空想具現化チート! 〜22世紀の夢(アーカイブ)で絶望異世界を救います〜

@powder01

第1話 目覚めたら草原、隣には妖精...なのか?

「――目覚めなさい。世界を救う、愛すべき『欠片』よ」

深海に沈んでいるような暗闇の中、鈴を転がすような透き通った声が響いた。 どこか慈愛に満ち、同時に抗いがたい威厳を持ったその声に、俺、天野カナデは抗うことなく意識を浮上させた。

確か俺は、自室で『大長編ドラ●もん』の全集を読み返し、至福の中で寝落ちしたはずだ。 そのはずなのに、視界の裏側に直接語りかけてくるこの「女神」のような声は、あまりに現実離れしていた。

「むこうの世界は今、絶望に喰らわれようとしています。人々の心は枯れ、夢を見る力すら奪われようとしている……。どうか、あなたの内に眠る『空想の力』で、かの地に光を灯してほしいのです」

空耳、ではない。脳が、魂が、強制的に納得させられていくような感覚。 俺は自分の体が、光の粒子となって分解され、見たこともないほど遠い場所へ再構成されていくのを漠然と感じていた。


瞼を開けると、そこには暴力的なまでの「青」と「緑」が広がっていた。

吸い込まれるような澄み切った空。地面は絨毯のように柔らかい芝生に覆われ、風に乗って甘く花の香りが運ばれてくる。見たこともないほど色鮮やかな草花が、まるで宝石のように自ら光を放っていた。 明らかに東京のワンルームマンションではない。ここは……どこだ?

「……よかったぁ。意識レベル、正常値。接続、良好ですぅ」

すぐ隣から、今度はもっと幼く、そして艶のある声が聞こえた。 反射的に体を起こした俺は、その「光景」に息を呑んだ。

そこにいたのは、俺の理想を形にしたような美少女だった。 絹のような銀髪をなびかせ、少し眠たげな大きな瞳。白く細い肩を大胆に露出した、透けるようなレースのドレスを纏っている。背中には小さな羽が羽ばたき、宙にふわりと浮いている。そのプロポーションは……なんというか、男の夢が詰まっているとしか言いようがない。

「……あ、あの。もしかして、あなたがさっきの女神様?」 「あはは、違いますよぉ。私は女神様に遣わされたガイド妖精、シズリスです。カナデさんの脳内をチラッとスキャンして、一番好感度が高い姿で具現化してみました。……どうですか? ムラムラします?」

いきなりの直球に、俺は思わずむせた。 「……えっ。あ、いや、うん。すごい可愛いけど、なんだその質問!?」 「質問の答えは『はい』ですね! よかったぁ。これでエネルギー回収効率も上がりそうです」

シズリスと呼ばれた少女は、俺の反応に満足げに頷いた。 「カナデさん。ここは、女神様が管理する異世界『アルカディア』。魔王軍によって失われゆく希望を取り戻すため、カナデさんは『賢者』として召喚されたんです。さあ、まずは私に『ごはん』をください」

「ごはん?」 「ええ。あなたの胸に眠る、熱くてドロドロした『空想』……それを食べないと、私はこの姿を維持できないんです」

彼女が俺の胸に、冷たい指先を滑らせた瞬間。 脳の奥に、全身の血が逆流するような強烈な感覚が走った。 これまで読み耽ってきた、あの「青い猫型ロボット」の記憶。四次元の神秘、奇想天外な道具たちの数々。冒険のワクワク、夢のようなギミック。それらが濁流となって引きずり出され、シズリスへと流れ込んでいく。

「……ぐ、ぐぐっ……な、なんだこれ……!?」 「ふふっ、美味しい……! 何ですかこれ、不思議な道具が山ほど! こんなの初めて食べますぅ。おかげで、出力全開です!」

シズリスが満足げに頬を染めると、俺の体から力が抜ける代わりに、右手の指先がかすかに発光した。 「充電完了。これで少しは『奇跡』が使えるようになったはずです。ほら、客人が来たようですよ。最初の『発電』の時間です」


ガサガサと茂みが揺れ、飛び出してきたのは一人の少女だった。 煤けた麻のような服を着ているが、その隙間から見える肌は白く、長い髪は陽光を浴びて金色に輝いている。

「はぁ、はぁ……っ! 誰か、誰か助けてくださいっ!」

彼女の背後から現れたのは、異形の集団だった。 全身を黒い金属の甲冑で包んだ騎士たち。だが、その動きは人間離れしており、関節からは蒸気のようなガスが噴き出している。手には無骨な斧を握り、少女を追い詰めていく。

「見つけたぞ、逃亡者め。貴様の『希望』は、すべて魔王軍への献納物だ。大人しく差し出せ」

騎士の一人が、冷酷な金属音と共に斧を振り上げた。 「やめろ!」 考えるより先に、俺は少女の前に飛び出していた。

「なんだ、貴様は。……見たことのない服だな。死にたいか?」 騎士が冷笑する。重厚な金属の圧迫感。死の予感。 恐怖で足が震える。けれど、俺の脳内には今、シズリスに「味見」されたばかりの、あの最強の空想が鮮明にイメージされていた。

(……空気。空気を圧縮して、一気に解き放つ衝撃波。指先にはめる、未来の武器)

「シズリス! やり方はわかんねえけど、出ろっ! 『空気砲』!!」

叫んだ瞬間、俺の右手の親指に、見覚えのある銀色の筒状のパーツが実体化した。 カチリ、と装填音が脳内に響く。これは、俺の知っているあのひみつ道具だ。

「……なんだ、そのおもちゃは?」 騎士が嘲笑する。

「おもちゃじゃねえよ。これは、俺たちの時代の『夢』だ!」

俺は騎士の胸元に狙いを定め、引き金(イメージ)を引いた。

「ドカン!!」

凄まじい爆音と共に、文字通り「空気の塊」が放たれた。 見えない衝撃波が騎士の重厚な装甲を紙細工のように凹ませ、巨体を十メートル以上後方の巨木へと叩きつける。メキメキと音を立てて木が折れ、騎士は物言わぬ鉄の塊となって沈黙した。

「なっ……魔法か!? 詠唱も陣もなしに、これほどの出力を……!」 残りの騎士たちがたじろぐ。

「……いける。これなら勝てる!」

俺は次々と空気を撃ち出した。ドカン、ドカンと響く衝撃音。 空想が形になる。その全能感に酔いしれながら、俺は襲いかかる騎士たちをすべてなぎ倒した。


静寂が戻った草原で、俺はへたり込んだ。 右手の『空気砲』は、光の粒子となって消えていく。

「……す、すごい」 助けた少女――アルトが、震える声で俺を見上げていた。その瞳には、恐怖ではなく、見たこともないものを見た時のような「崇拝」の色が混じっている。

「あなたは……空から降ってきた、伝説の賢者様なのですか?」 「いや、俺はただの……」

「そうですとも!」 シズリスが俺の腕に、さらに密着するように抱きついてきた。柔らかな感触と甘い香りが意識を刺激する。 「彼はカナデ。あらゆる願いを形にする、空想の魔術師です。敬え、崇めろ。そして、もっと彼に『期待』するんです!」

アルトは俺の手を取り、切実な眼差しで訴えかけてきた。 「賢者カナデ様。どうか、私たちの村を救ってください。徴収官たちが、私たちの心まで奪おうとしているんです……」

「……徴収官? 心を?」 「はい。ハナレ村といいます。私たちは、魔王軍の脅威に怯えながら、女神様の御加護を信じて暮らしているんです……」

俺は彼女の手の温もりを感じながら、シズリスを見た。 シズリスはニヤリと笑い、俺の耳元で囁く。 「うふふ、いいですね。彼女の『期待』が、また次のごはん(MP)になります。さあ、行きましょう、カナデさん。この『アルカディア』に、あなたの空想を刻みつけるんです」

女神が与えた使命。理想の姿をした妖精。そして、救いを求める少女。 俺はまだ、この美しい世界の「真実」を知らない。 ただ一つ、ポケット(脳内)にある「ひみつ」を武器に、俺の異世界冒険譚が今、幕を開けた。

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