強化することは決定済みですよ! 門番チーム皆で協力して、脱出阻止しちゃうんですから!」
「それならさ、もうずっとトゥンドゥを監視すればいいんじゃない? そうすればイタズラなんて出来ないでしょ」
「
「奴を群れから追い出すという選択肢は無いのかね」
「ある訳ないだろ。ただでさえ、俺たち同族は少ないのだから」
「そもそもよお、なんであいつはイタズラばかりするんだ?」
「誰かにかまって欲しいのかな? それにしては度が過ぎていると思うけどね」
「多分息子は好奇心が旺盛すぎるんだ。それが悪い方向に向いてしまっている訳だが……」
「やっぱり私が何でも禁止したのがいけなかったのかしら……」
「何にでも興味が湧いている、ってことか。それだと尚更、外に出ていく可能性が高いぞ」
「そしたら、トゥンドゥの関心を別のことに向けるのはどうじゃ? 何か一つのことにのめり込んでさえすれば、イタズラもに外出にも見向きせんようになるじゃろ」
こうして、トゥンドゥの行動を制限するのではなく、木工なり料理なり、何か別のことで鬱憤を晴らさせることにしようという結論に至った。日が沈み本来の活動時間である夜が再び訪れたため、具体的な案は翌日の昼の会議に回すことになった。しかし、次の朝まで待つ必要はなかった。会議の裏で事件が起きていたのだ。
なんと食料庫の食べ物が食い荒らされていた。誰もがトゥンドゥのことを疑った。当然である。奴には一晩で木の実を食い尽くした前科がある。ホシは黒で間違いない。
「トゥンドゥぅぅぅ!!」
運び屋キヤリの怒声が響く。先述の通り、密閉空間である巣穴で喚くとえげつないほど反響する。頼むから勘弁して欲しい。マジで。
不貞腐れてる不良幼児も、流石に何かあったのかと食料庫の部屋まで降りてきた。まだ
「トゥンドゥちゃん、きちんと謝れば皆も分かってくれ……」
「何? 言っとくけど俺じゃないから」
トゥンドゥは見るからに不機嫌そうであった。しかし日頃の行いを考えると、疑われるのは当然である。こっちが逆ギレされるいわれはない。
「本当に違うのかあ〜、ああ〜ん? どうせまたコソコソ隠れてたんだろ、おお〜ん?」
「っるっせえなキヤリ、やってねーって言ってんだろ」
だがどうやら奴にはアリバイがあるようだ。そんなはずは無い。何かの間違いか、苦しい言い訳か、見苦しい言い逃れに違いない。いぶしがる大人に自分の無実を証明するため、トゥンドゥは親たちを連れて歩き出した。着いた場所は、地上と巣穴を繋ぐ、外への出入口の一つだった。あの野郎は、大人が一か所に集まってるのを良いことに、出入口を塞いでいた石をどかそうとしていたのだ。
「……お前は行動が早すぎる。俺たちの予想を軽々と超えていくんじゃない」
「フェリンのおっさんに褒められても嬉しくないよーだ」
「褒めてる訳ねえだろてめえ、いい加減にしろよ」
「全く油断も隙もないのお。万が一を考えて大きな石で出口を塞いでいたのは正解じゃったな」
「でもこの石ってさ、私たち外出部隊が三人がかりでようやく動かせるくらい重いよね。このチビさんは、穴から外が見え始めるくらいになるまで一人で動かしてるよ。相当時間がかかるだろうし、盗み食いなんてしてる時間はなさそうじゃない?」
「サチの言う通り息子が犯人じゃないなら、誰が木の実や稲を食べ尽くしたのかね?」
問題はそこなのだ。トゥンドゥのやってたこともそれはそれで大問題であり、監視の目をかいくぐって犯行に及んでいた容疑者をようやく現行犯逮捕できたのはいいことではある。しかし、あん畜生の他に盗み食いをする輩が果たしているのだろうか?
「とりあえず大人は皆無実だよね」
「十四人全員で会議していたもんな」
大人は皆トゥンドゥの悪行に手を焼いていたので、誰もが積極的に発言し、会議は白熱していた。「ちょっとお花を摘みにトイレへ行ってきま~す」と声をかけてお茶を濁す暇などまるで無かった。
というか、そもそも群れの大事な食料を独り占めしようなんて発想は、常識ある小人なら普通思いつかない。思ったとしても、良識ある大人なら普通実行しない。伐採担当フェリンの腕を振りほどこうと鼻息をフンフン鳴らしているそこのガキ! 貴様に言っているんだぞ。
トゥンドゥ以外の子供も言うこと聞くいい子たちなので、
こうして考えると、トゥンドゥ以外の小人が犯人ではないのは確かだ(分かっていたことだが)。一応、ロトーツの他に巣穴に来るネズミもいる。しかし、そのネズミも夜行性なので昼間に来るはずが無い。
そもそも見張り含めた大人全員が参加する会議ということで、前述の通り入口は事前に閉め切っていたのだ。まさに密室、いや
「ネズミちゃんで思い出したけど、来客用の木の実は無事かしら?」
トゥンドゥマザーの提案で、巣穴の中でも特に広いネズミ応接室に一行は移動した。すると、とんでもない光景がその広い部屋に広がっていた。なんと、大量の虫がワサワサとひしめき合って、木の実を食らっていたのだ。なんてこった。まさかトゥンドゥが犯人ではないなんて。
泥棒猫ならぬ泥棒虫は、土の中を掘り進めて侵入したのだろう。地面の下に住処がある以上、完全な密穴にはなりえなかったのだ。何という酷い密室トリック、これがミステリー小説であったら批判殺到、非難轟々で炎上不可避である。
おしくらまんじゅうする泥棒虫を目の当たりにしたトゥンドゥマザーは、泡を吹いて音もなく失神した。本当に苦労の絶えない小人である。
外出部隊のキヤリ、サチ、フェリンの三人は素早く臨戦態勢に入った。これを見た長老は、ツルツルの顎を撫でながら何か閃いたようだ。
「トゥンドゥよ、お前さんは鍛えて強くなったんじゃろ? そこでどうじゃ。外出訓練として、この虫の大群を退治してみないか? お主の強さがどんなものか見せてみい」
これには誰もが唸った。トゥンドゥのイタズラや有り余る体力を別の方向へ向ける案としては、まさに最適解だ。出口を塞いでいた石を少しでも動かせる程の腕っぷしなら、虫相手に負けることは無いだろう。
それでいて数も申し分ない。これならトゥンドゥは先の腕相撲大会の時みたく、負けていじけることにもならないし、退治量も多いから相手にとって不足無し、物足りなさも無いはずだ。きっと達成感で上機嫌になるに違いない。完璧なシチュエーションだ。
しかし、トゥンドゥは以前長老に騙されたも同然の仕打ちを受けている。へそ曲がりの不貞腐れ天邪鬼がこのお膳立てに乗ってくれるのだろうか。
「ふん、その老眼でしっかり見とけよボケ老人! 俺がどんくらい強いのか!」
どうやら杞憂だったようだ。意外とちょろいのか、やる気満々、勇気りんりん、ご機嫌ルンルンのご様子であられる。トゥンドゥは「くたばれ虫野郎!」などと暴言を吐きながら飛び出していった。
しかし、悔しいことに、本当に悔しいことに、トゥンドゥの言った通り全員が奴の動きに見入っていた。そして誰もが再び唸った。想像以上にあの子供の戦闘は凄かったのだ。
まずスピードが調査役のサチや運び屋キヤリと同じくらい早かった。泥棒虫は危険を察知すると、すぐに食べるのを止めてサーッと逃げ出した。しかし、トゥンドゥの瞬発力はそれを逃さなかった。一瞬で虫の群れまで間合いを詰め、伐採担当フェリンの腰からくすねたハンマーでまとめて叩き潰した。
そして凄いのは速さだけではなかった。トゥンドゥは自分の身体能力を把握し完璧に使いこなしていた。四方八方に逃げる虫たちを、小回りを利かせて急旋回し、腕の可動域から割り出した攻撃範囲に入ると同時にハンマーを振り落とす。動きに全く無駄が無いのだ。
そしてトゥンドゥは、タイムアタックの如くあっという間に泥棒虫どもを全て殲滅した。某ワニを叩くゲームを、三台同時進行でハイスコアをたたき出したようなものだ。あまりの凄さに誰も声を出せなかった。空いた口が塞がっていないにも関わらずだ。
「へへーんだ、どんなもんだい、凄いだろ!」
「……凄いなお前」
「フェリンのおっさんに褒められても嬉しくないって言ってるだろ」
「いや、本当に凄いよお前! 俺感動して涙が、ううううっ」
「うわ何泣いてんだよキヤリの野郎、気持ち悪っ! 抱きついてくんな! 鼻の周りを拭けーーー!!」
今までのトゥンドゥだったら本気で嫌がっていたのだろう。だが、今の奴を見るとまんざらでもなさそうで、むしろ照れ隠しで喚いているようにも見える。どうやらトゥンドゥは褒めて伸びるタイプの子供だったのだろう。自分の力を認めてほしいという気持ちがあったのかもしれない。とにかく、豚もおだてりゃ木に登るのだ。
それ以降、虫退治は木登り豚トゥンドゥの専門になり、いいストレス発散になっているようだ。泥棒虫が大量に現れることは少なくなったが、相も変わらずトゥンドゥの動きはスマートで見ごたえがあり、一種のパフォーマンスショーになっていた。そのため、他のロトーツたちは泥棒虫が現れると逆に喜ぶようになり、子供を連れて見に行くようになった。トゥンドゥは褒められたり歓声が上がったりすると分かりやすく上機嫌になるし、貴重なたんぱく源である虫の死骸は美味しく味付けされて宴が開かれるし、良いことづくしだ。
こうして雨降って地固まり、トゥンドゥと大人たちの関係は良好になっていった。元々ロトーツ族は仲間意識が強いのだ。本人は気づいていないようだが、それはトゥンドゥも例外ではなかった。奴は今まで酷いイタズラをしてきたことの罪悪感を感じたのか、ぶっきらぼうだが一人一人にちゃんと謝った。大人たちもトゥンドゥが犯人だと決めつけたことを謝った。トゥンドゥも少しは成長したのかもしれない。私のお気に入りのナイフも、切れ味抜群になるまで丁寧に研がせて、ピカピカになるまで磨かせたから許してやってもいいだろう。
しかし、顎がツルツルピカピカの長老は違った。どうやら簡単に許すつもりはなさそうだ。
「お前さんのやったことは結構重罪じゃぞ。顎髭引っこ抜き事件とか、絵描き用ブラシ密造事件とか、根っこ貼り付け事件とか、変顔化粧強制執行事件とかな。その中でも特に、食料が少なくなる乾季の時期に貴重な木の実を食い尽くしたのは大問題じゃ」
「…………うん」
「そこでわしは考えた。お前さんには贖罪として食材を調達する任務を与える」
「……え?」
「前に言ったじゃろ。外出部隊のメンバーに力で勝つことが出来たら仲間入りさせてやると。瞬発力はフェリンよりも、継続力はサチよりも、判断力はアホのキヤリよりも優れていると判断したのじゃ。それとも腕相撲大会があったことを忘れておるのかの? さてはお主、ボケたか?」
「あんたと一緒にすんなよボケ老人」
「へへーん、そんなこと言っていいのかのー! わしはボケているから、外出部隊に入れてやる約束を都合よく忘れてしまうかもしれんがのー! ああっ! 忘れてきた気がする!」
「だあああっ! 噓! 噓! 長老がボケ老人だなんて噓!」
「人に悪口を言ったら、何て言うんじゃ?」
「…………ごめんなさい」
「ボケ老人は耳が遠くて辛いのお」
「ごめんなさああああい!!」
「うっさい、穴の中で叫ぶなボケ。反響するじゃろうが」
「ごめんなさい」
「よろしい」
「でも、本当にいいのか? 俺、三人にも酷いことしちゃったけど……」
「外は危険じゃからの。外出部隊の先輩はお前さんをビシバシ鍛えるつもりらしいぞ。楽しみが増えて良かったのお」
「…………え?」
こうして三歳半(人間換算七歳)のトゥンドゥは、晴れて外出部隊に参加することになった。これにて一件落着、めでたしめでたし。……え? 題名にある森の話はしないのかって? この物語のタイトルが「小人の冒険(暴言)」なのに、暴言ばかり振り撒いて肝心の冒険を端折ってしまっては元も子もない。本末転倒、抱腹絶倒である。そこに至るまでに、他にも大きな出来事があったのだ。順を追って話していくことにしよう。
外出部隊の見習いになったトゥンドゥは、虫退治に加えて外での食料調達に出かける日々を過ごしていた。既にイタズラはしなくなっていたが、好奇心旺盛なのは全く変わっていなかった。初めの頃はあっちこっちへ行こうとしたり、他の小さな生き物にすぐ喧嘩を売ろうとしたりしていて落ち着きが無かった。
長老に宣言した通り、フェリン、サチ、キヤリの三人はトゥンドゥを厳しく指導することになった。
「お前は体力と瞬発力はあるが、筋力が無いな。まずは身体トレーニングだ。手始めに腕立て百回! その後に腹筋百回!」
「きっつ〜」
「どの植物が食べられるか勉強すること! 仲間に毒持って帰る訳にはいかないからね! はい覚える! 次の外出任務までに、今教えたこと全部頭に叩きこみなさい!」
「しんど〜」
「本当にお前転んでばっかだなあ。ちゃんと足元見ろよ。まあ、子供のお前には難しいってことなのか。のんびりしてると置いて行くぞ、ほれほれ」
「んだと、キヤリの野郎ーー!」
「子供のお前はまだ力が発展途上だから、無理して俺たちに合わせようとしなくていい。まずは学んだことをできるようになれ。そしてできることを自分から積極的にやっていけ」
「イエス、ボス!」
「あんまりキョロキョロしない! あたしたち以上に夜目が利く鳥だっているんだからね」
「了解、師匠!」
「早いに越したことはないが、急ぐと危険だぞ。状況を見て自分の頭で考える癖をつけるんだ」
「え、キヤリがそれ言うの……?」
「そこの肉をもぐには……そうだ、そこの筋を切ればいい。筋がいいな」
「あざす、ボス!」
「その木はささくれが刺さりやすいから危険だよ! 登る前に手袋をつけるのを忘れない!」
「分かってるぜ、師匠!」
「次は昼間に出かけるから、体調管理に気を付けろよ。たくさん食べるのも仕事のうちだ。ほらもっと食え。もっとだ! もっとおおおお!!」
「ヒハヒ、うふはい」
トゥンドゥは子供なこともあって、想像以上に外への遠征は大変だったようだ。それでもトゥンドゥは外の世界に行けるのが嬉しかったのか、以前のように不貞腐れたり閉じこもったりすることはなかった。むしろ負けず嫌いの性格から、三人を見返すために自主練習も続けていた。
そして泥棒虫事件から一年くらい経った頃、ロトーツの巣穴に特大ニュースが流れた。運び屋キヤリと調査役サチが結婚したのだ。そして盛大な結婚式が開催されることが決まり、ロトーツたちは(巣穴は地下にあるのに)浮足立っていた。
「まさか二人がそういった関係だったとは、全然知らなかったね」
「やっぱそうだよな、とーちゃん。俺も外出以外でサチ姉とキヤリが一緒にいるのはよく見てたけど、恋人より姉弟みたいな感じだったし」
「どうやらサチちゃんがキヤリちゃんのことを好きだったみたいよ~。キヤリちゃんは全く気づいていなかったみたいだけど」
「隠密行動の多い調査担当、か。自分の恋心をも隠すとは流石だね」
「なんでかーちゃんはそんなこと知ってんだよ」
「だってサチちゃんはキヤリちゃんと会う時、いっつもおしゃれしていたじゃない。お気に入りの青い服を着たり、綺麗な石のブレスレットしたりしてたでしょう?」
「よくよく思い返したら確かにそうだな……あんま恋愛感情を隠していなかったかも……」
「え、ちょっと待てよ、それじゃあサチ姉のおしゃれに気づけなかった俺もアホなの? キヤリの奴と同等なの……? 俺も……!?」
そんなこんなで、二人の結婚式の日がやって来た。キヤリは黒い衣装をバッチリ着こなして現れた。黙っていれば割と男前なのに、ガッチガチに緊張していて、ただでさえおかしい挙動が五割増しの大盛りキャンペーンとなっていた。
「へえ、キヤリに似合う服なんてあったんだ」
「からかってやるなトゥンドゥ。人生で一番の晴れ舞台だ。気合い入れろよキヤリ」
「アゥ、アフ、アヒュ」
「何言ってんだこいつ」
「ここではロトーツの言葉で話せ」
サチは白いドレスと金や赤の装飾品に身を包み、とても幸せな表情をしていた。群れの先輩奥様四人が、世界一の美少女に似合うよう、自分たちの持っているビーズや布、リボンを総動員し、厳選に厳選を重ねた選りすぐりの材料で仕立て上げた衣装であった。
サチの両親の老夫婦は感激して号泣していた。「ただでさえしわしわなのに、そんなに泣いたら干からびるだろ」と言ったトゥンドゥは母親にひっぱたかれた。奴もアホのキヤリと同じで(本人が聞いたら怒り狂うだろうが)、緊張していたのだろう。トゥンドゥは姿勢を正して、師匠に祝辞を述べた。
「おめでとう、サチ姉」
「……ふん、まさかあんたの口から悪口以外が聞ける日が来るなんてね」
「何だとお、こっちは真剣に祝っているのに! っていうかそのセリフ、イタズラしたことを謝った時にも言われたぞ!」
「ごめんごめん、冗談よ。ありがとう。あんたもいつか幸せな恋ができるといいね、少年」
「……あんまりこういうこと言うもんじゃないと思うけど……本当にキヤリでいいの? 他の若い男も……まあアレだけど……」
「大丈夫よ、手のつけられなかったあんただって、こうして真っ当な小人になっているじゃない。アホのキヤリも鍛えがいがあるってものよ」
しかし、このすぐ後にサチは少し後悔することになる。サチのドレス姿を見たキヤリは感極まって号泣し、涙と鼻水で彼の衣装はベタベタになった。しかも、その状態でサチに抱き着こうとするものだから、キヤリは奥様たちに取り押さえられて説教を受けていた。全く男は馬鹿である。
しかし、それだけで終わらなかった。伐採担当のフェリンのおっさんは、余興として小鳥肉の解体ショーを行った。緊張のほぐれたキヤリは間近で見入っていたので、返り血でベトベトになった。二人はそんなことお構いなしに肉をむさぼりゲラゲラ笑っていたのだ。そして奥さん二人に滅茶苦茶怒られていた。幸せなイベントで周りを気にせず血生臭いことをするとは、男は本当に馬鹿である。サチの気苦労はこれからずっと続いていくのだろうか。これでは披露宴ならぬ疲労宴である。
フェリンの次に余興をしたのは長老だった。一年以上前にトゥンドゥに引っこ抜かれた顎髭も今では元通りに生えてしまい、むさくるしくて鬱陶しい顔に戻っていた。長老は「老眼だとよく見えんのお。顎がツルツルだったら光が反射してくれるんじゃが」とか「栄養のありそうな立派な根っこじゃのう。ややっ、これはわしの髭ではないか!」などと顎を自虐する冗談ばかり言い、トゥンドゥとキヤリのアホコンビだけが爆笑する凄まじい空気になった。本当に何を考えているのだ、こいつらは。
その後もパーティーは続き、最後の出番はトゥンドゥたち三人家族だった。彼は父親と協力して作った荷車をキヤリに、母親に習いながら編んだ服をサチにプレゼントした。
「お前って奴は本当に! 可愛い嫁さんもいて可愛い後輩もいて、俺は一番の幸せ者だよ! ううううっ」
「だから抱きついてくんなよ、キヤリの野郎! うわきったね、鼻水をつけるなーーー!!」
キヤリは例のごとく号泣してトゥンドゥに抱きつき、うざがられていた。式の間ずっと、綺麗な顔がぐちゃぐちゃにならないようにこらえていたサチは、ついに我慢するのを止めた。
その後サチはお腹に新しい命を授かり、外出部隊に産休を申請した。それに伴い、トゥンドゥの試用期間は終了となり、見習い新入隊員から調査担当へと昇進した。師匠のサチから隠密や索敵のイロハを叩き込まれたトゥンドゥは、外出部隊の先遣要員や見張り役として、子供ながらに活躍していた。
新婚夫婦も誕生し、生意気小僧だったトゥンドゥも群れの立派な一員となり、二十四人の、いやこれから二十五人になる小人たちの生活は順風満帆に思えた。「思えた」と書いているということは、まあつまりそういうことである。
長老、外出部隊の伐採担当フェリン、運び屋キヤリ、他数名の大人たちは会議をしていた。前に行われたトゥンドゥのイタズラ対策班捜査本部の会議は、昼間に大人全員が緊急招集される特殊なものであったが、普段の定期会議は活動時間である夜に行われるのである。そして議題に大きく関係しない大人は参加せず自分の仕事を行うのだ。
常連だったサチは生まれたばかりの赤ん坊の世話で育休を取っていた。ここで皆さんに一つ謝罪しなければならない。先ほど「これから二十五人になる小人たち」と記したが、現在の群れの人数は二十六人である。サチとキヤリの子供は双子だったのだ。世帯人数を虚偽申告してしまったことをここにお詫びして訂正する。
子供たちは基本的に会議に参加せず、遊んだり料理や裁縫を学んだりしているのだが、外出部隊に選抜されてから、トゥンドゥは会議への参加権をもらっていた。悪ガキ時代はじっとしているのが嫌いな小童だったが、師匠のサチから待つことの重要さを学んでからは、会議中でも落ち着いた行動をとれるようになっていた。ようやく穏やかな両親に似てきた気がする。あとは言葉遣いを何とかしろ。
会議の内容が面白かったり、自分だけ大人の仲間入りにさせてもらっているのが嬉しかったりで、トゥンドゥは会議があるとウキウキで参加していた。今回の議題は、もうじき訪れる乾季への対策だった。
「やっぱり、ここ最近明らかに食料が少なくなってるなあ。去年はこんなものじゃなかったぞ」
「乾季だから食べ物が減るのは当たり前じゃないの?」
「そうだな。だが、まだ厳密には乾季じゃない。雨季なのに、直近で雨がほとんど降っていないから、植物が育っていないのだろう」
「備蓄している食料や、溜めている雨水はまだたくさんあります。でも、この状況が続く場合、乾季を乗り切ることは不可能ですね」
そう発言したのは、食料庫管理者の一人、ミルだった。彼は頭がよく、食料の保存の仕方や食べごろの見極めに長けていた。何より数を数えて計算するのが好きであり、食料管理はミルの天職であった。
ここで少し話は逸れるが、ロトーツたちに言葉はあれど文字という文化はない。アイヌ語などと同じである。文字の普及は少しずつ進んでいるが、まだ完全に根付いてはいない。子供たちへの教育も今後の課題の一つである。
しかし、ここで言いたいのはそれとは別のことだ。文字が無いということは、数字も存在しないのだ。しかしミルは、数字を使わず暗算で全て計算し、その答えを頭の中で完璧に把握することができるのである。時間が経っても計算結果を覚えているので、驚きを通り越して恐怖さえ覚える。この男の頭のよさがこれで充分に伝わったであろう。
「それじゃあ俺が乾季なのに木の実を食い尽くしたのは、本当にいけないことだったんだね。その節は誠に申し訳ない」
「本当ですよ。難問を尋ねられた私が計算に夢中になっている間に、一つ残らず食べてしまうなんて。なんという巧妙な手段」
やっぱりこの男も馬鹿かもしれない。
「そうなると長老、そろそろ……」
「うむ、今のうちに引っ越しをした方がいいかもしれんのお」
「え、引っ越し!? 引っ越しって何!?」
「お、知らんのか。数年に一度の大イベントだ!」
「俺たちの先祖が環境に合わせて生活様式を変化させていたのは知っているだろ。その習性の名残りもあって、ロトーツの群れは数年に一度、巣穴を捨てて大移動するんだ。新たな住処を探しにな」
「その際は前に住んでいた巣穴や、過去に出会った別の群れの居住地を目指すのが定石ですね。そこで運良く他の群れと出会えたら、群れ同士で足りない要員を交換しているのです。私やこのアホのキヤリも、元々は別の群れから来たんですよ」
「誰がアホだコラ」
「そうだったんだ、知らなかった……」
「前の大移動はトゥンドゥが生まれる前のことだったからのお」
「……ちょっと待って、それじゃあ小さかった頃の俺が『外へ出せ』って喚いたりしなくても、いつか外出する日が来るのは確定していたってこと!?」
「……まあそうなるな」
「強制的に否応なく、ですけどね」
それを聞いたトゥンドゥは今までやってきたことへの恥ずかしさからか、茹で蛸の如く耳まで真っ赤になっていた。このまま蛸壺に引きこもりはしないか心配したが、フェリンのおっさんやアホのキヤリが「自分の実力を把握し、不足している部分を伸ばそうと努力したことは事実だ」と必死に励ましていた。
まあどうせ、幼いトゥンドゥに「何年か後に外へ行けるよ」なんて言ったところで、言うこと聞かないガキンチョが言うことを聞く訳もないのは言うまでもない。「そんなに待てるかーー!!」と叫んで巣穴に反響するのがオチである。
「出発はいつにしますか長老」
「早い方がよかろう。サチの体力も随分回復しておるしの。のんびりしていると、双子ちゃんがどっかの誰かみたいな悪ガキに成長するかもしれんからのう」
「何だと、じじい!!」
「長老。トゥンドゥも反省しているのだからその辺りで」
「まあ、そうなると引っ越しの準備ですね。要らないものは置いていきなさいよキヤリ」
「心配ご無用! 俺の荷車なら何でも入るぞ! 何てったってトゥンドゥと親父さんが作ってくれたんだからな。そうだトゥンドゥ、俺の愛しのベビーたちを乗せる乳母車を一緒に作らねえか?」
「俺一人で作った方が早くて綺麗にできると思うけど、そんなに言うなら付き合ってやってあげてもいいぜ。それより、今住んでいる家はどうするの? 埋めたりしないよね?」
「時々来るネズミの奴に使わせてやればいいじゃろ。わしらもまた何年かしたら戻ってくるかもしれんしな」
「それまでにボケたりくたばったりしないといいな、爺さん」
「そんなこと言うガキが一番最初に鳥やらに食われてくたばるんじゃよーだ」
こうして大移動に向けてロトーツたちは自分の持ち物の引っ張り出し、引っ越し先でも使うのか断捨離を始めた。服や武器を全部持っていけるのか悩むサチやフェリンと違い、トゥンドゥの荷物はとても小さいものだった。中身はサチからもらった迷彩服に、望遠鏡のように使う透き通った石や防塵ゴーグルなどが入った調査セット、そして長老の立派な顎髭製お絵かきブラシだけである。トレーニング用の土くれ人形はまた作ればいい。今はアホのキヤリが組み立てているベビーカーに敷くクッションを作っていた。
「おいなんでさっきより板が小さくなってんだよ。それじゃクッション入らねーだろ」
「小さくなってねえよ、元々この大きさだよ。てめえが小せえから小さく見えるんだろ」
「いや確実に小さくなっていますよ。作り始める前にちゃんと完成図を書いていないからこうなるんです。道具職人たちのやり方を見習いなさい」
「うっせえな、なんでミルもここにいんだよ。準備しろ準備」
「もう終わっていますよ。あなたこそいつまでチンタラ作っているんですか。サチの手伝いもしなさい。子供の教育も大事ですよ」
「違うよミル、キヤリはアホだから教えられることが無いんだよ」
「ちゃんと子育てしてるよ! いっつも俺が
「そう考えると、双子がもうちょっと大きくなるまで引っ越しを後にはできないの? ネズミのお乳を分けてもらえなくなるのは困らない?」
「そうなると乾季が過ぎるまで成長を待たなくちゃいけなくなりますね。ネズミに一緒に来てもらえるか、聞いてみるのも一つの手ですが」
「じゃあ俺ちょっとネズミを探しに行ってくるよ」
「ならフェリンのおっさんと一緒に出入口の石をどかすか。おいトゥンドゥ、大声あげたりして他の生き物に襲われないよう気を付けろよ」
「やかましいのはキヤリの特技だろ。一緒にすんな」
「そうですね。トゥンドゥの得意技はよく転ぶことですもんね」
「あーっ、ミルてめー、裏切りやがったな」
トゥンドゥが勝手に外出しないようにするための石は、結局撤去されることはなかった。物理的に入口を塞いでしまうことで、落ち葉のカモフラージュよりも外敵侵入が少なくなっていたのだ。まあ、泥棒虫のような地中からの侵入者にとっては関係ない話だが。
ロトーツ族の巣穴の入口直下には、どこも雨水貯水用の大きな穴がある。巣穴に入ってきた雨は全てここに流れることで、他の部屋への床上浸水(地下だから床下か?)や雨漏りを防ぎ、溜まった雨水は生活用水として使われるのだ。
しかし、最近は雨がまるで降らないので、出入口の石は日中ずっと閉め切っていた。そのため見張りの必要もほとんどなく、門番チームの一人であるゲトナは暇を持て余して眠っていた。
「おい何寝てんだゲトナ。トゥンドゥが出かけるから石どけるの手伝え!」
「ハッ! まさかこの僕が、仕事中にサボって寝る訳ないじゃないですか! キヤリさんったら、やだなあ、もう~」
「痛ってえなあ、背中をバンバン叩くな! てゆーか寝てる暇あんのかよお前。荷造り終わったんだろうな」
「とっくに終わってますよ! 仕事道具だけですから! それに僕はキヤリさんみたいに作業が遅くないので!」
「いちいち一言多い野郎だなてめえ」
「どうせなら、その贅肉を置いていってほしいものですけどね。食べるだけ食べて、仕事を放棄して
「その言い方は酷いですよミルさん! たくさん食べるのはフェリンさんも同じでしょう!」
「確かにそうですね。二人の穀潰し、どっちの方が重いのか気になるところです」
「おい、俺を巻き込むな。それに俺は仕事をしている」
「だ―はっはっは! ゲトナは無職だってよ! 凄い言われようだな!」
「ムキーッ! キヤリさん! あなたが怪我して帰れなくなった時に僕が助けてあげたの忘れたんですか! 少しは感謝しなさい!」
「あなたこそ私たち食料管理チームに感謝しなさい。食材の調節に、いつもどれだけ苦労していると思っているのですか」
「全くもう、どいつもこいつも! 喋ってないで手伝えよ! なんでまた俺一人で石をどかすことになってんだよ」
「む、すまない」
「ほらほら、お子様が怒ってますよ。無職も手伝いなさい」
「だーかーらー、僕は無職じゃないですよ! それに力仕事ならミルさんより役に立ちます!」
「うるっせえなあ、少しは黙ることができねえのかよ」
「キヤリさんがそれ言います!?」
「こればかりはゲトナに同意です」
「…………サチ姉はこの三人の中から一人選ばなきゃいけなかったのか……」
「別の群れに出会うまで待てばよかったのにな」
新調査担当トゥンドゥは迷彩服に身を包み、サチから引き継いだ調査セットのカバンを身につけて穴から出た。以前は外に出ないようあんなに見張られていたのに、今ではいとも簡単に一人での外出許可が認められることに、トゥンドゥ自身も驚いていた。
「『驚いていた』じゃねーよ、なんでカタも一緒に来てるんだよ」
ちなみに「カタ」とは、この物語の語り部を務める私の名前である。読者の皆さんはじめまして。今更挨拶するのもおかしいか。
「どこ向いて誰に話してんだよ、気持ち悪い奴だな」
「そんなこと言っていいのかね。私がその気になれば、君の悪口をいくらでも記録に残して、未来永劫語り継がせることなど、他愛もないのだよ。まあもう既に手遅れだがね」
「相変わらず偉そうな態度だな。とにかくついてくんじゃねーよ! そもそも勝手に何か書くな!」
「私は群れの書記係だよ。大きな出来事を記録するのは私の仕事だ。文句があるなら長老に言いたまえ。それともどうする? 君が自らの行動を自分で記録してくれるのなら、私だって付きまとう必要がないのだよ? まあ、それは無理な話か。君は一つも文字が書けないのだからね。君は初めから文句を言える立場にいなかったという訳だ。HAHAHAHA」
「あーもうめんどくせー、こいつにかまうのは本当に疲れる。じゃあもう好きにすれば。猛獣に襲われたらお気に入りのナイフでせいぜい頑張るんだな」
「君もせいぜい転ばないように気をつけることだね」
「それは昔の話だっつーのー!!」
ということで、こないだまではこっそり隠れて書いていた私も、今回は表立って同行することになった。記録係としては公正公平な文章を心がけており、あまり文章に自我を出さないように注意している。しかし、この度は私の行動も一緒に記録される関係上、私情を挟んだ言い回しを完全に防ぐことはできないだろう。頑張って今まで通りの内容のように書くよう気をつけよう。おー。
「カタうるさい! 黙って書け!」
うるさいのはお前だ。
月の綺麗な夜であった(深い意味はない。ある訳が無い)。空一面に雲がまるで存在せず、地面はヒョロヒョロとした細い草がポツポツ伸びている程度だ。まばらに生えている木も、長老の頭のごとく、はげちゃびんに枯れていた。上を見ても下を見ても、本当に雨が少ないことが伺える。
夜なのにこうも明るくては敵に見つかる可能性も高くなる。隠れ蓑となる草原がやせ細っているため、トゥンドゥと私は石や岩の陰を継いで慎重に進んだ。
ネズミはいつもの巣穴でたくさんの子供たちと眠っていた。同じ巣穴といっても、ロトーツ族の住居と比べて簡易的な構造、というかただの穴である。そのため、雨季の雨で床上浸水したり、子供狙いの強盗に不法侵入されることはままある。そんな時にネズミはロトーツの巣穴に避難してくるのだ。小人たちは安全な場所を提供する代わりに、お乳を分けてもらったり、衣服の材料にする毛を刈らせてもらったりする。この二種族は共生関係にあるのだ。
〈いつまで寝てるんだ! 起きろ! もう夜だぞ!〉
〈んむむんむう、眠いから寝てるのデ、眠るのがいいんだよ〜〉
間の抜けた声にトゥンドゥはしかめっ面をした。相変わらず話が噛み合いそうにない。というより、ロトーツ以外の生き物とは、大抵意思疎通が出来ない。
ロトーツ同士会話なら、共通の言語があるので、より細かいことまで伝えることができる。まあ、伝えたところで聞く耳持たない輩もいるのだが。目の前に。
これが他の生き物となると、ロトーツの言葉は通じないので根本的な伝え方が変わる。鳴き声に自分の意思を乗せるイメージで発声するのだ。そうすると自分の考えを送ったり、相手の言葉を聞いたりすることができる。思念伝達の定義とは異なるが、声を出すバージョンのテレパシーみたいなものだ。疑似テレパシーといったところか。読者の皆さんに分かりやすくするため、この文章では疑似テレパシーのセリフの際、この鍵括弧→〈〉を使うことにしよう。
私がご丁寧な配慮をした直後で申し訳ないが、疑似テレパシーはあまり意味を成さない。理由はいくつかある。
まず、疑似テレパシーができるかどうかは差があるのだ。それは生き物にもよるし、個体差にもよる。例えば、発声器官の無い植物の声は、当然ながら全く聞こえない。虫やトカゲなんかだと声は聞こえるが、〈エサエサエサ〉とか〈アチアチアチ〉といった単語レベルの単純なことしか言えないようだ。私たちと姿の似ている人間も、ロトーツ族と同じように独自の言語が発展しているが、他の生き物と会話する術を知らない。
個人的な経験上、自我が強いものはハッキリと声を聞くことができる気がする。我々の群れで言えば、お世話好きの奥様ロトーツたちはこの疑似テレパシーを使いこなしてネズミとよく世間話している。食料管理のミルは不得手なようだ。
他の生物と話すことが無意味であるもう一つの理由は、そもそも話す必要性がないからだ。自分と別の種族は大抵、餌か、捕食者か、どうでもいい存在かのいずれかに該当する。これから食べる生物に話すことなど無いし(強いて言うなら感謝だろうか)、逆に食べようとしてくる敵に命乞いをしたところで聞き入れてもらえるはずもない。そして、自分に害のない生き物なんて、興味無いのが普通だ。先程例に挙げたミルなんかは、食料管理と数学以外に関心がないので、まさに当てはまるだろう。互いを助け合う共生関係も、言ってしまえば利害の一致から成り立っているビジネス関係である。それ以外の生活やら行動やら趣味やら特技やら経歴やら志望理由やらは正直どうでもいいのだ。奥様たちがネズミにあれやこれやお喋りするのは、ロトーツ族の強い仲間意識がネズミにも向いているからだろう。そうなると必然的にミルは群れを仲間だと感じていない非情な男ということになる。なんて野郎だ。
〈いいか、俺たち引っ越すからな!〉
〈んむんぬぬぬ〉
〈お前らにもついて来てくれると助かるんだけど!〉
〈ふむう〜、むにゅるむむ〉
〈餌が少なくなってきたからな! 一緒に行くなら今のうちだぞ!〉
〈……ああ、なんて美味しそうな木の実なんダな〜あああ……zzz〉
〈人の話を聞けーー!!〉
このように他の生き物とは、言葉が通じても話は通じないことがほとんどなのだ。まあ、今回はそもそも言葉が届いていないようだが……。
「ネズミの野郎、来ないってよ! 寝ぼけたことしか言わねーし、酷い態度だぜ全く! 危うく全身の毛を丸刈りにしちまうとこだった!」
「そういうお前さんの態度も相当酷いがな。よくわしに向かって毛を引っこ抜く発言ができたもんじゃの。お主には反省が足りんのか? それとも、わしの顎髭を全て引っこ抜いたことすらも忘れたのか? ボケは恐ろしいのお~」
「……なんで俺の周りには、話を聞かないアホか、すぐ人を馬鹿にしてくる嫌味な奴しかいねーんだ」
「良かったのお、お前さんはどっちも当てはまっておる。おめでとう! すごいすごい!」
「そうだ長老。あんたの荷物は量が多すぎて話にならねーから、ネズミの野郎にくれてやったぜ。感謝しろよ」
「ふん、そんな負け惜しみの冗談なんて見苦しいだけじゃよーって」
「おい長老、話してる暇あんのかよ。準備終わってねえの長老だけだぞ」
「うるっさい通知勧告じゃのう、キヤリ。わしのカバンは昨日お前に渡したじゃろ。お主もボケたのか?」
「俺はボケでもアホでもねえよ。それに今日見たら無くなってたから、整理し直してんだろ。違うのか?」
「……あんのガキャアあああ!!」
その時には既にトゥンドゥは逃げていた。やはり手癖の悪さは健在だ。口も頭も態度も性格も悪いお子様を連れていくのは心底心配である。
そしてついに引越し当日がやってきた。長老の荷物は流石にネズミの巣穴まで持っていかれてはいなかったが、どっかの誰かさんに埋められていたので泥まみれになっていた。トゥンドゥが親にしこたま叱られたのは言うまでもない。
トゥンドゥのパッパとサチのパッパ、フェリンの奥さんが所属する道具職人チームとトゥンドゥ、キヤリが作った大量の荷車には、服や食料の詰まったカバンとちびっ子ロトーツが乗せられていた。大人はそれを引っ張りながらゾロゾロと、いや、ソロソロと穴の外へと出ていった。
「トゥンドゥ、訓練通りに行くぞ。長老のサインは覚えているな?」
「あんな気持ち悪い手の動き、忘れたくても頭に残るっつーの」
「いちいち一言多いわい、口の減らない童じゃのう」
「トゥンドゥ、あんたの索敵に群れの存亡がかかっているんだから。真面目にやんなさいよ」
「分かってるって師匠」
そしてロトーツ二十六人の群れはコソコソと進み始めた。新調査担当トゥンドゥはいつもと同じように一人だけ先に向かって木に登り、敵を探知する監視役だ。
長老は地図を開き、磁石と星の位置を照らし合わせて方角を見定める役割を担っていた。そして目のいいトゥンドゥに気色悪いハンドサインを送り、進行方向を指示するのだ。
解体・伐採担当フェリンは群れの最後尾に構えていた。もしもの時の殿である。彼の出番が無いことを誰もが切に願っていた。他の大人たちは、キヤリを筆頭とした荷物運びだ。
草原だった場所に草がまるで生えていないので、身を隠しにくいロトーツは全員、地面や石と同じ色の特殊メイクをサチに施されていた。そのサチが何かに気づいた。トゥンドゥがサインを送る前の合図として鳴らした口笛だ。
「トゥンドゥからのサインだ。弟子曰く、どうやら前方に猛獣がいるみたいよ。ハイエナか何かかな」
「ふうむ、回り道しないといかんのう」
食料が少なくて困っているのは、他の動物も同じようだ。前回の大移動の時より猛獣があちらこちらでウロウロしており、群れは何度も遠回りを強いられた。
風も強くなってきた。防塵用のゴーグルとマスクが人数分用意されていたが、飛んでくる砂が肌に当たって痛むうえに鬱陶しい。加えて、砂に足を取られるし荷物は重いし、普段外に出ない大人は疲弊していた。
ふと気がつけばもうすぐ日が明ける時間まで迫っている。一行は手頃な岩場を見つけて簡易的な穴を掘り、荷物持ち免除されていた門番二人が見張る中で眠りについた。
「昼の警備は任せてくださいよ! この僕ゲトナがしっかり見張りしますから! 存分に寝てください!」
「うるさいですね、これから寝るのに騒がないでください」
「まるでお母さんだねミル」
「何故私がこんな男の子守りなどしなくてはならないのですか」
「そんなんじゃ親は務まらねーぜミル。ボスにキヤリ、手本を見せてやれよ」
「居眠りすんなよゲトナ」
「仕事サボんなよゲトナ」
「ムキーッ!! しないですよ!」
「仕事を?」
「サボりと居眠りをです!」
そんなアホみたいなやり取りをした後、外出部隊や長老は、寝る前の短い戦略会議を行っていた。
「大移動って日を跨ぐのかあ、嬉しいな。こんな楽しいイベント、一晩で終わるなんてもったいないもんな」
「あんたも吞気だねえ、トゥンドゥ。まあ、しっかり活躍していて師匠のあたしも鼻が高いってもんよ」
「普通なら、移動に二日三日くらいかかるんじゃが、今回は想像以上に進みが遅いのお。草原が無くなっただけでこんなに体力が奪われるとは」
「このままだと、四年前に住んでいた巣穴に着くまで一週間はかかるだろうな」
「ミルが言うには、節約しながら食えば食料は二週間くらい大丈夫らしいぜ。もっとも、俺が食い尽くさなければの話らしいけど。やっぱりあいつぶん殴っとけばよかった」
「念のためトゥンドゥを見張っておいた方がいいかもな! あとフェリンのおっさんとゲトナも」
「この状況でそんなことする訳ないだろ。トゥンドゥとゲトナはともかく」
「おい! 俺をゲトナと一緒にするな!」
「それでも一週間の移動はきついのお。わしの寿命が持つか心配じゃ」
「無駄にキレッキレのハンドサインできるじじいが老い先短いとは思えないけどな。双子ちゃんもそう思うよなあー。ああっ! 可愛すぎて直視できない!」
「キヤリの馬鹿! せっかく寝ているのに起きちゃうでしょう。本当にアホなんだから」
長生きしている長老や外出に慣れている四人は冗談を言える余裕があった。しかし他の大人と同じで不安を感じているのも事実だ。先行きが見えにくく、雲行きが怪しくなってきているが、それでも空は恐ろしいくらいに晴れていた。少しは雨を降らさんかい、バカタレが。
二日目。ロトーツたちは照りつけるような日差しで昼間にあまり寝つけず、夜になっても気温が高いままだった。疲れが蓄積し頭が回らなくなっては、長所である柔軟な思考も活かせない。大人たちは互いに叱咤激励し、ぐずる子供をあやしながら歩みを進めた。
しかし、苦難は容赦なく襲ってくる。だんだんと勾配がきつくなり、荷車を引っ張るのが辛くなってきた。ようやく長い坂を越えたと思ったら、目の前に山のような砂漠の丘陵が広がった。
「……長老、敵はいませんが、ここは回り道するべきでは?」
「残念なことに、右も左も丘になっとるよ。それに持ってきた水の減りが早くなってきていることは、お前さんが一番よく分かっておるじゃろう、ミル」
「…………」
ロトーツたちの心は折れかけていた。いつまでたっても目的地に辿り着かないし、食べるものも少ないし、安心して眠ることすらできない。このままではジリ貧だ。口には出さないが、皆嫌気がさしていた。
そこに、先に丘の頂上まで登っていたトゥンドゥが、凄い勢いで戻ってきた。相変わらず体力お化けである。
「勝手に持ち場を離れたら駄目でしょう、トゥンドゥちゃん」
「何イライラしてんだよかーちゃん。反抗期か? 更年期か?」
「よせ、トゥンドゥ。皆お前の冗談に応える余裕は無いんじゃ」
「ふーん、大したことねーの。長老も汗ダラダラでだらしない。日頃から鍛えてないからこうなるんだよーだ」
「何だと、お前」
「おおっとっとう、そんなこと言っていいのかね、とーちゃん。聞いて驚け、朗報だぜ! この坂を登った先にアリ塚があるんだ。走って見てきたけど、今は誰も使っていないみたいだぜ。そこなら充分に休めるだろ」
「本当かよトゥンドゥ! 流石期待の新人、俺の弟子! お前がナンバーワンだ!」
「だーかーらー、抱きつくなって言ってんだろキヤリ! あと俺はお前の弟子じゃねー!」
トゥンドゥの報告で群れに活気が戻り士気が上がった。希望が見えたことで大人たちの歩くスピードも上がり、顔に生気も戻ってきていた。
外敵がいないか確認するため、トゥンドゥは再び一人だけ先に走って行った。が、いつまでたってもやってこない連中にしびれをきらして、また群れに合流し、荷車から荷物をひったくってはアリ塚まで運び始めた。一体全体何回この丘陵を行ったり来たりしたのか。丘陵シャトルランという競技があれば金メダル間違いなし、悪ガキ選手権との二冠達成記録保持者になれるだろう。もはや体力お化けを通り越してただの化け物である。
アリ塚は非常に頑丈で、人間で言えば高層ビルと同じくらいの高さがあった。ここの中ならようやく安心して休めるだろう。ロトーツたちは荷物の中から出した縄梯子を登ってアリ塚の中へと入った。その日の昼は、誰もが心置きなく眠れたのは言うまでもない。
三日目。この日の夜は出発せずに休むことになった。何人かの大人は今後に向けて会議をしていた。
「もう前に住んでいた巣穴を目指す必要無いんじゃねえか? 新しい家を掘るのも大変だし、ここなら広くて丈夫だし、今回の大移動は終了でいいだろ」
「キヤリの言う通り、本当に広いよねーここ。地下にも穴が広がっていたし。狭くて通れない道も多いけど」
「さっきトゥンドゥがどこまで深いのか探索していたら地下水が湧いていたようだ。長老、このアリ塚なら暮らすのに困らないのでは?」
「いや、すまないがここには住めないのう」
「どうして? シロアリもいないし快適じゃない」
「そのシロアリがいないのが問題なのですよ。シロアリたちのいない理由が、新女王と一緒に巣立ったとかアリクイに食べられたとかならいいのですが、ここには彼らの食料である葉が無さすぎる」
「……つまり、食えるだけ食い尽くして出ていったか、餓死して全滅したかもしれないってことか。確かに、この塚の周りは一面砂漠しかない」
「あたしたちの食べ物も無いってことね。砂食べる訳にもいかないもんなあ」
「マジかよ、また歩かなきゃいけねえってのかい。他の奴らは結構参っているし、そんなこと言ったらミル辺りなんかがそろそろ暴動起こすんじゃねえか」
「それを私の目の前でよく言えますねキヤリ。あなたの方こそ頭が参っているんじゃないですか」
「へへーんだ、運動しなさすぎて膝がプルプル震えていた奴がよく言うよ」
「幻覚を見るほどあなたの頭は疲れているのですね。それとも自分の目で見たものを、頭で処理することができないのでしょうか」
「おおっと、『もう歩くの無理無理、お家に帰りたいよー』って泣くヒョロヒョロ男子のお前を、この俺が運んでやった恩を忘れたっていうのかね、ううーん?」
「一体いつ私がそんなこと言ったのですか。どうやらあなたは耳も劣化しているのですね。それに加えて、存在しない出来事を堂々と語る口も付属しているとは何たる粗悪品。哀れですね」
「あたしの目の前で夫の悪口言えるあんたも大概だと思うけどねミル。アホなのは認めるけどさ」
「あーっ、サチまで馬鹿にしやがって! 俺はアホじゃねえし、アホはトゥンドゥだろうが」
「誰がアホだと、この野郎。っていうかなんで俺を置いて勝手に会議を始めているんだよ! 除け者にすんな!」
「うるさいのが増えたな。このアリ塚も音が響くから、あまり叫ばないで頂きたいものだね」
「うわっ、びっくりした! いたのかよカタ。急に喋るな」
「君よりも存在感はあると思うよ、トゥンドゥ。何しろ私は書記として最初から会議にお呼ばれされているのだから。ハブられた君とは違ってね。目立ちたがり屋のような君がここまで影が薄くなるなんて、随分丸くなったものだ。感心感心」
「丸いのはゲトナだろ、カタの目はキヤリレベルだな」
「そう言うお前の口はカタレベルだな、トゥンドゥ」
「それは褒めているのか、貶しているのかどちらなのかね」
「ほっほっほ、しっかり休んで皆少しは元気になったみたいじゃの」
「冗談はこれくらいにして、この後はどうする?」
フェリンの言葉で全員口をつぐんだ。安全な場所で休めるようにはなった。しかし、ゴ-ルがまだまだ見えないのは変わっていない。長老の布地図を見るに、四年前の巣穴までの道のりは半分以上残っている。ようやく見つけた安寧の地を捨てるのは、長老や外出部隊も惜しいと思っていた。
「このアリ塚を持って行くことはできねえか? 掘り起こして荷車に乗せるとかさ」
「非現実的だねえ。重い物が増えたら、それこそ進むのが遅くなるだろう? 私でも分かる」
「敵さんに見つけてくれって言ってるようなものじゃしの」
「とりあえず地下水を持って行くのは確定だよね。体を綺麗にできるのは助かるなあ」
「よく見つけたよな。流石トゥンドゥ、俺の一番弟子! っていうかお前、どこに行っていたんだよ。会議前に一応お前を探してやったんだぞ」
「一番弟子でも二番弟子でもねーってば! 下は最下層まで潜れたから、他の地下道を探検していたんだよ。それにしても凄く広いぜ、この巣穴。どこまでいっても先が見えないんだもん」
「……アリ塚……敵に見つかる……長い地下道…………そうか!」
「どうしたのですかフェリン。年上にあまりこう言うものではないですが、普段冷静なあなたが笑顔で叫ぶと気味が悪いです」
「うるさいミル。長老、地下から進むのはどうだろうか。それなら敵に見つかる心配も無く、疲れてもすぐに休むことができる」
「確かに名案ではあるの。しかし、方角はどうやって見定めるんじゃ?」
「掘った土を出すのに、どのみち外に出る必要があるだろう。その時に確認すればいい。うちの部隊には、目がよくて隠密行動の得意な隊員もいるしな」
「……毎回思うけど、なんでフェリンのおっさんに褒められても嬉しくねーんだろ」
「おっさんは淡々と話すからイマイチ褒められている感じがしないんだよな。口下手な時も多いし」
「かと言っておっさんが笑顔で話すのは、ミルの言う通り気持ち悪いときたもんだ。何をしても嫌悪感を抱かれる隊長など、一体誰が敬うのだろうね」
「おい、そういうことはせめてコソコソ話してくれ。丸聞こえだ」
「全くですよ。何度も言いますが、本人の前で堂々と悪口を言うものではありません」
「最初にけなしてきたのはお前だろうミル」
「キヤリのことも馬鹿にしたよね。アホは事実だけどさ」
「おおいっ! そういうサチも俺の目の前で悪口言ってるう! アホはトゥンドゥだろうって!」
「俺もここにいるんだけど! それにアホじゃねーっつーの! 同じ悪口しか思いつかないなんて、生粋のアホだろお前」
「やれやれ、何回やるのかねこのくだり。先程もう書いているのだがね」
「悪口総大将のお前さんがよく言うわい。他の者が文字を読めないのをいいことに、好き勝手書いているのは知っておるんじゃからな」
「また話が逸れてるぞ。結局俺の案でいいのか? 異論があれば言ってくれ」
「どうせならレールを敷きながら進むのはどうかね。そうすれば重い荷物を載せた荷車を押すのも楽になるし、すぐに出発しない者も荷車に乗れば後から追いつくことができると思うのだが」
「道具職人チームの出番ね。多分お父さんウキウキで取り組むわよ」
「ただし食料問題は依然として解決していません。外以上に食べるものが見つからない上に進行にも手間がかかるため、時間との戦いになりそうです」
「それでもやるしかねーだろ。こんなところでシロアリみたく全滅してたまるか」
「シロアリが全滅したと決まった訳じゃないよトゥンドゥ」
「いちいち反応してくんなよカタ! 黙って書き仕事してろ!」
「『そう言ってトゥンドゥは顔を真っ赤にしながら叫ぶのであった』……と」
「……平然と噓をつくこいつに記録係を任すなんて、絶対にしちゃいけないだろ」
「噓つき小僧に言われたくないね」
四日目。ロトーツたちは壮大な土木工事に取り掛かった。アリ塚直下の地下は元々シロアリの掘っていた道が伸びていたので、まずは荷車が通れるように穴を広げる作業が始まった。
フェリンのおっさんは道具コレクションの一つである超巨大スコップで穴を掘り進めた。新天地で新しい巣穴を掘るために持ってきていたスコップは、次々に土を掻き出していき、それを運び屋キヤリが地上まで持っていって塚の外から捨てていった。
子供たちも土を運ぶのを手伝っていた。これは将来有望だ。親の手伝いをしているところを見た記憶がまるでないトゥンドゥが、群れの役に立てるようになっているのだ。この子たちはトゥンドゥ以上の逸材になるに違いない。トゥンドゥはもっと努力に励め。
道具職人チームは一日目、二日目に比べて見るからに生き生きとしていた。フェリンの奥さんはのこぎりで木の板を切ってレールと枕木にしていき、それをトゥンドゥの父親がやすりがけして整形していった。トゥンドゥは地面を踏み固めて均し、次々にレールを敷いていった。サチの父親は荷車に何か改造を施していた。見せてもらったが、まだ皆には内緒らしい。
フェリンは途中であの泥棒虫と出くわした。これは嬉しい誤算だ。地下に植物は無いため、食料は補給できないと思われていたからだ。久しぶりの虫退治に腕が鈍っているどころか腕が鳴るトゥンドゥの容赦ない殲滅劇に観衆は大いに盛り上がり、食料管理・料理人チームは、稲ばっかりだった最近の食卓にご馳走を届けるべく張り切って味付けした。
土を掘って外に出す過程が挟まる分、地下から行く作戦だと進み具合が遅くなるんじゃないか、という意見も最初はあった。しかし、それぞれが自分の役割を真っ当し協力することで、群れの進行は遅いどころか、遅れを取り戻すかの如きハイペースで進んでいた。まさに適材適所、ロトーツの本領発揮である。
その日の夜明け前にも定期会議が開かれた。結構時間に余裕がありそうだったので早めに開催され、子供も含めた二十六人全員が参加した(双子ちゃんは眠っていたが)。
「皆よく働いてくれたのう。おかげで進行度は順調じゃ」
「シロアリの地下道の終点が見えちまったから、ここからは掘り進めるのが少し大変になるけどな。そろそろ星見る用、土出し用の穴を上にも開けねえといけねえし」
「キヤリっち、そこで朗報があるぞい。わしらのやっている、荷車レール対応改造作業じゃがの。ついでにおまけして手動運転機能も搭載したぞい! カタが言うには、『とろっこ』と言うみたいじゃ」
そう発言したのは道具職人チームの親方であるサチの父親だった。アホのキヤリっちから見れば義理の父っちに当たる人物である。
「本当かよ、おっちゃん! 運転ってもしかして、荷車に乗った状態で動かすことができんのか!?」
「その通りだぞい! 見たいじゃろ? 見たいじゃろ?」
「うん、見たーい!」
「そう言うと思って、じゃん! 仮会議室まで持ってきておるのじゃ! 存分に鑑賞するがいいぞい! いいかの、このペダルを漕げば前に進み、レバーを引けばすぐ止まる! 試運転も問題無しなのじゃ」
「うおおおおお、すげええええ!!」
何だこの義理父子によるオーバーリアクションの漫才は。呆れたサチの眉間が凄いことになっている。
「こいつを使えば、うちの旦那が掘った土をアリ塚まで簡単に運べるって訳さ。上に掘る穴もトゥンドゥの通れる細さで済むなら時間もかからないだろう、あんた?」
「そうだな。俺のスコップが火を噴けば一瞬だ」
「なんたってこのあたしが作ったんだからね。性能が良いのは当然さ」
フェリンっち夫婦も得意気だ。しかし、公共の場でイチャイチャするのは止めてほしい。彼らの娘と息子の眉間も凄いことになっている。今このアリ塚にマッサージサロンを開けば儲かること間違いなしだ。
「でもそれならさ、外の移動でも最初からトロッコ作っておけば移動も楽だったんじゃないの、とーちゃん」
「外は地面がでこぼこしているからね。揺れも酷いし制御が難しいんだ。かと言ってゆっくりレールを整備する訳にもいかないだろう?」
「でもこの方法すごく良いよね。巣穴を繋ぐ地下のレールがあればさ、次の大移動の時も皆でトロッコに乗るだけで済んじゃうもの!」
「まあ、こないだまで住んでた穴には繋がっていないがね。サチの言う通りなのは確かだ。それにしてもこんな素晴らしい方法を思いついたのは一体誰なのかね?」
「ハイハイハイッ! この俺トゥンドゥだ!」
「息を吐くように噓をつくんじゃないよ。今回のアイデアの発案者はこの私カタだ。覚えておきたまえ」
「……地下から進むのを考えたのは俺なんだがな」
「ふびんだねパパ」
五日目。昨日話した通り、まずは上に向かって穴を掘り、トゥンドゥが通れる通路を作った。フェリンの土木工事は、地上からそこまで深くない深度にあったシロアリの地下道を、できるだけ平坦になるよう掘り進めていた。しかし、現在地が丘陵の頂上付近に位置していたのか、地上に出るまでの道はかなり長い距離があった。穴を掘るフェリンっちのおっさんと新測量士担当トゥンドゥっちは、上に進んだままなかなか戻って来ない。と思えば、凄い勢いで駆け下りてきた。
「朗報! 朗報! 外に森が見えるぞ!」
「本当かよトゥンドゥ! 疲れて幻覚見てるとかじゃねえよな?」
「見たことのない木だが本当だ! 俺も確かに見た!」
そして小人たちは、地上へと繋がる小さな穴に次々と飛び込んでいった(ゲトナは体が大きすぎて通れなかった。奴はフェリンより太かったのだ)。細い通路で一列になって登るその姿は、まるでストローを通るタピオカのようであっただろう。誰もが期待に満ちていて、はやる気持ちを抑えられず、通路の縄梯子はギュウギュウの渋滞になっていた。それなのに先頭にいたトゥンドゥは穴から顔を出して止まった。
「おい、何をしてるんだよ、早く出んかい!」
「…………森が無い……」
そこには二人が報告した森など何処にも無かった。相も変わらず砂漠が広がっている。しかし地面はえぐれて盛り上がっており、茶色い砂の上には不釣り合いなほど青々とした落葉樹の葉っぱや血のように赤い果実が不自然なほどに落ちている。どこにも木が生えていないにも関わらずだ。
「トゥンドゥ、本当に森を見たのかね。また質の悪い噓をついているのなら承知しないよ」
「さっきまで本当にあったんだよ! 何よりボスが噓をつけないのはカタだって知っているだろ!」
「この数分で枯れちゃったって言うの? 確かに木の実や葉っぱはあるけど」
「大量のバッタの群れが上空からやって来て森を食い尽くすことはあるよ。それこそ、最近の食料不足の原因は彼らかもしれないね。しかし、奴らが食うのはその葉だ。それを残して飛んで行くはずがない。幹が一本も無いのもおかしな話だ。本当に森があったというなら、『消えた』という表現以外考えられないね」
「私たちはフェリンやトゥンドゥよりも外に出ることはありません。そんな彼らが分からないのなら、私たちに分かる訳ないでしょう。実と葉だけ回収して食べられるかどうか解析するのが今できることではないですか」
「ミルの言う通りじゃ。もし食べられるのなら食料が増えていいことじゃろ? 外で何かわしらの知らないことが起きているのなら、それこそ地下から進むのが最善じゃろうて」
長老の言葉を聞いたロトーツたちは地下に潜って持ち場に戻った。確かに食料が増えて良いことなのだろうが、考えても分からないことが急に現れて再び不安な雰囲気が漂っていた。
「……ボス、俺さ、師匠から調査担当引き継いで以降、任務の時は噓の報告なんて一回もしなかったよな」
「そうだな。要領を得ないことはあったが」
「俺は自分の力を把握してると思ってるんだ。だから俺の目がどこまではっきり見えるのかも分かってるし、本当かどうか自信の持てない情報は確信できるまで確認するようにしてる」
「知ってるぞ。俺がサチに教えたことだからな」
「絶対あそこに森はあった。間違いない。だから俺、外であの森の痕跡を探したいんだ。駄目?」
「お前も成長したな。昔だったら許可も取らず勝手に行動に移していただろ。……森があったと確信しているのは俺も同じだ。だが今は駄目だ。今やるべきなのは、それこそ確実な方法で大移動を終えることだからな。噓じゃないことを証明したい気持ちは分かるが」
「別に噓つき呼ばわりされることには慣れてるよ。任務以外だと実際に噓ついてるし。俺が怒ってるのは信じてくれなかった大人じゃなくて、あの森を消した何かだよ。勝手なことしやがって、何考えてるんだ! 似た森があったら、きっと今日と同じことが起きるだろ。だから絶対見つけてやる! そして中まで探索してその秘密を暴いたら、食料や材料として枝や葉っぱを全部切り落としてやるんだ」
「…………森は何も悪くないのでは?」
こうして五日目は疑念を残しつつも、今まで通り穴掘り作業を進めて終わった。ちょくちょく上に通路を開けて方向確認する度に、トゥンドゥは森があるか見回したが、見つけることが出来なかったようだ。しかし、少しずつ草原の生えた場所や、川の流れる地域に出るようになり、砂漠地帯から脱するのも時間の問題だった。
六日目。ミルたち食料管理班が調べた結果、実も葉も毒があるようだった。道具の材料にもならなそうなため結局捨てることになり、小人たちは落胆した。
加えてフェリンのおっさんがかなりの距離を進んでいたので、アリ塚では土を外へ捨てる作業が追い付かなくなり泥の山が溜まりつつあった。そこに追い討ちをかけるように土を乗せたトロッコの近づいてくる音が聞こえ、インドア組のロトーツたちは少しげんなりした。そろそろフェリンに一度中断してもらわないと広大な山脈を築いてしまう。
しかし、トロッコの様子がおかしい。運び屋キヤリが乗っているからうるさいのは当然だが、一緒にフェリンとトゥンドゥも搭乗して騒いでいる。重労働でついに外出部隊も気がおかしくなったのか。
「朗報! 朗報! 今度こそ本当の朗報だぜ!!」
「フェリンのおっさんが前住んでいた巣穴の木工室を掘り当てたぞ! このトンネルが四年前の巣穴と繋がったんだ! 凄いだろ!」
「なんでお前の方が得意気なんだキヤリ。いっつも俺は軽く見られている気がする」
フェリンのぼやきはロトーツたちの歓声によってかき消された。アリ塚の中はどんちゃん騒ぎになり、密閉空間で反響した音で耳が痛くなりそうだった。全くこいつらは騒ぐのが好きである。本当に外から行かなくて正解だった。
「繋がったのはいいけど、外が砂漠になってたりしないでしょうね? そこはちゃんと確認したの?」
「ばっちし確認済みだぜサチ姉! あの不思議な森は見当たらなかったけど、草も木もたくさん生えてた!」
「しかも今は他の群れが住んでいるようだ。長老が群れの長と話しているところだが、そっちは食料不足も無いから快く受け入れてくれるとのことだ」
「四年前僕たちが引っ越した後に住み着いてたんですね!」
「もしかして私たちの元いた群れですかキヤリ」
「そこまではまだ確認してねえ! だから早く出発だ! ほら乗った乗った!」
「しかし、とろっこ一台に全員は乗れんじゃろうて。一体どうすればいいんじゃ! ……ふっふっふ、こんなこともあろうかと、こいつを完成させたぞい! 名付けて『とろっこ弐号機・新天地すぺしゃる』じゃ!」
「すげえ! けど、何だその一人芝居は」
「トゥンドゥちゃん、そういうこと言わないの。それにしてもあなた、いつの間に作っていたの?」
「昨日はモヤモヤしていて作業に集中出来なかったからね。トロッコ壱号の改善も兼ねて息抜きに仕上げたのさ」
「ふふん、それだけじゃないよ。この連結器を引っ掛ければ……ほれ! 壱号機と合体するのさ」
「これは驚いた。まるで電車だ。……いや、電気を使っていないから列車か」
「カタの言うでんき? が何かは知らんが、これで全員乗れるぞい! 揺れるからの、サチっちとキヤリっちはお孫ちゃんをしっかり抱っこしとけよ」
「でもとーちゃん、これ動くの? 一台のときより重くなるしペダル回らないんじゃない?」
「良い質問だ息子よ、この弐号機はさっき言ったように壱号機の改善という意図もあってだね、回転機構の見直しを施したんだ。具体的に言うとここの歯車の構造と大きさを変えて後輪にも歯車を追加して紐で歯車同士を繋げることで少ない力でもタイヤが回るようにだね」
「あー、はいはい、分かったから。とーちゃんといい、長老といい、ミルといい、カタといい、早口でまくしたてる奴らの相手は疲れる」
「よおし、皆荷物は持ったかの! 新天地までひとっ飛びじゃ!」
「おおー!」
「飛ばないけどね」
「古巣ですし」
「……せっかく頑張って前の巣穴まで掘ったのに、なんで話の中心がトロッコにすり替わっているんだ……」
「不憫だね、あんた」
こうして、六日間に渡る大移動は幕を閉じた。
前の巣穴に住んでいた群れは、キヤリやミルが所属していたのとは別であった。しかし、長老は長であるおばばと面識があったようだ。
おばばは同胞の来訪を温かく歓迎し祝杯をあげてくれた。その日の朝食はご馳走が振る舞われ、大移動してきた小人たちはお腹いっぱいになるまでご飯を食べた。
新しく出会った群れの面々とお喋りしたり、服を見せ合いっこしたり、トロッコを爆走させたりして思い思いの時間を疲れるまで過ごし、幸せな眠りについた。ようやく平和な生活が戻ってきたのだ。しかし、これは地下に限った話だった。
おばばの群れの数は十人しかいなかった。古巣は二十人くらいが住める広さだったので部屋を持て余していただろう。しかし、いきなりたくさんの小人がやって来たため、巣穴はすし詰め状態になってしまった。力自慢の外出部隊や門番チームは、率先して地下に部屋を拡張し始め、トゥンドゥもおばばと雑談しながら手伝っていた。
「この群れも随分数が減っちまってねえ。あんたたちみたいのが来てくれて助かるよ」
「ふうん。よその群れに送っちゃったのか?」
「死んじまったのさ。皆いい奴らだった。この老いぼれより先にいなくなっちまうなんてねえ」
「そっか……ところでおばば。急に森が消える現象知ってたりしない?」
「…………知らないねえ」
「知らないかー。俺一回見たんだよね。砂漠の中に森があってさ。信じられないかもしれないけど、一瞬目を離した隙に消えちゃって。皆は夢でも見たんじゃないかって言ってるんだけど、確実に見たんだ。だから絶対に同じような森を見つけたいって思ってて」
「やめときな!!」
「うわ、びっくりした。何だよ急に」
「その森を探すのだけはやめときな。まさか、落ちてた果物を食べたりなんかしてないだろうね!」
「毒が入っているらしいから全部捨てたよ。というより、やっぱり何か知っているんだろ」
「そうだね、隠す理由もないか……この群れの若い衆はね、皆その森に入ったばっかりに亡くなったんだ。あんたみたいな若いのがいなくなるのなんて、もう見たくないんだよ」
「……分かったよ、そんなに言うなら行かないよ。でもそれって、何かが森と一緒に小人も消したってこと? ちょっと教えてよ」
「……いいだろう。行かないと約束するなら話してやろう。……あれは森が消えるんじゃない。『消える森』なのさ」
「どういうこと?」
「何か外的要因によって消えるんじゃない、ってことさ。『移動する森』という表現の方が正しいかもしれないね」
「森が移動するの? 俺たちロトーツみたいに?」
「そうさね。元々あった森が消えるのでもなく、不思議な森が複数存在するのでもない。一つの森が各地を転々としているんだよ」
「移動って……一体どうやって? 根っこが足になるとでも言うの?」
「種となり風に運ばれるのさ。枯れた枝や幹と一緒にね。どうやら時期を問わず急激に成長したり朽ち果てたりするらしい。しかもそこに法則性はないようだ。まるで自分たちに意思があるかのようにね」
「じゃあ、あの時も……おっさんと一緒に地下へ戻っている間に種を作って枯れたっていうのか……? でもそれならなんで葉っぱや木の実は残したんだ? あれは枯れてなかったし!」
「それは分からないねえ……何しろわしも聞いた話で、実際に見たことはないからね」
「そうなの?」
「あの森に入って、一人だけ帰ってきたのがいたんだよ。森と一緒に風で飛ばされてたんだが、命からがら奇跡的に生還できてね。さっき言った赤い果物を食べてしまっていたから、既に弱りきっていてさ……」
「……ごめんよ、辛い話させて。俺、その森に入ったりしない。約束する」
「わしもいきなり怒鳴って悪かったよ。トゥンドゥ、お前はいい子だね。全く、あの老いぼれじじいの言っていたことと全然違うではないか。あの腐れ髭、さてはボケたのだろうな。頭に必要な栄養が全て髭に吸われているとみえる」
「流石おばば、よく知ってるな。だから俺、じじいのために顎髭全部引っこ抜いてあげたことあるんだぜ。ほら、これがその時の戦利品なんだけど」
「うわ、ばっちい。お前それこそ毒じゃろうて。さっさと捨ててしまった方がいいよ」
「じゃあ長老は毒じじいってことか。こりゃ面白い」
「こら! この毒舌小僧、仕事せんかい! おばばも昔と全く変わってないの。まるで進歩しておらんのか?」
「うるさいじじいだねえ。知ってるかいトゥンドゥ、この爺さんは子供のころにな、怪談が怖すぎてお漏らししたことがあってな」
「おばばああああ!!」
「え、このじじいにも若い時期があったの!? 信じられない!」
「トゥンドゥうううう!!」
「ちなみにこないだ、長老は腐りかけの果実を食べて急にお腹が痛くなり、昼間に目を覚ますと同時に漏らしていてだね」
「今でもおねしょしとるのか。汚いじじいだねえ」
「なんで知っているんじゃカタああああ!!」
後日。その日は数日に一回ある外出の日だった。迷彩服を着たトゥンドゥはいつも以上に張り切っているようでソワソワしている。
前日、トゥンドゥはフェリンのおっさんにおばばから聞いた話を伝えていた。どうやら、探索はしないが観察はするつもりのようだ。
「おばばが言うには入ると危険なんだろ。だったら、遠いところから視認だけで調査するのは問題ないもんな」
「お前……あのおばあさんが聞いたら悲しむぞ」
「うん。だから他の皆には絶対に言うなよ。俺とボス、そしてそこに隠れているつもりのカタの三人だけの秘密だ」
「やれやれ、何だか面倒ごとに巻き込まれてしまったようだね」
「てめーもおばばの話聞いていたんだろ。俺を真っ先に疑ったお前が、面倒などと文句を言う立場にないだろ」
「確かに、それはそうだね。その件については謝罪しよう。それにしても少しは口が達者になったようだね。可愛さ足らずに憎さ百倍だ」
「とにかく、俺はあの森を諦めた訳じゃない。この群れで死んだ奴らのためにも、あの森の秘密を判明させて俺がこの手で消してやるんだ! 跡形もなくな」
「……それは最終的に森へ入ることになるのでは……? まあ何にせよ」
「無理はするな、だろ」
悔しいが、ここ最近のやり取りを見てクソガキトゥンドゥも成長しているのだと実感せざるを得なかった。大人になるのは良いことではある。しかし、生意気なガキンチョだったトゥンドゥが、物分かり良すぎたり落ち着きはらっていたりするのは、それはそれで気持ち悪い。
おおっと、森を探せるチャンスがあるから、という理由だけで張り切っているのではなさそうだ。トゥンドゥはさっきからチラチラ視線を向けては、いつもよりかっこつけている。トゥンドゥの見る先には二人の小人がいた。おばばの群れの外出部隊の見習い、クワイとルバイだ。
小人の少女クワイは無表情で外出準備をしている。トゥンドゥの視線に気付くと、表情を全く変えることなく見つめ返した。何を考えているのか全く読めない。逆にトゥンドゥは丸分かりである。真っ赤になった顔を背けると、鼻息をフンフン鳴らしながら準備体操を始めた。やっぱりまだまだ子供である。
少女クワイの隣にいる少年ルバイはトゥンドゥが気に食わないようだ。おやおやぁ、これは波乱の予感がするぞ。野次馬記者の血が騒ぐ! 血湧き肉躍るんじゃああ~!!
おばばの群れの外出部隊は四人構成だった。ルバイの祖父が解体・伐採担当で、クワイの父親が調査担当、孫と娘はそれぞれの弟子であった。異例の早さで外出部隊に入隊出来たトゥンドゥと違い、こちらは人手不足故に子供が参加しているのだろう。
フェリン、キヤリ、トゥンドゥの三人を加えると計七人もの集団になってしまうため、ルバイの祖父の指示のもと二つのチームに分隊することとなった。一つは、フェリンとルバイ、クワイの父とトゥンドゥの四人チーム。もう一チームは、ルバイの祖父、キヤリ、クワイで編成された。ルバイの祖父チームには、双子ちゃんを両親に預けたサチが一時復帰してクワイにつくことになった。
「よろしくね、クワイちゃん」
サチの挨拶にクワイは無言で会釈した。トゥンドゥはクワイと別チームで残念がっているようだ。かと思えば、急に顔を輝かせた。どうせクワイの父と仲良くなって外堀を埋めようとか考えているのだろう。態度に出過ぎである。そんなトゥンドゥをルバイは睨んでいた。
「……ルバイにクワイ、他の群れの方法を学べるのはいい機会だ。……しっかりと励め。……俺も運び屋の仕事がどんなものか、よく目に焼き付けるとしよう」
ゆっくりと話しつつも低くて重々しいルバイの祖父の声を聞き、キヤリは緊張してプルプル震えていた。
「…………これ俺が解体されたりしない?」
「……お前は自分の身体を荷台に乗せて運べるのか?」
「ぎゃああああああ!! 地獄耳!! じゃない、嘘ですごめんなさいごめんなさい」
「地獄耳じゃねーよ、キヤリの声がでかいだけだろ」
「……小僧、俺の耳が遠いと言いたいのか?」
「いやいやいや言ってない! 言ってない!」
「……冗談だ」
「冗談にしては笑えないよぉ〜」
「目ぇガン開きの真顔で言われても冗談に聞こえねーよ」
「……今お前は」
「ぎゃああああああ!! 何も言ってません! そうだ、冗談です冗談! な、トゥンドゥ!」
「『冗談の面白くないじじいはめんどくさいだけだ』ってキヤリが」
「トゥンドゥてめええええ!!」
フェリンチームは北に、ルバイの祖父チームは南に出発した。
「運び屋担当はいないが、やることは同じだ。調査担当の二人に先発してもらい、食材や敵を探知してもらう。そしてその指示に従って俺たちが向かい、伐採する。ルバイ、準備はいいか?」
「……はい」
少年ルバイは険しい顔で答えた。口数も少ないし、お祖父さんそっくりである。フェリンは最近気難しくて話しかけづらい娘を思い出したのか、距離感を測りかねているようだ。
フェリンチームの調査担当の二人は仲良くやっているみたいだ。トゥンドゥの素早い動きを見て、クワイの父親は感動していた。
「いやあ、それにしても凄い動きだ。それはさぞ、凄まじい修羅場を潜り抜けてきたんだろうねえ」
「いやあ、そんなことないぜ、おじさん。ちょーっと虫退治したり、一人で外出任務を任されたりしたくらいで」
おい、その時は私もいただろ。勝手に省くな。記録係の私を差し置いて記憶を捏造するとはいい度胸だ。情報改ざんの被害者として訴えてやる。
「よかったら俺が娘さんに教えてやってもいいぜ」
図々しいにも程がある。これでは押しかけ女房ならぬ押し売り実演販売だ。そもそもクワイは、トゥンドゥの師匠であるサチが絶賛指導中である。それ以上の内容を教えられる程の経験などお前には無いだろう。それとも偽りの武勇伝でも語るのか? 流石嘘つき常習犯、経歴詐称もお手の物ということか。嘘つきは泥棒の始まりと言うが、既にこいつは窃盗の前科持ちだ。泥棒の次はどんな罪を犯すのか、心底楽しみである。得意の二枚舌を活かして、まずは結婚詐欺やマルチ商法をやり始めるに違いない。
そうして二つのチームは、稲や木の実をたくさん収穫して戻ってきた。草原での探索は久しぶりであったが、四人とも腕は鈍っていなかったようだ。サチに至っては一番ブランクがあるのに、行く前よりも元気で全然疲れてないように見える。逆にキヤリの汗は凄いことになっている。滝行でもしていたのだろうか。それで精神年齢が成長するのなら是非してもらいたいものだが。
フェリン、キヤリ、サチ、トゥンドゥの四人はお互いに情報共有するために集まった。
「あのじーさん、ちょーこええよ〜。俺の動き一つも見逃さないかのように、瞬きせず真横の至近距離でガン見してくるんだもん~。声のトーンが全く変わらないから、冗談かどうか分かんねえし~」
「……お前、それはつまり」
「ぎゃああああ!! 止めてトゥンドゥ!! その口調トラウマになるから! 一回『冗談っすよね?』ってへらへら笑いながら背中バンバン叩いたら、冗談じゃない真面目な話で冗談抜きに怖い思いしたんだから~」
「それは普通にキヤリが悪いだろ」
「その場面あたしも見た! クワイちゃん無口だしあまり表情も変わらないけど、その時は少し笑ってたよ。いや、嘲笑だったかもしんない。なめられてるね」
「情けねーの」
「うるせえやい! そういうトゥンドゥはどうだったんだよ。足引っ張ったりしてねえだろうな」
「する訳ねーだろ、ばーか。クワイのとーちゃんは一個一個の作業が凄い丁寧だったぜ。もしかしたら師匠以上かも。だけど慎重すぎるから進行は全体的に遅かったかな」
そう報告しながら、トゥンドゥはフェリンや私と目が合うと、他の二人にバレないように首を小さく横に振った。否定などを表すときのサインだ。お目当ての森が見つからなかったのだろう。浮かれぽんちではあるものの、トゥンドゥは秘密のミッションを果たすべく行動していたのだ。そしてそれは、同じ調査担当であるクワイの父親にすら気づかせないほど隠密に行われていた。
トゥンドゥも負けず劣らず慎重と言えるだろう。こやつは落ち着きが無いとはいえ、腕相撲大会で負けた後の隠れトレーニングといい会議裏での脱走未遂といい、自分の目的を果たすための隠密性は昔からずば抜けているのだ。ここまで自分の思惑を悟られないように行動できるとは、恐るべき子供である。それなら何故、ダダ漏れになっているクワイへの好意を隠すことが出来ないのだろうか。世の中は不思議なことでいっぱいである。
「確かにクワイちゃんも必要以上に慎重な感じがしたな。絶対に敵に見つからないように動くのを徹底していたし。もう一人の子はどうだったのボス」
「ルバイはトゥンドゥと同じで、筋力がまだ発展途上だったな。まあ俺と比べての話だが……。だが腕はいい。刃物の使い方をよく熟知していて手馴れていると見た」
「あのおっかないじーさんの技術も凄かったな。あれはまさに解体職人、いや達人だな」
「……頭だけでなく腕も衰えていれば、と期待していたのか?」
「ハッハッハ、トゥンドゥのモノマネは上手いな。だけどもう引っかからねえぞ。……あれお前の顔ってそんなしわくちゃ……」
「……イタズラ小僧と間違えるとは、お前は俺の性格も性悪だと言いたいのか?」
噂をすれば影、キヤリの真横にいたのはルバイの祖父ご本人だった。サチはツボにはまって吹き出し、キヤリは恐怖で口から泡を吹き出した。
「…………スンマセンデシタ」
「どうしたんだよキヤリ、いつもみたいに大声を出せよ」
「……小僧、お前は」
「じーちゃんの耳が衰えてるとは言ってないぜ。それより何しに来たんだ?」
顔や声色には出していないが、トゥンドゥは少し警戒しているようだ。ルバイの祖父は何でも見透かしてしまいそうな程に目を全開にするから、気を抜けないのは当然だ。しかし、クワイの父はニコニコしながら答えた。
「僕たちもさっき報告会していたんだけどね。娘とルバイが色々な知識を学んだって言っていたから、僕たちにも教えてもらえたらなあ〜と思って」
どうやら、トゥンドゥがあの移動する森を探していたことはバレていないようだ。ルバイの祖父とクワイの父は、フェリン、サチの二人と技術共有し始めたので、暇になったトゥンドゥは見習いの子供二人に話しかけに行った(キヤリは白目を向いて気絶していた)。
「えっと、なんだかんだであんまり話したことなかったよな。俺トゥンドゥって言うんだ。夜露死苦!」
二人の反応は鈍かった。少女クワイは無言でお辞儀し、少年ルバイはトゥンドゥを睨んだ。しかし、トゥンドゥも鈍かった。気になっている女の子と話せるのが嬉しいのか、二人の応対に気を悪くすることなくベラベラ喋り始めた。
「俺と同じくらいの年の小人がいて嬉しいよ。俺の群れの子供はさ、フェリンのおっさんに似て気難しい年上の女子と、大人しすぎてつまらない年下しかいないからさ。いつか俺たち三人だけで外行ってみたいよな。話変わるけど二人は巣穴に侵入してくる虫見たことある? あの時は凄かったなー、食料庫が空っぽになっててさ、全部虫が食いつくしちまったんだぜ。それで俺がその虫たちを退治したんだけどさ」
「うるさい」
「え?」
トゥンドゥの話を遮ったのはルバイだった。よく言った。私もうるさいと思っていたところだ。トゥンドゥには虫だけでなく五月の蝿退治もしてほしいものである。
「何お前。馴れ馴れしいんだよ。話しかけてくんな」
「なんで?」
「なんででもいいだろ。行こうぜクワイ」
「はっは〜ん、さてはお前、俺に嫉妬しているな?」
「ハア!? してねーし、なんでそうなるんだよ!」
「照れなくていいのだよ君。俺みたいな自慢話が無いからといって、自分は身の程知らずなどと思う必要などないのだ」
「自慢どころか傲慢だろお前、調子乗ってんじゃねーぞ」
「はいはい、そんなに言うならそういうことにしといてあげるよ」
トゥンドゥが言い終わろうとした時、ルバイの拳が空を切った。しかしトゥンドゥは、ノールックでルバイのパンチを軽々と避けた。本当に可愛くないガキである。
「ルバイ!!」
いつもより迫力のある祖父の声が穴の中に反響した。空気の震えが収まり、ピンと糸の張ったような雰囲気に至るまでの時間はひたすらに長かった。誰もが黙ってルバイを見ていた。気絶していたキヤリだけは我を取り戻して「ここはどこ? 私はだあれ?」などとほざいてる。頼むから周りの状況を把握してほしい。手頃なアンテナでもぶっ刺せば、少しは空気を感じ取れるようになるのだろうか?
「……お前を鍛えたのは、暴力を振るって欲しかったからではないぞ、ルバイ」
「…………分かってる」
「……謝れ」
「…………悪かったよ」
「別に気にしてないからいいよ。むしろいいキレだったぜ」
「どうせトゥンドゥが何か怒らせるようなことでも言ったんでしょ。お互い様ね」
「どうせって言い方は酷いでしょサチ姉」
「まあ暴力はよくないな。あんまり喧嘩するなよ」
その場は一旦収まった。しかし、解散した後にルバイはトゥンドゥを呼び出していたようだ。二人の話し声がする。
「俺とお前は違う。俺はお前みたいに軽い気持ちで外出部隊に入った訳じゃないし、お前と仲良くする気もない。分かったら話しかけてくんな」
「なるほど! 友達ってことじゃなくてライバルって意味ね。了解了解」
「……ほんとに、お前は本当に何も分かってない!! そんなヘラヘラしながら任務こなせるほど外は甘くないんだよ! 俺は外の世界で死んでしまった人たちのために、もっと強く大きくならなきゃいけないのに!」
「移動する森だろ」
「……なんで知ってるんだよ」
「おばばから聞いた。っていうか俺も一度見てる」
「…………そうだよ、その森は特別危険なんだ! おばばは『決して入るな』って言っているけど」
「お前もその森を探しているんだろ」
「人の話は最後まで聞けよ!」
「ルバイこそ俺の話を聞けよ。やっぱり俺とお前は違わない。目的は一緒だ。皆には秘密だけどな」
「…………」
「どうせなら手を組もうぜ! 抜け駆けされたら嫌だしな」
「……誰がお前なんかと」
「やっぱ納得できない? なら良い方法があるぜ。腕相撲って知ってる? そこに潜んでいるつもりのカタって奴が教えてくれたんだけど」
「……いつから聞いてたんだよ」
「ふふん、盗み聞きはゴシップ記者の得意技なのでね。ちなみにそこの小僧が移動する森を探しているのも知っているよ。私は何でも知っているのだ。どうだ、凄いだろう?」
「とにかく、俺が気に食わないなら腕相撲で決着つけようぜ。腕相撲なら、どのくらい腕力があるのか、勝とうとする気力があるのか、それこそ何でも分かる」
「全部私の受け売りじゃないか。少しは自分の言葉で表現したまえ。そこの迷える少年よ、いいことを教えてあげよう。このクソガキはフェリンたち三人に腕相撲でボコボコに負けたことがある。解体見習いの君ならトゥンドゥよりも力がついているだろうし、勝機はあると思うよ?」
「……勝負して何の意味がある?」
「負けた方は何でも一つ言うことを聞く。これでどうだ?」
「…………いいだろう」
こうして、第二回ロトーツ腕相撲大会が開催された。ルバイは粘って健闘したが、結果はトゥンドゥの勝ちだった。
私も人が悪い。こうなることが分かっていてルバイをけしかけたのだ。別に「トゥンドゥなら勝てるはず!」と信じていた気持ちなど微塵もないし、トゥンドゥを応援する気持ちなどミジンコ程も持っていない。だが、この五歳(人間換算十歳)の筋肉童子はストイックにトレーニングを続けていた。そして自分の力がどの程度か認識したうえで、勝てると判断したからルバイに勝負を持ちかけたのだ。トゥンドゥも人が悪い。何て野郎だ。
ルバイは悔しそうに噛んでいた唇を離して話し始めた。
「…………俺の負けだ。お前はムカつくし目障りだし関わりたくないけど、……力があることだけは認める。約束は守る。好きにしろ」
「同盟を組もーぜ。あの移動する森についてもっと知りたい。二人で協力した方が効率いいだろ?」
「…………分かった。でも、俺も外に出るようになってからあの森を見つけたことはない。だからおばば以上の情報は提供できない」
「そしたら、まず森を見つけるところからだな。いざ発見した時に、抜け出すための作戦も考えよーぜ。……ってもう
こうして喋るだけ喋ったガキンチョは走ってどこかへ行ってしまった。うるさいのが急にいなくなり、静かな空間でルバイと二人きりになってしまった。気まずい。
「……あんたは何でも知ってるんだろ。移動する森については何か知らないのか」
「残念だが知らないねえ。何でもできる完璧な人間もいいが、欠点がひとつまみあった方がギャップ萌えで魅力的だと思わないかい?」
「言っている意味が分からん」
「それより、このままだとクワイはトゥンドゥに取られてしまうのではないかな? 君はそれでもいいのかね?」
「……クワイは年上好きだ。あいつのアプローチには振り向きもしないだろ」
「ふむ、やけに詳しいね」
「……本人に言われた」
同盟を組むことになった二人の少年は、隠れて作戦会議をすることが増えた。堅物でルールに厳しいフェリンのおっさんは、それを咎めることはしなかった。それどころか、それとなく会議中の人払いならぬ小人払いをしたり、二人のいない理由をでっち上げたりして、密かにサポートしていた。この男は一体何を考えているのだ。そうやって甘やかすと、トゥンドゥが調子に乗ることを知らないのか。外出部隊の隊長なら、その手に持っている斧でトゥンドゥを調子から叩き落とすべきである。
トゥンドゥとルバイの二人は、口論しつつも移動する森の探索方針を決めた。まず第一に抜け駆け禁止。そして、森を見つけたとしても入らないこと。これは慎重派ルバイの意向によるものだった。
「抜け駆け禁止は分かるけど、なんで侵入も禁止なんだよ。入らなきゃ何も分からねーだろ」
「何も分からないからこそ慎重になるべきだろ。『まずは情報収集すべき』って言ったのはお前じゃないか。俺たちもまだ力不足なんだから無理をするべきではない。違うか」
「いや、そうだけど! だけれども!」
「だけれども何だ、言ってみろ。同盟を組むと決めたからには、俺の意思も汲んでもらうからな」
「……ーーッ、でも、でも! あの森は移動するんだぜ! せっかく見つけても逃げられたらどーすんだよ!」
「手がかりを掴む。あの毒入りの葉っぱや木の実以外の証拠が欲しいな。急成長して作られた種とか持ち帰れば、ミルさん辺りが解析してくれて森の秘密や行方とかが分かるかもしれない」
「いやいやいや、だから、森に入らなきゃそれらは手に入らないでしょーが! 考えて発言してます?」
「お前こそ真面目に考えろ。入ったら出られない可能性が高いんだろ。でも森に潜入せずとも辿り着けさえすれば、外側からむしるだけむしって撤収できるだろうが」
「おおっ、ルバイって頭いいんだな」
「お前が考えなしなんだ、この馬鹿」
「馬鹿はキヤリだっつーの、何度も言わすな、このチビ」
「チ……!? お前もチビだろ、人のこと言えねーだろ」
「自覚が無いんだな、可哀想に。無知とは哀れなものだ」
「よし分かった、ちょっと面貸せ。その腐った性根を今日こそ叩き直してやる」
「ほほう、やる気満々だな。いいぜ、またコテンパンに叩きのめしてやる」
とまあ、何だかんだでお子様二名様は仲良くやっているようだ。ルバイに言ったら怒られるだろうが、彼もトゥンドゥそっくりである。意地っ張りで負けず嫌いのルバイはトレーニング量を増やし、トゥンドゥとの腕相撲の戦績は五分五分になっていた。競争心が加速することで二人の腕力はみるみるうちに向上していった。鍛えるのはどうぞご自由にやってくれて構わないが、脳みそまで筋肉に侵されないよう切に願うばかりである。
そして、第二回外出任務合同訓練が迫ってきていた折、事件が起きた。ヌーの到来である。食料を求めて大移動してきたのはロトーツだけではなかったのだ。突如としてやって来たヌーの群れによって、地上への出入口は陥落したり、穴を隠していた石が小麦粉レベルにまで踏み潰されたりと、散々なことになった。
「ちえっ、せっかく立てた計画が滅茶苦茶になっちまったな、ルバイ」
「それどころじゃないだろ。フェリンさん、巣穴の修復した方がいいのでは」
「今穴を直そうものなら、俺たちがペチャンコにされるのは必然だ。事態が落ち着くのを待つしかない」
「わしらが住んでいた頃は、ヌーがこっちに来ることはなかったんじゃがの。さてはおばば、お主が呼び寄せたんじゃな?」
「わしもここ数年で初めての出来事じゃ。わしに言わせればお前さんが召喚士に見えるがの、じじい」
「あーあ、せっかく頑張って移動してきたのに、後から横取りされるなんて酷いよね。最近になっていつもの日常がようやく戻ってきたのに、どうしてあたしたちの平和はすぐ邪魔されるのかしら」
「このままだと、ヌーに僕たちのご飯を食べ尽くされちゃいませんか!? またひもじい思いをするなんて、僕もう嫌ですよ~」
「ちょっと待て、その場合また大移動しなくちゃいけないのかの? わしの作ったとろっこがあるとはいえ、別の方角にまた穴掘りする必要があるのでわ!? わしもうやだ~」
「それで言ったらミルちゃん、食料の方はどうなのかしら? 足りないようなら、トゥンドゥちゃんに収穫に行ってもらうけど」
「おいおい、何言ってんだよ、かーちゃん」
「問題ありませんよ。このような事態を想定して、多めにストックしてあります。まあ、たくさん食べる小人の誰かが断食してくれれば、もっと余裕が生まれますけどね」
「よし、うちの旦那は今日から飯抜きだね」
「おい、俺を勝手にダイエットさせるな」
「どんまい、ぱぱ」
こうして小人たちは、「ヌー禍による自粛 ~STAY巣穴~ 」を強いられた。ヌーに踏み潰されて小麦粉になるのが嫌なロトーツたちは、備蓄していた稲を食しながらヌーが別の草原に移動するまで耐え忍んでいた。
しかし不運は続く。泣きっ面に蜂、ロトーツに毒蛇である。
ヌー去りし後、唯一空いている出入口から毒蛇がこんにちはしてきたのだ。人間で例えるなら、行き止まりのトンネルに新幹線が突っ込みに来るようなものである。ロトーツたちが絶望するのは想像に難くない。
「ひいいいいっ! 死ぬかと思いましたよ! こんなことになるなら、今日はサボって居眠りしておけばよかった!!」
「おいゲトナ! この前こっちの巣穴の出入口も石で塞いだだろ! あれはどこにやったんだよ!」
「ヌーに潰されて小石になっちゃいましたよ~!」
「ヌーの土砂崩れで非常口も塞がっているんだろ! これじゃあ外に逃げられねーじゃねーか!! どーすんだよー!!」
「トゥンドゥっちにゲトナっち! こんなこともあろうかと作ったものを忘れちまったのか! わしの『とろっこれっしゃ壱ぷらす弐号機』で、皆まとめてアリ塚まで避難じゃ!」
「お父さん駄目だ! トロッコ保管している木工室も埋もれてる!」
「……これ割とマジでやばくね?」
…………冗談抜きでまずいかもしれない。巣穴の通路を滑るように降下している灰色の毒蛇は、口を大きく開けていて小人を食べる気満々だ。その口の中は、お歯黒やイカ墨パスタの食後とは比にならないくらい黒く染まっていた。あれは世界四大毒蛇の一つ、ブラックマンバだ。牙から分泌される毒は即効性と致死性を兼ね備えており、世界で一番速い蛇とも言われている。まさに最強最速、本当の本気で緊急事態だ。
しかも逃げ場が無く、文字通り八方塞がり、袋のネズミならぬ地下足袋にぶち込まれたロトーツである。……あれ、これ詰んでない?
「今フェリンやルバイたちがトロッコへ繋がる道を掘り進めている! 皆そこへ走るんじゃ!」
長老の声を聞いたロトーツたちは一斉に木工室へと向かった。巣穴は入り組んでいて高低差やカーブが多いが、毒蛇はまるで意に介さず進んでくる。もし高速道路のように真っ直ぐな通路に追い込まれたものなら、それこそ一瞬で間合いを詰められるだろう。そうでなくても、木工室への突破口が切り開かなければ全滅待ったなしなのだ。邪なる蛇神は刻一刻と迫ってきていた。
木工室手前の広い材料庫にロトーツたちは集結した。子供も老人も見張りもいる。三十六人全員無事なようで、ひとまず一安心だ。外出部隊や見張り番チームは文字通り必死に、死に物狂いで土砂崩れで塞がった壁を掘り進めた。道具職人や食料管理、裁縫チームたちは、搔き出した土や転がっている板や石でバリケードを築き入口を塞いだ。あとは時間との戦いである。
「ヌーの野郎、ろくなことしやがって! ぜってー許さねー! 生きて帰ったら細切れにして肉料理にしてやる!」
「くっそ、掘っても掘っても全然繋がらねえぞ! どうなってんだよ、もお~」
「……運び屋、こんな時にヌーの鳴き声を真似るとは、まだ余裕があるのだな」
「じいちゃん、冗談言っている場合じゃないだろ」
「ねえボス、これ木工室完全に陥没しているんじゃない? 前住んでいた時も、確かお父さん生き埋めになりかけてたよね」
「地盤が緩んでいるのかもしれないな。それなら逆に掘りやすいはずだ」
「今から外への出口に行く訳にもいかないしのう。ほれ、どんどん土で入口をかためるのじゃ」
「また土運びの仕事をすることになるなんて! 思ってもみなかったですよ!」
「まさに地下の強制労働施設だ。大移動の時の重労働を思い出すねえ。ここでは労働基準法は適用されないのかね」
「…………どうやら我々とは力の差が圧倒的に違うみたいです」
「まずいわ! 皆入口から離れて! おチビちゃんたちを奥にやって!」
タイムリミットが来たようだ。来てしまった。バリケードは意図も容易く粉々に粉砕され、灰色の長い影が現れた。まるで蜃気楼のように空気が震えている。暗い巣穴で黒い舌がチロチロと不気味に揺れているのだ。
「まだ手を動かせる者、掘削を代われ!」
そう叫んだフェリンを皮切りに、外出部隊と門番たちは皆武器を手に臨戦態勢に入った。子供たちが泣き叫ぶ中、毒蛇はじりじりと距離を詰めてくる。蛇は基本動くものに反応する。フェリンが狙いを引きつけるべく斧を振り上げようとした時、何者かが彼を押しのけた。ルバイの祖父だ。
「……今お前は、少しでも時間を稼ぐなら自分が、と考えていたな?」
「待ってください」
「待たん。……若いのが死ぬことは、わしは許さん。……絶対に許せん」
しかし、毒蛇の視線はフェリンにもルバイの祖父にも向いていなかった。二人よりも速い存在がいたのだ。それはトゥンドゥだった。
「やめなさい、トゥンドゥちゃん! お願いだから、今回ばかりは本当に止めて!!」
「馬鹿っ、あんた何を考えているのよ! いい加減にしなさいよ!」
「カタが言うには速い蛇なんだろ? うすのろじじいやおっさんに任せられないだろ! 口動かす暇あるなら掘るのを手伝え!」
確かに狭い巣穴の中だからか、小回りの利くトゥンドゥの方が毒蛇よりも素早かった。材料庫は通路よりも開けていたが、トゥンドゥは恐るべき機動力と跳躍力で壁を蹴り、ピンボールの如き動きで毒蛇を翻弄した。一発でも攻撃を喰らえば、毒で死ぬか、呑まれて死ぬかの未来へまっしぐらである。間一髪で避けながら毒蛇の体表をダガーで切り裂くトゥンドゥの動作は、泥棒虫退治のように一切無駄が無く、思わず見とれるくらいであった。
「相変わらず凄い奴だ。毒蛇の動きを完全に見切っている」
「毒蛇からしてみれば、チョロチョロとすばしっこくて鬱陶しいだろうね。まるで糞にたかるハエだ」
「流石俺の一番弟子! 今だ、どんどん掘るぞ!」
「……少しずつだが、確実にダメージを与えている。……何とか頭を潰せれば毒蛇を倒すことができるかもしれない」
しかし、牙がメインウェポンである毒蛇は頭を振り回すのを止めない。毒蛇が少しでもひるんで隙が生まれれば、或いは……。
しかしトゥンドゥの動きに目が慣れてきたのか、今度は毒蛇の方がトゥンドゥを翻弄し始めた。ルバイとクワイを筆頭に他の外出部隊も飛び出し、トゥンドゥのフォロ-に回った。しかし、投げた槍が刺さっても鎖が巻き付いても、毒蛇は止まらない。このままでは埒が明かないと考えたのだろうか、毒蛇は狙いをいきなりルバイとクワイに定めて喰らいついてきた。
「危ねっ、こっちに来やがった」
「無視するんじゃねえ、このミミズ野郎!」
トゥンドゥの攻撃には目もくれず、毒蛇は小人の集団へと迫ってくる。まだトロッコへの道は開かない。しかし、ロトーツたちは諦めるつもりはさらさら無かった。
大人は数台の荷車を毒蛇に向かってぶん投げた。荷車の中にはロトーツたちの脱いだ服が大量に入っていた。岩なだれならぬ服なだれによって、毒蛇の視界は覆われた。その一瞬の隙をトゥンドゥが見逃すはずもない。素早く頭に喰らいつき、ダガーを力いっぱい突き刺した。
「迷彩服自体が風景と化すなんて思いもしなかったでしょ。ざまあみなさい」
しかし、毒蛇は生きていた。頭に服が被さっていたせいで、トゥンドゥは急所を外してしまったのだ。右目に刺さったダガーに悶える毒蛇に吹っ飛ばされ、壁に当たったトゥンドゥはバランスを崩して転んでしまった。毒蛇もその隙を逃すつもりはなかった。トゥンドゥ目掛けて襲い掛かり、大きく口を開けて飲み込んだ。……のであれば、ハッピーエンドめでたしめでたしで、この話は終わっていたのだが、幸か不幸か、そうはいかなかった。
毒蛇は、開いた口でトゥンドゥを食べるのではなく、なんとこう話し始めたのだ。
〈自分よりも大きな生き物にここまで抵抗できるなんて! キミたちは凄いや! ボクと友達になっておくれよ!〉
…………何を言っているんだこいつは?
先程まで繰り広げられていた命のやり取りが嘘だったかのように、凄まじい沈黙が訪れた。
ロトーツたちは困惑していた。当然である。狩りをしにやって来た毒蛇が、捕食対象に向かってフレンド申請し始めたのだ。……私は一体何故、こんな訳の分からない文章を書かなければいけないのだ?
沈黙を破って発言したのは、文字通り毒蛇の目と鼻の先にいるトゥンドゥだった。
〈……今なんて言った?〉
〈ボクと友達になっておくれよ!〉
どうやら疑似テレパシーの聞き間違いではないようだ。マジで言っているのかこいつ。
すると、トゥンドゥも負けず劣らずとんでも発言をぶちかました。
〈《友達になろう》だとお~? ふざけんな! 情けのつもりかてめー、なめんじゃねーぞこら〉
またしても沈黙が訪れた。もはや巣穴の外に沈黙が列を為して並んでいるとしか思えない。来客用のお茶菓子が足りなくならないか心配である。
大人ロトーツたちは訳の分からない状況が続いて、思考がフリーズしてしまっていた。トゥンドゥの両親は恥ずかしいやら情けないやら恐ろしいやらで、凄い顔になっていただろう。表情筋が筋肉痛になっていないかとっても心配だ。トゥンドゥは母の日父の日に、肩たたき券ならぬ顔マッサージ券を百枚ほど発行すべきである。
〈おらっ、腰が引けてんのかこら、かかってこいよ靴ひも野郎、おらっ〉などと唾を飛ばし散らかすチンピラ小僧を、サチとフェリンは慌てて引っ込めた。不良少年の代わりに、長老とおばば、ルバイの祖父が毒蛇の前に出た。このジジババ、肝が据わりすぎである。もしかしたら肝が寝っ転がっているのかもしれない。
〈毒蛇さんよ、敵意が無いならお尋ねしたい。急に襲うのを止めたのはどうしてかね?〉
〈ボクの名前はマンバだよ、よろしくね〉
相変わらず他の生き物とはスムーズに会話が進まない。っていうか、何だその名前は。ブラックマンバだからマンバってか? 既に小人の少年という言葉で頭痛が痛いのに、これでは痛みが増すばかりである。もうちょっとネーミングセンスを何とかしろ。
〈……マンバさんよ、お前さんはわしらと友達になりたいと思ったのはどうしてなのかねえ?〉
〈いやあ、キミたちは凄いねえ! あそこまで追い詰めたら普通は諦めたりするのに、キミたちは全然そんなことしないんだもの。それに、誰かと協力するって凄いんだねえ! ほらボクってずっと一人だったからさ〉
質問の意図が通じているんだか伝わっていないんだか分からない相手とのコミュニケーションに、老人たちは苦労していた。その後ろで、小人たちは毒蛇にバレないように土木工事を続けつつ、コソコソ話していた。
「まるで会話になってないな。なんなんだあの蛇」
「なんかクワイのお父さんっぽいよね」
「ちょっとちょっとサチちゃん! 似てるのは口調だけでしょ! 一緒にしないでおくれよ」
「口調が似ているって自覚はあるんだね」
「あなたは自覚が無いのねえ」
「あの蛇長いけど細くないですか? ちゃんとご飯食べているか僕心配ですよ!」
「ほほう、自らの身を捧げるとは。ゲトナの謙譲心は素晴らしいものだね」
「っていうかお前、なんであの蛇を挑発してんだよ。せっかく戦意が無くなったのに何してんだバカタレ」
「うるさーい! やっと有効打与えられるようになってきたのに、こんな中途半端で終わるなんてつまんねーだろ」
「何言ってんのよ、あたしたちのサポートあっての互角でしょう?」
「そもそも、勝手に突っ走り始めるんじゃない。本当に死ぬかと思って心配したんだぞ」
「フェリンのおっさんに心配されるとか気持ちわりーぜ。つーか離せよ! 俺も穴掘り手伝った方がいいだろ!」
「どうせ毒蛇をぶん殴るつもりだろ。自由にする訳あるか」
「……トゥンドゥはキヤリさん以上だな」
「おいちょっと待てルバイ、それはどうゆう意味だ」
「やれやれ、キヤリっちたち外出部隊がこんなに呑気で大丈夫なのかの。わし、ちょーしんぱい」
「全くです。まだ油断はできませんよ。また急に気が変わって襲い掛かるかもしれませんし」
「……どうやら平和的解決が望めそうよ、ミルちゃん」
後から聞いた話だが、長老曰く毒蛇マンバは、すっかりロトーツ族を気にいってしまったようだ。お腹を空かしたマンバに食料庫のサソリを振る舞い、潰れた右目を手当てし、隙を見て毒蛇の頭をスコップでかち割ろうとしたトゥンドゥを押さえつけることで、毒蛇の急襲は奇跡的に解決したのである。
しかし、毒蛇は次の日も穴から顔を出してこんにちはしてきた。ロトーツたちは巣穴の改修工事で忙しく、毒蛇マンバに構う余裕は無かった。そこで、こないだ行くはずだった食料調達に、マンバを連れていくことにした。
マンバの強さは凄まじかった。トゥンドゥによって片目が使い物にならなくなっていたが、毒蛇マンバの動きは昨日と全く変わらないスピードであった。マンバがトカゲや小動物を次々に仕留めていったおかげで、草原がヌーに食い荒らされたのにも関わらず大量の食料が手に入った。
ロトーツたちは狩りをしない。巣に入ってきた虫を退治して食べることはあっても、外での食料調達は稲を引っこ抜いたり、大きな木の実を運んだりするくらいだ。動物の肉は、運良く死骸を見つけでもしない限りお目にかかれない。普段の食卓では拝めないご馳走を目にして、ロトーツたちは大歓喜し、すっかり毒蛇マンバが好きになってしまった。
それはトゥンドゥも同じであった。隙を見計らって毒蛇をぶん殴り、昨日の戦いの続きをしようかと考えていた気持ちはきれいさっぱり吹き飛び、マンバの強さに魅了されていた。単純なガキである。どうすればマンバみたいに強くなれるか、蛇のようにくねくね動いて研究していたという目撃証言も某R氏から得られた。やっぱりこいつもアホである。お前はキヤリにとやかく言う権利はない。
毒蛇マンバも、群れの中だと特にトゥンドゥを気にいっているようだ。自分を隻眼にした相手を、一体全体どういう経緯で好きになるのだろうか。やはり他の種族の思考回路は分からない。……いやでも喰われそうだったのに、捕食者を好きになってお世話しだすロトーツも大概か……。
次の日。食料は充分にあるのに、トゥンドゥとルバイは毒蛇マンバを呼び出した。
〈ようマンバ!〉
〈やあ、とうんどう! それにるばい! 話ってなんだい?〉
〈バッカ、声がでけーんだよ、ちょっとこっちこい〉
〈……毒蛇。お前、移動する森について知っているか?〉
〈? モリは歩かないよ、足が無いからね。ボクも足無いけど! それに右目も無い!〉
〈なんだその笑えない冗談は。俺への当てつけか?〉
〈森が消えるのも見たことないか?〉
〈あるよ! あの時は凄かったなあ、お空が急に暗くなったからね、水が落ちてくるのかと思ったらね、ばっただったんだよ! 勢いよくモリの葉っぱを食べててねえ、ボクがそのばったを食べてねえ〉
「……その現象じゃないんだよな」
「知らないのか、使えねーの」
〈なになに、さっきから何の話? キミたちは、ばったの足が生えたモリを見たことあるの?〉
〈ある訳ねーだろ、そんな気持ち悪い森〉
〈何を聞いたらその解釈になるんだ〉
そして毒蛇マンバがあまりにもしつこいので、トゥンドゥとルバイは渋々説明することにした。
〈そんなモリがあるんだ! 凄いなあ、行ってみたいなあ〉
〈だーかーらー、声がでかいんだよ。キヤリかお前は〉
「……トゥンドゥ以上に口も軽そうだしな。この調子だと秘密を知る者が凄い勢いで増えるぞ。おばばにバレるのも時間の問題だな」
〈なんでそのモリに行かないの? ねえねえねえ〉
〈あーもうしつこい、喋るなって言ってんだ!〉
「やっと俺の気持ちが分かったかトゥンドゥ」
「お前も大抵性格悪いよなルバイ」
〈ねえねえねえ、そのモリってどこにあるの? ねえねえ〉
〈うるせーなー、なんでそんなに食いついてくるんだよ、暇人なのかてめー〉
〈ヒトじゃないよヘビだよ〉
〈ええい、ああ言えばこう言う〉
「トゥンドゥそっくりだな」
「お前もいっぺん黙ってろ」
〈そのモリが気になるのはそうだねえ、ボクはキミたちみたいに小さくないからねえ〉
「聞いたかルバイ」
「言ってはいけないことを言ったなこいつ」
毒蛇マンバの要領を得ない長ったらしくて回りくどい話をまとめると、どうやらマンバは自分よりも強い生き物と戦いたくなったそうだ。トゥンドゥたちの抗戦を見てその考えに至るあたり、こやつも戦闘狂に違いない。私のような穏健派は少数派なのだろうか。なんと物騒な輩で溢れた世の中であろう。治安が悪くてびっくりだ。皆で仲良くナイフをぺろぺろしていれば平和なのに。
要するに天敵のいないマンバは、文字通り敵なしということで、最強といっても過言ではなかった。もちろん、ライオンとか象とか、ワニなんかと戦ったら、結果がどうなるか分からない。
しかし相手からすれば、わざわざそんなことする必要はない。前にも書いた通り、餌ではない他の種族に関わる理由など無いのだから、毒蛇マンバのように、別の生物に関心を持つのは稀である。加えてマンバは致死性のある毒を持っているのだから、〈毒蛇だ! ヒャッホー!〉と近づきに行くなどという、ちゃんちゃらおかしな行為は普通しないのだ。マンバの話に飽きて泥団子を作っているそこの男、お前のことを言っているのである。
「大体分かった。もし森が見つかったら、マンバを連れていくのもありだな」
〈いいか、このことは秘密だからな! 人前で話すなよ!〉
〈うん、三人で移動するモリを探してることは絶対喋らないよ〉
〈喋ってる喋ってる!〉
「不安だなこいつ」
しかし、事態は急転直下し、これ以上に不安なことが起きることになった。その時は急にやってきたのだ。
…………見つけた。あの森だ。前回の任務の時には無かった。間違いない。
……どうする? 隣にいるけど、この人はまだ気づいていない。様子を見るだけに留める? それとも……
…………誰かいる。枝が邪魔してよく見えないけど、茶色くて全身が毛で覆われている。仲間のようだけど、動いていない。行方不明になった群れの中の誰か? ……もしかして…………お母さん?
「ちょっと、クワイちゃん!? どこに行くの!?」
……取り戻さなくちゃ、連れ戻さなくちゃ、私が探し出すって決めたんだ。そのために部隊へ入ったんだ。もうお父さんが泣かなくて済むように。
…………違う、お母さんじゃない。同じ小人でもない。なにこれ……果物? こんな長い産毛の生えた禍々しい果実なんて、見たことない。私、騙されたの?
…………どうして? さっきまで生えていなかったのに、後ろの入口が塞がってる。……空も木で覆われている。これじゃ、星が見えない。……周りも木しか生えてない。合流するための目印も見えない。動物のように幹が脈打っている。これじゃ木にも登れない。磁石は? ……くるくる回って止まらない。もうどっちから来たのかも分からない。……目眩がする。違う、木だけじゃない、地面も盛り上がっては沈んで蠢いている。このままじゃ呑まれちゃう。逃げなくちゃ……
…………どうしよう、私、帰れない? ……慎重に行動するよう、あれだけ言われたのに、どうしよう、走っても走っても、どこにも着かない、方角も分からない、何も見えない、私、わたし、…………どうしたらいいの?
「大変! クワイちゃんが行方不明になっちゃった!」
「……小娘、お前が一緒に付いていたのではないのか?」
「いたわよ!! だけどいきなり走り出して、追いかけたけど見失っなっちゃって!」
「サチ、クワイはどの方角へ向かったんだ」
「北の方! ……ちょっと待って、あっちには森なんて無かったはず……」
「……それってどこかで聞いたような…………あ! 大移動の時にトゥンドゥとフェリンのおっさんが似たようなこと言ってなかったっけ?」
「ふむ、まさかこうなるとは」
「カタ、お前何か知ってるのか?」
「とにかく、あたしはもう一回探してくるから、キヤリとおじいちゃん、カタはボスたちと合流して、」
「ならん!!」
「ひっ、何だよ、急に叫ぶなよ」
「……その森には近づくな。それだけは絶対にならん」
「奈良も京都もあるものか。いくら移動する森が危険だとはいえ、みすみす見捨てる訳にはいかないだろう?」
「ちょっとカタ、移動する森って何?」
「おおっと、口が滑った。これでもう隠すことはできないね、ご老人。キヤリの言った通り、クワイが入ってしまったのは、トゥンドゥとフェリンがかつて見た森と同じはずだ。おばばが詳しく知っているから、一度戻って情報を共有すべきだろうね」
私の進言により、ロトーツたちは緊急会議を開くことになった。そして移動する森に入った者たちの出来事を、全ての小人が知ることとなった。
「にわかには信じられませんが、まさかそんなものがあるなんて……」
「僕は見てないので疑ってましたけど、トゥンドゥさんが言っていたのは本当だったんですね」
「でもどうするんだい? おばばが言うには、その森に入ったら出られないんだろ?」
唐突な事態に困惑する大人たちの横で、ルバイは苦い顔をしていた。
「まさかクワイも移動する森を探していたなんて……なんで気づけなかったんだ俺は」
「……僕もだ。親なのに、いつも一緒にいたのに……外出部隊に入ることを決めた段階で、予想できたはずなのに……」
そのとき、穴の中に巨大な打撃音が響いた。板の壁に拳をめり込ませていたのはトゥンドゥだった。
「……何勝手に諦めてるんだよ。話にならねー、助けに行ってくる」
「ちょっと待ちなさいトゥンドゥ、その森に入ったら出られないという話だっただろ」
「とーちゃんこそ話聞いていたのかよ、いつ森が逃げ出すか分からないんだ。こうして会議していても時間の無駄だろ」
「でもむやみに行っても帰れなくなるだけだわ! おばばさんの群れの外出部隊と同じ結果になっちゃうわよ!」
「そんなの俺だって分かってるよ! だから、もっと力をつけるまで森には入らないってルバイと決めてた」
「だったら尚更……!」
「でも今は違う。マンバがいる」
ざわめきが起きた。そうだ。この群れには最強の助っ人、いや最強の
「それなら戦力に問題は無いだろ。あいつも移動する森の探索に乗り気だ」
トゥンドゥに続いてルバイも声を上げた。
「……俺とトゥンドゥは森を見つけた時を想定して、あらゆる陣形や作戦を立てています。……外出部隊の全滅は、群れの全滅と同じです。少数で突入した方がいい。トゥンドゥと俺、マンバの三人に探索許可を下さい」
長老、おばば、ルバイの祖父は険しい顔をしながら黙ったままだった。
「時間が無いんだ、決めるなら早くしろ!」
「…………」
「じいちゃん! おばば! 自分より若いのが死ぬのは、もう見たくないんだろ!」
「…………だからこそだよ、子供のお前たちを行かす訳にはいかない」
「おばばも見てただろ! マンバに襲われた時のこと! こいつがいたから群れは助かった! トゥンドゥは調子乗るしムカつくけど、誰よりも機転が利く! あの森の探索なら適任だ!」
「そうだ、あんなに手のつけられなかった俺を、群れの役に立てるようにさせられたんだ! クワイ取り戻すのだって簡単にできるだろ! お前らの仲間意識なんてそんなものだったのかよ!!」
「…………手が焼けるのは今も変わっておらんじゃろうが、この若造め。……分かった、わしが許可する。もう一人の手に負えない子供を、さっさと連れ戻してこい」
「よっしゃ! ルバイ、マンバ呼んできてくれ!」
「任せろ」
「サチ姉、クワイの向かった方向と距離って、もっと具体的に分かる?」
「引退したからってなめんじゃないわよ! 布地図に印つけるから待ってなさい」
「森の探索は息子たちに頼むとして、僕たちも自分にできることをしよう。子供たちが無事に帰れるように」
「娘のために、かたじけない」
「気にすんじゃないよ、困ったときはお互い様さ」
「よし、北に向かって全員穴掘りだ。トゥンドゥたちがすぐにトロッコで帰れるようにな」
「今こそわしの発明した『歯車機動回転式シャベル』の出番じゃ! 『とろっこ仮設参号機』の前面に取り付けて、ぺだるを回せば超回転! これを使ったら、もう普通の穴掘りには戻れんぞい!」
「私たち食料管理チームは、森の外側からサンプルを採取して、何か情報が得られないか研究します。ゲトナ、護衛をお願いできますか?」
「了解です! ミルさんたちがいなくなったら、僕困りますからね! キヤリさん、サンプルの運搬は頼みますよ!」
「もちろんだ! 俺は声がでかいからな、森に異変があったら大声でガキどもに伝えてやらあ!」
「そしたら敵に見つかるかもしれないでしょう? キヤリちゃんって本当にお馬鹿ちゃんなのね」
方針が決まってからの行動は早かった。各々がテキパキと行動するのを見ながら、ルバイの祖父は呟いた。
「……長老、お前は」
「どうせあの二人は、いつか行くことになっていたじゃろうて。早いか遅いかの違いでしかないわい。そういった点で言えば、さっきの提案は説得力がある。それともお前さん、もしかして二人が隠れて秘密会議していたことを知らんかったのか?」
「……そんな訳ないだろう」
「え、俺が密かにサポートしていたのに、バレていたんですか」
「フェリンがいたからバレバレじゃったんじゃい。トゥンドゥとルバイだけなら気づかなかったと思うがの」
「……お前はやっていることや考えていることが分かりやすすぎる。……ガタイがでかいから尚更だ」
「そんな……」
「うそへたくそだもんね、ぱぱ」
救出部隊の三人の準備は完了した。二人の子供に二人の老人が近づいた。
「……ルバイ」
「じいちゃんごめん。でも、やるからにはしっかりやるよ。父さんに母さん、じいちゃんの部下の無念は俺が晴らす」
「その前に、無事に帰ることだけを考えろ。……お前たち四人が無事ならそれでいい」
「……分かった」
「こんなにあっさりと約束を破るなんて、あんたは本当に悪ガキだったんだね」
「噓は俺の得意技だぜ。騙される方が悪いんだよ」
「確かに噓が得意だねえ。これ以上親御さんに迷惑をかけるんじゃないよ。絶対にね」
「努力するよ」
〈ねえねえねえ、ボクには誰か話しかけてくれないの?〉
そして救出部隊は出動した。サチの報告を受けてから一時間近く経っている。まずは森が消えていないか、そこが心配だ。
「心配ならお前さんも行かんかい」
「……え?」
「お主は役職的にも力的にも、残る必要は無いじゃろ。常識が通じない森なんじゃ、お前さんの博識で子供たちをサポートせんかい」
何てこった。
「やれやれ、まさかこんなことになるなんて。私なんかが役に立てるのかね。十六の行き遅れ年増にできることなんて、無能っぷりを存分に見せつけるだけな気がするがね」
「うるっせーなあ。それに荷車に乗らねーで走れよ。それは負傷しているかもしれないクワイのために持ってきたんだからよ」
「まあそう言うなトゥンドゥ。最悪囮か、身代わりか、マンバのおやつにすればいい」
「さあっ、仕切り直してクワイを助けるために頑張るぞ。作戦はどうするのかね?」
〈この岩を越えたら、いつも通り俺が先に向かって辺りを調査する。森を見つけたら入口で合流だ〉
〈おおっ、ナカマって感じ! ボク感激!〉
〈トゥンドゥ、くどいようだが、先に中へ入るなよ。森から先は単独行動禁止だ〉
〈分かってるって、相棒〉
〈誰が相棒だ、ライバルじゃねえのか〉
〈ええっ、いいなあアイボー! ボクにもアイボーをおくれよ!〉
〈全く、緊張感の欠片も無いね〉
〈お前が言うなよ。いいか、足引っ張るんじゃねーぞ〉
〈それなら一つ知恵を授けよう。この救助作戦はタイムリミットを決めておいた方がいい〉
〈何故だ? 一度帰ってから再び向かっても、森が移動していない保証は無いぞ〉
〈だからこそさ。植物は光を浴びて成長する。昼間になるとあの森が活発化する可能性は高いよ。そうなると、今日の夜が明けたら森は移動すると予想される〉
〈どうしてそう考えるんだよ〉
〈君たちも聞いただろう? 森には意思があるようだと。もし本当なら、森はまるで見つからないように行動していると私は感じるのだよ。同じ場所に留まらないのは逃げるため、毒の果実を残すのは存在を知った者を消すため。現に大移動の際、トゥンドゥとフェリンに見られた途端一瞬のうちに移動している。あの時もまだ夕方だったから、エネルギーが残っていたんだろうね〉
〈《消える森》でも《移動する森》でもなく《逃げる森》ってことか……〉
〈どうしてバレないように逃げるのかな? ボクよく分かんないや〉
〈いずれにせよクワイに見られたから、次の朝には逃げ出すだろうってことか? だからこの夜のうちに見つけ出す必要があると〉
〈そういうことだ。もし朝になっても出られなければ、我々も森の移動に巻き込まれる。そうなったら、風に飛ばされている間に枯れ枝が刺さって死ぬか、見知らぬ土地に放り出されて死ぬか、毒を食らって死ぬか、飢え死にするか…………全く無茶な作戦だよ〉
〈日の出に間に合わなかったらクワイを諦めるって言うのか? そんなことできるかよ!〉
〈自分で言ったことを忘れたのかねルバイ。外出部隊の全滅は群れの全滅と同義なんだろう? ここで若い隊員が三人もいなくなるのは痛手だ。人手不足は中途採用の即戦力だけで補えるものではないのだよ。若手社員がいなければ組織の未来は無い〉
〈言ってる意味が分かんねえよ! それでクワイを見捨てられるか!〉
〈だから助けるんだろ。じゃあ先に行ってるぜ。カタやマンバと喧嘩するなよ〉
〈…………うるさい、さっさと行け〉
〈それで言ったらやっぱり子供に任せないほうがよかったかもしれないねえ。確かにトゥンドゥとルバイは既に一人前だと思っていたが。想像以上に恐ろしい事態に巻き込まれてしまった〉
〈そうかな! とっても楽しそうだよ! 早く着かないかなあ、モリの毒とボクの毒、どっちが強いのかなあ〉
「…………俺トゥンドゥ以上にこいつら嫌いかもしんねえ」
高い口笛が一回聞こえた。その方向を向いたルバイは、トゥンドゥのハンドサインを受信したようだ。
〈森はまだ移動していない。加えて、前方に敵は見えないとのこと。マンバもいるし、全力で走ってこいってよ〉
完全に嫌われたようだ。ルバイは事務的な態度で業務連絡しかしてこない。お姉さん悲しい(;ω;)
〈やったあ! 流石とうんどう! 誰が一番最初に到着するか競争だ! 楽しみだねえ、かた〉
もはや同族がビジネスパートナーで、共生関係の毒蛇がマブダチみたいになっている。楽しみでも何でもないし、もうやだ(T_T)
しかし、指定された森の外側のポイントにトゥンドゥはいなかった。周りの高台や木にも見当たらない。さては先に入ったのだろう。全くせっかちな男である。こやつにカップラーメンを与えでもしたら、お湯を注ぐ前にかじりだすに違いない。
〈どうやらトゥンドゥは、約束破りが大好きのようだね〉
〈……やっぱりあいつも嫌いだ〉
そのとき、地面が不自然に揺れた。地震ではない。波のように上下したかと思うと、ほどなくして下から太い根が勢いよく飛び出してきた。毒蛇マンバと同じくらいの長さと太さの根っこは我々を簡単に弾いてしまい、森の中へと放り込んだ。
かくして私たちは森の中へ入ってしまった。もう出られないのだろうか。もうやだ。帰りたいなあ。
夜とはいえ、森の中は先ほどまでの地上に比べて一層と暗かった。空を見上げたが、木々に阻まれて星は見えなかった。月の光すら届かないので、建物の中にいるような錯覚さえ感じる。
〈うわあ、びっくりした! 不思議なこともあるんだねえ〉
〈いいからどけ。尻尾が重くて邪魔だ〉
〈帰りは荷車でふんぞり返る予定だったのに、一撃で粉々になるとは。行きも帰りもよいよいとはいかないのかね〉
〈うるさい黙れ。どうやらトゥンドゥも同じように引き込まれたと見ていい。まずは奴と合流する。まだ遠くには行ってないはずだ〉
〈うひょーっ、何アレ! ツルでぐるぐる巻きになったウシがいるよ!〉
そう言ってマンバは走り出した。それと同時にゴッと鈍い音が鳴り、鬼の形相のルバイが襟首を掴むように毒蛇の皮膚を引っ張った。
〈……単独行動するなって、言ったよな?〉
〈痛いよお、殴らなくてもいいでしょお〉
〈ルバイは祖父そっくりだな。それともオカンか?〉
ルバイは凄い顔で睨んできた。おお怖い。今はあまり冗談を言わない方がよさそうだ。
〈それよりどこへ進むのかね? 舗装道路はもちろん、獣道すら無いようだが〉
〈地面もぶるぶる震えてるねえ。脱皮でもするのかな?〉
〈……さっきの感じだと、地図やマーキングは意味無さそうだな。方角だけが頼りか〉
そう言ってルバイは方位磁石を取り出した。しかし、磁場が乱れているのか、北を指すことなく回り続けている。
〈…………かなり厄介だな〉
〈まるで富士の樹海だねえ。自殺の名所が移動するようじゃ、地縛霊も大変だ〉
〈ジバクレイって何?〉
〈幽霊の一種さ。亡くなった者の未練が強いと、死んだ場所に魂となって留まるのさ〉
「……お前、クワイやトゥンドゥが死んだって言いたいのか」
「確かにこんな話をするのはよくなかった。しかしルバイ、君は一旦落ち着きたまえ。焦ったところで何も生みはしないよ。助けられるものも助けられない」
「…………カタの言う通りだな。悪かった。……それはそれとして能天気なお前やトゥンドゥはムカつくが」
「うむうむ、素直なことは良いことだ、少年よ」
「そういうのが腹立つんだよ。……まあいい、無駄話は終わりだ」
「もう一人のムカつく少年を探すとするかね」
「…………その前に、マンバはどこに行った?」
気づけば毒蛇マンバはいなくなっていた。疑似テレパシーを忘れて話していたから会話に参加できず、飽きてどこかへ行ってしまったのだろう。みるみるうちにルバイの眉間が険しくなる。
「……本当にどいつもこいつも」
しかし、普段の冷静さを取り戻したルバイは、何かに気づいて顔を上げた。なにやら呻き声がする。
「トゥンドゥの声ではなさそうだね。マンバか、別の動物かな? 鬼が出るか蛇が出るか」
〈マ……バ、近く……いる……か!? 返……を……ろ!〉
しかし、ルバイの擬似テレパシーは、電波の悪い通話のごとく聞き取りにくかった。こんなことは初めてだ。
「割と本当に幽霊がいるのかもしれないね。まるで心霊現象だ」
「呻き……に阻害され……かもし……いな。鳴き声……届かな……れば、そもそ……意思も伝わらないんだろ」
「……うるさい呻き声だね。大事なお話をしているときは静かにするよう教わっていないのかね。親の顔が見てみたいものだよ」
「おい……タ。こ……見ろ」
ルバイの指さした方には、木の洞があった。その洞がぶるぶる揺れながら、穴の中から呻き声を出していた。マンバでも猛獣でも幽霊でもなく、森自身が声を上げていたのだ。
「本当に気持ち悪い森だね。根っこが動いたと思ったら、今度は喋り出すとは。ロトーツに似せた気色悪い果物も落ちているし、気分が悪くなりそうだよ」
ルバイは無言で茶色い果実を口いっぱいに、いや洞いっぱいに詰め込んで、呻き声を強制的に黙らせた。ようやく静かになったと思ったが、まだ何か物音がする。枯れ葉を踏む音に加え、何か硬いもの同士がぶつかっているような音も聞こえた。
「誰かいるようだね。森が喚いていたのは、これを気づかせたくなかったということかな?」
「向こうだ、行くぞ」
あまり奥に進みたくないが、行くしかないから仕方が無い。私とルバイは、木々の間を縫うように進み始めた。
小さな広場のような場所へ出た。この表現だと矛盾しているように聞こえるから
狭場にいたのは一匹のハイエナだった。暴れ回るハイエナの攻撃を避けながら、ダガーを振り回す影が見える。トゥンドゥだった。さっき聞こえたのは、牙とダガーがぶつかり合う音だったのだ。
「トゥンドゥ! 加勢するか?」
ルバイが叫んだが、トゥンドゥには聞こえていなかった。こんな時なのに、こいつは戦闘を楽しんでいるようだ。緊急事態だという認識が無いのだろうか? これだから戦闘狂は。戦いが大好きなのはいいが、せめて狂はやめてほしい。戦闘常人になってほしいものだ。
トゥンドゥはハイエナの股下を潜ったり背中に飛び乗ったりして、的確に攻撃を加えていた。鼻先を蹴り飛ばしてハイエナがひるんだ刹那、奥の草むらから何かが飛びついてきた。毒蛇マンバだった。
〈やあ、とうんどう! だいじょーぶだったかい?〉
〈……マンバてめー、何しやがるんだ!!〉
マンバに嚙みつかれたハイエナは、神経毒で身体を震わせ、やがて動かなくなった。
〈やったあ、ボクの勝ち!〉
〈勝っても殺したら意味ねえだろうがよ~〉
〈どうしてぶつんだよう、ボク何か間違えた?〉
〈トゥンドゥ、どういうことだ〉
〈こいつをねじ伏せて情報を引き出そうと思ってたんだよ! クワイを見ていないかとか森の秘密とかさ! 何やってんだよお前は〉
なるほど、この小僧はちゃんと考えて行動していたのだ。もちろん私は最初から分かっていたが? 本当にマンバはしょうがない奴だ。全くもってけしからん。
〈とにかく、やっと合流できたのだからよいのではないかね?〉
〈本当だぜ! お前らおっせえなーって考えてたら、急に飲み込まれたんだから! 多分、他にも迷い込んだ生き物がいると思うぜ〉
〈それなら一度戻るか。あっちにいた水牛に話を聞きに行くぞ〉
〈ボクの見つけたウシか! うう~ん、ボクって役に立ってる~! でしょでしょ〉
〈…………ノーコメントで〉
来た道を戻るだけなのに、倍以上の距離があるように感じる。森の内部でも木が移動しているのだろうか。地面もグニャグニャと動いているし、まるでランニングマシンで走っている気分だ。それに加えてコケがびっしり生えた岩だらけの場所もあれば、急に足元の落ち葉が一斉に舞い上がったりと、歩きにくいことこの上ない。外からだと森の面積は、人間でいう遊園地や動物園くらいの広さに見えたが、これ本当にクワイを見つけ出せるのだろうか?
水牛は未だに蔓に絡まっていた。先ほどまで地面に寝っ転がる形だったのに、戻ってみたら木にぶら下がっていた。蔓に引っ張られたのだろうか? まるで絞首台だ。
〈おい水牛! 俺たちみたいな小人を見てないか!?〉
〈動けない! 動けない!!〉
〈この森について何か知らないか!?〉
〈降りれない! 降りれない!!〉
〈助けてやるから、何か教えてくれると嬉しいんだけど!〉
〈ヘビ怖い! ヘビ怖い!!〉
トゥンドゥは呆れて戻ってきた。
〈……駄目だこりゃ。会話になんねーな〉
〈ねえねえ、ボクって怖いの? ボク怖い?〉
〈ああ、怖いな。そうやってすぐ距離を詰めてくるところとか、人の忠告を聞かないところとかな〉
〈…………ルバイもなんか大変だったんだな〉
〈同情してくるな気持ち悪い。それよりどうする? 闇雲にクワイを探すか?〉
〈おや、この水牛を助ける話はどこいったのかね〉
〈助ける訳ねーだろこんな奴。時間も無いし、巣穴をぶっ壊したヌーに似ていて腹立つしな〉
すると「ヌー」という単語に反応した水牛が喚き始めた。
〈ヌーいない! なんでいない!?〉
「うわっ、びっくりした! なんだこいつ急に」
〈お前、ヌーと一緒にいたのか?〉
〈逃げてきた! 追ってきた! 森怖い! 森怖い!!〉
〈…………もしかしてヌーの群れは、移動する森から逃れてこっちに来たのか?〉
〈この水牛もヌーと一緒に大移動していたみたいだね。だけどどこかのタイミングで、逃げる森と鉢合わせた。森から逃れるために進路を変えた結果、ヌーたちは来るはずのないこの地の方へやって来た……〉
〈……おい、ちょっと待て。森がヌーを追ってきたってことは、あいつら巣穴を壊すだけでなく逃げる森まで連れてきたってことか? ……そのせいでクワイが……ふざけるな!!〉
〈…………その考えで言ったら、俺たちが、いや、俺が森を連れてきたのかもしれない。俺があの時、森を見つけてしまったから、俺を追ってきて、それで…………ごめん。俺のせいで……〉
〈…………そこまで考えが回らなかった。すまん〉
少年二人は黙ってしまった。気持ちの整理がつかないのだろう。しかし仕方が無い。二人はまだ子供なのだ。
待っている間に、私は水牛を縛っていた蔓をナイフで切った。水牛は走ってどこかへ行ってしまった。マンバ以上に話が通じないのだ、一緒に行くことはできないだろう。
〈ねえねえ〉
〈……なんだよこんなときに〉
〈はいえなは殺しちゃダメなんでしょ? このモリと戦ったら殺してもいいの?〉
〈お前何を言って……〉
〈とうんどう、るばいこそ何を言ってるのかボク分からないよ。どうして謝ってるの? 悪いのはこのモリでしょ? キミたちが、襲ってくるボクと戦ったように、ろとーつやウシを襲うモリは殺してもいいんだよね? ……あれ? それなら襲ってくるはいえなは、どうして殺しちゃダメなんだ?〉
マンバの発言で二人は呆気に取られた。流石最強、言うことが違う。
「……ふん、やっぱりこいつ連れてきてよかったなトゥンドゥ」
「だな。確かに役に立っている」
〈ようやく復活か。いつも偉そうな小僧が二人とも萎れていたから、森以上に気味が悪かったよ。それで、どうするのかね〉
〈決まっている。クワイを捜索する。それが俺たちのミッションだ。星が見えなくて時間が分からないから、一刻も早くな〉
〈……一つ思いついたことがあるぜ。俺の考えが正しければ、クワイを見つけ出せるかもしれない〉
〈それ本当かい? すごいやとうんどう!〉
〈ふん、ロトーツの柔軟な思考力をなめるな。さあ、森との知恵比べだ〉
〈それで、クワイを助けるための作戦とは一体何かね?〉
〈とにかく歩くぞ。止まっていたら、あの水牛みたく森に襲われる〉
そして四人ははぐれないようにまとまって、慎重に進み始めた。周りで枯れ葉がガサガサと鳴っている。普通なら他の動物が立てた音だろうが、今回ばかりは森自身が動いているようにも感じる。毒蛇マンバもいるし、大丈夫だとは思うが……。
〈そもそも、クワイが森に入った理由って検討つくか?〉
〈恐らく俺と同じだろう。この森でたくさんの仲間が亡くなっているから……俺の両親も、クワイの母さんも、ここで行方不明になっている。……もう数年も前のことだから、生きているとは思えない。だけど、せめて亡骸や遺品を見つけたいって考えていてもおかしくないんじゃないか。…………俺がそうだから〉
〈…………そうか。そうなると、やっぱりこの森は相当質が悪いぜ。見ろよこれ〉
トゥンドゥが指差したのは、巨大な葉が束のように重なって生えている枝だった。
〈おかしな木だね。普通なら植物の葉は光を効率よく浴びるために、重ならないよう互い違いに生えていくものだがね。しかも表面が水平ではなく垂直に向いている〉
〈おっきなハッパだねえ! それに形がさっきのウシみたいに見える!〉
〈よく気づいたなマンバ。つまりだな〉
「待てトゥンドゥ。俺もお前の考えがだいぶ分かった。だが、それを意思伝達するのはよくない」
「どうしてだ? 疑似テレパシーじゃないとマンバとコミュニケーションができねーぞ」
「私はまだ概要が掴めないが、ルバイの言いたいことは分かった。森に意思があると確信しているのだね?」
「そうだ。トゥンドゥの作戦はそれを利用するつもりだろ?」
「ああ、そうだけど……そっか、あっぶねえ、意思があるってことは!」
「疑似テレパシーの会話を聞かれているかもしれない、ということだ。奴らに耳があるとは思えないが」
「もしかしたら電波を受信するアンテナみたいな器官を生やしているかもしれないね。口に似た洞まで生成するような、常識の通用しない森だ。植物だから疑似テレパシーできないと決めつけるのは危険だね」
〈ねえねえ何の話? もしかしてボクの悪口言ってる?〉
〈ちょっと黙って待ってろ。お前が静かにしていれば、とびきり楽しいことが起きるからな、飽きてどっか行くなよ〉
〈それ本当かいとうんどう!? 楽しいことかあ、楽しみだねえ〉
「随分と扱いが上手いね」
「それよりどうするんだ? さっきの話で言ったら、森がロトーツの言葉を理解している可能性もあるぜ」
確かに、今までに何人ものロトーツがこの森に入ってきてるのだ。トゥンドゥの発言も否定できない。とりあえず我々は、森に話が聞かれないよう寄せ集まり、ヒソヒソ声で話しながら歩き始めた。移動するおしくらまんじゅうである。
「今までの会話も聞かれていたかもしれないのか。どうやって意思疎通する?」
「ハンドサインだと限度があるもんなー」
「ふふん、今こそ記録係の出番じゃあないのかね。文字を使えばいいだろう?」
「うわ出た。俺ああいったチマチマした作業嫌いなんだよな」
「文字って……前にカタが教えにきたあれか」
「そうとも。言葉を耳だけでなく、目でも伝わるようにするため生まれた方法さ。ハンドサインよりも詳しくかつ正確に情報を送ることができると思うよ」
「ルバイ、お前読み書きできるのか?」
「正直自信ないな。確か、口の動きに合わせて、文字を五種類に分類しているんだろ。そして言葉の硬さみたいな感覚によって、更に十五種類のグループに分けていて、これらを組み合わせて文章を作るんだったか」
「最低限やり取りができるよう、私がレクチャーしよう。見たまえ、これは『アホでチビのトゥンドゥはハイエナに食われて泣いていました』と書いてあるのさ」
「おい記録係! 平然と噓をつくんじゃねー! よく見ろ、『こんな時なのに、こいつは戦闘を楽しんでいるようだ。緊急事態だという認識が無いのだろうか? これだから戦闘狂は。戦いが大好きなのはいいが、せめて狂はやめてほしい。戦闘常人になってほしいものだ』って書いてあるじゃないか! …………いや結局悪口ぃ!!」
「おや、トゥンドゥは読めるようになっていたのかね。感心感心」
〈うわあ、何だいこれ? これが楽しいこと?〉
〈とても楽しいとも。執筆や読書の楽しさが同族に理解されにくいのは、甚だ疑問だね〉
〈悪口の楽しさの間違いだろボケ〉
「おい、擬似テレパシーするなって言ってるだろ」
森に入ってから体感二時間くらい歩いている気がする。クワイがいなくなった報告を受けたのが真夜中、十二時くらいだろうか。そこから森に着くまで一時間半くらいかかっている。少なく見積もって、日の出まで残り二時間、いや一時間半といったところか。どんどん最深部へ向かっているが、そろそろ帰る算段も視野に入れないといけない。
そう考えていると、トゥンドゥが丸めた布を渡してきた。作戦内容が書き終わったのだろう。森が見てくるとも限らないので、我々はこっそり布を広げた。そこには、木や石にマーキングする用のインクと、長老の顎から採取した髭のブラシで、次のように記されていた。
『モリ ハ クダモノ ヤ ハツパ デ マドワシ テ クル。 モリ ノ イシ デ オレ タチ ダサ ナイ タメ。 ソノ ワナ ノ ホウコウ ハ ハズレ。 クワイ モ タブン コレ デ モリ ノ オク イッタ。 スイ ギュウ ノ ハツパ モ オナジ。 ギヤク ニ ワナ ト ベツ ノ ホウコウ ニ クワイ イル カノウセイ タカイ。 スデ ニ オレ ノ ホウ デ シンロ ウナガシ テタ ノモ ソノ タメ』
『驚き桃の木山椒の木、なかなかよく書けているじゃないか。ぱっと見ロトーツに見える果実を避けていたのもそのためだね』
『オレ ノ シラ ナイ コトバ オ マゼル ナ。 ヨメ ナイ ダロ』
『イ イ サ ク セ ン 。 ダ ケ ド 。 ソ レ ダ ケ タ リ ナ イ 。 ウ ゴ ク ジ メ ン 。 モ リ べ ツ ホ ウ コ ウ モ ハ ズ レ ス ル』
『~>°)~~~~~~』(マンバがインクをつけた舌で描いた落書き)
『他に作戦があるのかね?』
『モ リ イ シ ア ル 。 オ レ タ チ イ シ ツ タ ワ ル 。 ウ ソ ハ ナ ス 。 ダ マ ス』
『クワイ ニ アワ セル ナ ト ギジ テレパシ デ イエ バ ギヤク ノ コト モリ シテ クル テ イイ タイ ノカ』
『しかし、それはかなり難しい話だよ。疑似テレパシーは意思を直接伝えるコミュニケーション方法だ。そこに噓を混ぜるなんて、演技力でどうにかなるものでもない。意思が強すぎる者ほど、騙そうとする魂胆が伝わりやすいのだよ』
「じゃあもういいよ! そんなに言うなら、クワイを諦めればいいんだろ!」
急にトゥンドゥが叫び出したので、皆驚いて横を向いた。しかし、トゥンドゥの考えを察知したルバイも喋り始めた。
「考えてみれば、クワイに会う理由なんてどこにも無いな。指示されたから嫌々来ただけで、本来クワイなんて、顔も見たくないほど嫌いなんだ」
なるほど、疑似テレパシーで噓をつけないなら、普段通りのロトーツ語で話せばいいのだ。森が言葉を聞いて理解している、という前提があっての作戦だが。
「大体クワイなんてちっとも可愛くないし、頭も悪そうだし、何が好きなのかなんて全く気にならないし、声はでかくてうるさいし、笑うと気持ち悪いし、物忘れも激しいし、本人の目の前で悪口を言うし、仕事はサボるし、過干渉もしてくるし、目をガン開いて冗談を言うし、しつこく詰め寄ってくるし、偉そうな立場でいちいち小馬鹿にしてくるし、初めて会った時から大嫌いなんだ。ぺっぺっ」
流石噓つき名人、すらすらと罵詈雑言が飛び出してくる。しかし、一部の暴言に何だか悪意を感じるのは気のせいだろうか。しっかり記録したから、後で皆に確認してもらおう。
木々がザワザワと揺れ始めたかと思えば、ロトーツに似た茶色い果実が大量に落ちてきた。相変わらず長い毛が生えていて気味が悪い。しかし、我々の言葉はしっかりと通じているようだ。しかし、ロトーツの会話を理解しているということは……
〈うわあ、何かいっぱい降ってきた! ボク、空から水以外が落ちてくるの初めて見たよ! 楽しいなあ!〉
「本当に楽しいな。クワイに比べたら、こんなの可愛いもんだぜ。なあルバイ」
「そうだな。まるでクワイに似ていない。本人の顔は、見たら吐くくらい醜いからな」
「お楽しみ中のところ申し訳ないが、この作戦は失敗のようだよ」
「なんでだよカタ」
「この森は擬似テレパシーだけでなく、我々の言葉自体理解しているのが分かっただろう? それはつまり、最初から我々の会話を聞いていて、クワイを探し出すという目的まで把握しているという訳だ」
「それが分かっていては、今更嘘をついても意味がない、ということか。果物を大量に落としたのも、居場所を悟られないようにするためだろうな」
「なら簡単だ。俺たちの話を聞けないようにすりゃいいんだろ」
そう言うと、トゥンドゥは息を大きく吸って大声をだした。
「どわああああああーーー!!」
〈うわあ、ミミがビリビリする! ぼくビックリ!〉
「森の鼓膜を破るつもりかね。 その前に我々の耳が吹き飛ぶかと思ったよ」
「いきなり叫ぶんじゃねえよてめえ」
「事前に言ったら対処されるだろうが。ほら、お前らも手伝え」
「やれやれ、昔の巣穴を思い出すね。声量のでかさはキヤリと同じくらいだ」
こうして小人たちのシャウトが始まった。それを打ち消すかのように森があの呻き声を出し始めたが、トゥンドゥは呻く洞に向かっても怒鳴り散らかし、ルバイが転がっている毛だらけの果物を詰め込んで強制的に黙らせた。さっきまでホラーぽかったのに、一気にギャグアニメみたいになってしまった。ギャグ補正の前では、どんな怪異も無力なのだ。
そのとき、地面が大きく揺れた。この感触は知っている。森の入口と同じだ。トゥンドゥとルバイもそれを感じ取ると、はぐれないよう即座にマンバの身体に掴まった。そして再び、地下から振り上げられた巨大な根っこにふっ飛ばされた。
飛ばされた先は木の上だった。周りの枝からほどけた蔓が、我々を目掛けて次々と伸びてくる。
〈どうしてボクは、こんなに叩かれなきゃいけないの? 酷いなあ〉
〈んなこと言っている場合か。下に降りるぞ〉
「……今少し空が見えた。星がかなり沈んでいるぞ。早くしないと夜が明ける」
「…………今降りたら多分死ぬぜ」
大きな森の木の下には、立派なたてがみを生やしたライオンが辺りを見回していた。さっきの大声を聞いて警戒しているのだろう。いや、我々は捕食対象だろうから、狩りの標的を探しているのかもしれない。いずれにせよ、このまま鉢合わせたら、獅子類によって四肢類をもがれて死屍累々は免れないだろう。
〈ろくでもない場所に飛ばしてくれたもんだね〉
〈時間も無いし、流石にまずいな。おい、出番だぞマンバ! 気づかれる前に毒で仕留めろ!〉
〈ツルが絡まって動けないよ〜〉
〈使えねえ〜!!〉
〈……おい、あの雄ライオン、こっちガン見してないか?〉
〈私たちの擬似テレパシーが筒抜けだからねえ〉
ライオンは咆哮を上げると、我々のいる木に向かって突撃してきた。
〈うわあ、またミミがビリビリする! カラダもビリビリする!〉
〈このままだと喰われる! 散らばるぞ!〉
〈え、ボク置いてかれるの?〉
〈マンバがいないと勝機もないだろ。こいつ解放するのが先だ〉
〈私もルバイに賛成だ。百獣の王と言いつつも、ライオンはネコやジャガーに比べて木登りが苦手だったはずだよ〉
〈…………いや、普通に登ってきてるけど!?〉
〈さようならマンバ。君のことは忘れないよ〉
〈え、ボク死ぬの?〉
〈死ぬか馬鹿。もう動けるだろ〉
救出部隊は四方向に分かれた。しかし、下手に散らばったら、また森に分断される。トゥンドゥとルバイ、マンバの三人は離れすぎない距離感で、ライオンの周りに三角形を描くように移動した。森で敵に出会った時を想定して、練習していたフォーメーションの一つだ。ただし私は見ていただけで訓練に参加していないので、陣形からはみ出ていた。当然ライオンも私目掛けて襲ってきた。
〈そこのライオン、落ち着きたまえ。私なんか食っても美味しくないよ? そっちの若くてピチピチした二人の方がおすすめメニューなのだがね〉
しかし、ライオンは全く聞く気がないようだ。獅子は兎を狩るのにも全力を出すという。兎より小さいロトーツなら、もう全力全開だろう。向こうが獅子搏兎なら、こちらも小人搏……良い例えが思いつかなかったが、とにかく全力で逃げるしかない。
後ろでライオンの吠える声が聞こえた。振り返って見ると、トゥンドゥとルバイが連携してライオンに立ち向かっている。練習通りだ。二人が陽動し、隙をついて気配を消したマンバが奇襲する。
しかし、毒蛇マンバを一番警戒していたのだろう。ライオンは、マンバの最速の一撃を紙一重で避けてしまった。さらにマンバは前足で頭から押さえつけられ、第二射も防がれた。
そしてライオンは口を開け、大きな牙でマンバの喉元に噛みついた。……のならGAME OVERめでたしめでたしカタ先生の次回作にご期待くださいで、この話は終わっていたのだが、残念無念、そうはいかなかった。
ライオンは、開いた口でマンバの喉を噛みちぎるのかと思ったら、口を開けたままよだれを垂らして倒れてしまった。ライオンの背中には鉤爪が刺さっている。それを装備していたのは、なんとクワイであった。
「クワイ! 無事だったか!」
「……ごめんなさい、私のせいで迷惑をかけて」
「元気なら何よりだ。だろ、相棒……相棒?」
「ううううっ、良かった、クワイが生きてて……」
「おやおや、感極まってしまったようだね」
「それにしても凄いな! ライオンを一撃で仕留めるなんて」
「……マンバには警戒していたけど、それを防げたからライオンは油断したんだと思う……鉤爪に塗った果物の毒が、こんなにすぐ効果出るとは思わなかったけど」
「間違いなく世界一危険なネイルだね」
「……いずれにしろ、また会えて良かった。もう二度と会えないかと……」
「……皆の声はずっと聞こえてた。森が私を惑わすためだと思うけど、途中からはっきり聞こえるようになってきて……走ってきたら皆と会えた。…………だけど、ごめんなさい。ルバイもトゥンドゥも嫌い」
「ええっなんで!?」
「二人とも私のこと、あんな風に思っていたなんて。信じられない」
「そ、そんな……」
「いや、あれは作戦の一環であって、別に貶すつもりはなくてよ」
「ハッハッハ、短く淡い恋だったね。ドンマイドンマイ、初恋は実らないものだよ、少年たち」
「……冗談よ」
「冗談にしては笑えねーよ〜。見ろよ、このルバイの表情、爺さんくらいくしゃくしゃになってて不憫だろ」
「…………深い傷を負った。俺はもう立ち直れないかもしれない」
「じゃあ仕方ないな。相棒は置いていくか」
「さて、無事にクワイも見つかったことだし、森を脱出しようかね。家に帰るまでが遠足だ」
〈ねえねえねえ、ボクは助けてくれないの? 足に踏まれて動けないよ〉
「さて、毒蛇マンバを踏みつけているライオンもどけたことだし、帰るとするかね。時間が無いが、どうやって森を脱出するのかね?」
「……前々から考えていた作戦がある」
そう言うとルバイは布に何かを書き、トゥンドゥとクワイにこっそり見せた。クワイは私が文字を教えた日から、日記や調査記録を残すほど物覚えがよかったので、すぐに文章を読めて内容も理解したようだ。そのため、ルバイは私が中身を見ようとする前に布を閉まってしまった。くそう、私は大人だぞ。お前たちの保護者みたいなものだぞ。仲間はずれにするなんて酷いじゃないか。出発前に群れの仲間意識が云々言っていたことを忘れたのか。
ルバイの作戦を見たトゥンドゥはライオンのところへ走ると、慣れた手つきで一瞬のうちにたてがみをきれいさっぱり剃ってしまった。また長老の顎髭ブラシでも作るのだろうか。トゥンドゥが三等分したたてがみをルバイとクワイに手渡したかと思ったら、子供三人は三方向へ散開した。森の言語理解能力もあって迂闊に質問できない私を差し置いて、勝手に行動するとは何事か。せっかく会えたのに、散らばってどうするのだ。分断されるんじゃないのか。大移動の時に使った防塵用のゴーグルとマスクは手渡されたが、これで一体何をすればいいのだ。おいマンバ、こっちを見るな。私だって分からないのだ。
とにかく私は歩き始めた。だがすぐに周りが明るくなってきた。時間切れだ。朝になって日差しから栄養を得た森は、私たちを内包したまま飛び立つのだろう。実際に、凄い勢いで枝が伸びて揺れ出している。乾季だというのに霧まで出始めた。もう滅茶苦茶である。
〈ねえねえねえ、ボクたちどうすればいいのかな?〉
〈さてね、私にも分からないよ。運良く生き残れさえすれば、それでいいんじゃないかね〉
しかし、どうも森の様子が変だ。おばばの話だと、今ある枝は枯れ果てて、次世代の種を作って移動するはずだ。だが樹木が枯れる気配は一向にない。種を含んだ果実も実っていない。一体どういうことだ。今日はまだ逃げ出さないということなのか?
呻き声を上げながら枝を上下に揺らすその様は、まるで森が苦しんでいるように見える。そのとき、私は気づいた。明るいのは朝だからという理由だけではなさそうだ。霧の中に煙が混じっているのも見える。なるほど、そういうことか。
〈どうやらあの子たちは、火打石で森に火をつけたようだね。ライオンのたてがみは燃料として、ゴーグルとマスクは煙除けということだ〉
〈ええっ! ボク火って怖くて嫌いなんだけど! ……でもそれってボクは火よりも弱いってこと? ボク火と戦ってみたいかも!〉
〈やめたほうがいいと思うよ。霧を出したのは森かもしれないが、今は乾季だ。それはさぞ、よく燃えるだろうね。出口まで辿り着けるか分からないなら、全部燃やして現在地を出口にしようとするなんて。本当に滅茶苦茶だよ〉
森は火を消そうと、枝を上下にブンブン振って風を起こした。しかしそれは逆効果だった。辺り一面に飛び火し、爆風が巻き起こるだけだった。一か所だけで発火したのなら、消火できたかもしれない。しかし、三か所同時放火には対応できなかったようだ。見る見るうちに、炎は森を包んでいく。
〈ねえねえねえ、これボクたちも燃えちゃわない?〉
〈我々がどうして共生関係のネズミの毛を刈っているのか知っているかい? あいつらは火鼠といってね、その毛で織った衣は火に燃えないのさ〉
〈……ボクの分はないの!?〉
〈あるとも。何故ルバイが、君を探すのや助けるのに横着しなかったか分かるかい? 初手で破壊された荷車に載せていた荷物を、君に結びつけていたからさ。その荷物こそ、火鼠の衣で作った毛布だ。本当にルバイは、最初からこうするつもりだったんだね〉
〈へえええ、るばいはすごいなあ! それがわかるかたもすごい!〉
〈クワイは自分の分のゴーグルとマスクを持っていたから、マンバはその予備をそのまま着けるといい。あとは煙を吸わないように、低い姿勢を保つことだね。……蛇の君はいつも通りの這い方で大丈夫か〉
〈ばちばち言ってて、凄い音だねえ! やっぱりボク、キミたちについて行って正解だったよ! こんなに楽しいなんて!〉
〈楽しいもんかい。燃えて倒れてきた幹に押し潰されたら、一巻の終わりだよ。二巻が発行されない打ち切りエンドだ。森に呑まれるより火災の方が生存率が高いのかどうか、博打みたいなものだね〉
すると突然、赤い地面が動き始めた。また根っこに飛ばされて、火中に放り込まれたら一溜まりもない。しかし、地下から出てきたのは木の根ではなく、なんとキヤリとサチの父だった。
「よっしゃ! カタとマンバ発見! ってまじかよ、凄いことになってんじゃねえか」
「こりゃあ見事な大火事じゃ! わしらタイミングばっちしだったようじゃの、キヤリっち」
「どうして私たちの居場所が分かったのかね?」
「話は後じゃよカタっち! まずは下に避難じゃ!」
〈ほら、マンバも降りてこい! ……お前いつの間に、そんな毛深くなったんだ?〉
〈ボクも、ろとーつとお揃いだよ! 羨ましいでしょきやり!〉
こうして我々は地下へと潜った。穴の中も狭くて息苦しいが、やはり煙たくて息苦しいより断然ましだ。むさくるしいのは勘弁だが。
〈その小さい脳みそで、よく私たち二人を見つけられたものだね、キヤリ〉
〈なんだとてめえ、もう一度地上へ送り返すぞ!〉
「森の方角に向かって掘り進めていたらの、何故かトゥンドゥっちの大きな声が聞こえてきたんだぞい!」
〈地下なのにかね?〉
「おばばっちが言うには、森の木は動くんじゃろ? それは根っこも同じだったようじゃ! そのおかげで根っこの周りに空間ができて、空気が振動し音が反響したんじゃろ! そもそもどうして根っこから音が出るのかは分からんがの!」
〈ふむ、聴覚系や発声器官の神経ネットワークを地下で結んでいたのかね。森が慈善で居場所を教えてくれるとは思えないが、今となっては何も分からない〉
〈とにかく、他の奴らの声も聞こえたから、そっちにも外出部隊を始めとしたメンバーが迎えに行っているんだ。お、これまた丁度いいタイミングだ〉
〈また凄い音がする! 今度は何かな、楽しみだなあ〉
地下道を揺らし、ガタガタ音を立てながら現れたのは、トロッコだった。クワイと彼女の父、そしてサチが乗っている。
〈カタとマンバも無事だったのね! よかったあ〉
〈二人とも、娘のために本当にありがとう〉
〈すみません。ありがとうございました〉
〈はっはっは、私の手にかかれば他愛のない容易いことだよ。どうしてもお礼がしたいと言うのなら構わないがね。報酬は弾みたまえよ〉
〈後がつかえているんだ、早く乗れよ〉
〈なんだねその態度は。私は君よりも年上なのだよキヤリ。もっと敬いたまえ〉
〈うわあ、なんだいこのハコ! ボクも乗っていいの!?〉
〈歩いて帰りたいなら、そうしてもいいわよ。後続車に轢かれるかもしれないけど。……それにしてもあんた、ちょっと見ない間に毛もじゃになったのね〉
〈乾季じゃなくて換毛期ということかね〉
「よおし、皆乗ったかの! 揺れるからの、しっかり掴まっておくのじゃぞ! わしの『とろっこれっしゃ仮設参号機』、巣穴までひとっ飛びじゃ!」
〈だからお父さん、飛ばないってば〉
トロッコ参号機の乗り心地は最悪だった。地下道は砂利が残ったままだし、そこにガタガタのレールと車輪で走るのだから、酔って吐くところだった。しかも大移動の時と違って、地下道は平坦真っ直ぐではなくカーブと高低差ばかりである。声を頼りに根っこを避けながら掘ったのだから、仕方が無いが……。先ほど森の広さが遊園地くらいだとは言ったが、まさか帰りにこんなジェットコースターに乗る羽目になるとは。二又に分かれた分岐点を通る度に振り落とされるかと思った。
そして何より、キヤリとサチの父、毒蛇マンバの発狂が反響してとにかくうるさい。こいつらに比べたら、森の呻き声など子守唄のようなものである。少しはしんとしたクワイを見習ってほしい。列車の中では静かにするというマナーを知らないのか。社会の常識である。こんな態度でよく公共の巣穴で暮らせるものだ。きっと勝手に住み着いた居候なのだろう。帰省中の寄生虫三人の奇声の規制期成委員会が既成でないのが甚だ疑問である。
ようやく、巣穴の門番室の壁をぶち破って作られた駅舎に到着した。しかし地獄は続く。こちらはグロッキーな状態なのに、サチの父が「とろっこ仮設参号機どりる・あたっちめんと」の性能を、長々と語り出したのだ。この爺さんが疑似テレパシーを使えたのならマンバに押し付けたのに。くそう、損な役回りだ。
すると単線一面のホームに、トロッコ壱プラス弐号機もやって来た。壱号車にはルバイと彼の祖父、ゲトナとミルが乗っていたが、弐号車にはフェリンとトゥンドゥの両親だけで、二人の息子はいなかった。
誰もが最悪の事態を想像した。クワイに至っては泣き出してしまった。しかし、あんなに若者に行かせることを良しとしなかったルバイの祖父の顔は、険しいものではなかった。トゥンドゥの両親も苦い顔をしているが、悲しみに暮れているようではない。一体どういうことだ?
沈黙を破るように、キヤリが口を開いた。
「ボス。…………トゥンドゥはどうしたんだ?」
「あいつは……帰らない」
「どういうことだよ!! 場合によっては、その頭をかち割るぞ!!」
隣のサチの腕が震えている。気づけばその手に、弟子と同じ型のダガーを握っていた。何だかとんでもないことになってきた。
「キヤリちゃん、そういう意味じゃないの。あの子は無事よ。…………ただ、フェリンさんの言った通り、帰らないだけ」
「話が見えないねえ。ちゃんと説明しておくれ」
そう言ったのはおばばだった。後ろを振り返って見ると、狭い門番室にはトゥンドゥを除いた小人が三十五人全員揃っていた。
会議室に揃った面々を見回して、トゥンドゥの父親は語りだした。
「僕と家内、フェリンさんの三人は、トゥンドゥを発見することはできた。あの子に怪我はなかった。でも、帰れない理由があったんだ」
「またつまらない意地でも張ったのかい?」
「…………息子の身体には、大量の種子が付着していた。森に火をつけてから、避難用の穴を掘っている際に、いきなり頭上に果実が生えてきて割れたそうだ。あの子は、ベトベトの粘液で、種と一緒に包まれてしまった」
「…………なんて手口だ」
「トゥンドゥは言った。『今ここで俺が帰れば、また群れに森を連れていくことになる。だから俺は帰れない』と」
「……そんなの、そんなの砂でも水でも浴びて落とせばいいじゃないですか! それでトゥンドゥ君が帰ってこないのなら意味がありません。……私の代わりに、トゥンドゥ君がいなくなるなんて……」
「クワイちゃん……」
「もちろん、目に見える範囲で取り除いた。種の付いた服は火に放り込んでな。この中で一番力のある俺が、めいいっぱい擦って剝がしたんだ。トゥンドゥに付いている種は無いはずだ」
「だったらよう、どうしてトゥンドゥを置いてきたんだよ、ボス」
「それがね、キヤリちゃん、本人の意思なのよ」
「…………は?」
「僕も『これで帰れるね』って言ったんだ。そしたら息子の奴、なんて言ったと思う? 『森の野郎、火鼠の衣にくっついた種を服ごと風で飛ばしやがった。追いかけてとっちめてやる!』だってさ」
「…………本当に、うちの馬鹿弟子は……」
「止めなかったのかよ。親父さんとお袋さんは」
「止めたとも。でも息子が言うこと聞かないのは、今に始まったことではないだろう? キヤリ君だってよく知っているはずだ」
「イタズラばかりしていた時も、一人で外に出ようとした時も、子供なのに外出部隊に選ばれた時も、大移動で単独任務を任された時も、襲ってくるマンバちゃんに向かって飛び出した時も、森の調査に名乗りを上げた時も、いつだって私はトゥンドゥちゃんを止めたわ。たった一人の息子で、心配だもの。でもね、いざ始まってしまえば、ちゃんと上手くいく。ちゃんと必ず無事に帰ってきてくれる。だから今帰ってこないのは、まだ任務中だからなのよ。あの子はきっと、いいえ、絶対また帰ってくるわ」
「……二人は、本当にそれでいいの? あたしもキヤリも親になったから分かるの。自分の子供がとても可愛くて、誰よりも何よりも大切で心配なこと。あたしがトゥンドゥのお母さんの立場だったら、正直双子ちゃんにそんなことできない。したくない」
「したくないのは私も同じよ。でもね、サチちゃん。それが息子の、トゥンドゥのしたいことなの。あの子のやりたいことを禁止するのは、私が一番したくないことだって、最近ようやく気付けたのよ。だから森の探索も、トゥンドゥの意思が揺らがなかったから行かせたの」
トゥンドゥの両親である二人がこう言って納得しているのだ。外野の私たちが口を挟む権利は無いだろう。
「…………森の探索……。子供たちのしたかったこと、か。……ルバイ、この結果をもって、お前は何をしたい?」
「トゥンドゥを探したい。抜け駆け禁止とか言いながら同盟破棄しやがって。約束破り野郎を追いかけてとっちめてやる」
「……僕は親なのに、逆にクワイに心配をかけてしまっていたね。本当にごめん。寂しい思いをしているのはクワイも同じなのに……」
「……いいの。私の方こそ、お父さんや皆を不安にさせてごめんなさい」
「今更かもしれないけど、僕はクワイとしっかり向き合うよ。こんな僕でいいなら教えてくれ。クワイは何がやりたい?」
「……私もトゥンドゥを見つけたい。謝罪はできたけど、感謝を伝えられなかったもの。……トゥンドゥは小さいから、移動する森よりも見つけるのが困難かもしれないけど」
「ふふっ、確かにそうかもね」
「…………親と子か。たまには家族の絆もいいものだね。私も結婚すればよかったか」
「念のため言っておきますが、私はカタとなんか婚姻を結びたくないですよ」
「僕も絶対嫌ですからね!」
「君たち二人なんかこっちから願い下げだよ。この数学マニアとサボり大食漢め。第一、私は年下に興味は無いんでね」
「残念だけどカタや、お前さんより年上の独身男性は、老いぼれじじいの長老しか残っていないよ」
「げ」
「ほっほっほ、まさかこの年になってナンパされるとはのう」
「…………クワイの断り文句を真似るには、年を取りすぎたようだね、私も」
こうして、クワイ救出作戦は幕を閉じた。少し苦い後味を残して。
あの夜の翌日、外出部隊は早速森の跡地へと向かった。かなり火は強かったが、移動する森の周りには草木などの燃えるものが少なく、森林火災はすっかり鎮火していた。木はことごとく木炭となっていたが、全て焼けたのかどうかは分からない。トゥンドゥを途中下車させた地下鉄入口の穴にも向かったが、トゥンドゥの足跡は巨人の足跡で上書きされ途中で途絶えていた。火事の調査にやってきていた人間のものだろう。トゥンドゥの帰りを待っている両親には悪いが、また大移動する必要があるかもしれない。
クワイは長老とおばば、ルバイの祖父にみっちりしかられた。しかし、情状酌量の余地があるとのことで、外出禁止の自宅謹慎はすぐに解除された。だが子供たちへの見せしめと本人の戒めのため、形に残る罰を与えるべきではないかという判決が下された。そこで相談された博識の私は、クワイに森に入ろうとした経緯と反省文を書かせることにした。すると想像以上にクワイは文字を使いこなしていたことが判明してしまう。その結果、クワイは外出部隊調査担当を兼任しながら、カタカナ教育の非常勤講師もやることになった。可愛くて教え方も分かりやすいため、クワイの授業は老若男女問わず人気のようだ。生徒どもめ、私のときはあんなにしかめっ面するくせに。ちぇっ、私だって可愛いだろ。無口なクワイよりも饒舌だから、語彙力だってあると思うし! 別に悔しくなんかないしい!
ミルたち食料管理・料理人チームは、採取したサンプルの研究を続けていた。救助作戦の日は、サチの父親が作ったドリルが想像以上に早く掘り進められたので、結局地上からではなく地下から向かったそうだ。ミルは大移動した時に捨てた毒の果実を気にかけていた。もし今回の火災で森が消えたとしても、あの果物の種から第二の移動する森が生まれているかもしれないのだ。それ以前に、サンプルの保管が甘かったら、移動する森がアリ塚に生えて群れが全滅していたかもしれない。現実的な男であるミルが、こんなにもしもの話をするなど珍しい。奴にも産毛一本程度の仲間意識があったということだろう。解析結果によっては、森やトゥンドゥの足取りを掴む手掛かりになるかもしれない、ということで、ミルはこの研究に力を入れているようだ。
外出部隊と見張り・門番チームは、合併することが決定した。門番チームはお年寄りもいるが、力自慢の屈強な者が多い。トゥンドゥに加えてルバイやクワイが抜けたときの後任としては適任だ。ゲトナはキヤリにしごかれながらも、トゥンドゥとルバイ、クワイの三人のように、同期三人で外出任務する日を夢見て頑張っているそうだ。さらに今後の大移動や不測の事態に備えて、裁縫チームや道具職人チームたちも定期的に合同訓練を行うことになった。訓練の成果次第では、誰でも簡単に外へ出かけられる日もそう遠くないかもしれない。
サチとキヤリの双子ちゃんも、もうすぐ一歳(人間換算二歳)になる。最近は言葉も話すようになってきた。男の子の方はサチそっくりで、おしゃれが大好きなようだ。母親の宝物のアクセサリーを身につけたくて、ぐずる声がよく聞こえる。女の子の方はキヤリそっくりで、元気なのはいいが少し騒がしい。父親の荷車や祖父のトロッコに乗せてもらっているときは、笑い声が反響しまくり、近隣の住民は騒音に悩まされた。二人は大きくなったら、どんな小人になるのだろう。トゥンドゥみたいなクソ生意気な悪ガキになるのか、トゥンドゥのような詐欺のエキスパートになるのか。それとも、三十五人の群れの役に立てる逸材に成長するのか。それはサチとキヤリ、二人の夫婦の教育次第である。だがきっと、二人はいい親になれるだろう。ここで皆さんに一つ謝罪しなければならない。たった今「三十五人の群れ」と記したが、群れの人数は三十六人になる予定である。トゥンドゥをカウントし忘れた訳ではない。サチとキヤリは、三人目の子供を授かったのだ。二度も世帯人数を虚偽申告してしまったことをここにお詫びして訂正する。
トゥンドゥの両親は、私とクワイから文字を教わってから、毎日のように息子への手紙を書き、壺にいれて川へ流していた。もちろんトゥンドゥに届くかどうかは分からない。現地で使われている言語ではないとはいえ、あまり目立った行動をすべきではないと私は忠告した。しかし、長老もおばばも容認していた。ロトーツ族伝統の壺模様と布の織り方を見た同族が、訪ねてくるかもしれないと言っているが、もちろん真意はそこにはないのだろう。
毒蛇マンバは、トゥンドゥが旅に出たことを知った途端に、飛び出して追いかけに行った。まるで押しが強い恋人、いや恋蛇(こいへび)である。クワイ救出作戦では役に立ったのかどうか、いまいちよく分からないが、もしトゥンドゥがマンバと合流できれば両親も少しは安心できるだろう。ルバイはトゥンドゥと同じくらい言うことを聞かない毒蛇に怒っていた。それでも、ルバイとクワイはマンバより弱いのが現実である。二人は力をつけてから、トゥンドゥを探しに行くことを決めていた。その間にトゥンドゥが帰ってくるかもしれないことを期待しながら。
時が過ぎること三か月後、トゥンドゥ捜索部隊認定試験と称したロトーツ腕相撲大会が開催された。今回で第十五回目である。報酬はもちろん、負けた方に言うことを一つ聞いてもらう権利だ。
そして遂に、ルバイとクワイは外出部隊と門番チーム全員に勝利した。念のため戦わされたインドアロトーツも皆組み伏せ、事実上二人は群れで最強となった。この三か月で、ルバイもクワイも見違えるほどに変わっていた。成長期である今の時期にゲトナよりもモリモリ食べた二人は、筋肉ムキムキのマッチョメンとマッチョウーメンになっていた。しかも背が伸びたのもあって、フェリンのおっさんのようなごつい身体にはならず、モデル体型の細マッチョに仕上がったのだ。まさに美男美女、お似合いのカップルである(まだ付き合っていない)。これでは私よりクワイが人気なのも納得だ。若いっていいなあ。
「……俺やフェリンにも勝てるようになったか。……お前たちの力を認める。約束は守る。望みを言え」
「もう決まってる。ね、ルバイ」
「ああ。相棒を探しに行く。ついでにマンバも探してやる」
「断っておくが、私はついていかないよ。長老、二人の保護者同伴はもういらないだろう?」
「そうじゃな。戦闘力はもちろん、二人とも文字を書けるし、記録係としてもお役御免じゃろ。お主はもう用済みじゃな」
「…………え?」
「それでは、手に負えない子供を探しに行ってくる」
「行ってきます」
「二人とも気を付けるんだよ。いつでも帰ってきていいからね」
こうして、小人の少年少女も旅立った。トゥンドゥとマンバを見つけ出せるかは分からない。しかし、ロトーツは柔軟な思考で生活様式を変化させてきた生き物だ。彼ら三人の「巣穴から出る」という生き方が、新しいロトーツの文化となり、新たな群れを作り、種としての進化に繋がるのかもしれない。いつだって新しい可能性を作り出すのは子供たちなのだ。だがそれはまた別のお話、また別の機会に話すことにしよう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
次回予告
やあ皆。皆の語り部、カタだ。今回のお話は面白かったかな? トゥンドゥにマンバ、ルバイとクワイの行方が、さぞ気になっているだろうね。だけど残念、次回は過去編だよ。今の私は過去編を書きたい気分だからね。ということで次回の「小人の冒険(暴言)[日本語翻訳版]」は、「弐 カタの紀行(奇行)」をお届けするよ。次回も皆で読もう。
※次回の「小人の冒険(暴言)[日本語翻訳版]」はお休みです。代わりに「深夜探偵クロロミス」をお送りします。
(タイトル・内容は変更となる場合があります)
小人の冒険(暴言)[日本語翻訳版] UG抹茶 @Honpent-Mattark_Kankenine
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。小人の冒険(暴言)[日本語翻訳版]の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます