「逆しまの影」
人一
「逆しまの影」
「ねえこれ見て!じゃ~ん!」
「え?あ!巫女服じゃん。あっそうか、もうそんな時期か。やっぱり可愛いね~」
「でしょでしょ?
ほらこの札のついた棒を振り回せば、もう願い事でもなんでも叶えれそうじゃない?」
「えぇ~あんたには厳しいでしょ……
というよりあんたその棒の名前知ってんの?」
「もちろん!これは祓串だよ。
こちとら腐っても、神社の娘なんじゃい。」
「ごめんごめん。
……でもやっぱり棒切れ振り回して遊んでる、子供にしか見えないな。」
「なにおぅ!
でもまぁ、言わんとすることは分かるよ。
と、言うことでコチラ!」
「何この古くてボロい本は……」
「ふふふ、これはお父さんの書斎からパク……持ち出した儀式についてまとめられてる本だよ。
なんでも色々書いてる指南書みたいなんだよ。」
「へ~これで神様でも召喚するの?」
「まあ、そんな感じかな。神降ろしって言うんだけど、あまりやったらダメらしいんだけど1回ならいいよね。」
「え?そうなの?まぁ、よく分からないから任せるよ。」
「神降ろしをするには……祝詞を唱えて捧げ物を準備しましょう。だって。何かもってる?」
「え?いや急に言われても……封を切ったポテチくらいしかないよ。」
「う~ん。まぁ何も無いよりかはいいか。
じゃあそれを部屋の真ん中に置いて。」
「うん、それで祝詞?は?」
「ゴホン、じゃあいくよ。読むのはこの赤枠で目立ってるページでいいか。」
『畏み畏み白す
掛けまくも畏き
名も定めなき大神の大御霊
此の処に鎮まり坐す
御前に畏み畏み白さく
蒙り奉る大御陰を
斎ひ守り給ひ
幸はへ給えと
畏み畏み白す
八方に
さはに八方に
遍く行き渡り坐して
此の処に鎮座さしめ給へと
畏み畏み白す』
部屋の雰囲気が変わった。
昼の陽光が差し込んでいた部屋は、仄かに薄暗くなっている気がする。
その上、姿形も影も気配さえも何も無いのに何かがそこにいる、そこにある感覚がする。
――ゴクリ
あまりの威圧感に唾を飲み込むだけで精一杯だ。
「ね、ねえ、神様呼び出せたんじゃない?」
「多分そう……そこに"いる"って感じするし……で、願い事は……?」
「あっ、あっ、ええと……地元から出たいから……この地に縛り付けられてるんで、それを解いて全部自由にしてください!
じゃあ次はあんただよ。」
部屋の空気が僅かに揺らいだ気がした。
「え?私?考えてなかった……じゃあ私もあなたと同じで……」
部屋の空気が1度強く揺らいだ気がした。
そして私たちは、同時に天井に向かって落下した。
「痛た……」
「何が……」
辺りを見ると私と友達は天井に立っているが、カバンなどは上にある床に変わらず置いてある。
なんとか壁をよじ登って渡り廊下に出る。
普段は気にしたことがなかったが、床となる天井は蜘蛛の巣も張られ見た目だけでもかなりボロかった。
渡り廊下の天井を歩きながら母屋に向かう。
さっきまで晴れていた天気は、いつの間にか崩れ雨が降っていた。
私たちの目からしたら雨は地面から空に向けて降っていた。
「スマホは……カバンの中か。」
「私もだ……とりあえずテレビをつけるね。」
異様な光景の中テレビをつけると、そこには平凡な日常が映っていた。
ニュースもバラエティも特段変なところは無い。
私たちのように天地が逆転なんかしたら、それこそ大騒ぎになりそうなものだが異変はない。
ただ世界でここの2人だけが浮き上がっていた。
「……と、とりあえずまた部屋に戻ってスマホを回収しよう。今のままじゃ電話にも手が届かないし、お父さんも呼べないから。」
「うん、そうだね……」
軋む渡り廊下の天井を歩いていたその時
――ガタン!
屋根のトタン板が外れた。
いつもは雨が防げれば、それでよかったトタン板は力なく地面に落下した。
友達はバランスを崩してよろめいた。
「ねえ!待って!」
手を差し伸ばす。
「嫌、いや、嫌、いやぁぁぁあああ!!」
友達の指先にも触れること出来ず、彼女はもがきながら空に向かって落ちていった。
「あぁ……あぁどうしよう……」
友達を救えなかった、見殺しにしてしまった罪悪感に押しつぶさそうになりながら、最初の部屋に入った。
まだ部屋の真ん中には何かがいる気がする。
「ねえ神様……私が間違ってたから元に戻して貰えませんか……?」
部屋から存在が消えた。
確かめる術はないが、重苦しかった威圧感が消え降り続いていた雨も途端に止んだ。
――見捨てられた。
そう感じた。
願い事を2人分叶えてくれた太っ腹な神様だったのかもしれない。
けれど、真意はもう分からない。
部屋に雨上がりの爽やかな風が流れ込む。
私は1人天井に立ち尽くしている。
あの本の内容はなんだったのか。
私が呼び出した神様は誰なのか。
もう分からない、何も分からない。
確かめることもできない。
天井ではなく、床に落ちる私の影だけが私をこの世界に繋ぎ止めていた。
「逆しまの影」 人一 @hitoHito93
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