dream:終わりの天秤

戦場の中央に立っていた。

馬がいななき、鉄がれる。

地面は何度も踏みならされ、乾いた土と血の匂いが混ざっている。

槍がぶつかり、盾が跳ね返り、矢が空を裂いた。

その合間を、黒い衣の者は歩いていた。

誰も見ていない。

それが、ここでは自然だった。

黒い衣の者は華麗に馬の脚を、飛び交う矢を、互いに刺し合う槍を避ける。そして、とある二人の戦士の槍が交わった時その槍を掴んだ。

2人が異端者に気付いたのも束の間、片方の手で指で鳴らすと戦場は静かになった。


戦場だった場所には、黒い粘性の蛇のようなものが無数に地面から這い出し死体をむさぼっている。

黒いものは、地面からみ出るように現れた。

形は一定せず、蛇に似ては崩れ、また繋がる。

それらは死体に絡みつき、噛み、離れない。

「……七分目か」

腹を満たせぬまま、肩口から一つがのぞいた。

黒い衣の者に囚われたそれらは、常に満たされることを知らなかった。

呪う相手がいない欲求は空腹に変わる。宿主を呪い続けても満たされない欲求だ。

「七分目……」

大きい戦を選んだつもりだが、まだ足りないようだ。

「国1つ分位あれば足りる」

シューシューと音を立て、蛇はあちらの方を向いた。

その頭が示す先に立派なお城が立っている。この戦をしていた国の1つだろう。

「ラセン、迷うなよ」

そう言って呪いの蛇はラセンの中へと消えた。

迷うはずもない、その国には滅びの匂いがするのだから。

呪い達が食べ終わった後、ラセンはその国へと足を向けた。



立派な建物が立ち並ぶ国は石灰石で作られている。

ここには人間と、狩りをする犬がいた。

豪華なドレスをまとった女性達は大きな宝石のイヤリングを身に付け、耳の大きな猫のような生き物を抱えている。


整えられた円形の広場に、一際目立つ石灰とはまた違う白さの円形の舞台があった。

人々はその舞台の催し物を見て楽しんでいる。サーカスだろうか、様々な生き物と人が息を合わせて演技を披露している。

一見すると、この国に不満は無さそうに見える。だが滅びの道筋はすすのような匂いとなって立ち込めていた。

ラセンは立ち止まり、人々の往来を見る。そこに男に声をかけた。

「呆然として、何かあったんでごわすか?」

小柄で小太りの男がいた。その隣には長身で細長い男が立っている。緑のスカートに茶色のブーツ、2人とも同じ格好をしていた。顔からして気が小さそうだ。

黙っていると、細長い男が言う。

「あんま見慣れない服ですね。隣国から来たのだろうか?」

「と、言う事はこの街は初めてで迷ってるでごわすね?なら、俺達で案内すっべ。」

ラセンは2人に手を引かれるがまま、街を案内された。




街の中で一際大きな建物である城。その城に大慌てで駆け込む兵士の姿があった。

「王様、大変でございます!」

「何事だ?」

領土争いの話し合いをしてる中、兵士は慌てながらもかしこまって円卓へ入って来た。

「アルテラ平原にて敵軍と交戦していた我が軍と敵軍が全て…消えております!!」

震え声で伝える。

「それは真か?!」

老人の側近が尋ねる。兵士は確かにと答えた。

「この戦は大きな戦でした。まだ戦える者はいましょうが…」

別の者が発言した。

王は立ち上がると兵士に伝える。

「守りが無くなったこの隙に、隣国が攻めてくるやも知れぬ!急ぎ巡回兵をアルテラ平原近隣の村へ行かせよ!」

「承知致しました!」

兵はすぐに立ち去り、王の命に従った。王は呟く。

「長きに渡る均衡の戦。神の悪戯なのだろうか…」





「ざっとこんなところでごわす」

小太りの男は街を案内し終わると、ふうと疲れたように息をついた。

酒場に宿屋、オススメの食べ物屋に服屋と色とりどりに案内してくれた2人は、疲れた疲れたと言って橋の欄干らんかんを背もたれに腰を下ろした。

「住み慣れた街だけど、案内するとなると改めてこの街の広さを感じるね」

細い男も軽く汗をかきながら言った。

「…」

案内し終わっても何も言わないラセンに男二人は戸惑う。言葉が出ないのだろうか?それとも通じない程遠くから来たのだろうか。

2人の男は困ったように黙る。そんなとき、街にざわめきが起きた。

「法王の宝が盗まれたぞ!」

「市民よ、取り戻す有志をここに募る!法王に捧げる宝剣だ!絶対に探し出すんだ!!」

叫んでいるのは法王に仕える城の誰かだろう。姿は見えなかった。

「た、大変どす!俺達でお役に立とう!」

「だ、だけど何処をどう探すんだ?」

声は更に響く。

「犯人は最近現れた盗賊団だ!この街に裏切り者はいないと信じたい。

盗賊団は悪魔の森付近を根城にしている。森に行ける者に協力を要請する!」

「…」

おろおろと二人はどうするか悩んでいる。森には恐ろしい悪魔がいると伝えられているのだ。

法王様の役に立つか、命を守る為に留まるか迷っている2人の心をのぞく。そして、街の人々の心の声にも耳を澄ます。

森と言うと悪魔の森か、あんな恐ろしいところに誰も行きやしない。法王様は絶対の存在だ、宝を盗むなんて命知らずな。


この街には法王様と言う存在が居るらしい。街から漂う滅びの匂いの元は恐らくその存在からだろう。

その煤のような匂いは森に続いていた。ラセンはその匂いの元を辿るように歩き始める。

「あ!待つでごわす!」

「まさか、初めて来た街に協力するのか?それなら俺達も森の人として行かなければ!」

2人は慌ててラセンの後を追って走り出した。





まだ昼間の森の中。悪魔の森と呼ばれる場所は、見た目はごく普通の木漏れ日のある大樹の森だった。

2人の道中の説明によると、夜になると悪魔が出て来て猟師の獲物を奪ったり、時に採取のみをする森の人を襲ったりすると言う噂らしい。

だから普段は皆、隣の森で狩りと山菜取りをしているとの事だ。

「昼間でも薄気味悪いでごわすね」

「やっぱり、来ない方が良かった…。他の同志も来てる様子が無いし」

「だけど旅人さんを置いては行けない」

今からでも戻ろうと2人は臆病おくびょうに言い合っている。

「…」

道の真ん中、小さな木の枝に白い鳥がが止まっていた。こちらをじっと見ている。

「珍しい鳥でごわすね、普通鳥は黄色いでごわすよ」

「確かに。…なんかじっと見てる、悪魔だろうか」

こわごわと鳥の横を通り過ぎて行く2人、ラセンは森のあちこちで鳥の声を静かに聞きながら歩く。

あちらに人が、こちらに人が、この先に人がと言い合っている。その声の示す先に煤のような匂いは続いていた。



先を黙って歩くラセンに同行する2人。

日が暮れてきた頃、小太りの男は言った。

「ああ、もう日が暮れて来たでごわす。何処かに洞穴でもないでごわすかね?」

「火おこしは持って来てあるが…確か悪魔の森の中にも洞窟があると聞いた。ただし、悪魔の巣窟そうくつって噂だけど」

「そ、それでも良いでごわす!灯りが欲しいでごわす!」

そう言った瞬間、細長いナイフが小太りの足元に刺さった。

「う、うわわ!あ悪魔でごわすか!」

小太りの男は細長い男に抱きついて震える。

ラセンは僅かに眉根を上げただけで動かない。

頭上から声が響いてきた。

「お前達が宝を盗んだ輩だな?大人しく捕まり、アジトを教えろ!」

少し小高い所から馬に乗った兵士達がこちらに槍を向けていた。

「お、オイラ達はただの森の人でごわすよ!そんな恐れ多い事なんか出来ないでごわす!!」

「嘘を付け!最近の強盗は欲が出た狩り人か、森の人だと睨んでいた。そこで後を付けさせてもらった」

ジャキリと槍を更に近付ける。

「お前達は誰も恐れ近付かない悪魔の森へ入った。充分な証拠である。さあ、法王の近衛兵このえへいに逆らわず、大人しく捕まるが良い!」

更にナイフが足元に突き刺さる。

ラセンはさっと身をひるがえして隠れる。辺りを見回すと何人か、木の上にいる。黒い包帯を巻いた人がナイフを持っていた。

馬にまたがった鉄と白の衣服を着た兵が鈍色に光る槍を持って逃げ道を塞いでいた。

「そ、そんな…誤解でごわす」

へたり込む2人に兵はゆっくり近付いてくる。

「…」

1人の兵が小太りの男の服を掴む瞬間、ラセンは2人の首根っこを掴みその場を離れた。

呆気あっけに取られる近衛兵達。だがすぐさま逃げられたと叫び、追跡を開始する。

頭上から飛んで来るナイフ。駆けてくる馬。そんな兵達を軽々と避けて、2人を掴んで低い姿勢で飛ぶ。

「な、なんで逃げるでごわすか?」

「そうですよ!何も持ってない事を証明すればきっと勘違いだと気付いてくれたはず!」

二人の無意味な言い分を聞き流し、灯りがかすかに見える洞窟を発見した。煤のような匂いはそこから漂っている。

中に入ると盗賊の見張りが驚いて、奥へと逃げ出した。火のついた棒は落ち、ゴゴゴと言う音と共に石造りの扉は閉まった。そこでようやく2人を降ろした。

「ここが、噂の盗賊のアジトでごわすか?」

「それとも悪魔の巣窟…?」


「逃げ足の早い奴め、だが袋のネズミだ!ここがアジトだろう。さっさと宝の隠し場所に案内しろ!」

石造りの扉越しにさっきの兵の怒号がする。開け方が分からないのか、石を叩いている音がした。

「本当に盗賊違うでごわす!」

「そうですよ!そこに転がってる松明を見て下さい。最初俺達持ってなかったではないですか!」

「フン!仲間のだろう。ドジなお前達のせいで盗賊団は全員牢屋行きだ」

「そ、そんなあ〜」

2人声をそろえて悲しげに言った。そんな時、どこからか一羽の白い鳥が入って来た。

「あ、あれは昼間の珍しい鳥でごわす」

ラセンは鳥の後を追うように歩き出した。2人も顔を見合せて後を付いて行く。

洞窟の中は整った通路で出来ていた。人の往路が頻繁ひんぱんな事が分かる。所々に松明も掲げられ、明るさも確保されていた。

そんな通路を先に進んでいくと、大きな岩の前に辿り着いた。

「行き止まりじゃないか」

細い男の言う通り、行き止まりだった。大きな岩に鳥の足跡の形をした窪みと、囲むように文字が幾つも刻まれていた。

「これは、伝説の鳥の見出しですね」

細い男は文字を見て言った。

「人々の争いをいさめ、人々を導く鳥。王鳥ホルスなり。

王を唯一断罪する天秤てんびんの鳥なり。こんな感じです」

「…」

白い鳥が肩に止まる。それをそっと抱えて、片足を鳥の足跡の窪みに当てはめた。

すると、一瞬青白い光か洞窟から放たれ、重たい岩の扉は上へと開く。

そして、その中には金銀財宝の山の上で酒盛りをしている盗賊団が十数人いた。

「ほ、法王様?!」

2人が驚く。盗賊団は法王と、それに仕える者達だった。

互いに呆気にとられる。

「法王様、これは一体…どういう事ですか?」

後ろから先程の兵達が詰めかける。法王はハッとなって急いで答えた。

「わ、私は脅されてやったのだ。そ、そこの森の人が犯人だ!助けてくれ!閉じ込められていたのだ!」

兵は泣いて怯えている2人を一度振り返り、向き直る。

「ともかく、話を聞きましょう。この森の人と共に」

兵が法王に手を差し伸べる、瞬間毒の塗ってある小刀が空を切った。

法王が刃を向けたのだ。それを白い鳥がくちばしで加えて放り投げた。

そして、低くも柔らかい声で喋る。

「やれやれ、1度愚かになると人は何処までも愚かになるな」

白い鳥はまばゆい光を放ち、虹色の翼と長い銀の尾羽を持った巨大な鳥に変身した。

「伝説の、王鳥ホルス様…城の壁画だけの存在じゃなかったのか」

法王は腰を抜かした。

「兵よ、この法王共を捉え森の人を解放、家へと送り届よ」

「は、はっ!畏まりました!」

余りの神々しさに、兵達はホルスの言う通り、盗賊団を拘束、森の人の2人を連れて立ち去った。

ホルスと呼ばれた鳥は金銀財宝の山から一振りの立派な剣をくわえると、壁の岩に額を付けた。

岩はガラガラと音を立てて崩れ去り、蒼い湖がどこまでも拡がる景色が現れる。

その湖に剣を浸すと、ほのかな光が剣から広がる。その光は湖全体に広がり、やがて光は収束し静かになった。

ホルスはずっと立って事の成り行きを見ていたラセンに声をかける。

「異世界の旅人よ、この世界に住む気はないか?」

「…」

沈黙を拒否と察してホルスは言葉を紡いだ。

「ここは悪魔の森ではない。この遺跡も、高貴な鳥の足でないと開かない仕組みだ」

静かな湖にホルスの声が響く。

「この剣は清められた。本来王が私と共に振るえば長い戦も終わるもの。だが王は道を違えた、明日にでも裁かれるだろう」

そう言ってホルスは剣をたずさえ、空を目指して飛び去って行った。

滅びの匂いは消えてはいない。すすのような匂いはホルスの持っている剣から溢れていた。



夜明けと共に街に戻ると、既に裁判が始まっていた。

裁かれていたのは街を案内していたあの二人だった。

「勇気を持って悪魔の森へと赴き、見事王の不祥事を表にした。宝剣を盗んだ疑いは晴れた、無罪とする!」

パラパラと拍手がある。

いつか見た円形の舞台で、二人はヘラヘラと笑いながら民衆に手を振っていた。

ざらついた沈黙が民衆から発せられている。面白く無いという心の声がどこかで聞こえてきた。

「続いて、王の罪を問う!!」

民衆は一気に沸き立った。

正義の名を呼ぶ者もいれば、神鳥の名を叫ぶ者もいた。

だが、その声はどこか揃わない。

静粛に!静粛に!と声が響き渡る。

「王の罪!それは民をないがしろにし、民をそそのかし、金銀財宝に身を委ねた事!」

「わ、私は無実だ!騙されたのだ!!私を裁けるのは神鳥ホルスのみである!!」

法王は怒号が飛ぶ民衆に向けて声を放った。

その鳥は姿を現さない。民衆は裁判が娯楽の1つなのだろう、声高に言い合って愉しんでいる。

ラセンは民衆に少しずつ近付く。

石畳の下で、黒いものがゆっくりと身をくねらせる。

叫び声、祈り、安堵。

どれもが、ほんの僅かに歪んでいた。

「……足りるな」

そのささやきは、誰にも届かない。だが、全ての命の中に入り込んだ。


「さあ!無罪と言え!私を裁けるのは神鳥ホルスのみ!!」

人々の期待が高まる。裁け裁けと声がする。

だが、鳥はいつまで経っても現れない。民衆から疑念が浮かび上がる。

神鳥などいないのでは、と。

民衆は戸惑い、罪深い王を見つめる。誰かが言った、俺達で裁こうと。

1人、また1人と同意する声は民衆を染め上げる。

「静粛に!静粛に!!」

そんな声を無視して民衆の一部が舞台に上がり込む。その手には煤のような匂いをまとった宝剣があった。

宝剣が赤く染まる。舞台が、民衆が沸き立ち自分も自分もと宝剣を奪い合う騒動になった。

お前が。お前が。お前が。

不平不満を民衆同士でぶつけ合う。王が誰だか見分けがつかないように争いあっていた。

「必要なのは人々が求める希望、光だけで良かったのに」

ラセンは誰ともなく呟く。

民衆は皆、気付かぬまま黒いものに喰われていた


その上空で、一羽の鳥がゆっくりと旋回せんかいしている。

羽音は届かず、影だけが石畳を横切った。


円を描く鳥の影が、国の上をなぞる。

それは祝福でも裁きでもなく。

ただ、終わりの印だった。

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Endlles Story~短編~ 黒麒白麟 @arinna

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