第2話:秘密の庭
翌日、雨はすっかり上がり、校庭の隅にある古い温室が朝日に濡れて光っていた。
ガラスの表面には昨夜の雨粒がまだ残っていて、朝日を受けてきらきらと輝いている。
その光景は、まるで温室そのものが呼吸をしているようで、静かな朝の空気に溶け込んでいた。
そこは、私とひよりだけが知っている場所。
小学生の頃、校庭の探検ごっこをしていて偶然見つけた、誰にも気づかれていない小さな楽園。
古くて、ところどころガラスが曇っているけれど、私たちにとっては宝物のような場所だった。
秘密基地のように使ってきたその温室は、今でも私たちの心を落ち着かせてくれる。
放課後、私はひよりを誘った。
「久しぶりに、温室行かない?」
ひよりは一瞬驚いたように目を瞬かせ、それから嬉しそうに笑った。
その笑顔は、雨上がりの空のように明るくて、胸が少しだけ温かくなる。
「いいね。最近行ってなかったもんね」
温室の扉を開けると、湿った土と緑の匂いがふわりと広がった。
植物たちが雨の恵みを吸い込んだばかりのように生き生きとしていて、葉の先にはまだ小さな水滴が残っている。
ガラス越しの光がその水滴に反射し、空気が柔らかく揺れていた。
温室の中は、外より少し暖かく、どこか懐かしい匂いがした。
「ここ、落ち着くよね」
ひよりはベンチに座り、ぽんぽんと隣を叩いて私を招いた。
私はその隣に座りたいと思いながらも、少しだけ距離を空けて腰を下ろした。
ひよりの体温が近くにあるだけで、胸がざわつく。
「真白、最近なんか変だよ」
「え…?」
「なんか私のこと、避けてるみたい」
「…」
図星だった。
胸がぎゅっと縮む。
ひよりの言葉はいつもまっすぐで、逃げ場がない。
「そんなこと……ないよ」
「じゃあ、なんで昨日、手を取ってくれなかったの?」
ひよりの声は責めるようでいて、どこか寂しげだった。
その表情を見た瞬間、胸の奥が痛んだ。
ひよりを傷つけたくて避けたわけじゃない。
むしろ逆で、傷つけたくないからこそ距離を置いてしまったのだ。
「……怖かったの」
「怖い?」
私は深呼吸をして、胸の奥に沈んでいた言葉をそっと掬い上げる。
言葉にしたら壊れてしまいそうで、ずっと言えなかった気持ち。
「ひよりのこと、前みたいに“友達”って思えなくなってきて…。この気持ちが壊れたら、ひよりとの関係まで壊れちゃう気がして…」
私の言葉を聞いて、ひよりは驚いたように目を見開いた。
その瞳に映る自分の姿が、少しだけ震えているように見える。
「真白……」
沈黙が落ちる。
温室の中の空気が、少しだけ熱を帯びたように感じた。
植物たちの葉が風もないのに揺れた気がして、胸がどきどきと騒ぎ出す。
ひよりはそっと、私の手に触れた。
その指先は温かくて優しくて、触れられただけで涙がこぼれそうになる。
「壊れないよ。真白が思ってるより私たちの関係は強いよ」
ひよりの声は柔らかくて、でも芯があって
私の不安を包み込むようだった。
「ひより……」
「真白の気持ち、ちゃんと聞かせて?」
私は震える声で言った。
「…ひよりが好き。友達としてじゃなくて…もっと、特別に」
胸の奥に隠していた本当の気持ちを、やっと言葉にする。
ひよりは一瞬だけ息を呑み、それからゆっくりと微笑んだ。
その笑顔は、雨上がりの光のように眩しくて、温室の中を一気に明るくした。
「私もだよ、真白」
その言葉が、胸の奥に静かに、でも確かに落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます