35歳の社畜、高校時代にタイムリープして「全肯定してくれる幼馴染」との幸せな未来を掴み取る。二度目の人生は、もう二度と君の手を離さない

しゃくぼ

第1話:地獄からの帰還

意識が遠のく直前、俺が最後に見ていたのは、深夜二時のオフィスに青白く光る液晶画面だった。 鳴り止まない電話、積み上がる納期、そして耳元で罵声を浴びせてくる上司の顔。 心臓がぎゅっと握りつぶされるような痛みに襲われ、俺、成瀬拓海の人生は、たった三十五歳で幕を閉じるはずだった。


それなのに。


「……瀬。おい、成瀬、起きろ」


低く、どこか懐かしい声が鼓膜を叩いた。 ゆっくりと目を開ける。 最初に見えたのは、白く剥げかけた天井。次に、使い古された木の机と、窓から差し込む眩しすぎるほどの午後の陽光だった。 鼻をつくのは、汗の匂いとチョークの粉、そして誰かが食べているパンの甘い香り。 オフィスビルの無機質な空気とは、あまりにかけ離れている。


「成瀬、具合でも悪いのか? 授業はもう終わったぞ」


隣を向くと、そこには驚くべき人物がいた。 高校時代の親友、佐藤だ。 だが、おかしい。俺の記憶にある佐藤は、仕事のストレスで頭髪が寂しくなり、メタボ気味の体型をしていたはずだ。 今目の前にいるのは、肌にハリがあり、若々しい制服に身を包んだ、紛れもない高校生の佐藤だった。


「……佐藤か?」


「なんだよ、寝ぼけてんのか。早く帰らないと、また掃除当番を押しつけられるぞ」


俺は震える手で、ポケットの中を探った。 出てきたのは、最新型のスマートフォンではなく、懐かしい二つ折りのガラケーだ。画面を確認する。 二〇〇七年、四月二十二日。 俺が三十五歳から、十七歳の自分へと逆戻りした。その事実が、冷酷なまでに鮮明に突きつけられた。


心臓の鼓動が早くなる。 夢じゃない。もしこれが夢だとしても、この生々しい空気の感触は、地獄のような社畜生活よりよっぽど現実味がある。 俺はふらつく足で立ち上がり、教室の窓際に目をやった。 そこには、クラスの連中が遠巻きに眺める中、一人で読書に耽る一人の少女がいた。


白雪凛。 その美貌から「氷の女王」とあだ名され、誰一人として近づくことを許さない、学校一の美少女。 そして、俺が前世で、一生消えない後悔を背負うことになった、唯一無二の幼馴染。


凛は俺の視線に気づいたのか、ページをめくる手を止め、冷ややかな瞳をこちらに向けた。


「何、拓海。……私の顔に、何かついてる?」


その声。 前世の最後、心を壊してしまった彼女が、二度と発することのなかった、凛とした透明な声。 俺の胸の奥が、熱い塊で満たされた。 前世での俺は、彼女に憧れ、彼女の傍にいたいと願いながらも、その冷たい態度に気圧され、肝心な時に手を差し伸べることができなかった。 彼女が家庭の問題で苦しんでいた時も、クラスで孤立していた時も、俺はただの無力な高校生として、遠くから眺めていることしかできなかったのだ。


結果、彼女は卒業を待たずに転校し、数年後に届いたのは、彼女が自ら命を絶とうとしたという、風の噂だった。 俺は三十五歳になるまで、その罪悪感を消すことができなかった。


だが、今は違う。 俺の中身は、理不尽な社会に揉まれ、人心掌握も、トラブル解決も、相手の顔色を伺うことも嫌というほど叩き込まれた、三十五歳の大人だ。 幼馴染の不器用なサインを見逃すほど、もう子供じゃない。


俺は佐藤の制止を振り切り、凛の机の前へと歩み寄った。 凛は眉をひそめ、防衛本能からか、本を強く抱え込む。


「……邪魔。どいてくれない?」


突き放すような言葉。 クラスの連中が「また成瀬が撃沈されるぞ」とクスクス笑う声が聞こえる。 以前の俺なら、ここで顔を赤くして逃げ出していただろう。 だが、今の俺には見える。 彼女の細い指先が、わずかに震えているのが。 冷たい言葉とは裏腹に、彼女の瞳が「行かないで」と叫んでいるのが。


俺は無言で、彼女の頭に手を置いた。


「え……っ、な、何……っ!?」


凛が目を見開く。 頬がみるみるうちに赤く染まっていく。 「氷の女王」が初めて見せた、年相応の動揺。


「今まで一人にして、悪かったな、凛」


「は……? 何を、急に……」


「もう、無理して笑わなくていい。冷たくしなくてもいい。俺だけは、お前の味方だから」


俺は最大限の包容力を込めて、優しく微笑んだ。 三十五年の人生で培った、本気の微笑みだ。 凛は毒気を抜かれたように、呆然と俺を見上げている。 その瞳の奥に、じわりと涙が滲んだのを俺は見逃さなかった。


「……拓海、変。変だよ……」


そう言いながらも、彼女は俺の手を振り払おうとはしなかった。 それどころか、制服の裾を、小さな子供が親に縋るように、ぎゅっと掴んできた。 これが、彼女の本当の姿。 誰よりも愛に飢え、誰かに全肯定されることを望んでいた、一人の少女の姿だ。


俺は彼女の手の上に、自分の手を重ねた。 温かい。 この温度を、もう二度と失わない。 例え歴史がどう変わろうと、俺が持てるすべての知識と経験、そして大人としての包容力を使って、この子を幸せにしてみせる。


「帰ろう、凛。今日は、お前の好きなアップルパイを買ってやるから」


「……バカ。私の好きなもの、まだ覚えてたの?」


「忘れるわけないだろ。お前のことは、全部知ってる」


凛の顔が、ゆで上がったように赤くなる。 俺は確信した。 二度目の人生、これは神様がくれた、償いのためのチャンスだ。 成瀬拓海の、命を懸けた「幼馴染溺愛生活」が、今ここから始まる。


俺はもう、二度と君の手を離さない。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

あとがき

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