探偵つむぎはだいたい寝ている

アオノソラ

消えた購買のパン

消えた購買のパン(事件編)

  1


「焼きそばパン二つ!」

 男子生徒のデカい声が響く。

「あんぱんとチョコロール、240円でいいですか!」

 かき消されまいとする女子生徒の声。昼休みの二階の渡り廊下は、いつものようにパンを求める生徒でごった返している。順番も何もあったものではない。

「嘆かわしい。順番を守って整然と買うべきだわ」

 僕の隣で怒っているのは、生徒会副会長の五月女凛さつきめりん先輩。会計の僕とともにお昼の買い出しに来ている。生真面目な性格のため、この惨状は許し難いようだ。僕は先輩を宥めた。

「副会長。これはこれで回っているので、いいのでは」

 五月女先輩はキッと僕を振り向いたが、諦めたように息を吐く。無秩序ながらも少しずつ前進する人並みとともに、パン購買のテーブルに一歩近づいた。

 うちの高校にはいわゆる購買売店はない。全校生徒からの強い求めを受け、生徒総会で学校当局への要望を決議し、廊下にテーブルを置いただけの簡易なパン購買が実現した。僕ら生徒会執行部の数少ない手柄の一つ。

 テーブルの上には、パン屋さんの番重が二段重ねで置いてある。そこから無造作にパンを取り、お金を払う原始的な売り方。これで支払い代金の間違いも、パンの窃盗もないのだから、うちの生徒の道徳意識も大したものだ。

「あっていいわけないでしょ、そんなこと」

 僕の呟きに、五月女先輩がまたキッと怒る。

 二段重ねの番重の上段から、今まさにパンがなくなろうとしている。購買の佐竹さんが一段目に残った三つのパンを脇にどけ、空の番重を持ち上げた。

「ありゃ……?」

 佐竹さんが番重を持ち上げたまま、呆けた声を上げた。下段を見つめたまま固まっている。彼女の視線を追い、僕にも意味がわかった。

 空なのだ。

 いつも二段の番重にはどちらもぎっしりパンが詰まっていて、昼休みが始まって10分くらいで一段目を売り切り、二段目を売り始める。今は12時25分。いつも通りの時間。

「どうしてないんだい……? おかしいねえ……消えたよ」

 佐竹さんが狼狽えた。すでにざわついていた群衆が、え、何、どろぼう? と更にざわつき出す。

 そのときだった。

「皆さん落ち着いて! 憶測でものを言わない!」

 五月女先輩が、名前に違わぬ凛とした声で言った。皆が一瞬、彼女を見る。その機を捉えて先輩は群衆をかき分け、佐竹さんの元に向かう。僕は慌てて後を追った。

「生徒会副会長の五月女です。佐竹さん。申し訳ありませんが、事実を確認、整理させてください。その前に、いったん購買を終了してくださいませんか」

 佐竹さんは先輩の勢いに呆気に取られていたが、彼女の言うことももっともだと思ったのだろう。すぐに購買終了を宣言した。

「何かわからないけど、パンがもうないんだよ。申し訳ないけど、今日はこれで終わりだよ。ごめんね」

 えーっ、という声が上がるが、買えるパンがなければどうしようもない。生徒たちは、肩を落として購買から去っていく。しかしテーブルの近くで一部始終を見ていた生徒はなかなか解散しなかった。え、なんでパンが消えてんの、やばくない、どろぼうじゃないのやっぱり、とヒソヒソガヤガヤ興味本位で空の番重を見ている。

「いいですか。今はどういうことかはっきりしていません。さっきも言いましたけど、憶測でものを言ってはダメ。もしただのミスだったら、無責任な噂は取り返しのつかない迷惑になりますよ。生徒会ですぐに調べますから、解散してください」

 澱みなく述べる五月女先輩の言葉に、皆頷いて去っていく。中には不満げな様子の者もいるが、表立って反論はしなかった。

 先輩は生徒たちが解散したのを見届けると、小さく息を吐いた。固く握った拳がわずかに震えている。佐竹さんは、「消えた」と言った。ということは初めはあったということだ。それの意味するところは……。

 彼女は佐竹さんに向き直り、そこでようやく表情を緩めた。ただ、浮かべた笑みはどこかぎこちない。

「佐竹さん、ごめんなさい。先生に報告するにしても、すこし整理をしておきたいんです。お話を聞かせてもらっていいですか」


  2


 購買のテーブルを囲んで、五月女先輩と僕は佐竹さんに話を聞いている。吉村くんはメモをお願い、と先輩に指示され、僕は手帳をポケットから取り出した。

「あんたらだけで聞くのかい。先生を呼ぶのが筋じゃないかね」

「呼びます。ただ、何と報告するか整理したいんです」

 佐竹さんはそれでも、こういうのは大人に任したほうがいいと思うけどね、と呟いた。

「わかったよ。手短に頼むよ」

「では早速。いつも何時ごろに納品されるんですか」

「コムギ屋さんはいつも10時過ぎに納品に来るんだ。だからあたしは10時10分ごろにここへ来て、番重とこの手提げ金庫を受け取るんだよ」

 佐竹さんは売上金と釣り銭を入れた手提げ金庫を軽く叩いた。彼女はこの購買のためだけに雇われたアルバイトで、この校舎の真裏にお住まいのおばあさんだ。その昔はこの高校に通ってたらしい。遅刻知らずでいいな。

「今日も同じ時間に?」

「あたしはいつも通りに来たけど、コムギ屋さんは少し早く来ていたね。そこに男子生徒が一人いて、コムギ屋さんから直接パンを買ったみたいだった。いつも20分休みにパンを買いにくる常連の子」

「まだ授業中じゃないの!」

 五月女先輩が眉を顰める。

「そうだね、バツが悪そうにしてたね」

 佐竹さんが笑う。

「で、金庫を受け取って、番重の中のパンの個数を二人で確認した」

「確認した?」

「いつものことさ。何パンが何個ってね」

 佐竹さんが、あんパン12個、焼きそばパン20個、などと鉛筆書きしたメモを見せてくれた。

「学校に置いてある番重に、コムギ屋さんが移し替えながら数えて、あたしがその数を聞いてメモを取るんだよ。二段ともね。だから無くなっててびっくりしたのさ」

 うーん、もしかしてコムギ屋さんが間違えて空の番重を持ってきてしまったのでは、と考えていたのだけれど、その線はなくなった。隣の五月女先輩を見ると、口を結んだまま表情が固い。

 それでも、コムギ屋さんが間違えてパンの入った番重を持って帰ったのでは、と聞いてみると、佐竹さんは笑った。重さが全然違うよ、コムギ屋さんが持ち帰る時に気がつかないわけがないね、と。

「で、数え終わったら、さっきの男の子に声をかけられたんだよ」

 さっきの子? ああ、授業中にパンを買ってたってヤツか。

「僕は保健室からの帰りに購買に寄っただけなんです、って言いわけしてたね」

 先生に告げ口しないでほしいってことか。先輩が、関係ないわ、結局授業中だし、と吐き捨てた。

「わかったわかったってその子をあしらってたら、コムギ屋さんがちょうど台車に空の番重を積んだところだった。その後すぐに休み時間さ。あの子のせいで準備がギリギリになっちまったよ」

 2限と3限の間に20分間の長めの休憩がある。この休み時間からパンの購買が始まり、飢えた高校生どもが買いに来る。

「今日の売れ方は?」

「休み時間中はずっと売りっぱなしで、上の段の半分くらいが売れたかね、いつも通り。だから、この時は二段目の番重のパンは手付かずだね」

「その後は? 授業中はどうされてるんです?」

「次の休み時間も買いに来る子がいるからね。5分だけ売るんだけど、授業中は家に帰ってるよ。金庫を持ってね。すぐそこだから」

 すると、番重は?

「パンはここに置いたままさ」

 じゃあ盗み放題じゃないか、と言いかけて、言葉を飲み込んだ。恐る恐る先輩を見ると、唇を噛み、眉間に皺を寄せている。

「3限後の休み時間に戻ってきた時の様子はどうでしたか。何か気づいたことは?」

「うーん、番重の上に布をかけていくんだけどね。戻ってきたときも変わりはなかったと思うよ」

 佐竹さんは腕を組んで考えていたが、何もないね、他には、と言った。

「4限の時も一度家に帰ったんですか」

「まあ、ここに座っててもいいんだけどね。家に帰ったよ。いつもそうしてるし、問題なかったからね」

 五月女先輩は、さっきと同じように、昼休みに戻ってきた時に何か気づいたことはなかったかと聞いた。佐竹さんは、何もないねえ、と同じ答えを繰り返した。

 先輩は青い顔をしている。一番有力な、最初からなかったという線が早々に潰されてから、表情は硬いままだ。そして授業時間中は、誰でも持っていける状況にあった。ここに誰も近づけなかったということが証明されない限り。

「わかりました。申し訳ありませんが、もう少しだけ事実確認をしたいので、先生への報告は待ってもらえませんか」

「あたしはコムギ屋さんに雇われてるからね。学校に言うかどうかはコムギ屋さんの判断だよ。でもコムギ屋さんには言わないとねえ」

 五月女先輩は頷いたが、わかりました、とは言わなかった。俯いたまま、下唇を噛んでいる。このままだと生徒の窃盗事件として騒ぎになってしまう。しかし本当に他の可能性はないのか。

 それを見た佐竹さんは、わかったよ、と言う。

「あたしはいつも3時に売上表と金庫を持っていくんだ。そのときまでだよ」

 佐竹さんがニッと笑う。

「まあ、何かの間違いかもしれないしねえ。ちょっと遅くなるくらいなら、おばちゃんも一緒にかぶってやるさ」


  3


 12時35分。昼休み終了まであと25分。

 五月女先輩は次に、この東棟と北棟を結ぶ渡り廊下に授業中は誰も入れなかった、と実証しようとした。これはほぼ無理だ。それでも、渡り廊下の両端にある教室に駆け込み、3限、4限の授業の時に廊下を誰かが通らなかったか聞き込みをしてみる。

「無茶言うなよ。窓があるわけでもないんだぜ。通ったも通らないも、わかんねえよ」

 廊下側の席で昼寝をしていた生徒に、迷惑そうにぼやかれる。まあ、でもたぶん、生徒は誰も通らなかったと思うぞ、という頼りない証言を得られただけだった。

 廊下で壁にもたれかかり、先輩は右手で両方のこめかみを押さえて俯いた。

「だめだわ。パン屋さんのミスでないなら、せめて生徒には窃盗の機会はなかったと証明しようと思ったんだけど」

 先輩が深くため息を吐く。 

「仕方がないから、先生には事実を報告しましょう。生徒の犯行ではないと信じているけど、なくなったという事実がある以上、購買は中止になってしまうでしょうね」

 僕の方を見て、しょうがないね、と弱々しく笑う。先輩はカタブツだけど、誰よりも全校生徒思いだと思う。今回の購買だって、多くの生徒は総会決議が決め手だと思っているけど、裏では先輩が懸命に先生たちを説得して、コムギ屋さんとも交渉して、ようやく実現したのだ。

「副会長、まだ早いです。今のままだと、窃盗騒ぎになります。購買も完全に終わっちゃいます」

「吉村くん。購買を続けたいからって、事実を隠蔽するわけにはいかないわ。それとも窃盗の可能性はゼロ、と証明できる?」

 僕はなんとかして先輩を助けたい。しかし、この「事件」が生徒の窃盗でもなく、パンも紛失してない、という結論が本当にあり得るのか? この事件の真相はいったい何だ?

 こうなったら、あいつに頼るしかない。僕の中でたった一人、こういった事態にめっぽう強いヤツの顔が浮かぶ。

「副会長! 結論は放課後まで待ってください。助っ人を呼んできますから」

 12時45分。昼休みは後15分ある。僕はダッシュで、一年三組の教室へと向かった。


「つむぎ!」

 僕は教室に駆け込むと、窓際の席で机に伏している島野つむぎを大声で呼んだ。つむぎは体を起こさない。クラス中が一斉に僕を見る。うわ、恥ずかしい。よそのクラスで、大声で女の子の名前を呼んで、しかも相手にされなくて。

 恥かきついでに、僕はずかずかと幼馴染の席に近づく。狸寝入りではなく本当に寝ている。すやすやと寝息まで立てて。小学生かと見紛うほどの小柄。無防備な姿。その子の眠りを妨げる邪魔者。何やら絵面がとてもまずい。しかし僕は意を決して、つむぎの体を揺さぶる。

「頼む。助けてほしいんだ。起きてくれ」

 強く揺さぶりすぎて、つむぎの頭が腕枕から落ちる。ごちんと机に額がぶつかる音。あ、やばい。

「……ったーい。……あら啓ちゃん。おはよう」

 つむぎは寝ぼけ眼で僕に笑顔を見せる。僕はその表情にどきっとしたけれども、今はそんな場合じゃない。

「ちょっと来てくれ」

 僕はつむぎの腕を取り、寝起きでよろよろ歩く彼女を引きずって教室の外へ出た。背後で笑い声と囃し立てる声が響く。あー、恥ずかしい。


  4


「何なのいったい。気持ちよく寝てたのに」

 生徒会室の椅子に座り、つむぎは切れ長の目を細め、口を尖らせた。こいつ、なりは中学生、下手すりゃ小学生なのに、話し方と声は妙に大人っぽいんだよな、調子狂う。

「また本を読んで夜更かしか」

「一日一冊じゃあ物足りないのよ」

 こいつはとにかく本ばっかり読んで、早朝まで夜更かししている。昔から学校では居眠りしてばかりだ。授業もろくに聞いてないんじゃないか。

「その読書量で鍛えたお前の頭脳を貸してくれ。困ってるんだ」

「……」

 返事がない。何を出し惜しみしてるんだ。居眠りばっかりのお前の面倒をどれだけ……。

 って寝てるんかい! 机に伏せてるんじゃねえ。

「起きろ」と頭をこづく。つむぎは恨めしげに目だけでこちらを見て、聞いてるわ、さっさと話しなさい、と文句を言った。

 僕は今回の「事件」の一部始終を、メモを頼りに語って聞かせた。聞いている最中も、つむぎはうとうとしている。本当に聞いてるんだろうな。

「おい、ちゃんと聞いて……」

「啓ちゃん」

 つむぎが急に顔を上げた。目に力が入っている。

「わたしは食べたことはないのだけれど、そのパン屋さんのパンはおいしいの?」

 何だあ、いったい。味なんか関係ないだろう。

「まあ、普通だよ。おいしいから箱ごと盗みたいとかそんな味じゃない」

「啓ちゃんはおいしいと思わないの?」

「日によってはパサパサだったりするし……。なんか匂いも独特だったり、味が日によって違うんだ。安定した作り方ができてないのかって、僕らはよくネタにしてる」

「ふうん」

 つむぎは今にも寝そうな目をしながら、ぶっ飛んだことを言い放った。

「そのパン屋さんは、クビにした方がいいと思う」

「どうしてだよ? 被害者だぞ」

「そうかしら。むしろ保健所案件だと思う」

 つむぎが欠伸をする。まずい、寝てしまう。その前に推理を聞かないと。

「まて、寝るな。どういうことか教えてくれ」

「……んにゃ、二段目……」

 だめだ、もう半分夢の中だ。そう思った瞬間、つむぎが一言だけ言った。

「構図が逆……」

 構図が逆? いったいどういう意味だ?


  5


 5限終了。13時45分。タイムリミットまで、あと1時間15分。僕は「保健室帰りに購買に寄った常連の子」を見つけて、話を聞いている。あのときは忘れていたが、うちのクラスの藤原が2限に出てなかった。問い詰めたら、あっさり白状した。

「勘弁してくれよ。本当に具合が悪くて保健室に行ってたんだ。で、教室に戻る時には購買の前を通るだろ。だからついでさ。サボったわけじゃない」

 僕は正直それはどうでも良かったので、パン屋さんと何を話したか、パンはそのときどのくらいあったかを聞いた。

「あー、コムギ屋さんのおじさんはさ。お店の方にも行くんで、よく知ってるんだよ。『いつもありがとう』って、これもらったよ」

 藤原が見せてくれたのは、商店街のクーポン券だ。500円券を目の前でヒラヒラさせる。

「ラーメンでも食いに行こうかな。吉村も行くか?」

 買収する気かよ。別に先生には言わねえよ。

「いや、いい。それより、納品されたパンは、番重2枚分、ちゃんとあったか」

「ああ、それは見たよ。二人で数えてるところも見てた」

 こいつ、佐竹さんに口止めしようとして、その場に居たんだったな。じゃあやはり佐竹さんの証言通りか。ミスや手違いの可能性がまた減った。

「そうか。ありがとうな」

 藤原との話を終えて時計を見る。14時ちょうど。まずい。一年三組にダッシュだ。

 僕は逃亡しようとしていたつむぎを捕まえて、生徒会室に連行する。

「啓ちゃん、ひどい……。こんな強引に」

 やめろ。誤解の種をばら撒くな。

 つむぎの腕を取って廊下を引きずっていく。周囲の冷やかしが相変わらず物凄いが、もう慣れた。


 五月女先輩は、すでに生徒会室に来ていた。相変わらず表情が暗い。それでも僕の姿を認めて笑顔を見せたが、僕の後ろのつむぎを見た瞬間、みるみる顔色が変わる。

「島野つむぎ! 吉村くん、助っ人って、まさか……」

「あら、五月女さん。お久しぶり。相変わらずかわいいわね」

 つむぎがしれっと言う。先輩の唇がわなわなと震え、らしからぬ叫び声を上げた。

「年上にかわいいとか言うな! この不良生徒!」

 つむぎは肩をすくめた。不良生徒って酷くないかしら、啓ちゃん、と僕に同意を求める。先輩は、つむぎがほとんどの授業を寝て過ごし、行事もバックレてろくに参加しないことを疎ましく思っている。それでいて成績は抜群によく、定期考査の点数はいつもほぼ満点。先輩が一年生の時に築き上げた栄光の記録を、あっさり塗り替えてしまったのだ。

「五月女さん。かわいい人にかわいいと言うのは、褒め言葉でしょう」

 しかもこうやってニヤニヤしながら揶揄うもんだから、先輩はつむぎが本当に苦手なのだ。

「追い出して」

 とうとう先輩がおかしくなった。

「待ってください、つむぎ、いや島野が今回の事件を……」

「うるさい! 追い出しなさい」

 さて困ったぞ、取りつく島もない。そう思っていたら、横のつむぎが欠伸しながら切り出した。

「五月女さんは、どうして生徒の窃盗の線が濃い、と思っているのかしら」

「パンは納品時には二段とも揃っていた。20分休みの終了段階でも、二段目のパンはあったと佐竹さんは言っている。一方、3限と4限の授業時間は番重の周りに人の目はなかった。それならどう考えても、その時間に何かが起こったとしか思えないじゃない」

 五月女先輩は反射的に答えてしまう。真面目だなあ。

「だから、3限か4限、授業をサボっていた生徒が関与している可能性が高い。佐竹さんに話しかけていた生徒は2限をサボっていたし、彼が関わっているかも」

 つむぎは黙って聞いていた。……目を閉じている。寝てるんじゃないだろうな。

「残念なことに、これまで集めた証言では、こういう構図になってしまうのよ」

 つむぎが目を開いて、にこっと微笑んだ。

「いいえ、何から何まで間違っているわ」

「はあ? どうしてよ!」

 五月女先輩が噛みつく。つむぎは気にした様子もなく、肩をすくめた。

「ムキになった顔もかわいいわね、五月女さん」

「だからそれやめてって言ってるでしょ!」

 本当にこの二人はどちらが上級生かわからない。普段は才女然としている五月女先輩も、つむぎの前では調子が狂う。

「わからないのね。では教えてあげましょう」

 つむぎは一度まばたきをしてから、淡々と言った。

「まず、五月女さんが言った、10時40分の時点で購買のパンは残っていた、だから犯人は授業をサボった生徒に限られる——ここが間違い」

「ふざけないで。佐竹さんは、20分休みの終わりにはまだパンが残っていたって——」

「言ってないわ」

 きっぱりと遮る。

「佐竹さんが言ったのは、二段目の番重を開かなかった、その場を離れていない、それだけ」

 つむぎはそこで一瞬、言葉を切った。

「……」

 嫌な予感がした。

「おい、つむぎ」

「……五月女さん、かわいい」

 寝ている。寝言が始まった。

「違う! そこじゃない!」

 肩を軽く揺すった瞬間、つむぎが薄目を開けた。

「……構図が逆」

 またか。昼にも言ってたな。何と何が逆なんだ。ちゃんと主語を言え、頼むから。

「何がだ!」

「パンの味……」

 そのまま、再び静かな寝息。座ったまま眠り始めたぞこいつ。しかも人前で会話しながら。

 生徒会室に流れる沈黙。どうすんだこれ。

 その沈黙を、五月女先輩が破る。

「ちょっと! 一番大事なところでしょう!」

「……副会長。多分すぐには起きないです。起きる前に僕が推理します」

 つむぎは断片的だが、真相に迫るヒントは落としていった。たぶん。

 ——構図が逆。

 ——パンの味。

 ——10時40分時点で二段目に残っていたとは言っていない。

 ——言ったのは、開けていない、その場を離れていない、だけ。

 そう言えば昼休みにはこうも言っていたな。

 ——保健所案件。

 これらからわかることは、一体なんだ?


《解決編に続く》

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