第4話:影を落とすもの

 翌週、学校に妙な噂が流れ始めた。


 最初は、休み時間にすれ違った二人組の女子が、私たちの方をちらりと見てひそひそ話しているのが聞こえた程度だった。


 ―真白とひよりって、付き合ってるらしいよ。


 その言葉が耳に入った瞬間、心臓が跳ねた。

 聞き間違いかと思ったけれど、次の日には別のクラスの子たちが同じようなことを話しているのを聞いてしまった。


 ―あの二人、最近距離近くない?


 ―前から仲良かったけど、なんか雰囲気変わったよね。


 ―女子同士って、そういうのアリなの?


 廊下を歩けば、ひそひそ声が耳に入る。

 誰が言い始めたのかはわからない。

 でも、噂はあっという間に広がっていった。


 まるで湿った空気の中で火がついたみたいに、瞬く間に学校中に広がっていく。


 私は胸がざわつき、ひよりの顔をまともに見られなくなった。

 ひよりと目が合いそうになると、つい視線をそらしてしまう。

 ひよりはいつも通りに接してくれるのに、私の方が勝手に距離を取ってしまっていた。


 どうしよう。

 ひよりは、どう思ってるんだろう。


 そんな不安が、胸の奥でずっと渦巻いていた。

 放課後、教室を出ようとしたとき、ひよりが私の腕を掴んだ。

 その手はいつもより強く、迷いがなかった。


「真白、ちょっと話そ」

 ひよりの声は真剣で、逃げられないとすぐにわかった。

 でも、私は怖くて、思わず言ってしまった。


「…ごめん、今日は帰る」

ひ よりの手が、ぎゅっと強くなる。


「待って。逃げないで」

 ひよりの声はいつもより強かった。

 普段は穏やかで優しいひよりが、こんなふうに強い口調で言うのは珍しい。

 その必死さが伝わってきて、私は立ち止まり、ゆっくり振り返った。


「噂のこと、気にしてるの?」

 ひよりの瞳がまっすぐに私を見つめていた。

 その視線から逃げたくて、でも逃げられなくて、私は小さく頷いた。


「…気にしないわけないよ」

 ひよりは一歩近づき、私との距離を詰めた。

 その距離の近さに、胸がまたざわつく。


「でも、私たちがどう思ってるかは、私たちが決めることでしょ」

 ひよりの言葉は強くて、優しくて、まっすぐだった。

 その瞳の強さに、胸が痛くなる。

 ひよりは噂なんかより、私との関係を大事にしてくれている。

 それが伝わってきて、余計に苦しくなった。


「ひよりは……怖くないの?」

 震える声でそう聞くと、ひよりは少しだけ目を伏せ、それからゆっくりと顔を上げた。


「怖いよ」

 その言葉は意外だった。

 ひよりは強くて、何があっても動じないと思っていたから。


「でも、それ以上に真白のことが大事」

 その言葉に、心が大きく揺れた。

 胸の奥が熱くなり、息が詰まりそうになる。


 どうして、ひよりはこんなにまっすぐなんだろう。

 どうして、こんなに優しいんだろう。


 けれど、私はまだ答えを出せなかった。

 ひよりの気持ちが嬉しいのに、噂が怖くて、未来が怖くて、どうしても一歩踏み出せなかった。


「……少しだけ、時間がほしい」

 ひよりは悲しそうに眉を下げたが、すぐに無理に笑った。


 その笑顔が痛々しくて、胸が締めつけられる。


「わかった。待つよ。真白のこと、急かしたくないから」

 その優しさが、逆に胸を締めつけた。


 ひよりはいつも私を尊重してくれる。

 だからこそ、私は余計に苦しくなる。


 ひよりを傷つけたくない。

 でも、どうしたらいいのかわからない。


 温室で交わした言葉が胸の奥で揺れ続け、私はただ立ち尽くすことしかできなかった。



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