勇者?いや俺は、魔王だけど

魔王の囁き 

第1話

 朝、目を覚ますと――角が天井に刺さっていた。


「……あ」


 ベッドの上で体を起こそうとして、頭にずしりとした重みを感じる。慣れた感触だ。角だ。しかも左右対称、立派な湾曲付き。鏡を見なくても分かる。今日も俺は、どう見ても魔族だった。


 肌は黒紫、瞳は赤、背中には黒翼。爪は鋭く、牙もちゃんとある。おまけに魔力は周囲の草木を枯らすレベル。


 ――俺は魔王である。


 ただし。


「よし、今日も村の困りごとを解決しに行くか!」


 俺はマントを羽織り、禍々しい魔剣を腰に下げて城を出た。


 最初に向かったのは、山間の小さな村だった。


「魔物に家畜をさらわれて……」

「それは大変だな!」


 俺は話を聞くなり即座に魔力探知を展開し、魔物の巣を特定。五分後には魔物を説得していた。


「食料が足りない? なら俺の城の倉庫を使え」

「えっ……?」


 魔物は泣いた。村人も泣いた。


「ありがとう勇者様!」

「い、いや……困ってるなら助けるのが普通だろ?」


 なぜかその場で花束を渡された。


 次の町では盗賊団が問題になっていた。


 俺は夜の森で盗賊団を見つけ、いきなり斬りかかる――ことはせず、話し合いを始めた。


「仕事がない?」

「冬を越せない?」

「……分かった。公共事業を作ろう」


 翌日、盗賊団は橋の建設に従事し、町は感謝祭を開いた。


「勇者様万歳!」

「だから俺は勇者じゃ――」


 誰も聞いていなかった。


 数日後。


 王都の城門前で、騎士団長が俺を出迎えた。


「勇者殿! ぜひ王に謁見を!」

「え、俺……魔王なんだけど……?」


「魔王?」

「はい?」


 騎士団長は首を傾げた。


「角も翼も、強力な魔力も……?」

「それは“個性”でしょう」


 魔族の特徴は、個性で済まされた。


 玉座の間。


 王は感動した顔で立ち上がり、俺の手を握った。


「数々の偉業、聞いておりますぞ!」

「いや、だから俺は――」


「人助けをし、争いを止め、民を救う。まさに勇者!」


 背後で大臣たちがうなずいている。


 その時、俺は悟った。


(あ……これ、言っても信じてもらえないやつだ)


 その夜、俺は王都の宿屋で天井を見つめていた。


「……魔王って、何だっけな」


 世界を滅ぼす存在?

 人類の敵?

 恐怖の象徴?


 でも俺がやってることは、

困ってる人を助ける

争いを止める

仕事を作る


「……これ、勇者じゃん」


 角が天井に当たった。


「痛っ」


 翌朝。


「勇者様! 次は魔王討伐をお願いします!」


 依頼書を見た俺は、そこに描かれた肖像画を見つめる。


 黒い肌、赤い瞳、立派な角――


「……俺じゃねえか」


 こうして。


 人類の敵であるはずの魔王は、自分自身を討伐対象に指定されながら、

 今日も“勇者”として人助けを続けている。


「まあいいか。困ってるなら助けるし」


 世界は今日も平和だった。


 ――主に、魔王のおかげで。

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勇者?いや俺は、魔王だけど 魔王の囁き  @maounosasayaki

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