魔王を倒した英雄は、もう一度深淵へ向かう
Omote裏misatO
プロローグ
―そして、すべては光に包まれた―
それは、「戦いの終わり」だと誰もが信じていた瞬間だった。
最大の脅威を打ち倒し、地上にようやく平和が訪れるはずだった――その直前だった。
最後の敵が残した「破滅の核─アポカリプス・コア─」と呼ばれる装置が、制御を失い暴走を始めた。
それは大陸一つを吹き飛ばすほどの、狂乱のエネルギーを秘めた兵器だった。
時すでに遅し。
爆発を止める術はなく、誰かが自らを犠牲にしなければ、全てが灰燼に帰す。
その時、彼は迷わなかった。
――自らの全存在を解き放ち、破滅の核の暴走を内側から抑え込む。
それが、今の自分にできる唯一の「役目」だと、身体の奥底がそう告げていた。
次の瞬間、世界は白い光に飲み込まれた。
* * *
――目を開けたとき、そこはどこかわからなかった。
いや、正確には――「目覚めた」というより、
彼はただ、柔らかな白い光に満ちた虚空の中で、静かに浮かんでいた。
巨大な影が天を覆うように現れる。
それは、古より地上を見守ってきた「守護の存在」だった。
彼女が最後の瞬間、彼とその仲間たちを爆発の中心からかろうじて引き剥がし、この場所へ運び込んでいた。
「……命は繋いだ。だが、あまりに大きな代償を払った」
守護の存在の声が、静かに響く。
彼の肉体はかろうじて息をしていた。
しかし、彼の中に宿っていた「特別な力」は、完全に枯れ果てていた。
それだけではない。
記憶のほとんどが失われていた。
仲間の顔、自分の名前、戦っていた理由さえも――霧のようにぼやけていた。
少年はそのまま、守護の存在が住まう「静寂の領域」で、長い眠りにつくことになった。
* * *
二年が過ぎたある日。
彼は、再びゆっくりと目を開いた。
「……ここは?」
「ここは、天に近い静かな領域です。
あの時、あなたを破滅の核から守りましたが、完全には守りきれませんでした。
二年もの間、深い眠りの中にいたのです」
守護の存在が穏やかに答える。
「……そうだったのか。
ありがとう、守ってくれて」
彼は静かに礼を述べた。
「あなたが眠っている間に、世界で大きな変化が起き始めました。本来なら、あなたの役目は終わっていたはずです。私には、もうあなたに新たな力を与えることはできません。今、この世界のどこかで、あなたの力を抑え込もうとする存在が動き出しています。
最後に聞きます。あなたは、まだ戦いを望みますか?」
「今、世界で何が起きているんですか?」
「あなたが最大の脅威を倒したことで、深淵の世界――地上の裏側に広がる混沌の領域――の均衡が崩れ始めました。かつての勢力は分裂し、新たな支配を狙って争いを始めています。そして、それとは別に……あなたの力を封じる術を操る、第三の影が動き出したのです」
「……第三の……影?」
「そうです。ほとんど情報はありません。ただ、彼らは古い秘術を使い、特別な力を抑え込むことができるらしい。地上では、あなたの仲間たちが必死に戦っています。しかし、深淵の動きがこれ以上大きくなれば、地上にも必ず影響が及びます……」
彼は静かに息を吐き、守護の存在の言葉を遮った。
「俺の仲間はどうなったんですか?」
少し躊躇いながら答えた。
「あなた達を守るために全力を尽くしましたが、あなた以上に重症を負っていてその後死にました」
男は深くうなだれしばし沈黙が流れた。
「俺は、そこへ行きます」
彼はゆっくりと立ち上がった。
その瞳には、かつて最大の敵を前にしたときと同じ、揺るぎない光が宿っていた。
「……分かりました。では、深淵の入口まで送りましょう」
* * *
赤黒い瘴気が立ち込め、空気そのものが重く淀む場所。
それは、地上の裏側に広がる「深淵の世界」――魔と混沌が永遠に渦巻く領域だった。
「ここから先が、深淵です。
どうか、気をつけて。
そして、これは……かつてあなたが持っていた剣です。
今はもう、ただの古い剣かもしれません。それでも、あなた自身が選んだ道を照らす光になるはずです」
かつて人間と異形の存在が果てしない争いを繰り返し、今なお静まることのない混沌の世界。
そこへ彼を導いたのは、誰かの命令でも宿命でもなく、ただ、彼自身の「意志」だけだった。
これは、ひとりの男が自ら選んだ、もう一つの戦いの物語。
そして――まだ、誰も知らない「新たな旅の始まり」である。
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