第3話 怪物

ラブホテルを出ると外はすっかり暗くなっていた。おそらく約束の時間17:00をとっくに過ぎている。


普通なら怖くて仕方ないこの状況で私は笑っていた。なぜなら今の私にはこいつ《怪物》がいる。


うちの家族は家長制度を盾にした現代日本から独立した超差別国家だ。私が話したところでまともに取り合ってはもらえない。話を聞いてもらえないなら怪物黒船を持って行くしかない。この常識の通じない怪物ならなんとかしてくれるだろう。


「心配ないよ」


怪物は関係を持った直後だけあって私に優しくしてくれる。そんな期待を胸に家の敷居を跨いだ。


「ただいま」


普段と変わらない。何も無かったかように淡々と言う。その声に反応してドタドタと荒い足跡がこちらに向かってくる。


「おい優子おま○こテメェどこで油売ってやがった!」


初めからきついものいいで心が折れそうになるが、今日の私は一人じゃない


「あなたこの子の兄よね、性器の名前で呼ぶよは今の時代特に私の国では考えられないことよ。しかも今の時代見た目で人の性別を図ることはできないのもしこの子のことを、性器で呼ぶならまず性器を確認してからにするべきじゃないかっっっっっ!!!」


話の途中で兄が女の首を絞め、私の方を向いて話し始めた。


「おい、誰が野良猪を家に連れていいと言ったんだよ」


そうだ、兄は極度のミソジニー(女性差別主義者)である前に極度のゼノフォビア(外国人差別主義者)だった。


2年前、5月初旬の夜に兄と一緒に駅前のコンビニに行った際のことだった。まぁ夜中に起こされて無理やりついて行くことになったんだけど…その晩は兄の機嫌が良く色々と私に話しかけてきた。


「なぁ、人間の条件ってなんだと思う」

「さぁ、生物的な分類の話?」

「それもあるかもしれねぇが俺はそうは思わなぇんだよ、俺は共感できることが人間の条件だと思ってる」

「共感?」

「あぁ、共感思いを共有したり、相手の立場になって考えられることだと思うんだよ」


私は驚いた。私に女だからと強くあたる兄が共感なんて感情的な言葉を発したことに、相手の立場で考えるその姿勢をとろうとしていることに。

もしかしたら兄は私の気持ちを慮り態度を改めてくれる日が来るのではと思ってしまえるほどに衝撃的な言葉だった。


その夜は夜風が気持ちよく、駅前の歓楽街のネオンが輝いて見えた。


この気持ちのまま夜が終わって欲しいと思った時だった


「オニサーン、イッショニアソンデコー」


兄が女の客引きに引っかかった。客引きは体格の良い兄を成人男性だと思っているみたいだ。

それに対して兄はハエでも追い払うようなジェスチャーで追い返そうとする。しかし客引きはそれをものともせず話しかけてくる。


「イイジャーンオニサーンウチノミセデアソンデコー」


客引きが話しかけて兄の機嫌がどんどん悪くなるのが目に見えて分かる。客引きはそれに気づかずアタックをし続ける。客引きを止めるべきだと思い声をかけようとした時のことだった。客引きが兄の腕を思いっきり引っ張った。その瞬間兄はコンビニの袋からボールペンを取り出して客引きの腕突き立てた。


「イャャャャーナニスンノォォォォォーオニィィィィィィサーーーーン‼︎‼︎」


客引きの腕にボールペンが90度立っている。ペン立てみたいだななんて思っていると兄が私に話しかけてきた。


「優子、さっきの話の続きだけどなぁ人に嫌がらせをしてくる奴ってのは相手の気持ちがわかんねぇ奴なんだよ」


捲し立てるような早口で兄が話し続ける。


「だからよぉ、俺に嫌がらせをするやつは人間じゃねえんだよ!」


客引きを見下しながら兄は言う。そんな兄に対してつかみかかる。


「มึงทำอะไรของมึงวะ เจ็บโว้ย รับผิดชอบซะ!」


客引きは何を言っているかわからないしかし怒っていることは分かる。兄に対して理解できない怒声を浴びせ続ける。しかし兄はそれをものともせず客引きの首根っこを掴み持ち上げた


「しかもこいつらは言葉日本語を話そうともしねぇし、何より見た目が違ぇから、気持ちなんざわからねぇし分かりたくもねぇ、条件にあわねぇから人間失格だろぉ、だよなぁぁ優子ぉ‼︎」


私は兄の言葉に圧倒されながら、兄に対する認識を改めた。こいつは嫌な人なんかじゃない常識のない怪物だと。



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女と差別とボディブロー ヌー大陸 @tairikuman

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