英雄製造業務報告書 ~世界を救うため、本日は「仲間」を3名消費しました。壊れた召喚士の勇者育成ログ~
@gamakoyarima
第1話
「世界を救ってくれ」 老いた国王の涙と、王都の広場を埋め尽くす万雷の歓声。 俺たちは知らなかったのだ。これが栄光の冒険譚の始まりではなく、出口のない長い「葬列」の第一歩であることを。
「――これより、勇者召喚へ計画を始動する!」
王城の謁見の間。騎士団長の張り上げた声が、石造りの壁に反響する。 目の前には、玉座に座る国王。その顔は憔悴しきっていたが、俺たちパーティの顔を見ると、すがるような瞳で身を乗り出した。
「アルヴィンよ。そして、選ばれし若き精鋭たちよ」 王の声が震えている。 「魔王軍の侵攻は、もはや目前まで迫っておる。我が国の結界が破られるのも時間の問題だ。……残された希望は、古の契約にある『異界の勇者』のみ」
俺、アルヴィンは、震える膝を必死に抑えて頭を垂れた。 「はっ。我ら『鋼の天秤』パーティ、命に代えても」 「うむ。頼んだぞ。勇者を呼ぶために必要な『8つの秘宝』……そのすべてを回収し、祭壇へ捧げるのだ。これは勅命である。失敗は許されん」
失敗は許されない。 その言葉の重圧よりも、俺の胸を満たしていたのは「選ばれた」という高揚感だった。 俺はチラリと横を見る。
そこには、幼馴染であり、この国一番の美人エリスがいた。 彼女は俺と目が合うと、緊張した面持ちの中で、ふわりと花が綻ぶように微笑んだ。 (大丈夫。俺たちならやれる) その笑顔が、そう語っていた。
背後には、巨漢の戦士ガルドがニカっと白い歯を見せ、身軽な盗賊の少女ミナが「任せといてよ!」と小声でウインクする。 俺たちは、王都で最も優秀で、最も信頼し合っているパーティだ。 どんな困難も、このメンバーなら乗り越えられる。そう信じて疑わなかった。
城を出ると、そこは祭りのような騒ぎだった。 紙吹雪が舞い、ラッパが鳴り響く。 「アルヴィン様ー!」「エリス様ー!」「世界をお願いします!」 市民たちが手を振り、涙を流して俺たちを見送る。
「へっ、英雄扱いかよ。悪くねえな」 ガルドが巨大な戦斧を肩に担ぎながら、照れくさそうに鼻をこすった。 「帰ってきたら、この人気を利用して実家の畑をブランド化するかな。『英雄トマト』とか売れそうじゃね?」 「あんたねぇ、もっと夢がないの?」 ミナが呆れたようにツッコミを入れる。「私は王様から褒美をもらって、盗賊から足を洗って一生遊んで暮らすわよ。ね、アルヴィンは?」
話を振られた俺は、前を歩くエリスの背中を見つめた。 金色の髪が、陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
「俺は……」 「アルヴィンは、エリスと結婚するんでしょ? 知ってるわよ」 ミナが意地悪く茶化すと、エリスの耳が真っ赤になった。 「ちょ、ちょっとミナ! まだそんな話……!」 「へえ、否定しないんだ?」 「うるさいな! ……でも、まあ」
俺は歩調を早め、エリスの隣に並んだ。 そして、人混みに紛れて、そっと彼女の手を握る。 エリスは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに俺の手を握り返してきた。その手は温かく、柔らかかった。
「……必ず、生きて帰ろう。世界を救って、みんなで笑って」 俺が小声で呟くと、エリスは力強く頷いた。 「ええ。約束よ、アルヴィン。……貴方がいるなら、私はどんな地獄だって平気よ」
彼女の言葉に、俺は胸が熱くなるのを感じた。 最高の仲間。最愛の恋人。そして、世界を救うという大義。 俺の人生は、ここで絶頂を迎えていた。
――ああ、本当に。 神様がいるなら、教えてほしかった。 『どんな地獄だって平気』なんて言葉を、二度と口にできないようにしてほしかった。
王都の門をくぐる。 目指すは北の古代遺跡。最初の秘宝『嘆きの聖杯』が眠る場所。
青空はどこまでも澄み渡り、風は心地よい。 まるでピクニックにでも行くような足取りで、俺たちは死地へと踏み出した。 この先に待っているのが、英雄の凱旋などではなく、ただの「生贄の選別」だとも知らずに。
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