ぬいに願いを

七乃はふと

ひとりぼっちの授業参観

 人形この娘を抱きながらでもいいですか。ありがとうございます。

 ……あの子の話ですね。

 わたしも聞いた時は信じられませんでした。


 喧嘩して家を出て行った娘と再開したのは病院のベッドでした。眠るように息を引き取った娘の隣にいたのが、あの子です。

 小学生に入ったばかりの彼は、母親との永遠の別れというものが分からなかったのでしょう。ぬいぐるみをしっかりと抱き締めながら、ベッドのシーツを強く握りしめていました。

 まるで、自分の命を分け与えているように見えましたね。


 娘は、親のわたしが言うのもなんですけど、男を見る目はありませんでした。喧嘩した原因も自称ホストの恋人と結婚するというから、反対したんです。

 でも結局一緒になったみたいで、……娘の葬儀には現れなかった事で察してください。


 引き取った最初は心を開いてくれませんでした。わたしと初対面ということもあったんでしょうけど、こちらが話しかけても、無反応。根気よく話し続けてやっと、首を振って自己主張してくれるようになったんです。

 娘の葬儀も終わって、少し落ち着いた頃、あの子は休んでいた小学校へ行くようになりました。

 わたしは鈍かったので気づけませんでした。あの子はいつもどんな時も無口で、その日あった事を話してはくれなかったのです。

 ただ、わたしが今日は楽しかった? と聞くとコクンと頷くだけでした。話し相手はいつも一緒にいたのです。

 手作りのウサギのぬいぐるみでした。娘が作ったと聞いて驚きましたね。

 なぜかというと、娘はわたしと同じく不器用で、学校で裁縫すれば指に針を刺してバンソーコーだらけで帰ってくるんですよ……すいません。関係ない話をしてしまって。

 ぬいぐるみのモデルは、当時人気だった絵本に出てくるお母さんウサギだと言っていました。

 片時も離さず、食事も寝る時も学校行く時もいつも一緒でした。ええ、ぬいぐるみに話しかけていたのも知っています。わたしも何度か聞いたことがありますから……。


 その時は学校でどういう状況に陥っているのか気づかなかったんです。ぬいぐるみと話しているのも、母親を失った寂しさを自分なりに紛らわせているんだろうくらいにしか、思ってなかったので。

 気づいたのはわたしが学校に授業参観に行った時です。

 自分の子を見て幸せな歓談をする両親の中で見るあの子の背中は、とても小さく見えていました。

 帰宅したあの子に気づかなかった事を謝りましたが、彼はわたしを責める事なく、ぬいぐるみを強く抱きしめるだけでした。

 わたしはあの子をにできる限り寂しい思いをさせないようにと、行事には必ず行くようにして、積極的に会話するように努めました。

 そのおかげか、あの子とも少しづつ会話できるようになっていきました。最初の会話は、ぬいぐるみに自己紹介する事でしたね。


 学年が上がって授業参観の日が近づいてきた時、あの子からこう告げられたんです。来なくていいよって。

 最初聞いた時はショックでしたよ。嫌われたのかと思いましたから。でもあの子のぬいぐるみに向ける笑顔は、絶望を感じさせない、花のような笑顔だったんです。


 予想通りニコニコとして帰ってきた後、担任の先生から電話がありまして、授業参観での楽しそうな様子を話してくれました。

 けれど、最後に歯切れの悪い口調でこう質問されました。

 

 『失礼ですが、今日いらっしゃったのは、どなたですか?』


 はい。もうお分かりですね。頬を紅潮させたあの子にそれとなく聞いてみると、ママが来てくれたんだよ。と。

 どうして来てくれたのと聞くと、ぬいぐるみにお願いしていたそうなんです。

 信じられませんよね。でもあの子だけでなく、担任の先生も生徒さんも、その親御さんも娘の姿を見たと言っていました。


 わたしも信じています。きっと愛する息子の願いが届いて、会いに来たんでしょう。でも、でもね一つだけ許せないことがあるんです。わたしには何も言ってこないんですよ。……薄情な娘ですよ。


 いえ、その時の人形はこれじゃありません。よく見てください。糸のほつれも汚れもないでしょう。あの子が作ってくれたんです。

 ぬいぐるみが欲しいなとポツリと漏らしたら、沢山練習して作ってくれました。最初は指にバンソーコーだらけだったのが、今やプロも顔負けで、ネットではそこそこ名が知られているそうです。

 わたしも毎日のように話しかけています。いつか娘に再開できるようにって。まあ、わたしも歳なんで、近々天国で会えるでしょうけど――。


 あら、誰かしら。すいませんちょっと、見てきますね。

 

 

 

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