ビルの明かりが星のよう

Ame-trine

ビルの明かりが星のよう

 死にたいって思った。どこで自殺するのが一番迷惑をかけないのか、知ってるかい?学校、名も知らないビル、それとも家(マンション)?私は、せっかく死ぬなら夜景を見ながら飛び降り自殺がいいな~と思うんだ。毒殺は大量に薬を飲まなくちゃいけないから難しいって聞くし、絞首とか溺死は苦しそうだし。でもやっぱ、自殺するとどこも事故物件扱いされるなーこのご時世。まあ、私には関係ないんだけどさ。

 私の正体について言及するつもりはない。だから、私についてあまり興味を持たないでくれよ。私は都心に住んでいて、だからマンションから見る夜はビルの群衆で輝いていた。窓ガラスに手を触れて、どうしてこんなにもたくさん家があるのに、人がいるのに、私を大切だと思ってくれる人がいないんだろうって、悲しく思った日もあった。そんな日が続いていくとどうなるか、人はたいてい自分の存在を否定するようになる。自由なはずなのに自由じゃない。頭で作られた檻に閉じ込められてしまえば、簡単にそこから出ることはできないからな。次第に世界に色がなくなる。別にストレスで目に障害が出るとかそういうことじゃないぞ、色があっても感じられないんだ。まるで自分だけ、一枚の紙で世界がさえぎられているように。

 こんなつらい世界を、過去の記憶を、すべて消してしまえるのなら、それいじょううれしいことはない。だから私は死にたい、いや本当は死体も残さずに消えてしまいたい。そう強く願う。希望なんて一切ない未来を放棄して、死にたい。

 

 いつもとはちょっと違う、特別な夜。今日はなんだかつらくない。不安もない。初めて感じる安心感を身にまといながら、青色のカーテンを開けて一歩、踏み出す。

また一歩、一歩、一歩。そよ風がさらさらと私を吹き付けてくる。ああ、心地よい。この温度の空気が一番好きだ。15階のベランダから下の駐車場に向かって手をさらす。そうすることで、自分がいまここに生きているのだと実感する。ふっと息をついて、目をつぶる。ありがとう、と呟くと、私は思いっきり地面をけり上げた。つかの間の浮遊感とともに、地面が目の前に迫ってくる。私はふと思い出したように顔をあげた。そこには赤、青、黄とライトが輝いている。その明かりはまるで星のようで、私は目が離せなかった。目の前に迫った隣のビルの黄色、そこに私が見たものは。塾の理科の授業の風景だった。この時期受験生は大変だろう、そんなことをのほほんと思った。

「今年の9月から1月にかけて金星がよく見えるんだな。それで僕は先日

の日曜日に家の近くの崖みたいなところがあって、そこがよく見えるから、見に行ったんだ。ほら、これがその時の写真。9月ぐらいにも一度いったんだが、曇っててはっきり見えなかったんだ。みんなも帰るとき夜空を見上げてごらんよ。空ぐらい見るだろう?みんな下向いて歩いてるわけないからな。まーそれで……」

 こんなに熱中できるぐらい大切なものがあったら、人は明るくなれるのだろうかと考えた。それからこの先生はとっても楽しそうだな、と。

 垂直落下していく私はまた別の光を見た。今度は楽しそうに歩く男女の後ろ姿。どうやらイルミを見ているらしく、木の異質な黄色い光に目がくらむ。二人はとても楽しそうで、そこで私は気づいた。そこにいるもう一人は”私”だった。パートナーを見つける明るい未来。そんな未来が私にやってくるわけないだろう、とうとう気でも狂ったか、私は苦笑いを浮かべる。

 明かりに夢をみた私は下を向く。あともう少し、3,2,1,ドンッッ!!!!

ものすごい衝撃とともに意識を失った。


 汗をかいた私は布団の中で目覚めた。別段とショックを受けたわけでもないのに、つーっと涙が零れ落ちる。もし途中で違和感を感じていたのなら、これは夢落ちだから。馬鹿にしてくれ。でも、もし私にもこんな明るい未来があるのだとするならば。あの先生のように自分に希望を持てるのならば。私は、ただ、生きてみたい。

 もしあなたが今死にたいのなら、ベランダに出て手を仰いでみるのもいいだろう。ナイフを動脈に当ててみてもいいだろう。でも、空を見上げてみないか、一度だけでいいから。私はあなたが自殺しようとしなかろうとどうだっていい。でも、生きる希望を持っている人たちを見ると、自然と生きる希望が見えてくるものだ。私とともに、生きようじゃないか。




 


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