第2章:偶然の重なり
図書室の午後は、いつもより少し静かに感じられた。外の風が窓を揺らし、校庭の落ち葉がかすかに舞う。高橋遼は、いつものように自分の席に腰を下ろすと、ノートと参考書を広げた。
今日も、一人で勉強するつもりだった。しかし、心の奥で、昨日の放課後のことを思い出してしまう。佐藤美咲の笑顔、その柔らかな声。あのひとときが、頭から離れないのだ。
「遼くん…今日もここで勉強?」
ふと後ろから声がかかる。振り返ると、そこには自然な笑顔の美咲が立っていた。遼の胸は小さく跳ねる。
「あ、ああ、うん…そうだね」
照れくささを隠すように言葉を返す。美咲は微笑みながら、空いている席に腰を下ろす。隣に座る距離は、昨日より少しだけ近く感じられた。
「ねえ、昨日読んでた本、面白かった?」
美咲がノートに書き込むペンを止め、ふと遼を見上げる。その視線に、遼は心臓が少し早くなるのを感じた。
「うん、面白かった…でも、美咲はどうして読んでみようと思ったの?」
緊張しながらも質問を返す。二人の間に自然な会話のリズムが生まれた。
美咲はページをめくりながら、少し恥ずかしそうに答える。「なんとなく…遼くんが読んでるのを見て、面白そうだなって思ったの」
その言葉に遼は思わず顔を赤らめる。自分の存在が、少しでも彼女の興味に影響していることが、胸に温かい波を生んだ。
二人はしばらくの間、黙ってノートを広げる。それぞれが問題を解きながらも、互いの動作や息遣いに意識が向く。美咲が鉛筆を握る手の動き、ページをめくる指先、時折見せる微笑――遼の目は自然に追いかけていた。
「ここ、ちょっと分からないんだけど…」
美咲が小さな声で言い、ノートを差し出す。
遼はそのノートを覗き込み、ペンを持ち替えて説明する。口調は落ち着かせながらも、内心は少し緊張していた。隣に座る彼女に向かって話すことは、普段の教室では経験しない特別な感覚だった。
「こうやると、分かりやすいと思うんだ」
遼は自分のノートに例題を書きながら説明する。美咲はうなずき、鉛筆を持って真似する。
「なるほど…ありがとう、遼くん」
美咲の笑顔に、遼の胸はじんわり温かくなる。言葉以上に伝わる感謝と信頼。勉強以上に、この時間が二人にとって特別なものになっていることを、遼は強く感じた。
図書室の静けさが、二人の距離をさらに際立たせる。外から聞こえる校庭の子どもたちの声や、風に揺れる木々のざわめきも、二人の世界には遠く感じられた。
「遼くん、次の問題も一緒にやろうか」
美咲が少し恥ずかしそうに提案する。
「う、うん…いいよ」
遼は小さくうなずき、心の奥で小さな勇気を出したことを感じる。昨日の一瞬の交流が、今日のこの距離感を自然に生んでいるのだ。
二人は並んでノートに向かい、時折笑い声を交わしながら問題を解く。互いの間には、言葉よりも微妙な空気のやり取りが流れ、心の距離がぐっと縮まる瞬間があった。
「遼くんって、ほんとに真面目だね」
美咲がふとつぶやく。
「そ、そうかな…」
遼は恥ずかしさで顔を赤くしながらも、心の奥では嬉しさが広がる。
「うん、なんだか頼りになる感じ」
その一言で、二人の間に柔らかな笑みが生まれた。言葉は短いけれど、互いの気持ちは十分に伝わった瞬間だった。
放課後の静かな図書室で、二人の距離は一歩、また一歩と自然に縮まっていく。ページをめくる音、鉛筆の走る音、互いの呼吸――すべてが、二人の心を結ぶリズムとなった。
帰りの時間が近づくと、二人は名残惜しそうにノートを閉じる。互いに目を合わせ、微笑む。その笑顔に、今日の偶然の出会いが、これからの物語の始まりであることを、二人は無言のまま感じていた。
校庭の影が長く伸びる中、二人は自然に歩調を合わせる。言葉少なくとも、心の奥で互いの存在を確かめ合う時間――この小さな偶然の重なりが、二人の青春のページに静かに刻まれた。
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