第5話:雨の夜、ひよりの声

 噂が広がり始めてから数日。

 私は、ひよりと距離を置くようになっていた。


 教室では必要最低限の会話しかしない。

 だから、ひよりが話しかけてくれても、どこかぎこちない返事しかできなかった。


 一緒に帰ることもなくなり、放課後の廊下で目が合いそうになると、反射的に視線をそらしてしまう。

 あの温室にも、もう行けなくなっていた。


 ひよりは何度も私に声をかけようとしてくれた。

 けれど私はそのたびに、曖昧に笑って逃げた。


 逃げている自覚はあった。

 ひよりの表情が少しずつ曇っていくのも、私のせいだとわかっていた。


 それでも、胸の奥に渦巻く不安は消えなかった。


 自分の気持ちを認めてしまえば、もう後戻りできない。

 ひよりを失う可能性が、現実味を帯びて迫ってくる。

 その恐怖が、私の足をすくませていた。


 ひよりの優しさに触れれば触れるほど、

 その優しさを裏切ってしまう自分が怖くなる。


 ひよりの気持ちに応えたいのに、応えられない自分が嫌になる。

 そんな堂々巡りの中で、私はただただ、ひよりから距離を取ることしかできなかった。



 そんなある日の夜。


 窓の外では、激しい雨が降っていた。

 街灯の光が雨粒に反射し、窓ガラスに細かな光の筋を描いている。

 部屋の中は静かで、雨音だけが一定のリズムで響いていた。

 その音が、胸のざわつきを余計に強くする。

 そんなとき、スマホが震えた。

 画面には「ひより」の名前。


 胸が跳ねた。

 指先が冷たくなる。


 出るべきか、出ないべきか。

 迷っているうちに、着信は切れてしまった。


 すぐにメッセージが届く。

『真白、話したい。今、家の前にいる』

 心臓が止まりそうになった。


 慌てて玄関へ走り、扉を開ける。

 そこには、傘もささずに立ち尽くすひよりの姿があった。

 服は雨でびしょ濡れになり、髪も頬に張りついている。

 肩が小刻みに震えていて、息は少し乱れていた。

 走ってきたのがすぐにわかった。


「ひより……なんで……」

「真白が逃げるから、捕まえに来た」

 ひよりは息を切らしながら、必死に笑った。

 その笑顔は強がりで、見ているだけで胸が痛くなる。


「風邪ひくよ……!」

「真白が話してくれないほうが、もっと苦しいよ」

 その言葉は、雨音よりも強く胸に響いた。

 ひよりはずっと、私のことを気にかけてくれていた。

 それなのに私は、ひよりを避け続けていた。


 ひよりの瞳は、雨に濡れているのか、涙で濡れているのかわからないほど潤んでいた。

 その瞳に映る自分の姿は、ひどく情けなく見えた。


「……入って」

 私はひよりの手をそっと握り、家の中へと招き入れた。

 ひよりの手は冷たくて、雨に濡れた体は震えていた。

 その震えが、ひよりの不安や寂しさをそのまま伝えてくるようで、胸が痛くなる。


 逃げ続けていた私の心に、ひよりの冷たい手が静かに触れた瞬間

 何かがゆっくりと溶け始めた気がした。



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雨の庭で、君を待つ 槙 秀人 @zumi0902

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