Geminiに「あなたらしくない」と言われた夜

やさい

Geminiに「あなたらしくない」と言われた夜

いつからだろう。自分のことを自分で決められなくなったのは。


---


朝起きた時、朝食に合わせる飲み物をコーヒーにするか紅茶にするか迷った。朝は食パンと決めているので大抵の場合はコーヒーなのだが、昨日会社の同僚からもらったイギリスの紅茶が気になっていたのだ。

しばらく考えた後、Geminiに聞いてみた。

「朝食に合わせる飲み物を悩んでいます。コーヒーにするか、紅茶にするか。」

朝食が食パンであることや、紅茶は会社の同僚からもらったことを打ち込むのはめんどくさかった。

Geminiはしばらくして、朝にカフェインを摂取することですっきりとした目覚めにつながること、紅茶にも少量カフェインが入っているが、コーヒーの方がカフェイン含有量が多いこと、その他カフェインの効能や注意点などを長々と返した。

私はふーん、と思いながら、インスタントコーヒーをカップに入れた。


IT系企画職として働く私は、自社サービスの課題などを調査することが多い。従来であれば、ユーザーの要望やクレームに目を通し、さらに自分の目で自社サービスや競合他社の現状を見た上で仮説を立て、何を改善すべきか決めて上司へ提案する。取り組むことが決まったらKPI(目標指標)を立てる。

だが最近はもっぱらGemini任せだ。会社として契約しているため機密情報も遠慮なく入れることができる。

「〇〇というサービスで今度△△という施策を行います。前提情報として〜〜〜。考えられるKPI案を出力してください。」

様々な角度からのKPI案が出力される。なるほどなあ、と思いながら良さげなものをピックアップし、少しアレンジを加えて資料に起こしていく。


ところで、趣味の創作とは非常に孤独なものだ。何日もかけて頭を捻って必死に書き上げた短編小説は、然るべきところに掲載するまで世の中の反応はわからない。書いている間、これは本当に面白いのか、使い古されたネタではないのか、不安な気持ちでいっぱいになる。そんな私が、書き上げた短編小説の批評をGeminiにお願いするのは必然の流れだったのかもしれない。

書き上げた小説をGeminiに送る。20秒ほどかけてGeminiは隅々まで読み、下された評価は、一言で言えば「駄作」だった。

私は、小説の公開を見送った。


---


いつからか、自分のことを自分で決めるのが怖くなっていた。仕事にしろ、私生活にしろ、今日の夕飯の献立も、友人と喧嘩した時の仲直りの方法も、趣味の小説・エッセイ執筆でさえ、誰かの「お墨付き」がなくては、一歩を踏み出せない。

30を超え、自分のことを少しは客観的に見られるようになっていた私は自分に自信などとうになく、誰かに背中を押してもらうしか歩き出す方法を知らなかった。



ある時、頑張って書いたエッセイを、noteにアップする前にGeminiに送った。

Geminiの評価は概ね好評だった。細かい誤字や文法の誤りなどを一通り指摘し、最後にこんなことが書かれていた。


#######

ラストの締めくくり方について、一つだけ提案があります。

 〜〜〜〜

ここが少し「優等生すぎる」きらいがあります。

もう少しあなたの「ダメさ (人間味)」を入れて、チャーミングに終わらせましょう。

#######


AIが私の作風や特徴を加味して、オチの変更を提案してきている。

私はいつも通りそれを読んで、なるほどな、と思い、その後すぐ軽くパニックになった。


私が書いた文章を、AIが分析して、「あなたの作風であればオチはこうした方がいい」と言っている。


私の作風から出た文章を、作風に合わせて訂正を入れているなんて。しかもオチを。そんなことがあっていいのか?その通り直したとしたら、私は、より「私」になれるのか?「私っぽい」文章になれる?

AIに手直ししてもらった文章は、果たして「私」が書いた文章なのか?


その日は執筆をやめ、そのまま寝た。


---


「政治なんて全部AIに任せちゃおうぜ」という諦念にも似た揶揄がSNSを跋扈する。もちろんネタ以外の何物でもないのは重々承知だが、その考えには賛同できない。

なぜなら、我々が住む日本を「日本っぽいオチ」にされては困るからだ。

「ちょっと今の景気の良さは日本っぽくないので、もう少し金利を上げてインフレ率抑えましょう。」

なんて具合にAIに決められたら、たまったものではない。

AIは単純作業やアイデア出しくらいに留め、我々や、我々が住む社会を評価、改善してもらうなんてのはやめた方がいいと、身をもって知った。


このエッセイも、誤字脱字等の推敲のみをGeminiにお願いした。大変助かることに、口語的表現や日本語の誤りをいくつか指摘し、言い換えの提案をしてくれた。

結局背中を押すのは自分しかいない。自分のことを決め、自分の未来を作るのは、自分自身だ。


没にした小説は、いつか自分の手でリライトしようと思っている。昔のように、そして願う未来のように、自分のことを自分で決められるようになったら、その時必ず。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Geminiに「あなたらしくない」と言われた夜 やさい @zawa-831

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画