第7話
係長から根回しをしてもらったおかげで、一日だけ売人の私物を借りることができた。まあ、向こうにとってもバイクの窃盗犯でしかないことが大きいのかもしれない。
「あるいは、結構上層部の力が働いているか……」
小声でぼやく。対応してくれた所轄の人間に、どことなく不信感というか……不穏な空気を感じた。上からの圧力、という線はあるのかもしれない。
段ボールを抱えて自分の職場に戻ると、
「おかえりなさい」
迎えてくれたのは、係長ではなくマドカだった。
「あ、こんにちは」
「お邪魔してるわ」
「係長は?」
「なんか上に呼ばれたって」
やっぱり圧力かけたんじゃねーの?
「それはそれは……お構いもできませんで」
「まあ、君にも用があったから。……うちの子たちの様子、ヒアリングしてもいいかしら?」
「ああ、はい」
頷くと、マドカの向かいの椅子に座る。
「率直にどう? 忌憚ないご意見を」
「率直にいうと……とりあえず人の話聞いてほしいですね」
いろいろ言いたいことはあるが、総括すれば結局そこに行きつく。
「あー、セイ? あの子本当人の話聞かないのよね」
「クミさんの方もですね。なんというか……聞いているような顔をして、理解をしていない提案を投げてきます」
「そうね、そうだわ……そういう子だわ」
思い当たる節が彼女にもあったのか、マドカは深くため息をついた。
「あとちょっと倫理観がずれているかな……というのは感じます。式神? とやらで尾行するとか。ただ、これは自分の価値観との乖離なので」
「そこら辺のラインは確かに微妙かも……。ただ、今回は本当、見えない人間にとっての価値観をあの二人に理解してほしいところもあるから……できればそういうの、逐一伝えてもらえると助かる」
まあ、指摘するとうるさいだろうからできる範囲で……、とマドカが続ける。
「善処します。……ただ、あとはまあ、一日半くらいの付き合いですが……二人とも根はマジメで頭の回転は早いですね」
「あら、セイも?」
さっきから、兄のほうの扱いがちょっとひどいな。わからんでもないけど。
「マジメに取り組んでいるのはセイさんの方かな、という印象はやや」
巽氏との会話を思い出す。セイはあの人から何かを学ぼうとしていた。その件を伝えると、
「へぇ……カケル君とセイがねぇ」
楽しそうに呟く。
「……あの、つかぬことをお伺いしても?」
それに好奇心が勝ってしまった。
「答えるかは別だけど、どうぞ」
「クミさんがおっしゃってたんですけど……巽翔はおばさまの敵だって」
それだけでマドカには詳細が把握できたらしい。深いため息をついた。頭痛を抑えるかのように軽くこめかみに触れながら……
「オッケーわかった。どうせあれでしょ? 私がカケル君に捨てられたとかそういう」
「ですね」
「まだ誤解してんのか」
うんざりした口調に、これが初めてでないことを察した。そして、
「やっぱり、誤解ですよね」
「まず、捨てられてないから。円満に別れてるから。あと、クミが細かい部分なんていったかわかんないけど……別に今更未練もないから」
きれいなお顔ににらまれてちょっとひるむ。自分に言われても……。
「未練はない。あるのは、自分の力不足に対する後悔」
「後悔?」
「家の事情でね、別れたの。その時の私には家の事情を解消するだけの力……いろんな意味でのね? それがなかった。だから、後悔はあるの。あの頃の私に、今ぐらい……交渉力とか政治力があれば違った未来があったはずだから」
なるほど、それは確かに恋愛的な未練ではないのかもしれない。だがきっと、より強い執着だ。
「どうせクミのことだから、これの話もしたんでしょ?」
そうして、耳に触れる。例の、ピアス。
「これは戒め。あの子たちの代には家に振り回されることがないように。血を断ち切れるように。そういう決意」
ぴっと人差し指ではじく。明るく、吹き飛ばすように。憂いを。
だが、その言葉にミノルが気になったのは別の部分だった。
「断ち切れると、思いますか?」
「え?」
「血を」
水よりも濃いという、それを。
マドカは少し黙って何かを考えるような間をおいてから、
「少なくとも家族は選ぶことができる。そうして生きてきた子を、私は知っている」
柔らかく微笑みながら答えた。
「断ち切れなさそう?」
「どう、ですかね。実家とはずっと連絡をしてないんですけど」
たまに来るメールは無視している。そう、つまり、向こうは自分の連絡先を知っている。自分が教えたからだ。完全に連絡を絶つほどの決心は持てないから。
「例えばですけど……すっごく落ち込んだ時に、家からなんだか優しい連絡が来たら……俺はたぶん、絆されてしまう気がするんですよね」
期待してしまう気がする。そうして帰って……きっと悔やむ。わかっているのに。
「ご実家は厳しい系?」
「医者の家系で」
「ああ。跡継ぎ的な」
「はい。医者になれってうるさかったんですよ。子供のころから。あれはダメこれはダメ、あの子と付き合っちゃダメ。テレビはニュース以外見ちゃダメ。まあ、よくある話です」
だから、理解ができないのだ。双子が、自分の意思で家を選んでいるということが。後継ぎとして、自主性を持っているということか。
「それはなんか……ごめんね。うちの子たちの相手をさせて」
その気持ちが伝わったのか、マドカが渋い顔をする。
「跡継ぎ跡継ぎうるさいでしょ、あの子たち」
「それは……まあ」
よくもまあ、あれだけ前のめりになれるもんだ。うらやましいぐらいに。
警察官を選んだのは、寮があるから。そして受かって警察学校に入れば、親が辞めさせるために動くことが難しいだろうと判断したからだ。一般企業より、介入しにくいだろうと。
ただ、それだけだ。でも、どうせ誰かのいいなりになるのなら、親じゃなくて自分の選んだ組織がよかった。
「嫌だったのは……両親の言いなりになること? それとも、医者の仕事それ自体?」
「どっちもですね。病院は……怖いから嫌いだったんです」
「ああ……」
黒いものがなんだかたくさんいて、空気が悪くて。ずっとずっと怖かった。親はちっとも理解してくれなかったけど。なんだったら、精神疾患疑われてたし。
伝わらないとわかってからは、ずっと隠してきた。
「今回のお話を受けて……自分が見ていたあれらは幻覚じゃなかったっていうのがわかったのは、本当助かりましたね」
おどけて言うと、
「うん、よかった」
思いがけずまっすぐに、優しく受け取られた。
「あなたみたいに、見えるけどそれを正しい現実と受け入れられなくて悩んでいる人とか……、うっかり霊的なダメージを食らった結果体調を崩して原因不明の難病扱いされている人とか、そういうのをこれから先、もっと無くしていけるよう目指しているの。まだまだ課題は多いけれど……そういう意味で今回正式に警察と手を組めたのはとてもありがたい」
ああ、なるほど。あの時、巽翔がなんだか感慨深げに笑っていた意味がわかった。あの人は、知っていて、応援していたのだろう。
あとまあ、正式に手を組んだっていうのはミノルの肩書を公言できるようになったときに使ってほしいけど。そんな上層部レベルでの話をされても……。
「だから、引き続きお力添えをいただけますと幸いです」
そして、マドカがにっこりと微笑む。
ああ、この人は多分、自分の顔がいいのをよくわかっているんだろうな。そんでもってこれまでの人生利用してきたんだろうな。そう思わせるぐらい、きれいな笑みで。
つまり、実に、断りにくい笑顔で。
「……善処します」
素直にわかったとは言えない程度にこの状況にうんざりしているが、かといって無碍にもできない。仕事を辞めるつもりはないし……それなりに興味と使命感がある。この事件の顛末に。
そんな話をしていると係長が戻ってきた。なんだか重要そうな話を二人ではじめたので、ミノルは隅で売人の私物を調べ始める。
例の売り上げだと思われる金が入った封筒。くたびれた財布の中には逆にほとんど入っていない。偶然か、グループ犯罪で売上金は上のほうに巻き上げられているのか。
くしゃくしゃのレシートからは、一人暮らしでろくに自炊もしてないんだろうなということがよくわかった。っていうか、ミノルの財布に入っているのと特に変わらないコンビニの購入品。いくつかのポイントカード。財布の中身はそんなものか。
モバイルバッテリー。レンタル式のやつだ。これ、返さないといけないのでは?
スマートフォンは一台だけ。当然ロックはかかっているが……
「これは、不用心だなあ……」
パターンロックで、指の動きの汚れがついている。解析をどこかに依頼するまでもなく、簡単に開いた。
壁紙に売人と……恋人と思われる女性の楽し気な写真が設定されていた。そういう大事な人が、いたんじゃないか。それなのになんで……。
なんとなくうんざりしてため息をつく。
一般的なメッセージアプリには、その彼女と思われるやりとりや、親っぽいアカウント、それから企業からの宣伝メッセージがきていた。こちらには特にめぼしいやり取りがない。年のため連絡先はメモっておこう。
もう一つ、一定期間でメッセージ内容が消えるタイプのアプリが入っていた。おそらく、こちらが本命。売人としてのやりとりは、このアプリを使っていたのだろう。
これは今自分の力でどうこうできるものではない。
可能なら詳細を調べてほしいが、この件は表向きにはバイク窃盗だ。許可が下りる気がしない。上の息とやらがどこまでかかっているかわからないが……係長ごり押ししたりしてくれないかな。
一応あとで頼んでみようと思いながら、スマホ内を探索する。
ラーメンの写真とか、恋人や友人とか……日常の写真が入ってて、知らずにまたため息がこぼれる。
多少気になることはメモして、スマホを置く。
あとは家の鍵といったところか。こちらには、キーホルダーがついていた。アクリル製で黒でなにかが描かれている。丸の中に、蜘蛛やらとかげやらが描かれた、なんとなくパンクな印象。
しかし、どこかで見覚えがある。なんかブランドのロゴとかだっけな。
画像検索してみるが、めぼしいものは引っかからない。あとで双子にも聞いてみるか。
「それじゃあ、そろそろお暇するわね」
話が終わったらしい、マドカが立ち上がるので振り返る。
「うちの子たちのこと、よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げられて、
「あ、いえ、こちらこそ」
慌てて立ち上がると頭を下げた。下げてから……まあ何がこちらこそなんだ? とはちょっと思ったけど。どう考えても自分ばかり面倒を見ている。
「しばらく……出張で遠出しているから東京にいなくて。もし、なにかあったら、双子の父親の方に連絡してくれる?」
そういって電話番号などが書かれた紙を渡される。
「はい、わかりました」
父親はナオズミと言うらしい。
「一応私もなにかあったら助けられるようにしとくから」
「……はあ?」
「まあ、めんどい子たちだけどよろしくね」
そういって軽やかに手を振ってマドカは去っていく。
ヒールの音が遠ざかると、
「変わらないなあ」
係長がしみじみとつぶやいた。なんか、いろんな思いを込めて。
その思いには触れないほうがいいんだろうな、と判断し、とりあえずもらった電話番号などを登録した。
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