同じ時間軸の世界線で恋してた

凧揚げ

第1話

 大好き、この世でたった一言。

 でも私にとっては、もう忌むべき言葉かもしれない。

 なぜなら、私は"この時代"にいない人間だし、かえってこの気持ちは迷惑をかけるかも。

 これは私の一ヶ月の恋の記録。


 始まりは一ヶ月前。

 私こと、竹内 真理たけうち まりは、あるゲームに夢中になっていた。そのゲームは恋愛もの。よくある自身をトレースした仮想ゲームらしい。

 斯くいう私もこの手のゲームに不慣れだが、駅前の古びたゲームショップ2階で見つけたものだ。


「同じ時間軸の世界線で恋して……変なタイトル」


 一目見た時、ないなっと思ったが三十路を過ぎたあたりから、この手の勧誘に弱くなった気がする。まったく、1万円ってぼったくりもいいところだ。


「期待外れだったら、最悪」


 本日は、日曜日。

 たまの休みだし、友達もいない。だからこそ、ゲームもできる。手を伸ばし首輪型ゲーム機にマイクロチップを押し込んだ。


「眠くなってきた」

 


 目を覚ましたとき、天井は見慣れた自室のものではなかった。

 白いもやが満ちていて、空気がやけにやさしい。

 

「……ログイン、完了?」

 

 独り言に返事はない。けれど、胸の奥が静かに高鳴っていた。

 視界の端に、ゲームらしいインターフェースが薄く浮かび上がる。どうやら私は、無事“世界線”に入り込んだらしい。

 

 最初に出会ったのが、彼だった。

 名前は――ユウト。

 年齢不詳、職業不詳。プレイヤーの選択によって立場が変わる、いかにも恋愛ゲームらしい設定。なのに、彼は想像以上に“人間”だった。

 

「無理しなくていい。ここでは、君は君でいればいいから」

 

 たったそれだけの台詞。

 それだけで、胸の奥に溜まっていた何かが、すっとほどけた。

 現実の私は、三十路を過ぎて、恋愛からも人付き合いからも距離を取ってきた。

 期待して、裏切られて、疲れて――そういうことの繰り返しが、もう嫌だったから。

 でも彼は、私に何も求めなかった。

 若さも、可愛げも、未来の約束も。

 ただ、同じ時間を過ごすことだけを選んでくれた。

 朝の街を一緒に歩き、他愛もない会話をする。

 選択肢を間違えても、彼は笑って言う。

 

「それも君らしい」

 

 ――ずるいって。

 そんな言葉、現実じゃ誰も言ってくれなかった。

 気づけば私は、ログアウトする時間を惜しむようになっていた。

 現実に戻るたび、胸に小さな穴が空く。

 これはゲーム。

 彼はデータ。

 わかっている。わかっているのに。

 

「もう少し、いたいかも」

 

 思わず口にした瞬間、彼は少し困ったように微笑んだ。

 

「……それを言われると、君がここに縛られちゃう」

 

 その言葉に、少しときめき。

 プログラムのはずなのに、まるで私を気遣っているみたいで。

 ――この人は、この世界にしかいない。

 そして私は、この時代の人間。

 交わらないはずの線が、一ヶ月だけ、重なった。

 ログアウト直前、彼は最後にこう言った。

 

「忘れなくていい。恋だったって、胸を張っていい」

 

 首輪を外した部屋は、相変わらず静かだった。

 けれど、心は少しだけ温かい。

 たった一ヶ月。

 たった一言。

 それでも確かに、私は恋をした。

 ――ゲームの中の、誰かに。

 同じ時間軸の世界線で恋してた……。

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