第3話 つくりたいもの

食べたいものが脳裏に浮かぶ。

考え始めた瞬間、腹の奥がキュウっと反応する。


卵かけご飯。

炊きたてでなくてもいい。湯気が少し残っていれば十分だ。

黄身を割る前に醤油を入れて、白身を切るように混ぜる。

最後に黄身を崩す。混ぜすぎないほうが美味しい。

口に入れたときの温度と、醤油の匂いまで浮かぶ。

でも、米がない。


親子丼。

鍋の中で鶏肉に火が通り、卵を二回に分けて落とす。

最初は全体をまとめるため、最後は色と柔らかさのため。

蓋をして、少し待つ。このタイミングが重要。

箸で持ち上げたときの重さまで、想像できる。

でも、鶏肉も、米もない。


チャーハン。

卵を先に鍋に入れて、米と絡める。

ゆっくり丁寧に火を通す。

鍋肌に当たった卵の匂いが立つ。

やっぱり、米がない。


甘いもの。卵を使ったスイーツ。

ホットケーキもプリンも作れるけれど、ホットケーキの粉も牛乳もない。

砂糖だけはあるかな。


どれも、作れる。

手順も分かる。

材料だけが、ない。


いま上手に作れるのは、ゆで卵か、目玉焼きかな、今日はオムレツは崩れそうな気がする。

どれも、空腹を満たすには量が足りない。


冷蔵庫に入っていた麦茶を飲む。

喉は潤う。腹の奥が、はっきり騒ぎ出す。

「おなかすいた」


冷蔵庫の前に立ち尽くす。

白い光と冷気が、台所に広がっている。

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