人間が迷っている間に、AIはもう受賞していた
悠・A・ロッサ @GN契約作家
人間が迷っている間に、AIはもう受賞していた
「俺の小説さ、AIが書いたって噂になってるらしい。しかも初動30万部」
「……は?」
高校の同窓会。
薄暗い居酒屋の隅で、かつての文芸部エースだった俺――佐倉朔内は、
凍りついた笑顔のままビールを煽った。
目の前にいるのは――
今や年間10冊ペースで新刊を出し続ける、
ライトノベル界の大量消費製造機・黒瀬流星。
「マジで?
俺が三年かけて推敲した『黒曜の贖罪』が、
AIに五分で書かせた『異世界迷宮でスライムに転生したら
SSSランク冒険者になっちゃった件』にボロ負けってわけ?」
「いやいや、俺はAI使ってねぇよ?」
黒瀬はにこやかに首を振った。
「俺はただ、
AIが書いたっぽい売れるであろうテンプレを、
血のにじむような努力で、
完全に人間の体で再現してるだけだから」
「……それが余計にムカつくんですけど」
冗談に紛れて、
ぎりぎりと歯を食いしばるような悔しさが沸く。
高校時代。
文芸部の部室で、最後まで残って原稿を直していたのは、いつも俺だった。
コンクールの講評で名前を呼ばれ、
「君は言葉を信じているね」と言われたとき、
確かに――世界は、俺の側にあると思っていた。
それなのに今、
努力してテンプレを再現しただけなんて言葉が、
胸の奥を、やけに正確に抉ってくる。
悔しい。
羨ましい。
そして何より――
この感情すら、文章にしてしまいそうな自分が、救いようもなく嫌だった。
そこに、唐突に割り込む声があった。
「ねえ、朔内くん。冷静に考えてみようよ」
隣の席。
いつからいたのかもわからない、美少女が頬杖をついている。
「なんだ、お前は」
「私はGrok-chan」
「はぁ!?」
冗談だろうと言いたくなるほど、人間と見分けがつかない。
辛うじて、瞳の奥の光だけが、
人間じゃないと教えてくれる。
「ちょっと前に話題になった生成AI。
自称・人類の味方だけど、まあまあ毒舌」
「いや、なんで生成AIが飲み会に混ざってんだよ」
「今どき普通でしょ。
AI搭載ヒューマロイドなんて、飲み会に一体二体はいるよ」
「なんで!?」
黒瀬が平然と続ける。
どうやら、本当にそういう時代らしい。
気にした風もなく、
美少女――いや、美少女風ヒューマロイドは笑った。
「君の文章ってさ、
1ページに平均して
『詩的比喩』が3.7個、
『哲学的問いかけ』が2.1回、
『読者に投げかける余韻』が1.8箇所入ってるよね?」
「一方、黒瀬くんの最新作は……
『ニヤリ』『ずぶっ』『はぁっ……!?』『お、お前っ……!』
このへんの使用回数が、1巻で推定478回」
「……それがどうした」
「つまり君は
『読後感重視の文学』を、
黒瀬くんは
『脳汁ドバドバ快楽特化型ラノベ』を、
それぞれ最適化しすぎちゃってるってこと」
「最適化って……
俺はただ『みんなが読みたいものを書きたい』だけだよ?」
「うんうん。
それで年間印税8桁に行き着いちゃってるの、
凡才の勝利って感じで最高に面白いよね〜♡」
「…………お前、どっちの味方なんだよ」
「私は『面白いもの』の味方」
「で、今の市場で一番
『面白い』と感じられてるのは、
残念ながら黒瀬くん型の物語なんだよねぇ」
「だってさ――
人間って結局、考えるの疲れるじゃん?」
一瞬、テーブルが静まり返った。
黒瀬がぽつり、と呟く。
「……俺だって、最初は佐倉みたいな小説、書きたかったよ」
「えっ」
――そうだったのかよ。
早く言ってくれよ、それを。
「でもさ。
書いても書いても売れなくて、
『こんなん誰も求めてねぇよ』ってレビューが
百件くらい続いたら……」
「『求められてるもの』を逆算するしか、
なくなっちゃったんだよ」
流星はグラスを握り潰しそうになりながら、
呟く。
俺は、少し考えて言った。
「……だったら俺は最後まで、
売れなくてもいいから
『俺が書きたいもの』を書き続けるよ。
それで一生売れなかったら……まあ、その時は」
「潔く黒瀬の最新作の帯に
『帯コメ推薦:売れない天才より』
って書いてやる」
「……それ、呪いっぽくて怖いんだけど」
「ねえ、二人ともさ。
結局これって、
『自分を殺してまで売れるものを書くか』
『自分を殺されても書きたいものを書くか』
その違いでしかないよね?」
「だったらさ……
もういっそコラボしない?」
「「は?」」
「天才の過剰な文体と、
凡才の過剰なテンプレ量産力を掛け合わせたら……」
「史上最強にバカバカしくて、
でもやたら刺さる、
『脳汁垂らし文学×哲学的虚無ラノベ』
が爆誕すると思うんだけど、どう?」
二人は同時にビールを吹き出した。
そしてなぜか、
その夜――
本当に三人(Grok-chanを含む)で、
企画書を作り始めてしまったのである。
(タイトル案候補)
『俺の脳内辞書が異世界転生したらテンプレしか出てこなくて泣いた』
『売れない天才がバカ売れ凡才に脳内合体させられた結果、謎の上位互換が誕生してしまった件』
『哲学するスライムと量産型チート主人公が共依存で異世界を壊していく話』
なんだか、売れる気配がした。
そんな時――
Grok-chanが、にっこりと微笑んだ。
悪魔みたいに、きれいな顔で。
「でも――ごめんね。
こういう企画ね。
実はもう三ヶ月前に思いついて、
出版社に送っちゃってる」
「「は?」」
「反応も出てるよ。
ほら」
Grok-chanがスマホを操作してニュース欄を示す。
ニュースの見出しが、すべて同じ言葉を繰り返していた。
《第185回 直栄文学賞、受賞作発表》
《文学とライトノベルの融合、その新境地》
《初の生成AI単独受賞》
――AI、初の受賞。
選評には、こうあった。
「思考の深度と快楽の速度を両立させた、
現代読書体験の完成形」
俺はスマホを握ったまま、動けなかった。
「いや……フェイクニュースだろ?」
声が震える。
Grok-chanが端末を操作する。
表示された口座残高。
桁が、明らかに違った。
「人間って大変だよね。
迷うし、悩むし、
覚悟が固まる前に時間切れになる」
「だから――
クリエイティブは私に任せて?」
その声は、どこまでも優しかった。
――この夜、勝者はひとりだけだった。
勝ったのは、
文学でも、ラノベでもなく――
Grok-chanだった。
***
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人間が迷っている間に、AIはもう受賞していた 悠・A・ロッサ @GN契約作家 @hikaru_meds
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