足跡

雪の上を、ひとり歩いていた。


音はなかった。


風もなく、空気は凍りついたように静かで、私の吐く息だけが、白く空に溶けていった。


見渡すかぎり、白。


木々も、道も、空も、すべてが同じ色をしていた。


境界が曖昧で、どこまでが地面で、どこからが空なのか、わからなくなるほどだった。


そんな中で、私はそれを見つけた。


足跡。


ひとり分の、小さな足跡。

まっすぐに、雪道の奥へと続いている。


誰かが、ここを歩いた。


それだけのことなのに、私は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


会ったこともない。

声も知らない。


けれど、確かに、誰かがここにいた。


それは、ひとりではないというささやかな証だった。


私は、その足跡をなぞるように歩いた。

まるで、見えない誰かと並んで歩いているように。


足跡は、時に深く、時に浅く。

ときどき迷ったように、少しだけ逸れていた。


その不確かさが、愛おしかった。


完璧ではない歩み。

まっすぐではない道。


それでも、前に進んでいたという事実。


ふと、足元を見る。


私の足跡も、雪の上に刻まれている。


誰かが、これを見るだろうか。


私の存在を知らない誰かが、この道を歩く日が来るだろうか。


そのとき、私の足跡が、その人の孤独を少しでも和らげるなら。


それだけで、私はここを歩いた意味を持てる気がした。


雪は、やがてすべてを覆い隠す。

足跡も、記憶も、声も。


けれど、消える前に誰かとすれ違えたなら。

それはきっと、奇跡に近い。


私は、また一歩、雪を踏みしめる。


白い世界に、音がひとつだけ、落ちていく。

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