その翡翠き彷徨い【第88話 光の方へ】
七海ポルカ
第1話
ガチャガチャと大量のインクを入れた木箱を抱えて、エドアルトは天宮の一画にやって来た。
「ふーっ」
扉を開けると、おびただしい本の量。
「メリクー?」
本を避けながら辛うじて通れる道を通り、中ほどまで入って来る。
「こんにちはー! ……留守かな?
それにしても来るたびに本が増えてないか この部屋」
キィ! と声がした。
「よう。お前のご主人様たちどこ行ったんだ?」
赤蝙蝠が本棚の上に留まっている。
青い瞳でエドアルトを見て、首を傾げるような仕草をしていた。
「うわー あんなにいっぱい作ったのにこっちのインクもう無い!
また作って来ないと。とりあえず持ってきましたってメモでも置いておいて一旦戻るか……メモ紙メモ紙……ん?」
紙片を探していると、ぽす! と赤蝙蝠がエドアルトの背中に降りてきた。
「なんだよ。ラムセスさんとメリクがあんまりにも気にしてないから俺もなんとか気にしないようにはしてるけど、お前炎が吐けること、俺知ってるんだからな。
俺もバットは雛から育てたことあるけど、毒吐く奴は小さい頃から毒を弱らせながら育てれば飼えるようになるけど炎は炎だから防ぐの無理だぞ
あと今ここで炎吐かれたら確実に本に燃え広がるから絶対やめてほしい。
毒のは飼ったことあるけど、炎のはないからなんか怖いぞおまえ……」
キュイキュイッと鳴いている。
「あんま可愛い声出すなよ……おまえら可愛い声の時ほど威嚇行動してるって知ってるんだからな俺は……人の背中の上で鳴くなっ どきなさい!」
「なーにしてんだよ」
ラムセスが入って来る。
「あっ ラムセスさん! こんにちは、インクまた作って来たので置いておきます」
「うん。ありがとう」
積み上がった本をポイポイ投げながら、ラムセスが返した。
「これからもっと必要になるからどんどん作っておいてくれ。
材料費そこにある金目のもの持ってっていいから」
「分かりました! ……ラムセスさんなんか来るたびに本増えてませんか?」
「増えてるよ。増やしてるからな。天宮中から貴重な魔術書とか聖典を集めてる。
とにかく時間が足りん。
くっそ~ メリクが目が見えたらな! 書物集めは全部あいつに任せられるのに!
ウリエルの奴ややこしい召喚の仕方しやがって……おかげで俺がこうやって自分で汗を掻かなきゃならん! 俺は死ぬほど忙しいんだぞ! ったく今に見てろよそのうちあいつにガツンと文句言ってやるんだ俺は」
「メリクはどこですか? 出掛けてる?」
「ああ。もうこの部屋本でパンパンだから、向かい側の部屋も全部物出して俺の研究室にしてやった。メリクはそっちにいるよ。
その1お前さ、暇だったらもう一つ隣の部屋も今のうちに開けといてくれないか」
「あの武器庫みたいなとこですか?」
「うん」
「暇ですし、いいですけど、中身はどこに移動すれば?」
「ん? そんなもん表に出しておけよ」
「ええっ⁉ お、怒られないですか⁉」
「うん。別に怒られなかった。向かいの部屋もよく分からんガラクタの倉庫みたいになってたけど、全部外に出した。窓から捨てたし。知らんうちに綺麗になってたよ」
「誰かが掃除してくれたんでしょ! お礼ちゃんと言いましたか?」
「お礼ちゃんと言いましたかって……誰か分からんのに誰に礼を言うんだよ……平気だよここは天宮だぞ。燃えるゴミと燃えないゴミに分類して曜日を守って出しなさい! なんて細かいことは言わない世界なんだよ」
「そ、そうかなぁ~~~⁉」
「とにかく頼むぞ。俺は忙しい!」
本を抱えて出て行こうとする。
「あ、あのラムセスさん!」
「おわっ! お前引っ張るなよ」
「すみません。けど、あの……【ウリエル】について地上に行くって決めたのホントなんですか?」
「ホントなんですかってホントだから急いで今本読み込んでるんだろ……。あんまり無駄話をさせるなよ。今あんまり喋ると口から暗記した言葉が飛び出しそうなんだよ」
「アミアさんが驚いてました。メリクは本調子じゃないんだし、あんた説得して来て! って言われちゃって。
【天界セフィラ】に残るのは構わないから、アリステア王国には行かないでくれって。
ウリエルは本当にアリステアで天界軍を迎え撃つつもりみたいだから……」
「アリステアには行かん。まあウリエルが俺達を呼び出したら行かざるを得んがな。
ただ今のところ【ウリエル】はこの先無理に【天界セフィラ】から手勢を連れてったりする気は無いようだ」
「そうなんですか」
重かったのでラムセスは一度本をテーブルに置いた。
「まあアリステア戦がどうなるかだな。
そこを切り抜ければ【天界セフィラ】と【ウリエル】の関係は決定的になるはず。
そうしたら今もほったらかしになってるウリエルに召喚された者達も、各々忠誠をどこに誓うかを求められる。その時は俺達は【天界セフィラ】を出て行くよ」
「【天界セフィラ】による地上のアリステア王国侵攻が行われなければ、今のままでいられるんですか?」
「必ずアリステア侵攻は行われるさ。」
ラムセスは壁に寄り掛かり、腕を組んで小さく笑った。
「な、なんでですか……?」
「まあ、キナ臭いというか、精霊がそう言っているとでも言っておこうかな。
賢者っぽいだろ」
「メリクが【ウリエル】と行くなんて、らしくないです。
あの人は戦いを好むような性格じゃないし」
「いいじゃないか。師匠だってたまにはらしくないことしたくなるよ」
「でも、命の問題だから……」
「すべてはメリクに決めさせることだ。
それに命の問題じゃない。魂の問題だ。
おまえも今自分がまだ精神体だということを忘れるなよ。
自分の魂を偽っても、今は死ぬんだ」
「……。」
「いいか。命の緊張感を持って一人一人が己の運命を決めるんだ。
母親が言ってたから俺もとか絶対やめろ!
そんなことを言ってる奴から魂は消滅するのを肝に銘じておけ!
第二の生に家族とか全然いらん!
家族会議禁止だ!
はみ出せ家族から!
家族の声とかお届けするな!
俺もメリクもそんなもん全然すこしも聞きたくない!」
エドアルトはまだ、何かを言おうとしたが、やめた。
「新しい部屋の掃除は、俺に任せてください!
数日後にはミルグレンもこっちの方に来ますから、インク作りも部屋の掃除もお手伝い出来ます! あとエヴァリスさんが……もし手伝えることがあったらこちらに来てもいいと仰ってました」
「ダレそいつ?」
がく、とエドアルトは肩を落とした。
「魔術以外のことほんと興味ないんですね……アミアさんのお姉さんです……」
「なんだまだ一族いたのか。そういやちょっとどっかで聞いたことあるようなないような……小出しにしないで一気に出て来いよ」
「メリク元気ですか?」
「元気だよ。俺は自分で言ったことを自分では記録出来んから、ちょっとしたことでもメリクに記録してもらわなきゃ困るんだ。
とにかくいつ追放されるか分からん。
書物を読むだけ読んどかないと。
とにかく今は暗記だ。
頭に叩き込むんだ! 暗記には集中と気合! それだけでいい!」
ラムセスは本を抱えて、飛び出して行った。
「……なんか……やっぱりすごい人なんだな、魔術師ラムセスって……魔術師なのにあんなに覇気がある人初めて見るよ……」
キュイキュイと鳴いている。
「ラムセスさんはああ言ったけど、ミルグレンにも俺、口止めされてるんだよ。
家族会議の内容は絶対メリクには聞かせるなって。
なにか耳に入れるだけでも、メリクを迷わせたり困らせたりするかもしれないから、絶対何も聞かせるなって。
ミルグレンはメリクが何を選んでも自分はそっちについて行くってさ。
俺だってそうだけど、あいつのああいう意志の強さはちょっと尊敬するんだよなー」
エドアルトは赤蝙蝠を抱えたまま部屋の外に出た。
斜め向かいの部屋を開くと、本当に武器の倉庫のようになっていた。
「うー……確かにこれは……全然手付かずでホコリ被ってるな……よーし……」
腕まくりをして、エドアルトはその隣の部屋が少し気になったので、そっと開いてみた。
中を窺うと、窓辺にラムセスとメリクが座っていた。
ラムセスは本を読み込んでいて、その時々思ったことや興味を口に出す。
そばで聞いているメリクが大事だと思うようなこと、後々研究に展開していけるような話題、数値を部分的にも抜粋して紙に書き出して行くのだ。
メリクが使っている特別なインクは、サンゴール宮廷魔術師の本拠地だった【知恵の塔】で記録を長く保つために魔石を使って劣化を防ぐ、秘術の一つらしい。
魔石をインクに混ぜ込んでいるので、魔力を辿って目の見えないメリクでも書きやすいという利点もある。
ラムセスは別にメリクに話しかけているわけではなく、ひたすら自分の頭に内容を叩き込むことに集中しているのが分かる。
魔術が分からないと、どれが必要な単語で話題なのかも判別が出来ない。
確かにあれはメリクじゃないと出来ない仕事だ。
目が見えないことを苦もせず、メリクはラムセスの側で黙々とペンを動かしていた。
集中力の必要な仕事だ。
メリクがすごいのは、明らかにメリクに対して話していたわけではないラムセスが突然、何か問いを振っても、驚くこともなく普通に自分の考えを返せている所である。
ラムセスの気迫がとにかくすごいので、エドアルトはミルグレンに「今はメリク様の邪魔しに行っちゃダメ!」と言われているのを、インク届けを理由に一足先に見に来て、メリクが多忙に疲れ切っていないか、確認しに来たのだが、
(でも……大変そうだけどなんか、メリク前より少し元気に見える)
魔術に関わっているからだろうか?
エドアルトにとってメリクは偉大な魔術師とは思えないくらい優しくて大らかでのんびりした印象の人だが、ラムセスの側にいるメリクはちゃんと、近づき難い、知恵の使徒――魔術師らしい人に見えた。
真剣な表情。
きゅ……と鳴きそうになった赤蝙蝠を慌てて押さえ込んで、エドアルトは扉を閉めた。
「……あれがサンゴール時代のメリクなのかな。
確かに俺たちと旅してた時とは、なんか全然雰囲気が違う感じだ」
『このままウリエルに追従して地上に行くよ』
一週間ほど前、メリクから打ち明けられた。
『勿論、不必要だと言われない限りだけど』
ウリエルの周囲はバラキエルを討ち取ってからしばらく不思議な静けさに包み込まれていたが、ウリエルがアリステア王国の者と接触したりと、少しずつ何かが起こり始めていたのはエドアルトも感じていた。
ウリエルはこれからの旅に手勢をあまり同行させる意志はないようだった。
彼女は【天界セフィラ】にもう戻るつもりはないらしい。
しかし戻る気はなくとも【天界セフィラ】の濃い魔力や精霊の大気に慣れているウリエルは、地上であるエデンにいると、己を保てなくなる可能性もあるらしい。
精神体に移行して、実体を維持出来なくなると、やがて消滅する。
それは【四大天使】と呼ばれる魔術師でも同じ理なのだ。
それでも彼女は【天界セフィラ】には戻らないし、
禁を破って地上に影響を及ぼそうとしている天界軍を止めようとしている。
いずれ、【天界セフィラ】と地上のエデンは、接触出来ない状況になるのだという。
しかし天使の中ではそれを可能に出来る、つまり二つの異界同士が今のように行き来出来るほど近づいているならば、それを維持できるほどの力を持つ者がいるようなのだ。
恐らく【四大天使】にはそれが不可能だとウリエルは言っていたため、
【
しかし本来異界が繋がっているのは、非常に良くない不自然なことなのだとか。
【エデン天災】も異界とエデンが繋がった千年に一度の災厄だったのだ。
あの【次元の狭間】から、異界の魔物がエデンを襲った。
エドアルトの記憶にもそれは新しく、
二つの異界が繋がっていることは良くないという、その言葉だけは何となく分かった。
エドアルトにとってもアリステア王国は祖国だ。
思い出がある。消滅しては欲しくない。
気持ちだけを言えば、エドアルトにもウリエルと共に戦いたいという気持ちはあった。
【天界セフィラ】のやろうとしている地上介入は、やはり間違っている気がするから。
――でも、エドアルトは一つ決めていることがあった。
天界のことも地上のことも、深いことは分からないけれど、母親にはウリエルが禁呪を使って地上での第二の生を望む者に再びの肉体を与え、自分の運命と切り離すと言っているので、それに応じるよう説得するつもりだった。
幸い、アミアカルバがウリエルの行動にも疑念を抱いているので、彼女達はその再びの地上の生を選ぶ流れになって行ってるためエドアルトは静観しているが、
もし母親がウリエルの提案を拒んで【天界セフィラ】の住人として生きて行くことを選んだなら、自分のありとあらゆる思いを話して、説得しようと心に思っていた。
今は正式に肉体を得てはいない。
だから【天界セフィラ】で礼拝するのも、地上で穏やかでいるのも、好きにしてほしい。
だが未来永劫【天界セフィラ】で生きては欲しくなかった。
ここが平和なら、そして世界が平和なら天界の住人となって暮らしてくれても良かったが、今は何かが違うと彼は思った。
生前母親のオルハはエドアルトが修行の旅に出てる最中、街を襲撃した不死者に殺されてしまった。
結局エドアルトもアリステア王国には戻れなかったのだから、それは避けられなかったのだけど、第二の生には父親のキースもいる。
エドアルトは母親とキースには今度こそ人として平穏な暮らしをしてほしかった。
キースがそれを拒むなら、土下座したっていい、母と生き直してくれと頼み込むつもりだった。
キースもやはり自分に第二の生を与えたウリエルには恩義を感じているらしく、彼女の行く末を案じていた。
それはエドアルトと同じだった。
それでもキースが当然のように母よりウリエルの戦士となることを選んだら、エドアルトは怒りを覚えたと思う。
キースは迷っているようだった。
その姿に、安堵した。
ちゃんと父は、母を想ってくれている。
母もキースに気を遣っていて、結局あの二人はお互いが大切すぎるのだとアミアカルバが呆れたように言っているのに妙に納得してしまった。
二人が向き合ってお互いの望みや、第一の生で失ったものを考えれば、おのずと答えは出るはずだというその言葉に頷いた。
自分が出て行くまでもないというのがエドアルトの見立てだった。
エドアルトは、幼い頃は確かに母と父と三人で暮らしたかったという願望も持っていたが、今は自立心の方がずっと強い。
母の側にキースがいてくれれば、二人の代わりに自分が世界の平和の為に働こうと思っていた。
だがウリエルの意図も【天界セフィラ】の【熾天使】たちの意図も、人の世の平和とは明確に結びついているとは言えないことが見えて来た。
エドアルトはそれよりは、地上に戻り、生前のように旅をしながら行く先々で人助けをしたいと思っているのだ。
第一の生で、メリクが言ってくれた言葉をこんな時は思い出す。
大きな力で不幸に巻き込まれる人は確かにいる。
だが小さな不幸にさらされている人たちも同じように存在する。
そのどちらも、全てを救うことを望むなどは、無理なことなのだ。
最善は尽くしても、どこかで見切りはつけねばならない。
誰を、何を守りたいのか。
それをちゃんと自分の中で決めようと思った。
エドアルトにとって一番守りたいのは、決して【ウリエル】ではなかった。
し再びの命を与えられるなら、彼女とは決別する覚悟はしていた。
だからメリクが、ウリエルと共に行くと言った時、驚いた。
もちろん【天界セフィラ】に残らないという選択肢はエドアルトと同じでも、ウリエルと決別して生きて行くと思っていたから。
確かにウリエルと共に戦うことが目的ではないようだが、
呼ばれれば天界軍相手に戦うことになるかもしれないとも言っていた。
メリクは今、目さえ見えず、不完全な体なのだ。
それでエデンの魔術師には太刀打ち出来ないような魔力を保有する天界軍と戦うなど、いくらメリクが優れた魔術師でも危険すぎると思った。
【ウリエル】は力を失いつつある。
メリクを守り切れるとどうしても思えない。
召喚主であるウリエルを失えば、彼女から魔力を得ることが出来なくなり、
いずれ自分たちは魔力が枯渇し、消滅する。
禁呪により肉体を得ることが出来れば、
そういう危険からは遠ざかることが出来る。
何かあれば死ぬ体にはなるけれど、
突然消滅して消えたりはしない。
みんな帰るべきところに帰ると思ったのに……。
そう言われて、ふと、メリクはどこに帰りたいのだろうと考えた。
ミルグレンは揺るぎなかった。
「私はメリクさまと一緒に行く。」
彼が何を選ぼうと、ついて行くというのだ。
母親のアミアカルバはもう諦めているようで、しかし失望しているというより「だってあの子、国にいた時より遥かに自分の身の回りのことが出来るようになり、大人になり、幸せそうなんだもん」と苦笑していた。
一人一人が、選べと賢者ラムセスは言っていた。
確かにそうかもしれない。
メリクは今はアミアカルバとの関係も良好に見えるが、
だからと言ってあまり、彼女達の枠組みの中に入ってこようとはしていなかった。
師であるというリュティスとは、召喚されてからまともに話してもいないし、ミルグレンの話ではあの二人の関係性は何も変わっていないという。
一人一人が、神の思惑など何も知らない所で、
選び取った尊いものが、確かにある。
第二の生を大切な人たちと再び過ごせると嬉しすぎて、
それを自分はちゃんと見えていなかった。
取り戻せる時間は嬉しいけど、
だからと言って過ぎ去った時間や選択が、その下になることはない。
同じくらい大切なはずだ。
ミルグレンの揺るぎなさに、自分は教えられたと思った。
自分は今度の生では母親や家族を守らなければならないと思っていたけど、今そうすれば今は守れるが、守れなかった過去が変わるわけではない。
慰めにも、贖罪にもなる。
悩むエドアルトに声を掛けたのは母親のオルハだった。
「私は、貴方を誇りに思うわ。エディ。
貴方は旅に出て、大切な、師と呼べる人とちゃんと出会い、
強くなって世界を覆っていた霧を振り払ってくれました。
貴方はもう、誰かを守れる人なのです。
私ではなく、貴方を必要とする誰かの為にその力を使いなさい。
それが母として願う、貴方の幸せです」
「母さん、俺は……」
たった一人で、多分【次元の狭間】は閉じれないだろうと見立てながらも、あの白い朝に旅立って行ったメリクの姿を、エドアルトはまだ鮮烈に覚えていた。
『俺がもっと強かったら、一緒に連れて行ってもらえたんですか』
『いいや。連れて行かないよ』
死へ続く道を振り返って、メリクは微笑ってくれた。
そうしてエドアルトを引きずり込もうとする自分の因果から、
魂を守ってくれたのだと思う。
メリクは国の為に戦った師の為に殉じた。
それはエドアルトだけがメリクに聞かされていることだから、ミルグレンにも、リュティスにも話していない。
リュティスとメリクの間には、確かに何か、他者が簡単に気安く触れてはいけない、
どうにかしようとしてもいけない何かがある。
ただ、彼の為にメリクは死地に赴くことを決めたのだから、
今度の第二の生では共にいることを選ぶのかと思ったら、
メリクはそんな平穏ではなく、力を失いつつあるウリエルに追従して戦うことを選んだ。
これが多分サンゴール王国を出奔した彼の覚悟と、痛みと、真実なのだと。
『俺は、とにかくメリクと共に行こうと思う……』
エドアルトがそう告げると、母親は満足気に頷き、微笑んでくれた。
「いってらっしゃい、エディ。
貴方の選び取った道は、貴方の手で正しいものにして行くのよ。
信じられるものに。
第一の生で、貴方がそうしたように。
第二の生でもきっとそう出来る」
自分を送り出してくれた母にエドアルトは深く感謝した。
メリクもきっと、何かを見つけたいと思っているのだ。
第一の生とは違う、何かを。
自分自身を、かもしれない。
メリクが去ったあの時、エドアルト本当はついて行きたかった。
だから今度は、ついて行く。
(今はただ、自分の出来ることを精一杯するんだ)
それにメリクの側にいつの間にか、
ミルグレンの他に、それを凌ぐほどの光を纏った男が現れた。
直感と言っていいのかもしれない。
エドアルトは魔術は使えないが、
ラムセスとメリクを見る時、これでいいんだと強く思うことがある。
(似てるんだ、あのひと)
出会った頃のメリク自身に。
エドアルトもメリクに会って、色んな大切なことを学べた。
教えてもらい、自分の物の見方が変わり、
正しいことをより多く出来るようになったと思う。
あの時のエドアルトが今の迷えるメリクで、
きっとラムセスがあの時のメリクなのだ。
彼はきっと、メリクを光の魔術で守ってくれるはずたった。
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