愚痴として聞いて欲しい。テンプレ捨てたら最強だった。ただ、バグ召喚の理由と神がクソだった件

強炭酸

第1話 テンプレ異世界召喚からの

 愚痴として聞いてほしい。


 俺の名前は


ぜん。ごく普通の男子高校生――だった、はずだ。


 時間は、とある平日の昼休み。チャイムの音が消えきる前から、教室中に弁当箱のフタが開く音、コンビニパンのビニールを破るパリッという乾いた音、誰かが勢いよく牛乳のストローを刺す音。窓際から差し込む冬手前の白い光が、机の木目とプリントの文字をやけにくっきり浮かび上がらせる。


「昨日のレイドさ、あれ善がいなかったら全滅だったよな」


 向かいに座った


まもるが、唐揚げを頬張りながら言った。


「いや、あれは勇希のヘイト管理が神だっただけだろ」


「えへへ。まあ、タンクはヘイト集中させるのが仕事だからね」


 


勇希ゆうきは、でっかい体に似合わない優しい笑みを浮かべている。こいつの弁当は今日もやたら豪華だ。唐揚げ、卵焼き、煮物に自作っぽいポテサラまで詰まっている。母ちゃんのじゃなくて、たぶん勇希製だ。


「善さあ、テスト近いしさ。ノート見せて?」


 衛が、当然のような顔で言ってきた。


「またかよ。自分で書けよ、自分で」


「無理無理。オレたち板書写すのでいっぱいいっぱいなんだよ。そこに先生の雑談メモまで足すとか、もう善先生のノート頼みなんだって」


 そう言われると、あまり強くは言えない。


 うちの親父は研究者だ。昔から、思いついたことをその場でメモして、後でノートにまとめる習慣があった。テーブルの端には、いつも開きっぱなしのノート。横にはインクの減ったボールペン。俺が何か話しかけても、親父はまず一回頷いて、それからペンを走らせる。


 物心ついたときから、その姿を見て育った。


 だから俺も、自然とそうなった。


「先に授業範囲の教科書を読んでさ、先生に聞きたい質問やキーワードをノートに書いておくんだ。もちろん後から書き込める余白は充分とること。で、授業中に答えが出たらメモ。出なかったら、そのまま質問しに行けばいい。

……まあ、勇希の料理で言う“仕込み”みたいなものだな」


「仕込みならいくらでもやるんだけどなぁ。ノートは苦手なんだよね」


「コーネル式って知ってる?

ページを三つに分けて、ここが“メモ”、ここが“キーポイント”、ここが“要約”。

後で見返すとき、自分の頭ん中がすごく整理されるんだ」


衛が呆れたように笑う。


「そういうとこなんだよなぁ……善の脳内、ゲーミングPCかってくらい処理速度バグってるよな」


「いや褒めてる? それ褒めてる?」


「褒めてる褒めてる。

オレらの脳内スペック、たぶん 中古のノートPC だから。

しかも充電すぐ切れるタイプ」


勇希も笑いながら肩をすくめた。


「わかる〜……僕なんか、授業中に固まる(フリーズ)からね。

アップデート(復習)しないと動かない」


「やかましいわ。じゃあ今日から全員、脳内スペック向上パッチ当てるぞ」


「「うっす!!」」



 俺たち三人は、小学生の頃からの付き合いだ。同じ剣道教室に通っていた。俺が上級生に絡まれていたところを、ボロボロになりながら止めたのが衛で、そのときに泣きながら仲裁してくれたのが勇希だ。あの時点で、俺の中で二人の役割は完全に固定された。


 衛は「剣」。勇希は「盾」。


 そして、俺は――まあ、なんだろう。……メモ帳?


「そういやさ」


 衛が、鞄から一冊の雑誌を取り出した。

「『週間マジンガ』今週号。今やってるラブコメ、来週で最終回だってよ」


「マジか。あの、年上お姉さんが実はポンコツなやつ?」


「そうそれ。オレも勇希も“年上お姉さん+ギャップ”大好きだからさ。終わんの寂しいわ」


「…………分かる」


 思わず相づちを打ってしまった。二人がこちらを見る。


「善はさ、幼馴染とか純愛系だもんな。あのさ、スケッチブック見せてくれたメカクレ女子と再会できるといいな?」


「なんでその話、今蒸し返すかなあっ!」


 小学生の頃、親が事故で入院していたときのことだ。病院の待ち合いスペースで、前髪で片目どころか表情まで隠れるほどの“メカクレ”の女子に出会った。

 隣町の子だったから、もう会うこともないと思うのに――スケッチブックいっぱいに描かれた絵が、妙に記憶に残っている。


 あのときの俺は、その絵に興奮して、勝手に「じゃあ俺が脚本書くから、一緒に映画作ろう!」なんて盛り上がっていた。

 結局、名前も聞けなかったし、連絡先だって知らない。

 でも――あれが、俺の中でずっと“幼馴染枠”として保存されてるんだよな。幼馴染じゃないのに。


 そういうのを、衛は絶対に忘れない。こういうところだけ、妙に記憶力がいい。


「ねえねえ、善くん?」


 不意に、後ろから声をかけられた。


 振り返ると、


そらが立っていた。


 クラスの中でも、いわゆる「一軍」側。休み時間はいつも誰かと動画の話をしているし、放課後は駅前で配信をしているらしい。赤のインナーカラーが入ったボブカット、制服もぎりぎり校則ラインを攻めていて、俺みたいな「地味枠」とは住む世界が違う――はずの人。


「ノート取るの上手いんだって? 今度見せてほしいんだけど」


「え、ああ、別にいいけど。コピーするなりして、後で返してくれれば」


「やった。助かるー! なるはやで返すから、よろしくね、善くん」


 にこっと笑って、天は去っていく。


 衛がじとっと俺を見る。


「お前、普通にフラグ立ってない?」


「立ってないから。あれは“勉強できるやつにノート借りたいだけのやつ”の顔だ」


「善、そういうとこだけ冷静だよね……」


 昼休みが終わり、午後の授業が始まり、気づけば放課後になっていた。


 チャイムが鳴り終わると同時に、担任・倫理の巳田先生が黒板を叩く。


「はい、進路希望調査表、ちゃんと書いたかー? 明日が提出日な」


 教室から、ため息と紙の擦れる音が一斉に上がる。


「ここ進学校だから、基本みんな進学希望だと思うけどな。その先、何をしたいか、ちゃんと考えとけよー。大学はゴールじゃないぞー」


 担任の声を聞きながら、俺はプリントに視線を落とした。


 第一志望:____大学____学部

 将来なりたい職業:________________


(……俺は、何をしたいんだろう)


 今まで、真面目に考えたことがなかった。テストの点はそこそこ。親父みたいな研究者も、悪くない。でも、「なりたい」かと言われると、ピンと来ない。


「オレはさ」


 帰り道、歩きながら衛が言った。


「消防官とか、自衛官とか、そういうのもアリかなって思ってる」


「衛らしいな」


「だってさ、強い大人ってカッコいいじゃん。人を守れる大人。オレ、小学生のころあったろ? 善が絡まれてたとき、マジで手足震えてたんだぜ。でも、あそこで逃げたら一生後悔すると思ってさ」


「……あれは、助かったよ」


「ああいうときに、迷わず前に出られる大人になりたいんだわ」


 言葉に照れ隠しなんて一切なく、真っ直ぐな声だった。


 勇希も、前を向いたまま話し出す。


「僕は……料理人かな」


「料理人?」


「うん。小さいときさ、地震で家が半壊してさ。避難所暮らしが続いて、家も学校もぐちゃぐちゃで。あのとき、一番嬉しかったの、炊き出しのカレーだったんだよね」


 勇希の横顔が、少し遠くを見るような目をしていた。


「知らない人たちが、『おかわりあるよー』って笑ってさ。あのとき、“ご飯くれる人は、無条件で正義だ”って、本気で思ったんだ。だから、いつか自分の店を持ってさ。お腹を空かせてる子がいたら、『余ったから食べてきなよ』って言える大人になりたい」


 ……こいつは、たぶん人たらしの才能がある。


「またキャンプ行こうぜ、勇希」


 衛が笑って肩を叩く。


「お前のメシないとキャンプのモチベ上がんないんだよ」


「はは……そう言われると嬉しいけどさ」


 衛の右手首には、うっすらと火傷の痕がある。小六のとき、キャンプで一人で火起こしを任されて、張り切りすぎてやけどしたらしい。それ以来、叔父さんにキャンプに連れていってもらえなくなった――と、本人は笑って言うけど。


「高校生になったし、今度は自己責任でやればいいんだよ」


「フラグっぽいからやめろ、その言い方」


 そんなくだらないやりとりをしながら、俺たちは学校に隣接する図書館に寄った。


 来週が期限の、倫理のレポート用の本を返すためだ。


『ソクラテスの問い』


 タイトルだけ見ると難しそうだが、文庫本サイズで中身は一般人向けの解説書だ。


(ソクラテス本人は、一冊も本を書いていない)


 導入にそう書かれていたのが印象的だった。


 彼は、ひたすら「問い続ける」ことで嫌われたらしい。当時の偉い人たちからすると、「若者を煽っている」ように見えたのだとか。


 要約すると――善く生きるために、自分で答えを出させるために問いかける。それが、彼のやり方だった。


(今の時代にやったら、パワハラとか言われるのかな)


 そんなくだらない感想を心のメモ帳に書き込んで、本を返却ボックスに滑り込ませる。


 図書館を出ると、空はもう夕方の色をしていた。


 学校を出てすぐのコンビニ前。俺たちはいつものように、ホットスナックを片手に立ち話をする。


「衛、買い食いして、このあと部活間に合うのか?」


「ギリギリ。高校生はここで燃料補給しねーと持たないの」


「勇希、そのコロッケ、絶対自分で作ったやつのが旨いだろ」


「え、バレた? 今日の冷凍、ちょっと油キツいね……」


 他愛もない話をしていると、コンビニの自動ドアが開く音がした。


「善くん!」


 振り向くと、天が両手でノートを抱えながら駆けてきた。


「ノート返すね! 超見やすかった! なんか、教科書より分かりやすいんだけど」


「そりゃ、教科書は“全員向け”だからな。これは完全に“俺向け”にカスタムしてるだけ」


「そういうとこがすごいんだってば。また借りてもいい?」


「まあ、いいけど。テスト前にちゃんと返してくれれば」


「善、マジでいい人……。じゃ、ありがと!」


 ぱたん、とノートを閉じて、天は俺に差し出した。


 その瞬間――


 ノートは、俺の手元に届かなかった。


 触れる、ほんの寸前で。


 世界が、ぐにゃりと歪んだ。


「っ……!」


 視界の端で、衛が何か叫んでいる。勇希が手を伸ばしてくる。コンビニの看板が、空が、地面が、全部、水面みたいに波打って、色を失っていく。


 耳鳴り。心臓の鼓動だけが、やけに鮮明に聞こえた。


(あ、これ――)


 どこかで、見たことのある展開だ。


 頭の片隅が、冷静にそう分析する。


 トラックも来ていない。謎のアプリも開いてない。なのに、空間が勝手にバグり始めた。


「ちょ、待って、これ、テンプレ――」


 ツッコミを最後まで言い切る前に、俺たちは“穴”に落ちた。


 足元のアスファルトが消え、代わりに、眩しい光と、冷たい石畳の感触が押し寄せる。


 気づけば、さっきまでのコンビニはどこにもなかった。


 高い天井。巨大な柱。色鮮やかなタペストリー。


 宗教画みたいなステンドグラスから差し込む光の中、


「勇者候補の諸君、ようこそ我が国へ!」


 場違いなくらいテンションの高いおじさんの声が、やけに響いた。


 周囲を見回すと、衛も勇希もいる。さっきまでノートを持っていたはずの天の姿は――どこにもない。


 俺は、内心で深く息を吐いた。


(……愚痴として聞いてほしい)


 テンプレ通りの異世界召喚。

 でも、その中身はテンプレから、盛大に外れていた。


 テンプレを捨てたら、最強だった。

 ただ――


(バグ召喚の理由と、神がクソだった件については、後でたっぷり文句を言わせてもらう)


 このときの俺は、まだ何も知らなかった。

 この世界そのものを“問い”でぶっ壊すことになるなんて。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


『ぐちすて』1話いかがだったでしょうか。

続きが気になったら、

ブックマークだけでもしてもらえると助かります。


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