俺と美少女転校生だけの文芸部を、幼なじみがやけに覗いてくる

696首

第1話 部員が、俺ひとりだったはずの部活に




 放課後の校舎は、いつも少しだけ静かになる。

 運動部の掛け声も、文化部の雑談も、帰宅する生徒の足音も、時間が経つにつれて薄まっていく。その中で、俺は今日も一人、旧校舎の一番奥にある部室へ向かっていた。


「……誰もいないの、分かってるけどさ」


 小さく呟きながら、鍵を開ける。

 がちゃり、と乾いた音。開いた扉の向こうには、見慣れすぎた光景が広がっていた。


 机が二つ。

 本棚に並んだ、誰にも借りられないままの資料。

 ホワイトボードには、半年前に俺が書いたまま消していない部活目標。


『ゆるく、楽しく、続ける』


 この部活――仮にも名前はあるが、今や部員は俺ひとりだ。

 廃部になる条件は満たしているはずだが、顧問の先生がなぜか放置しているおかげで、形だけは残っている。


 だから俺は、こうして毎日「活動」している。

 誰もいない部室で。


「今日も平和だな……」


 鞄を机に置き、椅子に座る。

 スマホを取り出して時間を確認すると、まだ十分ほどは自由時間があった。


 ――そのとき。


「……あの」


 控えめな声が、部室の外から聞こえた。


 俺は一瞬、聞き間違いかと思った。

 この部室に、俺以外が来ることなんて、ここ数か月一度もなかったからだ。


 だが、確かに聞こえた。

 人の声だ。


「……はい?」


 恐る恐る返事をすると、扉が少しだけ開いた。


 そこに立っていたのは、見知らぬ女子生徒だった。


 長い黒髪。

 派手ではないが、整った顔立ち。

 制服の着こなしもきちんとしていて、どこか落ち着いた雰囲気がある。


「あの……ここ、〇〇部で合ってますか?」


 丁寧な口調でそう尋ねられて、俺は一拍遅れて頷いた。


「そ、そうだけど……」


 すると彼女は、ほっとしたように微笑んだ。


「よかった。ここで合ってたんですね」


 その笑顔が、やけに目に焼き付いた。


「えっと……用事は?」


 俺がそう聞くと、彼女は少しだけ背筋を伸ばして言った。


「私、今日からこちらの学校に転校してきました。

 一年の、桜庭しおりです」


 転校生。

 その言葉だけで、俺の頭は一瞬フリーズした。


 この学校に転校生が来た、という噂は聞いていた。

 だがまさか、その本人が、よりにもよってこの部室に来るとは思っていなかった。


「……えっと、俺は二年の、相沢悠斗。

 一応、この部活の――」


 部長、と言いかけて、言葉に詰まる。

 部員が一人しかいない部活の部長というのも、なんだか間抜けな気がした。


「――部員です」


 正直にそう言うと、桜庭は一瞬きょとんとしたあと、くすっと小さく笑った。


「部員、ですか?」


「……はい」


 否定できないのがつらい。


「じゃあ、ここは……」


 桜庭は部室を見回してから、少し首を傾げた。


「今は、相沢先輩お一人なんですね」


「そうなるな……」


 先輩、という呼び方に、少しだけむず痒い気持ちになる。

 俺が返事をすると、桜庭は迷いのない声で言った。


「よかったです」


「……え?」


「私、この部活に入りたくて来たんです」


 一瞬、意味が理解できなかった。


「……はい?」


「入部希望、です」


 そう言って、彼女は小さく頭を下げた。


「今日、校内を案内してもらっていて、部活一覧を見たときに、この部活が気になって。

 それで、場所を聞いて来ました」


「いや、でも……」


 俺は慌てて立ち上がった。


「この部活、今ほとんど活動してないというか……

 というか、俺しかいないし……」


「それでも大丈夫です」


 即答だった。


「一人でも続けている、って聞いて。

 それなら、私にも合うかなって思って」


 理由が、思ったよりちゃんとしていた。


「……本当に、いいのか?」


「はい」


 桜庭は、まっすぐ俺を見た。


「相沢先輩がよければ」


 そんなふうに言われて、断れるわけがなかった。


「……じゃあ、よろしく」


「はい。よろしくお願いします、先輩」


 その日から、

 俺の部活は、「一人」じゃなくなった。


 *


 次の日の放課後。


「へえ、転校生が入ったんだ」


 そう言ったのは、幼なじみの佐倉ひなただった。


 教室を出たところで声をかけられ、昨日の出来事を話しただけなのに、ひなたは妙にあっさりした反応を見せた。


「清楚系?」


「まあ……そうだな」


「ふーん」


 にこっと笑って、ひなたは言う。


「よかったじゃん。部員ゼロじゃなくなって」


「まあな」


 それだけの会話。

 それだけのはずだった。


 なのに。


「……どんな子?」


 ひなたは、ほんの一瞬だけ視線を逸らしてから、そう付け足した。


「え?」


「いや、別に深い意味はないけど」


 そう言って笑うが、その笑顔の奥に、今まで見たことのない何かがあった気がした。


「……可愛い?」


 その一言に、俺はなぜか答えに詰まった。


 そして気づかなかった。

 その日から――

 部室の前を、ひなたがやけに通るようになったことに。






第1話 部員が、俺ひとりだったはずの部活に

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る