第一章 ――英雄誕生から、終焉までの記録――



 魔界と人間界の境が崩れてから、世界は長い混沌の時代を生きていた。

 国家の軍勢は幾度となく魔王へ挑んだが、そのすべてが敗北に終わった。

 数も、戦術も、理論も通じない。

 魔王は「戦争の相手」ではなかった。

 そこで各国政府は、水面下でひとつの計画を進める。

 魔王討伐隊――通称、勇者パーティの選抜である。

 選ばれたのは、武だけではない。

 魔力への適性、精神耐性、異界干渉への耐久。

 そして何より、失敗を前提に戦場へ立てる覚悟を持つ者たちだった。

 その中に、後に“勇者”と呼ばれる青年がいた。

 彼は特別な家柄でも、王族でもなかった。

 ただ、人並外れた資質と、異界の力に干渉できる素養を持っていただけだ。

 そして、何より――自らの死を恐れない冷静さを備えていた。

 こうして、少数精鋭による勇者パーティが結成される。

 剣士、術師、守護役、そして中心に立つ勇者。

 彼らは表舞台に名を残すことなく、ただ魔王のもとへと向かった。

 魔王城への侵入は、想定以上に過酷だった。

 世界そのものが拒絶するかのような瘴気。

 常識を歪める魔界の法則。

 それでも彼らは前進し、ついに魔王へと辿り着く。

 激戦の末、勇者は魔王を討ち倒す。

 ――だが、それは終わりではなかった。

 魔王が最後に起動させた切り札。

 破滅の核〈アポカリプト・コア〉。

 それは敗北を引き換えに、世界そのものを道連れにするための兵器だった。

 暴走する核の前で、勇者パーティは壊滅する。

 誰もが死を覚悟した、その瞬間――

 天界の守護神が、わずかな干渉を許された。

 命だけは救われた。

 だが代償は大きかった。

 勇者を除く仲間たちは重傷を負い、戦線から完全に退いた。

 勇者自身は、天界へと運ばれ、長い昏睡状態に入る。

 数年の時が流れる。

 その間に、世界は再び動き出していた。

 魔王亡き後の魔界では、新たな支配を巡る争いが始まり、

 人間界にも、その影が忍び寄りつつあった。

 かつて世界を救った存在は、眠ったまま。

 そして、彼の知らぬところで――

 次なる混沌は、静かに牙を研いでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る