沈黙の応援上映
山本正純
沈黙の応援上映
あなたは、応援上映をご存じだろうか?
サイリウムを振り、コーレスで推しを応援することを許可された上映形態である。
2025年11月、私はその応援上映に参加するため映画館にいた。
あえてタイトルは言わないが、高校生のアイドルがイベントでライブ活動をするという物語だった。
この日のために、作中に登場するアイドルたちのコーレスを覚え、メンバーカラーのサイリウムの色が出せるよう練習もした。
瞬時に対応できるよう、同じ映画を鑑賞することで予習もした。
しかし、この時の私は知らなかった。これから地獄のような2時間が始まることを。
映画が始まり、最初の子が曲を披露する。その瞬間を待っていたかのように、そっとサイリウムを取り出し、電源ボタンを押した。ボタン一つでその子のメンバーカラーが出せるようになっていたのだが、ここで事件が起きた。
そう、誰もサイリウムを振らなかったのである。
暗い映画館の中でサイリウムを振れば、少なからず光が漏れる。周囲を見渡せるよう、一番後ろの席に座っていたが、前方に光る何かが確認できない。
上映中、推しの名前を叫ぶ者など、誰もいない。
応援上映参加者、約十五人が一斉に沈黙する非常事態。
その時、スクリーンの中である女の子が現れた。ステージに上がり、ファンのみんなと歌う展開で、その子は恥ずかしがり、ステージに上がることを躊躇っていた。この映画を観ている私たちのように。
この時、私はこの映画の終盤の展開を思い出す。
恥ずかしがってたこの子が、ある一言を発するのだ。
私は全てを悟った。この子の一言を合図に応援上映が始まるのだと。
熱湯風呂の淵に跨ったリアクション芸人が「押すなよ!」と発した言葉を合図に、誰かがリアクション芸人の背中を押し、熱湯風呂に突き落とす。
これと同じことを応援上映でやろうとしているのだ。
普通、応援上映参加者は同じ映画を前日までに最低一回は観ている。それならば、このような高度な応援上映も実現可能だろう。
そして、クライマックス。なんやかんやでイベントが中止になったため、高校生のアイドルたちが自主的にライブを始める展開が開始。
「こんなことになって悔しいよ」
「私も大好きを叫びたかったです!」
スクリーンの前にいる私たちの想いを代弁するように、アイドルの子たちが訴える。
そして、その子が大好きを爆発させた。
「私も!」
この言葉を合図に、私は大きく息を吸い込んだ。
ところが……
「……」
何も起きなかったのである。
沈黙が続き、映画のエンドロールが始まった。
その後、舞台挨拶のライブビューイングが開始。
スクリーンの中では、都会のファンたちが舞台挨拶に登壇したキャストたちの前でサイリウムを振っていた。
理想と現実のギャップに酷い温度差を感じた。
スクリーンの中のファンたちに影響され、私を含む一部の人がサイリウムを控えめに振り始めたが、この応援上映は理想とは遠かった。
上映終了後、私はSNSに投稿した。
チクショウ
応援上映ってなんなんだ!
島根県民はシャイなのか、後方彼氏ヅラするヤツらしかいないのか知らないけど、上映中、誰もペンライト降らなかった。
沈黙の応援上映だったよ!
沈黙の応援上映 山本正純 @nazuna39
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