『俺達のグレートなキャンプ番外編 超・厚く、太く、固い年越しそばを作るか』
海山純平
番外編 超・厚く、太く、固い年越しそばを作るか
俺達のグレートなキャンプ番外編 超・厚く、太く、固い年越しそばを作るか
「石川ァァァァァァ!!!今度は何だよそのクソデカ鉄パイプはァァァァァ!!!」
富山の絶叫が、標高1200メートルの雪化粧した山間キャンプ場に木霊した。彼女の目の前には、全長2メートル、直径30センチはあろうかという、もはや建築資材としか思えない巨大な金属製の筒が横たわっている。表面には無数のボルトとバルブがついており、まるで潜水艦の魚雷発射管だ。
「いやいやいや富山さん!これはパイプじゃなくて『超高圧蕎麦成形マシンMk-3改』っすよ!!」
石川が両腕を大きく広げ、雪に足を取られながらも興奮気味に叫ぶ。彼のダウンジャケットは蕎麦粉まみれで、頬には謎の茶色い液体がべったりついている。吐く息は白く凍り、鼻水が垂れそうになっているがお構いなしだ。
「すっげえええ!これで蕎麦作るんすか!?まるで大砲っすね!!」
千葉が目をギラギラさせながら、その金属製の筒をバンバン叩く。ゴンゴンという鈍い金属音が響き渡る。彼の手袋は既に破れ、指先が真っ赤になっているが、気にした様子もない。
「そう!普通の蕎麦打ちなんて生ぬるい!麺棒でコネコネ?延ばす?切る?そんなの昭和の遺物だ!!今は令和!!科学の力で蕎麦を圧縮するんだよ!!」
石川が胸を張る。その横には、巨大なドラム缶が三つ。一つには蕎麦粉が50キロ。一つには小麦粉が20キロ。そしてもう一つには、真っ黒などす黒い液体が入っている。
「ちょ、ちょっと待って!」富山が鼻をつまみながら近づく。「この黒いの何!?めちゃくちゃ臭いんだけど!!」
「ああ、それ?超濃縮出汁だよ!鰹節10キロ、昆布5キロ、煮干し3キロを圧力鍋で6時間煮詰めたやつ!これを蕎麦生地に練り込むことで、茹でなくても味がついてる革命的蕎麦が完成する!!」
「革命起こすな!!つーか臭い!!魚市場か!!」
その時、隣のサイトから罵声が飛んできた。
「おいテメェら!!朝からうるせえんだよ!!しかも何だこの異臭は!!」
振り返ると、筋骨隆々の強面男性が三人、テントから這い出してきた。全員タンクトップ姿で、真冬なのに上半身裸だ。腕には龍の刺青。どう見てもガチの筋トレ勢、もしくはそっち系の人々である。
「あ、すいません!今から年越し蕎麦作るんで、ちょっとだけ我慢してください!」
石川が満面の笑みで手を振る。空気を読まない、というか空気の存在を認識していない。
「年越し蕎麦ァ?」強面リーダー格らしき男が眉をひそめる。「まだ12月29日だぞ?2日も早えだろうが」
「準備運動っす!本番は大晦日っすけど、今日は試作っす!!」千葉が元気よく答える。
「試作...?」
「そう!超・厚く、太く、固い年越し蕎麦の試作っす!!普通の蕎麦の100倍グレートな蕎麦っす!!」
強面たちが顔を見合わせる。そして、何故か興味津々の表情になった。
「100倍...だと...?」
「見せろ」
「どれくらいグレートなんだ」
富山が頭を抱える。「ああああもう!また変な人たち巻き込んで!!」
「変な人たちって失礼だな!俺たちは真面目なボディビルダーだ!」リーダー格が胸を張る。その大胸筋がビクンビクン動く。「筋肉は裏切らない!そして俺たちは面白いものも裏切らない!!」
「面白主義のマッチョ!?」富山がツッコむ。
「さあさあ!じゃあ実演といきましょう!!千葉、蕎麦粉投入ー!!」
「了解っす!!」
千葉が50キロの蕎麦粉袋を抱え上げる。ぐらり、と体が傾く。
「おっとっと!重っ!」
「しっかりしろ千葉!筋肉が足りねえぞ!」石川が笑う。
「手伝おうか?」強面の一人が近づいてくる。
「お願いしますっ!」
マッチョと千葉、二人がかりで蕎麦粉をドラム缶から巨大な金属容器に流し込む。ドサドサドサーッという音。白い粉煙が立ち上り、全員がむせる。
「ゴホッゴホッ!」
「次、小麦粉っす!!」
同じように小麦粉を投入。そして問題の黒い液体。
「うおっ臭っ!」マッチョたちが顔をしかめる。
「これが出汁か!?濃すぎだろ!!」
「だから超濃縮って言ったでしょ!」石川がドヤ顔で黒い液体をドボドボ注ぐ。
容器の中で、蕎麦粉と小麦粉と黒い出汁が混ざり合い、ドロドロのヘドロのような物体になっていく。
「次!混ぜるぞ!!」
石川が取り出したのは、電動ドリルに取り付けられた巨大な攪拌棒。まるで船のスクリューだ。
「いや待て!」富山が叫ぶ。「そんなので混ぜたら飛び散る──」
ブオオオオオオン!!
石川がドリルのスイッチを入れた瞬間、茶色いヘドロが四方八方に飛び散った。
「ぎゃああああ!!」
全員の顔面に、蕎麦生地がベチャベチャにこびりつく。
「ぶっ!ぺっぺっ!」千葉が口に入った生地を吐き出す。
「クッソまずい!生臭い!!」マッチョの一人が悶絶している。
「石川テメェェェェ!!」富山が怒りで震えながら、顔についた生地を拭う。
「ご、ごめん!ちょっと回転数上げすぎた!!」
石川の顔も茶色一色。まるで泥パックだ。
「ちょっとじゃねえだろバカ!!」
その騒ぎを聞きつけて、さらに別のキャンパーたちが集まってきた。老夫婦、ファミリー層、若者グループ。総勢20人近い。
「何事ですか!?」
「誰か怪我を!?」
「いやあの、蕎麦作ってまして」石川が笑顔で答える。顔面茶色いまま。
「蕎麦...?」老夫婦が目を丸くする。
千葉が元気よく説明する。これまた顔面茶色いまま。
「超・厚く、太く、固い年越し蕎麦っす!今から圧縮するんすよ!」
「圧縮...?」
「見てってくださいよ!すげえから!!」
石川とマッチョたちが、ドロドロになった蕎麦生地を金属製のシリンダーに詰め込んでいく。ベチャベチャと音を立てながら、生地が押し込まれる。
「よし!詰まった!」
シリンダーの上部には、巨大なピストンとレバーがついている。どう見ても人力で動かすものではない。
「じゃあ圧縮いくぞ!!みんな離れろ!!」
「待て石川!」富山が叫ぶ。「これ、どれくらいの圧力かかるの!?」
「えーっと、設計上は...200気圧!!」
「200!?車のタイヤの10倍以上じゃない!!そんなの人力で動かせるわけ──」
「せーの!!」
石川、千葉、そしてマッチョ三人組が、レバーに掴まる。
「うおおおおおお!!」
五人が全体重をかけてレバーを引く。ギギギギギ...という金属音。ピストンがゆっくりと下がり始める。
「重っ!!くっそ重い!!」千葉の顔が真っ赤になる。
「筋肉!筋肉が試されてる!!」マッチョたちが歯を食いしばる。
「もっと力を!!あと少し!!」石川が絶叫する。
メキメキメキメキ...
嫌な音がする。
「あの、やばくない!?」富山の顔が青ざめる。
ギャラリーも不安そうに見守る。
「いける!いけるぞ!!もう一押し!!」
五人が最後の力を振り絞る。青筋を立て、汗を滝のように流し、足を地面に食い込ませ──
バゴォォォォン!!!
凄まじい破裂音と共に、シリンダーの横っ腹が吹き飛んだ。
「うおわああああ!!」
圧縮された蕎麦生地が、まるで大砲の弾丸のように射出される。茶色い円柱が空中を飛び──
ドガァン!!
50メートル先の木に激突した。
木の幹に、めり込んでいる。蕎麦が。
シーンとした沈黙。
「...あ、あれ蕎麦だよね?」
「木にめり込んでる...」
「嘘だろ...」
富山が石川の胸ぐらを掴む。
「石川ァァァァ!!!何この破壊力!!!蕎麦じゃなくて凶器じゃない!!!」
「い、いやあ、まさかこんなに圧縮されるとは...」石川が冷や汗を流す。
千葉が走っていって、木にめり込んだ蕎麦を観察する。
「すっげえ!カッチカチっすよ!!まるで岩っす!!」
マッチョリーダーが唸る。
「すげえな...これが蕎麦の力か...」
「蕎麦恐るべし...」
「プロテインバーより固いぞ...」
老夫婦が呆然としている。
「あの...大丈夫なんですか?」
「だ、大丈夫っす!想定内っす!!」千葉が笑顔で答える。全然想定内じゃない。
石川が立ち上がり、マシンを点検する。
「うーん、圧力かけすぎたな。よし、Mk-4を作ろう!!」
「作るな!!」富山が怒鳴る。「もういい加減にして!!」
「待てよ富山」リーダーマッチョが口を挟む。「面白いじゃねえか。俺たち、手伝うぜ」
「えっ」
「筋肉は人を笑顔にするためにある。このグレートな挑戦、見捨てられねえ!」
他のマッチョたちも頷く。
「俺たちの筋肉、貸すぜ!」
「マッスル・アシスト発動だ!」
富山が頭を抱える。「何でこうなるの...」
「やった!心強い味方っすね!!」千葉がマッチョたちとハイタッチ。
「じゃあ作戦を変更する!」石川が立ち上がる。「機械に頼らず、人力でいこう!!原始的に!だが確実に!!」
「どうすんだ?」
「餅つきだ!!」
「餅!?」
石川がテントから取り出したのは、巨大な石臼と木製の杵。どちらも重量級だ。
「蕎麦生地を石臼に入れて、杵でひたすら叩いて圧縮する!!シンプル・イズ・ベスト!!」
「それだ!」マッチョたちが目を輝かせる。「筋トレにもなる!!」
「やるっす!!」千葉も燃えている。
富山が諦めた表情でため息をつく。「...もういいわ。好きにしなさい...」
石臼に蕎麦生地を投入。ドサッ。
「じゃあいくぞ!ペッタンペッタン!!」
石川が杵を振り上げ、思いっきり叩きつける。
ドゴン!!
「うおっ固い!」
生地は既にかなりの密度だ。
「交代だ!」マッチョが杵を奪い取る。
「せいやああああ!!」
ドゴゴゴン!!
杵が生地に食い込む。マッチョのパワーは別格だ。
「俺も!」「俺も!」
三人のマッチョが交代で杵を振るう。まるで建設現場の杭打ちだ。
ドゴン!ドゴン!ドゴン!
「うおおおお!!」
「筋肉!!筋肉!!」
「プロテイン!!」
謎のかけ声と共に、蕎麦が叩かれ続ける。
周囲のギャラリーも、いつの間にか応援し始めていた。
「頑張れー!」
「すごーい!」
ファミリーの子供たちが目をキラキラさせている。
「パパ、あのお兄ちゃんたちすごいね!」
「ああ...すごいな...(色んな意味で)」
老夫婦も笑顔だ。
「久しぶりに面白いもの見たわね」
「キャンプも変わったもんだ」
30分後。
石臼の中の蕎麦生地は、もはや生地と呼べる代物ではなくなっていた。完全に固形化し、表面はツルツルテカテカ。叩いてもコンコンと乾いた音がする。
「よし!完璧だ!!」石川が汗を拭う。
「くっそ疲れた...」マッチョたちもさすがにヘトヘトだ。
「でもいいトレーニングになったぜ...」
「じゃあこれを成形するぞ!」
石川が取り出したのは、チェーンソー。
「ちょ、ちょっと!!」富山が飛び上がる。「チェーンソー!?蕎麦に!?」
「だって包丁じゃ切れないもん!」
ブオオオオン!!
エンジン音が響き渡る。
「マジか...」ギャラリーが絶句する。
石川がチェーンソーを固まった蕎麦に押し当てる。
ギュイイイイイン!!火花が散る。本当に火花が散っている。蕎麦から。
「固っ!!」
「もっと押せ!」千葉が後ろから石川を支える。
ギュルルルルル!!
ようやく刃が食い込み、蕎麦が切断され始める。まるで丸太を切っているようだ。
「すげええええ!」子供たちが歓声を上げる。
10分かけて、ようやく直径20センチ、長さ50センチの円柱状の蕎麦が完成した。
「できたあああああ!!!」
石川が蕎麦の塊を高々と掲げる。まるでライオンキングだ。
拍手と歓声。
「やったああああ!」
「すげえええ!」
「これが蕎麦...なのか...?」
その時、富山が気づく。
「ねえ、これどうやって食べるの?」
「...え?」石川が固まる。
「だってこれ、茹でられないでしょ。固すぎて」
シーン。
全員が顔を見合わせる。
「...あ」
千葉が力なく笑う。「確かに...」
マッチョリーダーが腕を組む。「どうする?」
石川が考え込む。そして、顔を上げる。
「削る!!」
「削る!?」
「カンナで削って、削り節みたいにして食べる!!それなら食べられる!!」
「無理やりすぎる!!」富山がツッコむ。
「やってみるっす!!」千葉がテントから大工道具を持ってくる。
カンナで蕎麦の塊を削る。シュルシュルシュル...
薄く削られた蕎麦が、ヒラヒラと舞い落ちる。
「おお!できた!」
削った蕎麦を口に入れてみる石川。
モグモグ...
「...うん!蕎麦の味する!!」
「本当か!?」千葉も食べる。
「マジっすね!出汁もきいてる!」
「俺も食わせろ!」マッチョたちも試食。
「おお、確かに蕎麦だ!」
「固いけどな!」
「歯が鍛えられるぜ!」
ギャラリーにも配られる削り蕎麦。
「美味しい!」
「面白い食感!」
「これはアリかも!」
意外にも好評だ。
富山も恐る恐る食べてみる。
「...あれ、普通に美味しいじゃない」
「だろ!!」石川がドヤ顔。
「でもこれ蕎麦として成立してるの!?」富山が呆れる。
「蕎麦は蕎麦だ!形が違うだけ!!」
老夫婦が笑いながら言う。
「こんな楽しいキャンプ、初めてだよ」
「また来年も見せてくださいね」
ファミリーの父親が言う。
「息子が大喜びですよ。いい思い出になりました」
マッチョリーダーが石川の肩を叩く。
「面白かったぜ。大晦日もやるんだろ?また手伝うぜ」
「マジっすか!?」千葉が嬉しそうだ。
「ああ、筋肉仲間だからな」
富山が呆れながらも、どこか嬉しそうに笑う。
「はいはい、じゃあ次はもうちょっと常識的な蕎麦にしてよね」
「やだ」石川が即答。
「即答!?」
「だって次は『超長い蕎麦』に挑戦するから!100メートル級の!!」
「やめろバカ!!!」
真冬の山間キャンプ場に、笑い声が響き渡った。
焚き火の周りに集まった人々は、削り蕎麦を分け合い、温かいコーヒーを飲み、それぞれのキャンプの話をした。
石川は懲りずに次の作戦を練り、千葉は興奮冷めやらず次々とアイデアを出し、富山は呆れながらも二人を見守り、マッチョたちは筋トレの話で盛り上がり、他のキャンパーたちは思い出話に花を咲かせた。
そして、木にめり込んだ蕎麦は、キャンプ場の新たな名物として、その後も長く語り継がれることとなった。
完
『俺達のグレートなキャンプ番外編 超・厚く、太く、固い年越しそばを作るか』 海山純平 @umiyama117
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