エピローグ:究極のポーションと、招かれざる「裸足」

1. 英雄、ちょっと森へ行く


 レオンがソフィアの専属騎士となってから、一ヶ月が過ぎた。  執務机の下は平和だった。だが、レオンには一つだけ不満があった。


「……ゲホッ、ゲホッ」


 机の上から、苦しげな咳が聞こえる。  ソフィアの体調である。  彼女は生まれつき魔力循環が悪く、長時間の執務(=長時間の踏み踏みタイム)に耐えられないのだ。


(これではまずい)


 レオンは、ソフィアの足首をマッサージしながら、深刻な顔つきで思考した。


(姫様の体力が尽きれば、俺の至福の時間も終わる。一日三十分の「踏み」では、俺の精神が栄養失調で死んでしまう。最低でも三時間は踏んでもらわねば)


 愛する姫を健康にしたい。  その動機は「もっと長時間踏まれたいから」という一点のみ。  レオンの脳内検索が高速回転し、一つの伝説を弾き出した。


『大陸中央、魔の森の最奥に棲む古竜(エンシェント・ドラゴン)の生き血は、万病を癒やす霊薬となる』


 レオンは音もなく机の下から這い出した。


「姫様」

「なぁに? レオン」

「少し、薬の材料を採りに裏山(大陸中央)まで行って参ります」

「え? 裏山? 気をつけてね」

「はい。夕食までには戻ります」


 彼は爽やかに微笑み、窓から飛び出した。  目指すは数千キロ彼方の魔境である。


2. 竜の受難

 魔の森の最奥。  そこは、人間が足を踏み入れれば数秒で命を落とす地獄の窯。  その頂点に君臨するのが、神話の時代より生きる古竜「バハムート」だった。


『グルルルゥ……我の眠りを妨げる矮小な存在よ……』


 山脈のごとき巨体を震わせ、古竜が咆哮する。  対するレオンは、腕時計(魔導具)をチラチラ見ていた。


「おいトカゲ。急いでいるんだ。血を寄越せ」

『……ハ?』

「バケツ一杯分でいい。姫様の健康のために必要だ。さもなくば――」


 レオンが、一歩踏み出した。  瞬間、古竜の本能が警鐘を鳴らした。目の前の極小の生物が、自分よりも遥かに上位の捕食者であると。  殺気だけで森の木々が枯れ果て、空気が凍りつく。


『ま、待て! 話せばわかる!』

「問答無用。俺には時間がないんだ!」


 ズドンッ!!!


 ――十分後。  レオンは、丁寧に瓶詰めされた「最高級の竜の血」を片手に、転移魔法で帰還した。  背後には、コブだらけになって涙目で縮こまる古竜の姿があったという。


3. 回復、そして新たな脅威

 王城に戻ったレオンは、宮廷錬金術師を脅し……説得して、即座に「伝説のポーション」を作成させた。  それはルビーのように赤く輝く、奇跡の霊薬。


「姫様、これを」

「これは……?」

「・・・滋養強壮によく効く特製ドリンクです」

「ありがとう、レオン」


 ソフィアがそれを口にした瞬間、彼女の蒼白だった頬に、薔薇色の血色が戻った。  体の芯から力が湧いてくる。重かった手足が、羽のように軽い。


「す、すごい……! 苦しさが嘘みたいに消えたわ!」

「それは何よりです(これで、踏み込む足の力が三倍になる……!)」


 レオンが心の中でガッツポーズをした、その時だった。  城門の方から、高らかなラッパの音が響き渡った。


「隣国、聖教国レムリアより、聖女エレオノーラ様のご到着ーッ!!」


 新たな来訪者。  レオンはソフィアを守るため、窓際へと立った。  中庭に入ってきたのは、煌びやかな馬車と、そこから降り立つ一人の女性。  金糸の刺繍が入った純白の聖衣。慈愛に満ちた美貌。  だが、レオンの視線は、彼女の「足元」に釘付けになった。


 ない。  靴がない。  靴下もない。


 彼女は、大理石の床を、完全な素足(ベアフット)で歩いていたのだ。


「……なッ!?」


 レオンの表情が、魔王と対峙した時以上に歪んだ。

(馬鹿な……! 神聖な聖女が、あろうことか素足だと!?)


 彼の性癖(美学)において、足とは「隠されているからこそ尊い」ものである。  薄い布一枚、革一枚の隔たりがあるからこそ、その奥にある体温を感じた時に背徳感が生まれるのだ。  それを最初からさらけ出すなど、彼にとっては「わかってない」にも程がある暴挙だった。


 部屋に入ってきた聖女エレオノーラは、レオンを見るなり、その神聖な(?)魔力量に目を見開いた。


「貴方ですね、噂の英雄は。……素晴らしい。私の守護騎士(パラディン)に相応しいオーラです」


 彼女はペタペタと素足で歩み寄り、レオンの手を取った。


「さあ、私と共に参りましょう。清貧と自然との調和こそが真の美徳。まずはその、不潔な革靴を脱ぎ捨てて――」


 レオンは、反射的にその手を振り払った。  そして、ソフィア(黒タイツ着用)の後ろに隠れるようにして叫んだ。


「断る!! 俺は……俺は『布越し』派だァァァッ!!」

「……はい?」

「レ、レオン? 何を言っているの?」


 元気になったばかりのソフィアと、裸足の聖女、そして性癖の危機に瀕した英雄。  新たな波乱の幕開けを告げた。

(第一部 完/第二部へ続く)

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救国の英雄(最強)は、執務机の下で震えている ~国民は「騎士の鑑」と称えるが、俺はただ薄幸の第二王女殿下に踏まれたいだけだ~ @Shizuki_Meguru

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