第34話 正しい人ほど、現場に向かないと言われる
現場フロア・午後。
午後3時過ぎ。
臨時の打ち合わせ。
議題は、
最近増えている軽微なトラブルについて。
進行役の課長が、
ホワイトボードに
箇条書きを並べていく。
課長
「まあ、
大きな問題じゃないんだけどね」
課長
「現場で
うまく回してもらえれば」
数人が、
うなずく。
誰も、
具体的には言わない。
佐伯ミナは、
後方の席で
静かに聞いている。
課長
「……以上かな」
一拍。
佐伯
「確認してもよろしいですか」
空気が、
一瞬だけ固まる。
課長
「……どうぞ」
佐伯
「“現場で回す”とは、
どの判断を
誰が行う想定でしょうか」
課長
「いや、
そこは臨機応変に」
佐伯
「判断基準は
共有されていますか」
課長
「……細かいな」
小さな笑い。
課長
「佐伯さん、
それ、
現場向きじゃないよ」
佐伯
「理由を
お願いします」
課長
「空気、
読めないから」
周囲が、
目を伏せる。
誰も、
否定しない。
佐伯
「空気とは、
規程でしょうか」
課長
「いや、
そういう意味じゃなくて」
課長
「実務って、
もっと
ざっくりやるもんでしょ」
佐伯
「“ざっくり”の範囲を
教えてください」
課長
「……」
沈黙。
課長
「正しいんだけどさ」
この言葉が、
落ちる。
課長
「正しすぎるんだよ」
課長
「現場って、
もっと
柔らかくないと」
佐伯
「柔らかさは、
何を
守るためのものですか」
課長
「……人間関係」
佐伯
「人間関係を
優先した結果、
判断が誤った場合の
責任は」
課長
「……佐伯さん」
課長
「そういうところだよ」
決定的な一言。
課長
「だから、
正しい人ほど
現場には
向かないんだ」
空気が、
決まる。
佐伯は、
それ以上
話さない。
会議後。
廊下。
田中が、
後ろから
追いつく。
田中
「……あれ、
きついですね」
佐伯
「事実です」
田中
「え?」
佐伯
「現場は、
速度と
関係性を
優先します」
佐伯
「正しさは、
減速要因です」
田中
「……それって」
佐伯
「評価軸の違いです」
田中
「じゃあ、
佐伯さんは
間違ってない?」
佐伯
「間違っていません」
即答。
佐伯
「ただし、
歓迎も
されません」
田中
「……きついな」
佐伯
「実務とは、
目的に
よって定義が
変わります」
佐伯
「“問題を起こさない”ことが
目的なら、
私は過剰です」
田中
「……過剰」
佐伯
「はい」
佐伯
「正論は、
過剰だと
嫌われます」
田中は、
言葉を失う。
佐伯の席。
端末に、
内部メモが届く。
「現場対応は、
専門部署に
集約する方向で検討」
佐伯は、
読み終え、
閉じる。
表情は、
変わらない。
佐伯・心の声
(現場から、
遠ざけられる)
(正しいから)
ナレーション
正論は、
現場で
歓迎されない。
正しさは、
効率を落とし、
空気を止める。
だから、
“非実務”という
ラベルが貼られる。
ここは、コミュニケーション許可局。
佐伯ミナは今日、
正しかった。
そして、
現場に
向かない人間として
整理された。
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