鱗の勇者

雨恋

事件と転生

今日から待ちに待った夏休みだというのに、少年はまるで地獄を渡るかのような気分で学校からの帰路についていた。地球温暖化という言葉は授業でしつこいほど耳にしているが、今年は特に酷いと思う。なんといってもあまりの猛暑で蝉すら鳴かず、田んぼの水が干上がっているせいでカエルどころかオタマジャクシの姿すら今年は一度も見ていない。すっかり軽くなった水筒に口をつけても数滴したたるだけでなんの足しにもならならないどころか、中途半端に口内を濡らすせいで余計に喉が乾いてしまう。


「ただいま〜ってまだ2人とも帰ってきてないかぁ」


 今日は両親が2人とも早めに帰れると言っていたので家の扉を開けば冷房様の力ですっかり涼しくなった風を浴びれるかと思ったが、どうやらアテが外れたらしい。涼しいどころかしばらく換気がされてないおかげか室内はひどい熱気につつまれている。この蒸し暑さならまだ外の方が幾らかマシですらあるかもしれない。

 夏休み初日から熱中症で入院、なんて事になれば流石に笑えないので爆速でエアコンをつけ、冷蔵庫にしまってある飲みかけのジュースを一気に飲み干すとてそこら辺に放っておき、すっかり冷えて気持ち良くなった床に体を投げ出す。普段ならやれゴミを片付けろだの寝るならベッド使えなどと母のゲンコツが飛んでくるところだが、こちとらこの数週間の間死に物狂いの期末試験を終わらせたのだからこの程度の我儘は許されると思いたい。

 冷えた床の心地よさに身を委ねながら明日からの予定はどうしようかと考えを巡らせる。明後日は新作のフルダイブ型ゲームの発売日だった筈だ、家な方針でバイトはできていないが、発売が発表されてからこの為だけにコツコツケチケチと小遣いを貯めていたおかげで何とか当日に買えそうだ。それに学校の友人からプールとお泊まり会にも誘われているし、何より部活動の合宿もある。万が一でも忘れ物なんてしようものなら部長の般若が出るので、それに向けた準備は今日中に済ませておいた方が良いよな、なんて考えている内にどんどん意識が沈んでいく。




 不意に鍵を差し込む音がして思わず目が覚める。さっきはあまりに暑くてトチ狂ってたのでゴミ程度なんて思っていたが、あんなもの母に見られたらすぐにカミナリが落ちてゲンコツが飛んでくるに決まってる。部長が般若だとしたら母はそれ以上の羅刹だろう。何よりあの2人は鬼繋がりなのか謎に仲がいい、鍵を開けられる前に証拠を隠滅しなければ合宿でも本当にまずいことになるのは分かりきっている。

 それにしても施錠が遅い。普段ならもうとっくにリビングに入ってきておかしくない時間が経っているが、扉どころか鍵が開く音すらしないのはおかしい。

まさかとは思うがあまりの暑さに鍵がバカになっているのかも知れない。無理にいじって本当に鍵を壊してしまっても良くないので、仕方なく中から開けると目の前には母ではなく、顔も知らない高校生ぐらいの男2人が立っていた。


「おい!この時間は全員出払ってる筈って言ってただろどうすんだこれ」


「俺だってメールに書いてある情報以上のことは何もしらねぇんだからよ!顔見られたんだからやるしかねぇだろ」


 男達の容姿とメールと言う言葉からから、この2人が近頃問題になっている闇バイトという輩であることも、今この状況は命の危機に瀕していて今すぐ逃げなければいけないと言うことは否応なしに理解できるが、理解することが出来ても身体が全く言うことを聞かなかった。足も腕も震えてまるで使い物にならず、走って逃げるどころか這って移動することもままならない。


「俺が押さえるからその間にお前バット使ってこいつやれ!」


「それは流石にまずいだろ、縛るだけで」


「顔見られてるってさっきから言ってんだろ、後で通報されるに決まってる!チキってねぇで早くやれ」


「チクッショォォォォォ」


「痛っあぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」


 男の怒号が響いた途端、脇腹に息も出来ないほどの激痛が走る。どうにかして逃げようと暴れても自分よりひと回り以上も大きな男の拘束から逃げられるはずもなく、死ぬ気で振り回した手足は何の抵抗にもならず、ボロボロと爪が剥がれ床を赤色に汚すだけだ。死に物狂いで暴れている俺を必死で抑えている男から生きてきた中で初めて向けられる絶対的な殺意がひしひしと伝わってくる。バットを振り下ろす男はこいつよりももっと酷い。今まさに自分が人の命を奪おうとする加害者の筈なのに、まるで自分が被害に遭っているかのような顔で攻撃を続けている。痛みにのたうち回っている間も容赦なく何度も何度もバットが振り下ろす。

 バットが身体に打ち付けられる度に鈍い音が響く。グチャリという嫌な音がなると、今度は腹から逆流した血が口から噴き出す。


「助けてください、お金全部持っていっていいから!警察にも言いませんおねがいします」


「それは無理。君そんなに血を出してるし、内臓とか骨とかきっとズタボロだからここでやめても絶対助からないよ、これ以上は僕が辛いから今楽にするから」


「嫌だ嫌だいゃだ!死にたくねぇよまだ!死にたくないんだって!!!!!!!」


必死の叫びも抵抗も全部無視した攻撃が後頭部を直撃する。

 不思議と痛みはなく、湯船の中に入った時のような温もりを感じたと思えば、今度は逆に真冬かと思うぐらいの寒さに襲われたあと、完全に意識が途切れた。



 やけに慌ただしい声と音、そして眩しすぎる光が瞼の裏から煌々と差し込む。今意識があるということは、あの後誰かに助けられなんとか一命を取り留めることが出来たのだろう。

 しかしおかしな病院だ。目を開くと、木造の屋根が視界いっぱいに広がっており、こんな状態なら本来繋がれている筈のケーブルや点滴が一切見当たらない。

注射器を見落としているのだろうかと、自分の腕を見ると異常なほどに小さくなっている。

 おかしいのはそれだけではない。腰のあたりからはトカゲとワニのものを足して2で割ったかのような尾が生えており、俺を看病する看護婦らしき人も医師も例外なく腰から大きな尻尾を下ろしている。話す言葉も何を言っているのかまるで分からない。

 酷い事故に遭った人はそのショックから酷い悪夢を見ると聞いたことがあるが、これはきっとその悪夢に違いない。そうじゃなければ俺が暮らしていたところとは別の世界に来ない限りこんな光景はあり得ない。

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