死司獅子 ——優しい死神はダンジョンに囚われた魂の最期のことばを受け取りに行く——

亜有我呼(ああああ)

第1話『地下街』

死司獅子しししし


第1話『地下街』


 昔一緒に暮らしていたワンちゃんが死んじゃったとき、もう一人の家族だった獅子ししは、その死体を食べちゃった。


 私は泣きながら「やめて」って獅子に怒ったし、ワンちゃんに抱き着いて止めようとしたけれど、獅子が私のことを頭で押し退けたときに、私の頭の中にワンちゃんの『最期の気持ち』が流れ込んできた。


 その気持ちを教えてくれたのは獅子で、ワンちゃんを食べるほどワンちゃんが私に伝えたかったことがどんどん伝わってきて、尻尾を振りながら元気に私に抱き着こうとしたワンちゃんが、私をすり抜けて草原の上にお腹からずてんと転んだのを、私は悲しいのすら忘れて、思わず笑っちゃった。


 獅子には、食べた相手の魂を呼び覚まして、最期のお別れをさせてくれる力があるみたいだった。



 私が14歳になった頃、住処にしていた小さな洞窟に、不思議な耳の生えた冒険者さんがやって来た。

 冒険者さんは、獅子の本当の名前が死司獅子ししししであること、遠い魔族の国では死司獅子ししししが『ダンジョン』でやられちゃった人たちを食べて『最期の気持ち』を残された人たちに渡しに行くお仕事があるんだと言った。


 私は、それが素敵なことだと思った。


 だから、私は冒険者さんに明るい石を一つ譲ってもらって、死司獅子ししししに跨がり、洞窟の奥にある『ダンジョン』に入って、旅を始めた。



 ダンジョンをふらふら歩きながら、死司獅子ししししの力で冒険者さんの死体たちに『人がたくさん集まる場所』のことを聞いて、何十日もかけてその場所に向かった。

 冒険者さんの死体たちはみんな優しくて、ご飯を分けてくれた上に「ありがとう」と言って死司獅子ししししに食べられた。


 ——ある日「なんで皆感謝してくれるの」と聞いたら、ダンジョンは死んだ人たちの魂をずっと閉じ込めるから、解放してくれる人が来るまで、独りで苦しまなきゃいけないからだって教えてくれた。


 そして、旅が始まって百日が経ったくらいに、私と死司獅子ししししは人がたくさん集まる場所、『地下街』にたどり着いた。


———————


 少女が死司獅子ししししに跨ったまま歩みを進めていき、驚愕した顔の衛兵たちが立つ関所の門を潜ると、大きな空洞状の空間にある『地下街』はその全貌を現した。


 外界に繋がる巨大なアーチから延びる通路は、地上産のレンガタイルで舗装されており、地上から引かれた水路に架かる小さな橋の両側で、道を挟むようにして大きな建物が立ち並んでいた。

 街の光源となる、魔力を込められた『発光石はっこうせき』のランタンは至るところで白っぽく光りながら、一つ一つが広い範囲を照らしている。


「わぁ、すごいね死司獅子しししし!」


 冒険に立つ前に『長命種』の冒険者に長い黒髪を切ってもらい、ショートヘアになった青い瞳の少女は、死司獅子ししししの首元のたてがみをワシャワシャと撫で、ワクワクしながら街の中心の橋を渡る。

 辺境の死者たちの『遺産金銭』をいくらか拝借——持ち主の同意の上で持ち出していた少女は、彼らの遺言ことづての通り、橋を越えた先にある『ギルド支部』へと向かっていた。


「あの、すみません、ギルド支部? ってどこですか?」


 文字の読めない少女は、街ゆく人に話しかけて目的地の情報を聞こうとするが——人々は巨大な獅子に跨る少女の話を聞こうとはしない。

 ——それもそうだ、死者を貪り食う獅子を、この街の多くの冒険者たちは良くは思っていない。

 そうでなくとも、巨大な肉食獣が平和な街を闊歩しているだけで、人々は恐れて近寄らなかった。


「えー……どうしようね、死司獅子しししし? 私、お腹空いてきちゃったよ」


 街に充満する美味しそうな食べ物の匂いに空腹を誘われた少女が獅子にそう語ると、死司獅子ししししも同意するように「ングァー」と小さく吠え、大きな四本の足で街の中を歩くのだった。

 そんな少女が途方に暮れてキョロキョロしていると、建物の角から姿を現した、立派な赤い鎧を身に着けた女剣士と目が合った。


「——まさか、死司獅子しししし?」


 女剣士は獅子の姿を確認するや否や少女に駆け寄り、ゆっくりと停止した死司獅子ししししの姿を間近で観察する。

 ——なんだろう、この人ならお話を聞いてくれるかな?


「「あの!」」


 二人は同時にお互いに呼び掛け、同時に驚き、同時に話すのを止めてしまう。

 数秒の沈黙のあと、先に話し始めたのは大きな剣を背負った女剣士の方だった。


「あの、その子、もしかして……死司獅子しししし? 死者の魂を解放してくれるっていう、あの——?」

「う、うん。この子は死司獅子ししししだよ」


 少女の言葉を聞いた女剣士は、小さく口を開けて大きく息を吸込み、込み上げてきた感情と一緒に生唾を飲み込んだ。

 そして女剣士は獅子と少女に向かって勢い良く頭を下げ、獅子を少し驚かせた。


「すみません、依頼を——ギルドの介入なしで、個人的に受けていただきたいです」

「いらい……?」

「えっと、お願いがあります」


 ——辺境で育った孤児みなしごの少女は、偶に訪れる冒険者たちとの会話以外はほとんどしたことがなく、人の使う語彙が分からなかった。

 それを察したのか、女剣士は少女にもわかる言葉で説明する。


死司獅子ししししに、食べてほしい人がいます」

「ほんと!? 死司獅子ししししもお腹空いてるから嬉しい!」

「——えっと、お願い聞いてくれるの?」


 少女は「もちろんだよ!」と笑顔で女剣士に話し、死司獅子ししししも食事にありつけることを喜んだ。

 しかし、そこで少女の空腹も大きな鳴き声を上げた。


「……もしかして、お腹空いてる?」

「うん……最近ご飯食べてないから……」

「えっと、先にご飯食べに行こっか?」


 女剣士は籠手ガントレットをはめた手で頭を掻きながら、少女を食事に誘ったのだった。

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2025年12月30日 13:00 毎日 13:00

死司獅子 ——優しい死神はダンジョンに囚われた魂の最期のことばを受け取りに行く—— 亜有我呼(ああああ) @Alganiste

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