第10話

 サチとクミは少し離れた公園にいた。

 滑り台とブランコ、そして砂場だけがある住宅街の中の小さな公園。

 その砂場の真ん中でサチは蹲っている。

「クミ」

 声をかけると、彼女はサチから警戒した視線はずらさず。

「ここに来てからずっとあの調子です」

 ぶつぶつと何か呟いている。普通に怖い。

 幸いにして公園に人はいないが…… 

「明らかにやばそうな女が来たんで、何人かいた親子連れはそそくさと帰っていきました」

「防犯意識がしっかりしてて何より」 

 まあ逃げるよな。その判断は正しい。

 さて、どうしたものかと考える。スペクターの効果もいつまでも続かないだろうし、切れてしまえば取り押さえることはできるだろう。だが、効果が効いている状態だと厳しそうだ。

 それに、スペクターが何らかの霊的作用を見せたら自分じゃ太刀打ちが……

「で?」

 ミノルの思考をセイの生意気そうな声が遮る。

「どうすんだよ。捕まえんだろ?」

 サチを見たまま、準備運動するかのように手首を回してる。

「腕っぷしはさすがに劣りますが……補佐などはできますよ」

 クミもそれに続く。

「気持ちはありがたいけど、一般市民を守るのは警察の……」

「この辺の地域の霊的平穏を守るのが一海の仕事なんだよ」

 言い切られた声は普段のおちゃらけたセイのものとは違っていて、かなり真剣な声色だった。

「おっさんの指示に従ってやるっていってんだから、ちゃんと使えよ。俺らを」

「……突っ走っていかない辺りは、しっかりしてんだな」

 思わず呟くと、

「ああ?」

 軽くキレられた。

 ああ、だがそうだった。自分の部署は公的には係長と二人だが……この双子もいるんだった。

「いや、うん、フォロー頼む」

 高校生を巻き込むのは本意ではないが、霊的なことに巻き込まれているという点ではこちらも同じだ。

「体張るのは警察の仕事だけど、それ以外の部分は頼む」

「体張るのも多少は手伝ってやるよ。おっさんよりわけーし」

「こっちは鍛えてんだよ」 

 そうこうしている間もサチは動かない。

 覚悟を決めて、近づく。彼女はぶつぶつ何かを呟いている。近づいても、意味が聞き取れない言葉。

「サチさん」

 名前を呼ぶと、ゆっくり顔をあげた。焦点のあってない目。

 ふと、どこからだったのだろうかと、思った。短い間だったけど、付き合っているときは敵意がなく……普通に恋愛するつもりがあったのだろうか?

「ミノル、くん」

 彼女はゆっくりと、唇を笑みの形に変える。

「死んで、くれる?」

「いやですよ……」

「それじゃあ困るのよおおおおおおお!」

 大声で叫ばれる。

「困る困るこまるのぉ、九龍様のお告げは絶対だから死んでくれないと異教徒は邪魔なのよ不幸になるみんなみんな不幸になるのぉおお」

 まあそんな気はしたけどやっぱり説得は無理か。力づくで無力化するために、隙を伺う。

「だからね」

 サチは瞬きを一切せず、こちらを見つめたまま、

「これで終わり」

 ぶちり、と胸元のネックレスを引きちぎる。そして、例の模様のチャームを、口に放りこんだ。

「飲み込ませるなっ!」

「吐き出させて!」

 後ろの双子からの言葉に、はじかれるように駆け出す。

 その腕をつかんで、体をあげさせ、顎を掴む。こじ開けようと指を口にかけるが、かたくなに結ばれたまま、

「ふは」

 小さくサチは笑い、ごくりとその喉が動いた。

 瞬間、何か黒い大きな影がサチの体から噴き出す。少なくとも、ミノルにはそう見えた。

 強風のような、見えない力に押されて体が吹っ飛ぶ。

「うわっ」

 地面に叩きつけられて、鈍い痛みが走る。受け身を取り切れなかった。

「おっさんっ」

 セイが駆け寄ってきて、クミが二人をかばうかのように前に立つと、何かを唱えながらお札を前に掲げる。

「いっ」

 あっちこっち、特に足が痛む。なんとか体を起こすと、サチの背後に大きな黒い影が立っていた。

「あはははははははははははははは」

 サチはただずっと笑っている。

 禍々しい雰囲気に、ぞくりと背筋が震えた。今まであった、どんなモノとも違う気配。

「あのネックレス、スペクターでできてた」

 セイがぼそりと告げる。答えを提示するかのように。

「過剰摂取で具現化したな」

 舌打ちを一つ。

 いやいやいやいや。

「それは……反則だろ」

 一気に自分の領域を離れないでくれ。

 黒い影はミノルたちの方に、攻撃するかのように勢いよく体を伸ばしてくるが、

「っ」

 ばしりと、何かにはじかれるようにして後退した。代わりにクミが小さくうめく。

「めっちゃ重い……私の結界じゃそんなに持たない」

「どうにかする」

 セイが答える。

 すべてがわかったわけじゃないが、クミが防御、セイが攻撃をする構えのようだ。

「俺になにか……」

「おっさんは座ってろ。これはこっちの領分だし」

 セイが答える。

「第一、足、それだいぶやってるだろ?」

 痛まし気に一瞬見られて、その視線を追う。

「うわっ」

 思ってたより自分の右足が、真っ赤に腫れあがっていた。

 なんとなく痛いとは思っていたが、アドレナリンがでていて気づけていなかった。

「クミ、やばくなったら撤退しろよな」

「撤退させんな、バカ」

 双子は言い合うと、それぞれ動き出す。クミはセイがいなくなった分、ミノルに近づく。

 セイは勢いよく駆けていく。黒い影の攻撃なものを避けながら、セイが片手に持ったお札のようなものを投げる。一瞬だけ、影の動きはやむが、またすぐに動き出す。

「っち、邪魔くせぇ」

 セイにも攻撃を仕掛けてくる影をよけながら、彼が舌打ちをする。

 ミノルへの攻撃もあきらめていないようで、影は頭を分割するようにして攻撃してくる。

 それを受けて、クミも小さく呻く。

 サチの笑い声が、ずっとしている。

 くっそ。何もできない自分の無力さに舌打ちする。

 確かに、そんなに高い志があって警察官になったわけじゃない。

 だけど、こんな子供に守られるためになったわけでは、断じてない。

「うわっ」

「セイ!」

 影の攻撃を避けそこなったセイが転ぶ。

 好機ととらえたのか、影はミノルの方への攻撃をやめ、セイに向かっていく。

「くっそ」

 こんな子供を放っておけるわけ、ないだろっ。

「ミノルさんっ!」

 右足の分も腕を使って勢いをつけて立ち上がる。

 痛かろうが、動けるのだからセーフだ。

「ばっ、おっさんっ」 

 近づいてくるミノルに気づいて、セイが慌てた声をあげる。

 バカでも、愚かでも、おっさんでも結構。

 手を伸ばす。

 セイの襟元をつかみ、後ろに引っ張る。

 入れ替わるようにして自分が前にでて、そこに影が近づいてくる。

「ミノルさんっ、セイ!」

 玉砕覚悟で前にでてきた自分はきっとバカで愚か。でも、この少年がケガをするのを安全地帯から見ているほうが、よっぽどバカで愚かだ。

 迫ってくる影に覚悟を決めたとき、

「うわ」

「まぶし……」

 一瞬、強い光が視界を襲った。

 影のほうもそれに一瞬ひるんだかのように動きを止める。

「……刀?」

 古ぼけた刀が浮いている。お札のようなものが何枚か貼られ、ついでにご丁寧に「貸出」と線が細い字で書かれた紙が貼られている。

「おばさんのだ……」

 驚いたようにセイが呟く。

 そうじゃないかなと、思った。見守ってるみたいなこと、言ってたし。そうであるならば、話は早い。

 手を伸ばす。刀を掴むために。

「ばっ、それ触ると」

「ぐっ」

 握った瞬間、掌に痛みが走る。刀が、熱い。やけどしたような痛み。

 だけど、そんなこと今気にしている場合じゃない。

 鞘から抜き、振りかぶる。日本刀とか、使ったことがないけど、まあたぶん切ればいける!

「はっ」

 再度動き出した影が迫ってくる。それに向かって、刃をふるった。

 切り落とされた形になった影は、どういう理屈かわからないが霧状になって消えた。

 なるほど、これならいける!

 全体を叩ければと立ち上がりかけたが、

「いっ」

 右足の激痛にうずくまる。

「無理すんなって」

 慌てたようにセイが支えてくれる。

 だけど、活路が見えたいま……どうにかしないと、あれを。

 なんとか気合で踏ん張ろうとしたところを、

「ここからは、お任せをっ。チーオ!」

 聞いたことない声がして、どっからか現れた別の黒い影が、サチの影にぶつかっていく。

「父さん」

 セイが叫ぶ。

 背の高い男性がそこにはいた。ミノルを見ると一瞬、やわらかい笑みを浮かべる。安心させるように。

 だが、すでに真剣な顔つきでサチの影に向かっていく。

 双子と似ている顔になるほど、彼がナオズミさんか……と思う。

「ミノルさんっ」

 クミが走ってきて、

「離してください、それ、早く!」

 握ったままの刀を指さす。

「あ……」

 落ち着くと急に痛みがぶり返してきた。慌てて手を放す。

 転がった刀は役目が終わったことを理解したのか、すっと姿を消した。

「とりあえず応急処置ですっ」

 と、べたべたとお札を手に貼られる。

 じくじくと痛い掌は、真っ赤に焼けただれたようになっていた。お札を貼られると、少し痛みが和らぐ。

「あれは一海の家宝の刀で……自分が認めた者しか、宗主しか……今ならおばさまでしか本来は触れないんですっ。ああもう、霊障でこんなになって」

 とかクミがいいながら、手当をしてくれる。

「そんなものを、寄越すなよ……」

 思わず恨みがましい声が漏れるが、でもそんなものでも……なければきっと死んでいた。

「ぎゃあっ」

 サチの口から笑いではなく、悲鳴が漏れる。

 ナオズミの戦いは好調で、あっという間にサチの黒い影を追いつめていく。

 まったく苦になく相手にしていくその姿に、

「くそっ」

 横のセイがにがにがしく毒づいた。それが無力な自分を呪っているからだとわかって、助かったというねぎらいの言葉をかけようかと悩み……無粋かなと思って肩で一回どつくに済ませた。

 本当なら頭の一つを撫でてもよかったかもしれないが、手、使えないし。

「……あんだよ」

 思いは伝わったのか、セイはぼやいたが顔は少しだけ柔らかかった。

「動かないでくださいっ!」

 そしてミノルはクミに叱られる。

 そうこうしている間に、危なげな様子もなくナオズミがサチの影を完全に消してしまった。

「おつかれ」

 ナオズミは自分の傍らの影に声をかけると、影が消える。ミノルにはよくわからなかったが、あれが彼の式神ってやつなのかもしれない。

 影を失ったサチは気を失ったのか、倒れた。

「大丈夫、生きてるよ」

 ナオズミが先んじて教えてくれるから、一安心する。

 しかし、このままにしておくわけにもいかない。立ち上がろうとすると、

「だあっ、座っとけ!」

「無茶です!」

 双子に肩を押さえつけられた。

「でも……」

 ここからは自分の仕事で……と言おうとしたところを、

「ごめんごめん、遅れたね」

 少し息を切らせた様子で、現れた係長が遮る。

「あとは一旦、任せて」

 係長は言い、サチに近づく。

「とりあえず……殺人未遂かな。暴れたら困るし……」

 とか言いながら、手錠をかける。

 そのまま、ナオズミと何か会話をしている。

 現われた上司と、双子の父親の姿に……頼れる存在に急に力が抜けた。

「あ、おっさん!」

「ミノルさんっ」

 崩れそうになるのを支えてくれる双子に感謝しながらも、痛みと疲労と……あとわけわかんなさでぐるぐるになった意識をあきらめて、そして安心して手放すことにする。

 ああ、あちらこちらが痛い……。でも、もしかして今日のこれ……休日の痴話げんかの末のケガとして処理されるんかな。うわあ、それはマジ、勘弁……公務災害扱いになりますように……。

 そう思いながら意識はとんだ。

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