初めての転生
小林靖明
第1話
東京の夜は、都市が自分の肌を光で包み隠しているように見えた。
いや、見せつけてきた。
ネオンは傷を隠すために点滅し、LEDは沈黙を誤魔化すために発光する。
都市は、自己否定の美学を光で演出する。まるで「見て見ぬふり」のプロフェッショナル。
誰もが何かを見ている。
けれど、誰も誰かを見ていない。
つまり、俺は見られていない。
つまり、俺は存在していない。
この都市では、見られない者は風景になる。
語られない風景は、記憶されない。
記憶されない者は、存在しない。
存在しない者は、誰にも触れられない。
そして、都市の熱からも拒絶される。
冷たい都市は、俺に対して無関心だ。
無関心な都市は、俺を風景にする。
ところで……無限ループって怖くね?
1日目:墜落
二週間前、俺は飛んだ。
十八歳、高校三年。
屋上の縁に立った俺の頬を撫でたのは、湿った風。
夏の終わり、秋の匂いを少しだけ含んだ風。
それが、俺にとっての「生きていた証」だった。
スマホの画面には「ありがとう」とだけ打ち込まれた未送信のメッセージ。
靴を脱ぎ、縁に立ち、目を閉じ、風と共に飛んだ。
風は優しかった。
優しさは、いつも最後にやってくる。
走馬灯は浮かばなかった。
衝突の瞬間までの記憶は、きちんと残っていた。
ここまでは、よくある創作。
ここからは、稀によくある体験談。
かもしれなくもなくもない。
イエスと思った方のお時間潰しにはなるかもな。
なれば、書かない理由もないかもな。
ならば綴るか、暇つぶしになるやもしれぬ文章を。
なれど、誰の為にもならないかもしれない文章を。
なお、夢オチなんぞ待ってない。
誰にも読まれずとも構わない。
いや、読んでくれれば嬉しい。
ついでに、スキまでしてくれるなら、竜巻旋風脚ぐらいできる気がする。
吊り革が揺れて愛が分かるなら、可能性は、あると思いません?
んー、思いません!線路を確認!
脱線からの蛇行しながら本編出航!
曲がりくねった道をゴーアヘッド!
再起動の都市
あの日、俺は確かに飛び降りた。
結果、俺は消え去るはずだった。
そして、世界は沈黙するはずだった。
だが、地面に衝突する瞬間。
俺の身体は、光と闇に吸い込まれた。
意味が分からない?
俺も意味が分からない。
イメージとしては、太極図。
それが立体的に魔法陣のように地面に描かれていた。
そして、墜落する俺を、包みこんだ。
その後、誰かと話したような気もするが、
何もかも終わらせたつもりの俺が何を話したのかは思い出せない。
思い出せないものは仕方ない。
さっさとその後の話を綴るとしよう。
世界を終わらせたはずの俺は、再び屋上に立っていた。
名前はある。はずだった。
でも、思い出せなくなっていた。
教室では俺の席が空席として扱われていた。
帰宅すれば(自宅が何処かも分からなかったので教師に聞いた)、母は知らない人を見るように俺を拒否した。
SNSの通知はゼロ。まるで、俺のTwitterみたいだな。
誰かにとって「いた」はずの俺は、誰にも「いない」存在になっていた。
いや、まて。
それが飛び降り前からの俺のデフォだった気もする。
しかし、飛び降りた記憶がそれを否定する。
まさか、異世界転生?そんな言葉が脳内をよぎる。
でも、俺TUEEEもスキルもチートもない。
あるのは、都市の拒絶と、俺の不在だけ。
あと、スマホのバッテリー残量3%。
手持ちの食料は、ポケットにカロリーメイト。
なぜ俺がカロリーメイトを持ってたか?
ホッチ飯か便所飯をググれ、リア充め。
その夜、俺は渋谷の宮下公園で、彼女に出会った。
真っ黒なパーカーに黒のブーツ。
全身、黒ずくめ。
身長は160センチぐらい。
髪は真っ白のロング。
目は赤かった。
控えめに言って、美少女。
俺は心の中で「ブラッディシンデレラ」、略して「ブラデレ」と名付けようとした。
彼女は言った。
「私はデレない。勝手に名前を付けるな」
思ったより可愛らしい声が響く。
あれ?俺、喋ってた?
「私はナナだ。デレないのがデフォの神域管理人。都市伝説の裂け鬼なんかとか管理してる。そして貴様は、それを手伝う義務がある」
ちょっと意味が分からない!そんな時は、まず自己紹介!第一印象は、大事。見た目が九割!
って、名前を忘れてたんだった!
どうする?アイフル?いや、酒から名前を拝借だ。 真実はいつも一つ!
「俺は、ボンベイ・サファ……」
「黙れ。名前は見せられた証だ。私が貴様の名前を付ける」
ナナさん、マジでデレない。
そこに痺れないし、憧れない。
がっ!ガチで美少女。
彼女は俺を凝視し、最後に目を見つめて言った。
「お前の名前は、灰かぶりのキモオタ……」
おっと、そのセリフは言わせねえ!
俺は、過去最高速度の土下座と共に叫ぶ。
「ナナさま、どうぞご再考を!!」
半眼になったナナさまは、
「ハイリオ。そう名乗るが良い」
……まあ、悪くない。
少なくとも「キモオタ」よりはマシだ。
そして、俺は彼女に付いて行くことにした。
選択肢はなかった。
決して、キモオタと呼ばれて「悪くない」と思ったりしてないんだからね!
新たな扉を、開いたりしてない!
2日目:晒しの儀式
朝の都市は、昨日より冷たい。
たぶん俺の希望が冷却されたせいだ。
希望って、冷蔵庫に入れとくと賞味期限延びるのかな。
「今日も行くんだよね?」
俺は、ナナの無表情な横顔に向かって言った。
彼女は、時々、感情がないように反応しない。
表情筋、冬眠中。ついでに俺への言葉遣いも冬眠してくれたらいいのに。あわよくば、デレ……
「私は、デレない。今日は再生界に行く。一旦、壊して作り直す場所
「ハイリオを徹底的に調教、教育するため
不穏な言葉が聞こえた気がするが、ここはスルーだ。
「とにかく壊すの。都市は、再構築のために一度壊す」
「それ、ブラック企業の研修みたいな理屈だな。“一度人格を壊してから育てる”ってやつ」
「都市は、超ブラック。労基もないしね」
「即答!しかも、ちょっと誇らしげ、そして語尾をダブルミーニングしてません?」
ナナは笑わない。
けれど、俺にはその無表情が少しだけ楽しそうに見えた。
なんでって?
「いつから錯覚していた?」って言ってる時の藍染さまにそっくりだったもの。
「今日は、君の“価値”が試される。壊されるか、守られるか」
「俺、昨日やっと“いた”って認められたばっかなんだけど」
「都市は、優しくない。昨日の肯定は、今日の否定に繋がる」
「それ、人生そのものじゃん」
「そう。都市は、人生の縮図。しかも、バグ付き」
俺は、またため息をついた。
最近、ため息の数が都市の空気の濃度に影響してる気がしてきた。
都市環境省、俺を監視対象にしてる説、あると思います。
「で、今日の階段は?」
「今日は、エレベーター」
「文明の利器に、俺の足も大感謝!ご愛顧感謝の還元セール!何と俺の爪の垢が無料!」
ナナは、終始無言。
無反応でエレベーターに乗った。
俺もその後ろに立つ。
エレベーターの中は、妙に静かだった。
BGMもない。広告もない。
あるのは、俺の心のノイズが叫ぶ声。
俺の心の中のDJ、今日も無音。
彼女のボケへの反応、今日も無音。
どうよ?などと聞かずに、動揺隠して、質問をどうにか捻り出す!
「……これ、都市の仕様?」
「うん。沈黙がデフォルト。たまにバグって“エレベーターガールの幻影が出るけど」
「それ、都市ホラーじゃん。しかも昭和テイスト」
ナナは、ボタンを押した。再生界と書かれたボタンは、なぜかフォントがゴシック体。
明らかに厨二病の仕業。都市のデザイナー、絶対元・同病。
仲良くなれるか、同病相憐れむか、
「このフォント、世界観に酔ってる人が選んだよね」
「都市のデザイナーは、元・詩人だから」
(言っちゃだめ!ナナさん、それダメ!)
もはや動揺も隠すことなく吐き出す言葉。
「まあ、そういう一面があることも否定できないよね、クリエイターって」
みよ、これが秘技「主体ずらし」からの「責任分散」
現代日本を生きるに必須のテクニック!
エレベーターが動き出す。
俺の心は、少なからず揺れっぱなし。
BGMは『サイレントヒル』の環境音。
打ち砕くべく仕方なしに話題をふる俺、健気。
「……俺の価値、壊れるのかな」
「壊れるかどうかは、君の語り次第」
「語りって、そんな万能スキルだったっけ。RPGなら話すコマンドって、だいたい無意味だよ?」
「でも、都市では、話すが最強スキル。物理攻撃よりも、言葉のクリティカルが効く」
「それ、俺の人生で一度も発動したことないんだけど」
「昨日、発動した。オカモトなみの薄いボクサーパンツの……」
「よし、話題転換しよう!」
「分かった。じゃあ、都市のデザイナーは、全員、元詩人」
「まさかの天丼!転換不可避!不条理、ここに極まれり!リンクが途切れぬ。
「ならば、鉄板ネタ!ところで、好きなものはありますか?セロリだったり……」
「炎上。あれは良いもの」
「ナナ様、理由をお伺いしても?」
「構わない。都市では炎上は、熱量として換算される」
「じゃあ、俺の過去の黒歴史も価値?」
「うん。都市では、恥も価値になる。むしろ、恥のない者は、無価値」
「それ、都市の倫理観どうなってんの」
「倫理観は、アップデート中。たぶん、ver.3.14くらい」
「πかよ。永遠に終わらないじゃん」
「ナナってさ、感情見せたがらないよね?」
「かもね。もしくは、冷静なだけ」
「それ、感情あるって言わないんじゃ……」
「感情を突き詰めれば、表現の問題。貴様みたいに顔面で全力表現する人もいれば、私みたいに沈黙で語る人もいる」
「沈黙で語るって、便利な言い回しだな。俺も使ってみようかな。“俺は沈黙で語るタイプです”って」
「貴様の場合、ただの陰キャの言い訳」
「ひどくない?俺の語彙、今、泣いてるよ。あと、顔面で語るってさりげなくディスってるよね?全米が号泣したら、どうすんの?」
エレベーターが止まった。
目の前には、巨大なスクリーン。
そこには、俺の過去の発言がタイムライン形式で流れていた。
「これ、俺のTwitterじゃん……!しかも、黒歴史ばっか!」
「都市は、価値の崩壊を“晒し”で行う」
「それ、現代社会のメタファーすぎる……!」
俺は、画面に映る“2017年の俺”を見つめた。
「俺、マジで天才かも」とか書いてある。
その下に、「いいね:2(うち1は自分)」と表示されていた。
「……俺、クレイジー?」
「マジクレイジー。だからこそ、価値が有る」
「じゃあ、俺の価値は、クレイジーソルト?」
「とりあえず、貴様への対応は、塩にする」
ナナは、スクリーンの前に立ち、静かに言った。
言葉のキャッチボールは、行方不明。
俺は、スクリーンに映る過去の自分を見つめながら、ナナの言葉を反芻した。
都市に拒絶されても、なお言葉を紡げる者の証。
俺は、語ることしかできない。
拳もない。スキルもない。
あるのは、恥と、言葉と、カロリーメイト。
「語るって、そんなに強いのか?」
「語る者は、都市に抗える。語らぬ者は、都市に飲まれる」
「じゃあ、俺は……抗えるのか?」
「それは、君が“語り続ける”なら、可能性はある」
スクリーンが切り替わる。
今度は、俺のLINEの履歴。
既読スルーの嵐。
「ごめん、また今度ね」
「忙しいから、また連絡する」
「え、誰?」
俺は、笑った。
ナナが、少しだけ目を細めた。
「笑えるなら、まだ壊れてない」
「俺、壊れかけのレディオくらいにはなってると思うけど」
「それでも、語れるなら、価値はある」
スクリーンが最後に映したのは、
俺が屋上で打ち込んだ「ありがとう」の未送信メッセージ。
ナナが、それを見て言った
「それが、貴様の核だ」
「未送信なのに?」
「未送信だからこそ、語れる。語られなかった言葉には、可能性がある」
俺は、スマホを取り出した。
バッテリー残量は、1%。
俺は、未送信の「ありがとう」を見つめて、
そっと、送信ボタンを押した。
画面が暗転する。
バッテリーが切れた。
でも、俺は、語った。
都市に拒絶されても、語った。
それだけで、少しだけ、風景から抜け出せた気がした。
ナナが、静かに言った。
「ハイリオ。貴様は、都市にいたと刻んだ」
俺は、都市の片隅で、
風と共に、少しだけ、存在していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます